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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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担当者会議。。。

2012.05.30 (Wed) 父の看護日誌

ある程度回復して、退院してきた父。
退院の手続きを済ませて、お昼過ぎに自宅に戻った。

「これに乗るのか?」

階段用リフトを見た父が言った。
義弟は痩せていたので、お尻に肉がなくて
昇るときの衝撃でお尻が痛いと言って、座布団を使用したけど
父の体系は、相変わらず豆タヌキ体系だったので
それほど気にならないようだった。

ケンタッキーのフライドチキンとポテトが大好物の父。
昼食は、ケンタッキーを買って来た。
ずっと病院食だったから、美味しそうに食べていた。

「向こうの部屋のものは、捨てたのか?」

家に戻ってから、しばらく同じことを聞いていたっけ。
その後は、ベッドの中でウツラウツラしながら、テレビの番をしてた(^m^)
退院の時、翌日からデイに通って良いと言われていたので
さっそく13日から通所が始まり、退院翌日だったけど
それほど大きな変化もなく、1日過ごして帰ってきた。

14日は、午前中にK先生を受診した。
7時前に犬のお散歩から戻り、8時前には家を出発しなければならない。
なので、朝とてもあわてて家を出た。
K先生の病院は、駅前通りにあって、駐車場はコインパーキングしかない。
そこから少し歩き、階段を昇らなくてはいけないのだけど
おぼつかない足取りではあったけど、なんとかたどり着いた。
ところがここで、気が付いた。
朝のお薬を飲ませるのを忘れた・・・父を病院において
あわてて自宅に戻る途中、病院のすぐ隣にコインパーキングが
出来てたことがわかって、そこに車を停めてお薬を持ってきて父に飲ませた。
K先生に紹介状を見せて、同居することを伝えると

「これから先、症状が悪化する可能性があるから同居の方が安心でしょう」

K先生から、少し注意事項等を聞いて
3月29日にⅠ先生を受診することも伝え
2ヵ月分のお薬を、処方してもらった。

家に戻ると、横になると言って、ベッドに入った父。
お昼を食べて、午後からは担当者会議。
ケアマネさん、5年間通所したデイ(Mのさと)の職員さん
新しく通うデイ(S本舗)の責任者さん、福祉用品のFベッドの担当者さん
そして、父と私。
部屋が狭いので、父はベッドに寝かせたままで会議となった。

週5回通っていたMのさとを、とても気に入っていた父。
同居になったので、私自身も父との関わりが長くなれば
今の気持ちが、どう変わるか?わからない。
これは、義弟の時に学んだことだ。
最初は、義弟に良いと思ったことを優先させたけど
結果それが、自分たちの首を絞めることになったわけだから
まずは、自分たちを優先して考えると、同居をしていても
ある程度の距離を置いて、父と接したい。
それに、お正月休みで1週間デイをお休みした後
父の様子が変わったこともあり、毎日の生活パターンが変わるのは
父にとって良くないと思われ、毎日の生活パターンを習慣化させるため
そして、主人も日曜日はゆっくりさせたいため
日曜日も含めて、毎日デイに通わせたいのが私の希望である。

父自身も、一人でいた時からそうだけど、家でテレビばかり見てるより
デイに行った方が、みんなでご飯を食べたり、会話をしたりすることが
楽しく、大きなお風呂に入れるのは気持ちが良いと言っていた。
Mのさと以外に行くことは、Mのさとの職員さんに悪いという思いが
父の気持ちの中にあって、頑なに変更をしないと言っていたけど
Mのさとがお休みの日に、新しいデイに行くことは話してあった。
父が納得するかどうかは、行ってみなくてわからない。
でも、何度もその説明を私から父にしていた。

これらのことを、ケアマネさんの口から話すことから会議は始まった。

5年間通所したMのさとは、大規模なデイになる。
入所当初は25人前後だったけど、施設を拡張したことで
2部屋に分かれ、現在は50人前後の、利用者さんがいるらしい。
前日のデイでの父の様子は、歩行に問題はあるけれど
他の利用者さんや、職員さんから声をかけられ
少し涙ぐんだりもしながら、笑顔で答えていたそうな。
今後も父の様子を看ながら、対応していただけることとなった。

新しいS本舗さんは小規模のデイで、普通の民家で
多くて10人前後の、利用者さんがいるそうな。
緊急の場合、当日でも空きがあれば宿泊が出来るそうだ。
こちらは、18日日曜日から水曜と日曜日の利用になった。
18日は、施設の場所等見たかったので、私が連れて行くことにした。
会議が終了後、説明や契約書等の件で、少し残ってくれたのだけど
父の排泄の手伝いをしてくれ、話し方もとても穏やかな方で安心した。

福祉用品のFベッドさんは、義弟の時もお世話になっている。
手すりの注文もして、これも父の様子を看ながら変更することも可能で
こちらの要求通りに、対応してくれることになった。

会議が始まる前、眠っていた父。
ぐっすり眠ってしまっていたようで、皆さんが来ていることを伝えながら
肩を思い切り叩いて起こしても起きる様子がなく、少し心配になった。
眠りが深いのか?はたまた、悪性症候群の名残なのか?
私も父の様子を看ながら、対応の仕方の勉強をしていくしかない。

パーキンソン病についても、まだ何も知らないに等しい私。
同居をきっかけに、勉強しなくちゃいけないと思いながら
まだ父の部屋も、ゴミの山と化したまま。
我が家の和室と、元の娘の部屋も片付いておらず
まずは片付けを終わらせなくては、先に進めない状態だった。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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