。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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父の経過。。。

2012.06.05 (Tue) 父の看護日誌

私はまだ、パーキンソン病のことをちゃんと調べていない。
ある程度の知識は持っているつもりだけど、もっと勉強しようと思っている。
このブログを更新する前に、調べた方がいいんだろうけど
父の介護日誌として、このブログを更新していきたいので
今日に追いつきたいわけで、これが終わったら
私なりに調べてみるつもりでいる。

で、3月12日から約3ヶ月の間に起きたことを記録しようと思う。

退院直後は、ベッドに横になると、起き上がれなかった父。
でも3日目には、起き上がれるようになった・・・
と言うか、起き上がるコツをつかんだのかもしれない。

すり足がひどかったので、何もないところでもケツまづいたけど
家の中では、自力歩行は出来ていたので
本人も少し自信を持ったんだろうし、私も油断した。
その結果、退院して10日後に、トイレに入ろうとして転倒。
左手小指の付け根を、5針縫うケガをした。

整形外科に通い始めて、父が途中で足が前に出なくなる症状に
少しショックを受けた私。
消毒に通い、デイに送る毎日で、Mのさとに行くと
車から施設内の椅子のにたどり着く前に、やはり歩けなくなり
膝カックンすると、足に力が入らなくなる父を
職員さんに両脇から抱えられる姿は、ちょっと悲しかったけど
これが、パーキンソン病なら、受け入れなくてはいけないと思ってた。

R病院のⅠ先生に、退院後もお薬を増やしてもらって
お薬が効くから、入院前と同じように歩けるようになるという
言葉を信じて、5年間通っていたMのさとでも、リハビリをお願いした。
階段用リフトで、5階から降りて行くと、下に付くまで10分程かかる。
なので、15分前には連絡をもらっていたのだけど、電話が入ると
すぐに自宅を出て、雨が降っていなければ、一緒に歩く練習もした。

Mのさとでは、歩行距離が長いので、足が前に出なくなる症状は
私が気が付く以前に、Mのさとの職員さんは知っていた。
おそらく私も気付いていると思って、特別報告もなかったのだと思う。
たくさんの利用者さんを看ているわけだから、私よりも
こういう症状の対処の仕方は、プロなわけだ。
Mのさとには、高齢者用のマシーンがある。
それらも使用するよう促してくれて、筋力が落ちないように
見守ってくれていた。
家では、歩行に問題はなかったし、S本舗は民家を利用しているので
自宅にいるのと変わらない。
だからS本舗では、足が出ないという症状は出なかったらしい。

父が入院してから、父の部屋・我が家の片付けやら
役所などの手続き、さらにはケガによる通院と
父の退院後、1ヶ月近く経って、気が付いた。
自宅で、父の排便する姿をまったく看てなかった。
夜4~6回ほどの排尿はあるけれど、排便がない。
S本舗では、連絡帳に排便排尿の回数が載ってるけど書いてない。
Mのさとの連絡帳には書かれていないので、確認してみると
数回排便があったと言われたので、今後は排便があった場合
連絡帳に、書いてもらえるようお願いした。

それと、4月5日の受診の際に、Ⅰ先生に排便の話をすると
マグラックス300㎎を処方された。
まずは3錠から初めて、排便の様子で最高6錠まで
硬かったら増やして、緩かったら減らす。
父の排便の様子で、お薬を調整するように言われた。
が、このお薬の調整が難しい。
マグラックスを飲み始めて3日目、デイから戻って排便あり。
でもスッキリ出た後が、お水のような便になる。

ポータブルトイレを購入してあるけど、排便の時には
自宅のトイレを使用したがる父。
父の部屋からこちらに向かってくる

「どうした?う○ち?」
「そう」

と言いながら、バ~ビブ~ベボ~と音がして

「あら?出ちゃった?」
「うん」

で、一緒にトイレに行けるときは、うまく紙パンツを下ろして
お尻もきれいに拭け、トイレを汚すこともない。

入院中もデイではもちろんだけど、私に対しても介護拒否はまったくない。
ところが、主人や弟には、恥じらいがあるらしい。
介護拒否はないけれど、嫌がるそぶりをみせる。
入院中、書くのを忘れていたけど、部屋の片付けをしていた
3月10日に、弟が手伝いに来た。
その帰りに、弟と一緒に面会に行った時、ベッドにうまく横になれず
私がベッドに乗り、父の身体を持ち上げ寝かせると

「あんまり格好悪いところ、見せないでくれよ」

と、こっそり言った。
弟には、まだ父親の威厳を持っていたいらしい。
主人に対しては、やはり気を遣うんだろう。
主人もそのことをわかっているから、私からヘルプがなければ
介護に関して、手を出すことはない。
が、私がお風呂に入っているときに、モヨオシタ父。
主人はテレビを見ていて、トイレのドアが閉まる音で気が付き
トイレの隣がお風呂なので、私も気が付いた。
主人が声をかけても、「大丈夫」としか言わない父。
ところが、トイレから出てきた父は、ズボンに便を付けた状態。
ズボンの中身は、もっとひどい状態だとすぐわかるわけで
あわててトイレを確認したら、トイレの中も便が・・・

