。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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2012年3月1日

2012.05.24 (Thu) 父の看護日誌

救急車で運ばれた翌日、8時過ぎデイに連絡をして
救急に入院したことを伝え、今日はお休みすることを伝える。
父の部屋を片付け、退院の準備をして病院に行った。
9時過ぎに、病棟の神経内科の先生とお話が出来た。

病名としては 『悪性症候群』 と言うらしい。

パーキンソン病のお薬を急に減らしたり、増やしたりすると
原因不明の発熱や、筋硬直等の症状があるそうな。
原因は、これだけではないらしいんだけど
父の場合は、処方されたお薬はきちんと飲んでいたわけで
原因となるようなことが考えられないので、不明と言うことになるらしい。
このまま退院はさせられないようで、ちょうどお薬を増やす予定も
あったのだから、入院して点滴しながら、どのお薬が合うか?
様子を看ながら、対応してくれることになった。

「回復するから、大丈夫ですよ」
「どれくらい回復しますか?」
「どこまで回復するかは、わかりませんが、歩けるようにはなると思います」
「何日くらいの入院になりますか?」
「1週間ぐらいでしょう」

1週間か・・・1週間と言われたら、1週間前後で目途を立てなくていけない。
何しろ、このR病院では、義弟の時に苦い経験をしている。
興味のある方は、『2009年1月』のブログを読んでみてくださいな。

「お父さん、調子はどう?」
「うん、いいよ~」
「しばらく入院だからね」
「そうなの?」
「うん、そうなの。ま、しばらくのんびりしましょう」
「そうだね~」

自分が今どこにいるのか?今一つ理解出来てないようだけど
混乱はしてないようなので、まずは一安心。
とにかく、グウグウとよく眠っている父。
11時過ぎに病棟に移る予定だと言うので、その間に
あちこち連絡をすることにした。

まずは、主人と弟に入院したことを伝える。
主人には、今後の様子で同居を考えたいことも伝えた。
そして、ケアマネさんに連絡。
介護保険の、区分変更の手続きと、同居を考えていることを伝える。
それから、またデイに連絡し、入院したことを伝え
しばらくお休みすることを伝える。

病棟に移ると、義弟の時と同じ階の反対側の棟の病室だった。
あの看護師長はいるのかな?
なんぞと考えながら、看護婦さんの説明を受け
紙おむつや尿取りパッド、必要なものを買い揃え
入院の手続きを済ませた。

「お父さん、これで帰るけど、また来るね」
「うん」

まだなんとなく、ウツラウツラしていて覚醒してないようだった。

自宅に戻ったら、グッタリ。
しばらく横になっていると、ケアマネさんから連絡が入った。
区分変更の書類を、今日中に提出した方が良いので
これから印鑑をもらいに行きたい・・・とのこと。
もちろん、すぐに手続きを取ってもらうことにした。

夕方、主人と話し合い。
年内には、同居を考えなければいけないかもとは思っていた。
でも正直私は、まだもう少し別居で行きたい。
この入院で、どこまで回復するか?その様子を看てから
判断してもいいんじゃないかと思った。
だけど主人は、原因がわからないのだから、今回と同じことが
いつまた起きるか?これまでと同じ生活をしていたら
必ず、同じことがまた起きるわけで、手遅れになる可能性もある。
年内に同居を考えていたのだから、少し早まったと思って
これを機会に、同居した方が得策だと言った。
1週間入院して、それほど回復せず、退院となったら
同居の準備が出来るまでを、どうやって過ごしていくのか?
そう考えた時、同居を決めた。

さて、同居を決めた以上、我が家も準備をしなくてはいけない。
義弟がいたころ、女中部屋と言っていた部屋は、物置状態。
娘の部屋は、主人の仕事関係や車の整備用品でいっぱい。
リビングと和室は、広々と使っていた。
まずは、女中部屋だった部屋を父の部屋に。
元の娘の部屋は、私が寝室に、和室は主人用に変えることに決めた。

が、義弟の荷物も残っているので、我が家には荷物が多すぎる。
そこで、近所にある貸倉庫を借りることにした。
1日に連絡をして、FAXでのやり取りで、申し込みは完了。
翌日に、審査の結果に連絡が来ることになった。

必要のないものは破棄し、使用しないものは倉庫へ。
主人と私と、頭の中でいろいろ考えつつ
この日は、ここまでで終了にした。。。

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コメント

yukariさん♪

いつも応援、ありがとうございますo(_ _)o
義弟の時の経験が、父の介護にはかなり役に立っています。
そういう意味では、義弟に感謝ですね。

yukariさんのコメントは、非表示とさせていただきますね。
yukariさんも、いろいろあるようですが
何のお役にも立てず、申し訳ありません。

お身体にはくれぐれも気をつけてくださいね。

ありがとう♪

お心遣いありがとうございます♪

こんなこと書いていいのか?と思いながら
あの時は色々あった後だったので、
ちょ~っと時制が利かずに書いちゃいましたw


恵子さんのブログにはいつも勇気をもらってるんですよ♪

そのポジティブで陽気で、
尚且つ献身的な介護生活には頭が下がります。

いつも素敵なお手本です♪
これからもヨロシクです♪

yukariさん♪

ため込むのは、良くないですから
お話を聞くぐらいしか出来ませんが
吐き出すのも大事ですよ。

こんなブログですが、お役に立てて良かったです。

ポジティブというか、能天気なだけですが・・・ f(^ー^; ポリポリ

こちらこそ、またよろしくお願いしますo(_ _)o

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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