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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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退院後の受診。。。

2012.06.01 (Fri) 父の看護日誌

父がパーキンソン病と言われて、12年が過ぎる。
最初は手の震顫からで、団地に住んでいたころだ。
私がいくら病院に行けと言っても、行くことはなかったけど
ある日、行きつけの床屋さんで

「脳に異常があるかもしれないから、病院に行かなきゃダメ!」

と言われて、あわてた父は近くのM病院へ行き診断された。
まだ父は元気だったので、いいと言ったけど心配で
私も担当医から話を聞くために、一緒に行き

「今は、お薬がたくさんあるから、それほど心配ないですよ」

そう言われ、少しホッとした。
8年前に我が家の近所に越してきて、今のR病院に変わった。
で、R病院のⅠ先生から、K先生を紹介された。
通常の診察とお薬の処方は、K先生から
3ヶ月に1度はⅠ先生の診察も受け、パ-キンソン病に関係する検査等は
R病院で受けることになった。

「手の震顫だけなら、これだけで済む方が多いですから」

Ⅰ先生の言葉で、安心してた。
この頃は、パーキンソン症候群って言われてた。
実際に昨年の夏ごろまでは、変化もなく来ていたわけだからね。

M病院の時から、お薬は

朝食後 アーテン半錠・マドパー1錠
昼食後 マドパー1錠

R病院でもそのお薬のままだった。
でも手の震えが、父自身が気になり、そのことを伝えると
K先生宛に紹介状を書いてくれて

朝食後 カバサール1錠 が、増えた。
コレステロールの数値が高かったので、当初は
朝食後 リピトール1錠 も、処方されていたけど
K先生の判断でその後、クレストール500㎎1錠に変更になった。

それ以降、パーキンソンのお薬は、入院まで同じお薬だったけど
昨年の秋頃から少しずつ変化が出始め、年明け様子も変わり
そろそろお薬を増やした方が良いだろうと言われて
血圧測定の結果を持って、次回の診察でお薬が増える予定だった。
でも症状の悪化に伴い、悪性症候群を起こして、入院となった。

朝食後 アーテン半錠・マドパー1錠・カバサール1錠・エフピー1錠
昼食後 アーテン半錠・マドパー1錠・クレストール250㎎1錠
夕食後 マドパー1錠

退院時に上のようにお薬が変更になり、2週間分のお薬を処方された。
病棟の担当医に、自宅にあるお薬も少ないので
退院後、すぐにK先生を受診したいことを伝えると
K先生宛に紹介状を書いてくれた。

退院後からデイに通い始めたし、私の中では18日からは
新しいデイにも通い始める予定で、毎日通い始めると
病院に行く日は、診察後デイに送り届けることになる。
だったら、14日に受診してしまえば、少し楽かなと思った。
なのでK先生を受診して、2ヵ月分のお薬を処方してもらった。
でもこの後、R病院のⅠ先生に少々文句を言われることになる。
患者の引き継ぎは、カルテだけなんだね。
今後は、気を付けなくちゃいけないことだな。

3月29日12時30分、退院後の初受診。
この日は、デイをお休みした。
22日に、左手小指の付け根を5針縫っていた父。
整形外科に通う際に、足が前に出ず、汗だくで支えたので
車いすを借りて、消毒を受けていた。
R病院でも車いすを借りて、3階まで行き診察室に入ると

「あ~、車いす使っちゃってるのか」
「この前、ケガをして・・・」

と、経緯を説明すると

「パーキンを知ってる人なら、わかると思うんだけどね~」
「はあ~・・・」

足が前に出なくても、しばらく休憩をすれば歩けるって。
それはわかってるんだけど、膝カックンされたときの
父の重さは、ハンパじゃないんだって。
つかまるところや、座るところがないと
女一人の力では、休憩すると言っても
私共々、転倒する可能性だってあるわけで
車いすに頼らざる負えない・・・

