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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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自殺。。。

2010.06.17 (Thu) 思うこと

まさか自分の身近で、こんなことがあるとは・・・

今月6日から8日まで、犬連れの旅行に行ってきた。
帰ってから、チビの方がはしゃぎ過ぎて足に怪我をしたので
病院に連れて行ったり、彩佳からもヘルプコールが来て
彩佳の部屋に行ってきたりと、ドタバタしていた。
10日の夕方、帰ってきた主人が

「Sが死んだ・・・首つり自殺だって・・・」
「首つり・・・」

絶句した。
Sちゃんは今年30歳、主人の母親の妹の子供、従姉妹になる。
姉のMちゃんと、兄のTくんの3人兄弟。
特にMちゃんとは仲が良く、一緒に暮らし仕事をしていた時期もあるが
この家族、少々問題を抱えている。

Mちゃんは、「お兄ちゃん」と呼んで、主人を慕っていたので
時々主人のところに、メールや電話が来ていたらしい。
が、Sちゃんとの接点はほとんどなかったけし
MちゃんからSちゃんの話を聞くこともなかったらしい。
主人は二人ともを、可愛がっていて、気にもかけていた。
3年程前、一緒に食事をした時、いろいろ話も聞いていたが
Mちゃんは『パニック障害』を抱えていたし
当時、睡眠導入剤や安定剤も服用していたSちゃんも
おそらく『うつ』を抱えていたのではないかと思う。

その時から、彼女にプロポーズしていた男がいた。
だけどSちゃんにとっては、彼の存在は
あまり好ましい物ではなかったようだ。

「ハッキリ断らないと、後で困るよ」

当時もそんな話をした覚えがあるのだけど、結果として
彼との関係は続いていたようだ。
昨年8月、義弟の葬儀の時、Mちゃんは通夜に参列してくれて
私が10時過ぎに自宅に戻る時、帰って行った。
通夜も終わった夜中の11時過ぎ、叔母とSちゃんが
その彼に送られて、お線香を上げにきてくれたと
後で聞いたので、私はSちゃんに会うことはなかった。

だけどこのたび、話を聞いてみると、昨年5月と10月にも
自殺未遂を起こし、発見が早かったので
助かっていたということらしい。

Sちゃんが残したメモには、どこかに遺書を残しているから
探してくれと書いてあったけど、その遺書はまだ見つかっていない。

「私は誰にも必要とされていない」
「ひとりぼっち・・・」

メモには、プロポーズされていた彼のことは一切書かれていない。
結婚を申し込まれていたのに、私は必要とされていないと
書いていると言うことは、ハッキリと断れず
彼の親にも会っていたことを考えると、ずるずると引きずられて
しまっていることは、Sちゃんにとって重荷でしかなかったと思う。
だからと言って、彼のせいではない。

そのメモには、他の男の名字が二つ書かれていた。
彼女の本命は、その二人のうちどちらかだったのだろうか?
最後に会うことが出来なかったようなことが書いてあったから
妻子のいる人だったのだろうか?

でもそのメモを見ると、苦しかっただろう
辛かっただろうことは、よくわかる。

Sちゃんは、自宅の自分の部屋で首を吊った。
隣の部屋には、兄が寝ていて、階下には母親がいた。
過去2回助かったことを考えると
どこかに救いを求めていたのではないかと思えてしかたがない。
でも、結果は逝ってしまった。

「S、暑いからアイス食べよう」

そう言いながら、Sちゃんの部屋に入った母親である叔母が
第一発見者となった。

「私がSを殺したんだ、私もSのところに行く」

そう言ったかと思うと

「Sは明日起きるから、明日には目が覚めるから」

もう正気の沙汰ではない。
目もうつろだし、言動も行動もあきらかにおかしい。
これをキッカケに認知ということもあり得る話し。
子供たちや叔母の兄にあたる、叔父も叔母を
怒鳴りつけたり、怒ったりしていたが
伯父のお嫁さん、もう一人の叔母と二人で
うまくなだめて、寝かしてるけることが出来た。
2時間ほどして目を覚ました叔母は、正気に戻り

「あれ~、憲一も恵子ちゃんも来てくれてたの?」

安定剤を飲んだと言っていたのだけど、これほど違うのかと
かなり驚いた。
Mちゃんも、自分が2年前娘を連れて実家を出た時

「本当はSも一緒に出たかったんだと思う。
 でも私はN(娘)のことで、精一杯だったから。
 その後から、Sはおかしくなったのはわかってるの」

Mちゃんも自分を責めていた。
Sちゃんの兄であるTくんも、おそらく同じ気持ちに違いない。
その瞬間、自分は隣の部屋で寝ていたのだから。

首吊りは、醜いとよく言われているけど
Sちゃんの寝顔は、とても穏やかでスヤスヤと
よく眠っているようだった。
Mちゃんが化粧を施したその顔は、生前のまま
とても綺麗で、今にも起きてきそうな顔だった。
Sちゃん自身は、苦しみから解放されたのだろうな。

だけど、自殺は絶対ダメです!
残された者は、自責の念でいっぱいになって
これからずっと、その気持ちを持ち続けて行くのだから・・・

Sちゃんの冥福を祈ります。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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