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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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2012年2月29日

2012.05.23 (Wed) 父の看護日誌

この日は、朝から雪が降り出していた。
お天気予報も、大雪の予報が出ていた。
水曜日は、デイがお休みの日。元々、怠け者の私です。
朝の父の様子で、お昼に行くか?どうか?考えようと思った。
なので、昼食の準備もして、朝様子を看に行った。

いつもと変わりなく、会話もまあ普通に出来ていたので

「今日は、雪だから外に出ないでよ。あったかくしててね」

そう言って、着ている洋服の確認をして、お薬を昼食の
準備をしたところに置き、飲み忘れないようにして家に戻った。
1時過ぎまで雪は降り続いて、かなり積もっていたので
私の怠け者病が発症し、お昼は父のところへ行かなかった。

そして夕方、のんびり犬のお散歩を済ませ、いつものように
5時半に、父の部屋に様子を看に行った。

玄関を開けると、部屋の電気は点いてない。
ストーブも消えていて、寒かった。
父の姿が見えないので、お布団に入っているのかと思った。
でもお布団の中にいない・・・そして、リビング・・・
いつも座っている椅子・・・その横の壁に沿うように
左側を下にして、左手を伸ばし、右手を曲げ横たわる父がいた。

一瞬何が起きているのか?わからず、父を見つめて固まった私。
どれくらい固まってたのか?たぶん、数秒だと思うけど
父の唸り声で、我に返った。

「どうしたの?倒れちゃったの?」
「身体が、動かないんだよ~」

鼻の詰まった声で、言った。
父を抱き起こすと、身体が異常に熱い。
熱が出てることは、すぐにわかった。

「いつ倒れたの?」
「今だよ~」

・・・今ってことはない・・・
だって、ストーブも消えてるし、寒いし・・・
いつもの椅子に座らせようと、抱き起こし立たせようとしても
自分で立つことが出来ない。
椅子に座らせ、痛いところはないか?
身体のおかしなところはないか?
確認しながら、グーパーをさせれば出来る。
でも足を動かすことが出来ない、私が曲げても痛がる様子はないけど
曲げた足が勝手に伸びるし、身体が固く硬直してるような状態で
自分では、身体を動かせない。
熱を測ると、38度7分。発熱すると動きが悪くなるけど
動きが悪いどころではなく、硬直して動けない。

一瞬、義弟のけいれん発作を連想した。
もしかして、脳に異常があって、けいれんを起こしてるんじゃないかと思った。

すぐに、家に電話をして、主人に連絡した。

「けんちゃん、ジイジ倒れてた。救急車呼ぶから」

何しろ、ドテラにスウェット姿の私。
主人にそう伝えて、コートとお財布、父の診察券等を
持ってきてくれるよう頼んで、すぐに119番した。
R病院で、緊急時は受け入れてもらえることになっていることを伝えると
電話連絡を入れておくように言われたので、すぐに電話を入れた。
R病院と連絡している最中に、救急車到着。主人も来た。
救急車が到着したことを伝えると、救急隊員の指示に従うよう言われた。

救急隊員の方に、いろいろ聞かれている父だけど
言うことがこれまた、二転三転する。
認知があることを伝え、私のわかる範囲で答える。
その後、救急車に運び込まれるが、違う隊員から質問を受けた父。

「いつ倒れちゃったか?覚えてる?」
「おれは、倒れてないよ~」
「あ、すいません。認知があるので・・・」

その後、救急隊員の方からR病院に連絡をして
受け入れの確認を取り、出発。
5時40分過ぎ、119番。5時50分、現着。
6時、出発。6時10分、R病院到着。
その間父は、救急車の中で、グウグウと眠っていた。

病院に到着後、弟に連絡すると、仕事中ではあったけど
すぐに来るということになり、1時間後に到着。
紙パンツを取り替えてなかったので、洋服が濡れてしまい
着替えを用意するよう言われて、洋服を返され病院の寝巻を着用。
その間、CTやら何やら検査、その後尿を取るように言われる。

・・・と、弟はす~っと場所を変えた・・・まったく・・・
検尿を済ませにトイレに入ると、父はあっさりなすがままになった。
8時半過ぎになって、若い研修医が説明に来た。

検査の結果としては、脳にもどこにも異常がないとのこと。
自宅で様子を看て、明日もう一度来院して、専門医に
診てもらった方が良い・・・

というような内容だったけど、そう言われても父は一人暮らし
我が家は、エレベーターのないマンションの5階だ。
とりあえず、帰りは主人も弟もいるから、なんとか我が家に
連れていくことは出来ても、明日の来院時、私一人で
介護の準備も何もない状態で、身体の動かない父を
どうやって、連れて歩けと・・・
ま、連れて帰るよう言われるだろうとは予想していたけど
身体が動かない原因は、なんのか?
それがわからないまま、連れて帰って大丈夫なのか?
それを教えてほしいと伝えると、またしばらく待つよう言われた。

その間に弟に、父の衣類等を持ってきてくれるよう頼み
主人に、父の部屋の鍵を届けてくれるよう連絡
父の部屋に到着したであろうころに、弟に電話。
案の定、忘れものあり・・・
まったく我が家のヤロウどもは・・・ε=(‐ω‐;;)

9時半過ぎて、当直の神経内科の先生から説明があった。

発熱はあるが、風邪の菌は出なかったこと。
CTでも、脳に異常はないとのこと。
若干の脱水もあるけれど、こういう症状になるほどではないこと。
お薬もちゃんと飲んでいたにも関わらず、この状態になるとは
原因が、今のところわからないとのこと。
おそらく、自宅に連れ帰っても、症状は悪化するだろうから
今夜は、救急に入院してもらうが、明日病棟の神経内科に移した後
病棟の担当医の、指示に従ってほしいと言われた。
神経内科のベッドが、現在130%近く使用しているので
転院の可能性もあることを、理解してほしいと言われた。

とりあえず、今夜はなんとかなる。
明日のことは、少し考える時間が出来たわけだ。

父は、救急のベッドに移されたが、やっぱりグウグウと
イビキを掻いて、ぐっすり眠っている。
身体があったまって、人の気配もあるから安心したのかもしれない。

明日は、9時過ぎに病院に来るよう言われて
弟に送ってもらい、11時半過ぎに帰宅した。

普段、深夜1時には起床、2時前には出勤する主人。
でもこの日は、3時半起床だった。
それでも、もう寝ていると思って、連絡をしなかったのだけど
主人は、父が我が家に帰ってくると思っていたらしく
起きて待っていてくれた。

「とりあえず、今夜は救急に入院した」
「なんだ、連絡しろよ」
「もう寝てると思ってたから・・・でも、ありがとう」

そして、1時過ぎにやっと就寝となった。。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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