「お父さん、着替えないと」
「いや、大丈夫だよ~」

と、言われても放っておくことは出来ないわけで

「でもお父さん、気持ち悪いでしょう」

と言いつつ、主人は嫌がっているのはわかっていたけど
対処してくれていたわけです。
私も、大急ぎでお風呂から上がり、父の部屋に行くと
ズボンを下ろされた父は、情けない顔で主人にお尻を
拭いてもらっていたのだけど、私を見て訴えるような目に

「お父さん、お風呂で洗っちゃおうか?」
「そうだな、その方が、いいな」(主人)
「うん」

と、うなづいた父の手を取ると、ホッとした顔になった。
で、お風呂に連れて行き、お尻をきれいに洗い拭き上げた後
洗面所の椅子に座らせ、着替えをさせた。
その間主人は、トイレや部屋に付いた、便の処理をしてくれた。

「さっぱりしたね」
「うん、ありがとう」

主人と私にそう言って、いつもの椅子に座って落ち着いた。
そんなことが、数回あった。

排便コントロールは、難しい・・・
こういうことがあると、2日程お薬を中止して、また服用させる。
でも便が緩いので、2錠に減らしてみたけど、まだ緩い。
で、結局1錠を毎日服用、排便があると1日お休みするんだけど
しばらくお水のような便が出て、父も不快を訴える。
で、4月19日の受診の際に、そのことを伝えると
マグラックス250㎎を2錠に変更になった。
その後も調整しつつ、様子を看てたのだけど
このところは、毎日2錠服用して、3日~4日に一度排便がある。
お腹の張りも訴えないし、硬くて切れるということもないから
このまま様子を看ているところです。

そして5月も中旬になって、父の歩行が安定してきた。
Mのさとの連絡帳にも、安定してきたと書かれるようになり
デイに行く前の歩行練習でも、足の運びが早くなってきた。
Mのさとでも、褒められることが多くなったようで
父もだいぶ自信が付いてきたらしく、高齢者用のマシーンを
進んでやっていることもあるそうな。

歩行が安定してくると、階段用リフトに乗るのを嫌がるようになった。
階段を昇るなら、前にコケるだけで済む。
でも降りるときは、ヘタすると顔面から落下することになる。
歩行が安定してるとは言っても、階段の昇り降りはどうなんだろう?
5階から一人で父を支えて降りるのは、私の自信がなかった。
デイに行く時、帰って来た時

「これに乗るの?いらないんじゃない?」

と言う父をなだめて、リフトに乗せる毎日だったけど
5月27日の日曜日、主人に頼んで、一緒に階段を降りてもらい
もし途中で降りれなくなったことも考えて、私は後から
誰も乗ってないリフトを降ろしながら、追いかけた。
私が階下に到着するまで、一人で立って待っていた父。

「全然問題なく、降りて来たよ」

主人も父も、ニコニコ笑顔でごじゃいました。
帰りも、主人に付き添ってもらい階段を昇った父。
これでまた、父に自信がついてしまった。
主人に聞くと、わりとしっかり昇り降り出来ているらしい。
ならば、これもリハビリの一つだと思って、やらせてみようと思った。

「明日から、リフト使うのやめようか?」
「うん、そうだな」

父はやる気満々なので、こっちもやるしかない。
義弟の時にも使用した、降りたたみ式の椅子を持ち
疲れたりしたら、椅子を広げて休めばいい。
階段を降りる時、万が一のことが起こったら
後ろに引っ張ればいいと思った。
尻もち付くだけなら、大きなケガにはならないだろう。
昇りは、前にコケるだけだろうし、3階と4階の間の踊り場で
折り畳み式の椅子を広げて休憩を取れば、どうにかなりそうだと思った。

降りるときは問題なく、昇りは3階を超えてくると
足の運びは遅くなるものの、休憩するときもあれば
一気に昇るときもあり、一気に昇ると
玄関を入るときに、フラつくこともあるけど
1週間、階段を自分の足で昇り降り出来た。

福祉用品の中で、一番高額なのが階段用リフトでごじゃる。
一旦返却して様子を看て、もしやっぱりダメだった場合
またすぐ借りることは出来るか?
ケアマネさんに相談したら、まったく問題なく出来るとのこと。
なので、6月4日に一旦返却してしまいました。

「リハビリと思って、がんばろうね。おとうさん」

黙ってリフトに乗っていた父だけど、どこかで抵抗があったんだろう。
昇るときは、3階を超えるとヒィ~ヒィ~言っとりますが
父なりにがんばっている、毎日です♪

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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