。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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手続き。。。

2012.06.05 (Tue) 父の看護日誌

父と同居を決めて、いろいろな手続きがあった。

3月12日の日付で住所変更をする際、父を主人の扶養に入れようと思って
まずは、同一世帯で変更をすることにした。
でも役所に届けを出す時、窓口の方に

「世帯を一緒にすると、保険料等上がりますけど大丈夫ですか?」
「一応、主人の扶養に入れようと思ってるんですけど・・・」
「先に保険課に相談されてみては?」

と言われて、保険課の窓口へ。
保険料が上がることは間違いなく、とりあえず同じ世帯で登録し
あとで分離することも出来るから、税関係のことを調べてから対処することにした。

んで、調べてみたら、父の年金がほんの数万円オーバーしてしまうので
主人の扶養家族になれないことが判明。
1ヵ月後に、世帯を分離するために手続きに行くと、またもや
住所変更の窓口で、分離する日を保健課で相談した方が良いと言われて
保険課の窓口に行くと、分離する日は、3月12日で登録した方が
前の住所から、引き継がれるので良いと言われて、その日で登録してもらった。

そして、介護保険の区分変更。
3月1日に、ケアマネKさんが役所に申請してくれて8日に面談した。
今考えれば、R病院の診断書は通常で3週間かかるんだから
4月4日に審査会になったのも、理解できる。
結果は、4月6日に届いた。

要介護3

それでも、毎日デイに通い、月に1度宿泊も利用し、福祉用品も含めれば
単位数を大幅にオーバーするので、実費が発生する。
それでも、父の年金内でギリギリ収まる。
なんといっても、階段用リフトが高いんだな~。
でも私自身のことを優先して考えれば、このやり方が一番ベストだと思う。

別に暮らしていた時は、現状が維持できれば良いと思っていたから
書類が届いても、結果が『要介護1』であれば
他の書類に、目を通すことはなかったけど、今回は
添付されていた書類に、全部目を通して、他にも申請出来るものが
あることに気が付いて、もっと早くやれば良かったと思った。

高齢者の所得税及び市民税・県民税の障害者控除
基準がいろいろあるのだけど、父の場合で見ると
認知症の度合いが、区役所福祉保健センター長の認定を受けた場合
と、書いてあった。
どういう基準なのか?わからないので、高齢者支援課に行って聞いた。
父の場合は、平成19年度・・・介護保険で『要介護1』の認定を受けた時から
障害者控除に、今年度は特別障害者控除の対象になるそうな。

障害者控除対象者認定書

が、届いたので、これを持って3階の市県民税課へ。
これの認定を受けると、今まで市県民税を払っていた父が
非課税になり、19年度分からさかのぼって返金されることがわかった。
でも、24年度・23年度は6月くらいには、処理が出来るそうだけど
それ以前の分は、半年近くかかるんだそうです。
しかも、非課税証明書は、5月2日にならないと書類が出来ないとか。

その非課税証明書があれば、紙おむつの補助が受けられることもわかり
5月2日に非課税証明書を取りに行ったら、24年度は出来てたけど
23年度がまだ処理が終わっておらず、理由を話したら書類は作ってくれた。
今度はそれを持って、またまた高齢者支援課へ行き、手続きをしたんだけど
役所のコンピューターの中身が変わっておらず、書類を見せて説明。
コピーを取られ、福祉用具をお願いしているFベッドを指定して申請の手続き終了。

高齢者日常生活用具給付 決定通知書

が、届いたので、Fベッドに連絡。
3単位と言うことで、指定された紙パンツを3パックまで利用できる。
2種類あったので、お試し品を5個づつ届けてくれて
どちらも、使い心地処理心地は同じだったし
毎月変更も出来るらしいので、まずはN製品から使用することにした。

高額介護サービス費
介護保険の利用料(保険の効いた部分)が、一定額を超えた場合
超えた額の払い戻しがあるらしい。
これは、自己申告ではなく、役所から通知が届いたら
申請すれば、次回からは自動的に払い戻されるそうな。
父の場合は、実費もあるわけだから、いずれ通知が届くでしょう。

部屋代・食事の負担軽減(負担限度額認定)
これは、義弟の時にも利用した認定書。
特養や介護医療型施設やショートステイを、利用した場合に
負担限度額に軽減されるというもの。
父も非課税世帯なので、この認定が受けられる。
これも同じ日に、手続きに行ったんだけど
役所のコンピューター上が、まだ変更になってないので
ここでも、書類を見せて、説明することになった。
この認定書、今は利用しないけど、いずれ利用する可能性もあるので
一応、もらっておくことにした。

お役所仕事と、よく言われるけど、まあ処理が遅いこと。
しかも課によって、期限が違う。
理由はあるんだろうけど、申請する月によっては
24年度のものが必要だったり、23年度のものが必要だったり
1度で済ませようと思うと、1階と2階と3階を、行ったり来たり
数日後にまた行かなきゃいけなかったり、役所での手続きは
重労働でごじゃりますね。

あとは、母のお墓の住所変更がある。
父との同居のことも、話してこなくちゃいけないんだけどね。

そして、特定疾患の申請書。
これの申請が済めば、パーキンソン病に関しての治療費は無料になる。
いくら忙しいとは言え、診断書を書くのに2ヵ月以上もかかるって
どうなのかしら・・・
診断書の料金も支払い済みだし、もしやっぱり申請が出来ないのなら
早く知らせてもらった方が、妙な期待をしなくて済むんだけどね。

義弟の時も、いろいろな手続きにあちこち走り回ったっけな~。
なんぞと思いだしつつ、今出来る手続きは終了となりました。。。

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コメント

大変・・・・

煩雑は手続きがそんなにたくさんあるんですね。
お役所というところは本当に一度ですまない!
連係プレーが出来ないというか、融通が利かないというか(笑)

洋子ママ♪

最近は、役所の対応も優しくなりましたけど
知らないことがたくさんありますから
添付されてくる書類には、きちんと目を通さないといけませんね。
知らなければ、そのままになってしまいます。
義弟の時もそうだったな~と、思い返したりもして(笑)

役所と言うのは、必要のないときは、まったく行くことはありませんが
行くとなると、何度も足を運ばねばなりません。
お役所仕事と例えられることに、危機感はないのでしょうね~(≧ω≦)

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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