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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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そして、退院。。。

2012.05.29 (Tue) 父の看護日誌

確か5日だったと思う。
役所から連絡が来て、8日に病室で面談することになった。
階段用リフトは9日金曜日、介護ベッドは10日土曜日に
届くと連絡も入った。
6日は3時頃、ケアマネのKさんも病院にくることになっていたけど
家の方の片付け終了後だったので、少し遅れてしまい
Kさんが、病院のエレベーターから降りてきたところで行き会えた。

「思ったより元気そうでした」

そういう印象だったらしい。
新しくお願いしていた、泊まれるデイも水曜日と日曜日の
受け入れ可能と連絡があって、毎日デイに行けることになった。
Kさんと別れて、病室に行き

「今Kさんが来たでしょ?」
「あ~来た来た」

Tさんから変わって、Kさんに会うのは2回目だった父。
Kさんを認識出来ていたかは不明。

8日役所の方が、介護保険区分変更のための面談に来た。
看護師さんたちにもいろいろ聞いていたんだけど
その時に、看護師さんの話に驚いた。
家の片付けで、私が2日間病院に行けなかったとき
夜中に不安になった父。

「娘はどこに行った?」「娘を呼んでくれ」

なんて、ちょっと手こづらせたそうな。。。
ふ~ん、そうか・・・
自分の父親ながら、ちょっと可愛いと思ってしまった(^ω^)

無事面談は終了。
義弟の時お世話になった役所のMさんはまだいらっしゃるのか?
ちょっと聞いてみたら、まだいらっしゃるそうで
事情を説明して、よろしくお伝えくださいってお願いした。

病棟の担当医は、M医師。

「土曜日あたりに退院してもいいですよ」

そう言われたけど、我が家の住宅事情も話

「先生、今週末にリフトやベッドが届くので、土・日には
 父の部屋も片付くと思うから、月曜の退院じゃダメですか?」
「あ~、いいですよ。じゃあ、月曜日にしましょう」

っちゅうことで、12日の退院が決まった。
そうなると、ますます焦る。
まだまだ部屋は、片付いてなかったからね。

9日金曜日、階段用リフトが来た。
これを使用するには、講習を受けなくちゃいけない。
義弟の時に使っていたから、すぐにコツはつかめた。
2008年に使用していたリフトは、愛知の方で
転落事故が起きたそうで、改良されていた。

階段移動用リフト   今の階段用リフト

左が、2008年に使っていたリフト
右が、今回使用するリフト。
画像で見ると、足を置くところに、ベロのようなものが付いた。
階段を昇るとき下りるとき、リフトを後ろに倒すのだけど
もしリフトを起こしすぎると、安全装置が働いてロックされ
ロック音がして、絶対に転落はしないようになっている。
また階段を下りたり昇ったりするとき出てくる足
画像では見えないけど、2008年のものは、ただの棒状だった足が
今回のは、L型で安定感がある。
講習会も終わり、OKが出て無事にリフトを受け取れた。
翌土曜日には、介護ベッドが入ったのだけど
介護保険の区分変更中のため、現在は『要介護1』扱い。
『要介護1』では、介護ベッドは使用できないそうで実費となり
介護認定が下りた時点で、介護保険適用のベッドに変わるそうな。
毎日デイを利用して、泊まりも利用すると
『要介護3』でも、実費は免れない。
父が退院してきて、ほかに手すりなど介護用品を利用しても
まあ、なんとか父の年金内でどうにかなりそうだった。

11日の日曜日も、主人と二人で朝から大格闘!
なんとか父の部屋だけは片付いて、父の受け入れは整った。

6日から退院の日まで、毎日面会に行った私。
その間の父との会話をいくつか・・・

「おれはなんで、入院したんだ?」
「おとうさん、倒れちゃったんだよ。覚えてない?」
「忘れちゃった」

「なんかな~、気持ちがな・・・落ち込んじゃってるんだよ~」
「毎日病院にいるから、やることないもんね」
「もうデイにも行けなくなっちゃったしな~」
「そんなことないよ、退院したらまた行くんだから」
「そうなのか?」
「そうだよ、みんなおとうさんが来るの待ってるって」
「そうか(笑)」

やっと笑顔が出たけど、次の日にはまた似たようなことを言った。

「おれ、家に帰って一人で大丈夫かな?」
「うん、だからね、退院したら恵子達と一緒に住むんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ、もう一人じゃないから大丈夫だよ」
「おれのとこの物は、みんな捨てていいからな」
「大丈夫!ちゃんと片付けてるから」

これも、次の日には同じことを言っていた。
退院前日の日曜日、1時過ぎに面会に行くと
看護師さんと話をしていた父。

「今病棟をリハビリで2周、歩いて来たんですよ」
「すごじゃん。歩けるようになったね~」

ニコニコ笑顔の父。

「でも、家に帰っても一人だから不安だって言ってましたよ」
「あらやだ、おとうさん。退院したら恵子達と一緒に住むんだよ」
「良かったね~。これで不安が一つ解消したじゃない」
「昨日も言ったんだけどな~、忘れちゃったの?」
「忘れちゃった(笑)」

こんな会話を毎回しながら、約2週間ほどの入院で
支えがあれば、自力歩行は出来るようになった。
排泄に関しては、入院中は紙おむつで
看護師さんのお世話になっていたせいか?
排泄の感覚はあるようで、時々おトイレにも行っていたけど
ほとんど紙おむつの中にしてしまっていた。

入院すると、認知症が進むと言われていたけど
それほど大きな変化はなかったけど、同居をすることで
またどう変わってくるか・・・

まあ、先のことを考えてもしょうがないので
義弟のときと同じく、現場処理で行くしかない。

そして、12日午前中に、父は退院してきた。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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