。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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ケガ。。。

2012.05.31 (Thu) 父の看護日誌

父が退院して、私もある意味少し気が抜けた。
部屋の片づけ等も続いていて、クタクタだったせいもある。
義弟の時もそうだったけど、夜中に起きることが出来ない私。
はい、そういう根性がないのです・・・なにしろズボラですから・・・

退院した直後は、一人でベッドから起き上がれなかった父。
そして、夜中に起きたくない私。
退院した12日と13日、父に厚手の紙おむつをして就寝。
当然のことながら、漏れた・・・
これは想定内だったので、それなりにベッドは準備してあったけど
父は気持ち悪かったのは、言うまでもない。

「紙おむつ、取り替えてくれよ~」

朝様子を看に行くと、父が言った。
が、14日の夜から、父は一人でベッドから起き上がれるようになった。
ここから、夜中に何度も起こされるようになった。
一人暮らしをしてた頃、夜中に1度トイレに起きると言ってた父だけど
1回どころではない、4.5回起こされる。
我が家は、バリアフリーではない。
トイレも洗面所も、1段上がらなければいけない。
まだ足取りがおぼつかない父、暗い中歩いて段差を踏み外せばケガをする。

「隣に寝てるから、トイレの時は壁を叩いて起こしてね」

普段忘れることが多いのに、これはインプットされたらしい。
壁を叩いて起こすのはいいが、ひどいときは10分おきに3回。
これは、夜中に起きれない私にとって、地獄でごじゃいます。

「またぁ~、おとうさん。まだ10分しか経ってないよ」

うっかり、怒ってしまう時もあった。
愛娘のお散歩があるから、私の朝は4時過ぎから始まる。
夜寝るのも10時と早いけど、父は7時過ぎにはお布団に入り
11時ごろから、何度もトイレに行き始める。
寝るの大好きな私にとっては、これは拷問にも近い。
退院の時、ポータブルトイレを考えていた私。
少し様子を看ようと思いながら、お昼寝も取り入れつつ
部屋の片づけにも追われ、知り合いの便利屋さんにお願いして
17日には父の部屋もきれいに片付き、19日に明け渡し完了。

18日には、S本舗に初めて通所。
ここは昨年12月に、オープンしたばかりのデイ。
普通の民家なので、小じんまりしていて
Mのさととは、雰囲気がまったく違うけど、落ち着く感じがした。
帰ってきた父は、S本舗が気に入ったようで、安心した。

我が家の方も、ボチボチと片付き始め、私にも油断が出来たのだと思う。
22日、朝のお散歩が終わり、父の部屋をのぞくと

「なあ、おれの顔腫れてないか?」
「えっ?どうしたの?」
「トイレで転んじゃったんだよ~」

笑ってる父だけど、ビックリした。
このとき、顔は腫れてる様子はなかったけど
左手小指の付け根のあたりが、斜めにザックリ切れていた。

「カットバン貼っときゃいいよ」
「カットバンでなんか、治らないよ」

どう見ても、縫わなくちゃいけないほど切れていた。
手を開くと出血し出すので、開かないようにハンカチで覆い
少々パニクってしまった私。
近くの病院の外科を見つけて、9時に連れて行ったのだけど
そこは消化器外科しかないとのこと。
んじゃ、『消化器・外科』って、点を入れるなと思いつつ
義弟が骨折した時通った、Ⅰ整形外科へ。

で、ここで初めて父が歩けなくなる姿を見た。
駐車場から病院まで、少し坂道を登るのだけど
この途中で、足が前に出なくなった。

「ゆっくりでいいよ。あわてなくていいんだからね」
「足が動かないんだよ~」
「大丈夫、恵子が支えてるから。ゆっくりでいいよ」

パーキンソン病の症状だとは知っていたけど、突然だとあわてる。
膝がカックンすると、体重が私の手にかかる。
父から手を離すことも出来ず、汗だくで支えながらゆっくりと進み
なんとか病院到着、その様子を見てすぐに車いすを貸してくれた。

結局、神経が2本切れており、5針縫うことになった。
神経を繋げるとなると、大きな病院へ移らなくてはいけない。
指の曲げ伸ばしに支障はないとのことなので、そのまま縫ってもらった。
この日は、お昼過ぎまでかかったために、父も疲れてしまい
この日は、デイはお休みすることにした。
この日から、日曜日と水曜日の病院がお休みの日以外は
ほとんど毎日消毒に通い、その足でデイへ送る毎日となった。

足が前に出なくなる・・・これは知っていたけど
家の中では、今までと変わらず歩いていたから
この姿は、私にとっては、ショックだった。
父は歩けなくなった。。。そう思った。。。
消毒を済ませMのさとへ送り、施設内に入ってしばらくすると
同じ症状が出て、父は職員さんに抱えられ車いすに乗る。
私は知らなかったけど、Mのさとの職員さんは知っていた。

「もっと大変な人もいるんだから、大丈夫だよ」

そう言われたけど、気持ちは凹んだ。
すぐにケアマネさんに連絡して、ポータブルトイレをお願いした。
カタログを見せてもらい、家具調で普段は椅子として使えるものを注文。
Fベッドの担当Sさんから連絡が来て、その日のうちに持ってきてくれた。
肌に付くものは、買い取りになるそうだけど
後日9割が返金されるそうで、手続きはFベッドさんがしてくれた。

退院直後に購入してたら、こんなケガはさせずに済んだかもしれない。
夕方には、下唇がたらこのように腫れてしまった。
なんのために同居をしたんだか?
同居して10日目に、こんなことになってしまって・・・

「完璧な介護なんて無理なんだぞ!」

義弟の時にも主人からよく言われたけど、今回も言われた。
この程度で済んだのだから、よし!としなくちゃね。

ポータブルトイレは、購入して正解だった。
尿を受けるバケツに、ビニール袋をかけ
ここで活躍するのが、わんこ用のチッコシート。
一番大きいサイズのものを、ビニールの上に敷いておけば
2.3回分の尿を受けてくれるので、ビニールごと捨てればOK。
父もトイレが楽になったと言っていた。

ケガから3日目。

「おれ、どうしてここケガしちゃったんだ?」
「トイレで転んじゃったんだよ」
「そうなのか?」
「うん、だからこのおトイレ買ったんだよ」
「そうか・・・」

今現在、倒れて救急車に乗ったことも、入院してたことも
ケガをして5針縫ったことも、父の記憶にはごじゃいません。

「都合の悪いことは、忘れるんだよ」

・・・だそうです・・・( ´艸`)ムププ

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コメント

うわぁ・・・・

お父様、大したことなくて良かったですね☆
大したことないってゆ~か、かなりの大怪我ですが、
命や骨に影響がなかった・・・という意味ですが・・・☆
さぞビックリされて、焦ったことでしょうねぇ。。。
私もたぶん自分ならパニくると思います(汗)

でも落ち込まないで下さいね♪
前向きなのが景子さんだから♪

ポータブルトイレの使い方?なども
とても参考になります☆

我が家でももしいつの日か必要になったら
そうやって使います♪

必要にならないのが一番ですけど・・・ねw

yukariさん♪


ご心配、ありがとうございます。
ザックリ切れていたので、ちょっと震えましたよ。
本人は、ケロっとしてましたけどね(^m^)
今はすっかり、傷も治ってますので
もう大丈夫です♪

私の経験が、少しでも役に立ちそうなら
このブログを書いていて、良かったな~と思います。

いつも励ましの言葉、ありがとうございます!

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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