と、父・・・診察中なのに、「オシッコ」だと・・・
あわてて車いすで、トイレに駆け込み排泄を終わらせ戻る。

「入院するとさ、なんでも看護師がやっちゃうだろ。
 出来てたことも、出来なくなっちゃうんだよね」

・・・と、言われましても・・・

「Ⅰさん(父の苗字)はね、薬がよく効くんだよ。
 だから薬が効いてくれば、前と同じように歩けるようになるから」

そう言われたら、少し安心した。
んで、お薬をさらに増やして、様子を看ることになった。

「K先生のところで、2ヵ月分のお薬もらっちゃったんですけど」
「えっ?!次に受診までの薬が、出てるはずなんだけど」

退院時のM先生との会話を話して

「K先生に紹介状も、書いてもらいましたけど」
「おかしいな~」

そう言われましても・・・
細かい事までの引き継ぎってされないんだな~と、このとき思った。

「今後薬は、僕が処方した方がいいでしょ」

はい、それならそれでいいんですけどね
決めるの、私じゃないと思うんだけどな・・・
・・・って、I先生こういうキャラの人なんですけど
受ける側によっては、誤解されるってばさ(≧ω≦)
知らなかったんだけど、Ⅰ先生は、神経内科の部長先生。
抱える患者さんも多くて、予約をキャンセルすると
3ヶ月以上先にならないと、予約が取れないんだよね。
パーキンソン病では、名医らしいんだな。

車いすはなるべく使わず、少しの時間でいいから歩くリハビリを
毎日するよう言われて、1週間後の4月5日にまた受診することになった。

「あ、そうだ。Ⅰさん特定疾患の申請出来るから
 役所でもらって、受付に診断書出しておいて」

そう言われたので、その日のうちに役所に行き
その足でまた病院に戻り、受付に診断書を出し
4月20日に、出来あがる予定だった。

整形外科の通院は、ほぼ毎日で、終わるとデイへ送る。
朝4時過ぎ起床後、家に戻るお昼過ぎまで、フル稼働。
部屋の片付けもボチボチとしながらだったから、私クタクタでした。

それ以降、整形外科でも車いすを使わず歩かせ
5年間通ったMのさとでも、リハビリに協力してくれることになった。

4月5日の受診では、まだ足取りもおぼつかなかったので
車いすの場所まで歩き、3階までは車いすで行き
外待合から診察室までは歩いた。

デイでも、リハビリをしてくれることを伝えると

「うん、よかった。リハビリは大事だよ」

次は2週間後、4月19日8時30分の受診。
整形外科は通院中、小指が曲がらなかった父。
毎日曲げる練習をしないと、指が曲がらなくなるから
リハビリに通った方がいいかも・・・と言われて
毎日グーパーをさせて、曲げられるようになり
6日に抜糸が済み、7日に通院も終わって、ホッとした。

4月18日に、R病院の文書係から連絡が来て
まだ診断書が出来てないと言われる。
翌19日、Ⅰ先生の受診。
この頃から、少しずつ父の足取りがしっかりしてきた。
デイでも、良くなってきてると言われた。

「うん、薬が効いてきたんだね。よかった」

で、この日は受診前に残っているお薬を数えて行き
それを伝えると

「次は3ヵ月後にしようと思ってるんだけど・・・面倒くさいな~」

と言いながら、お薬の日数をどうしようか?長いこと悩まれて

「あ、クレストールは、K先生からもらってね
 昼に飲むようになってるんだな・・・」
「変えた方がいいですか?」
「いや、いつ飲んでもいいんだけど、僕なら夜にするけどね」

・・・って、じゃあ夜の方はいいってことなのか?
お薬だって、飲み方で効き方が変わる場合があるでしょ。

「じゃあ、夜に変えます」
「いや、別に昼でもいいんだけどね」

なんだかな~・・・と思いつつ、今は夜飲ませております。

ずいぶん悩まれていたけど、7月10日8時30分の受診日から
数日後までの、お薬を処方してくれた。

で、クレストールは500㎎から250㎎に変わり
足りなくなるので、5月9日にK先生を受診した。

「入院中の検査で、数値が良かったんだね」

パーキンソン病のお薬は、I先生が処方してくれることを話し
特定疾患の申請が出来ることも伝え、診断書がまだなことも言うと

「I先生、忘れてるんじゃないか(笑)」

そう言ってた。

で、現在服用しているお薬は

朝食後 アーテン半錠・マドパー1.5錠・カバサール1錠・エフピー1錠
昼食後 アーテン半錠・マドパー1.5錠
夕食後 マドパー1錠・クレストール250㎎1錠

5月21日ごろに、一度催促の電話を入れてみたのだけど
まだ出来あがってなく、文書係からも催促はしてるらしい。

そして、今日は6月2日。
診断書は、まだ出来上がってません。
介護保険の区分変更も、診断書が遅くて
審査に入るまでに、1ヶ月以上かかったんだろうな。
来年3月に、介護保険の更新がある。
これは、K先生にお願いした方が良さそうだと思う。

こうして、しばらく通院から解放された。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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