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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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結果。。。

2010.06.01 (Tue) 父の看護日誌

5月28日、MRⅠの結果が出た。
もしも悪い結果だったら、父に聞かせたくないので
父には言わないで行ってきた。

一番心配していた、脳腫瘍・脳内出血・脳梗塞・動脈瘤の
兆候はまったくなし。
小さい梗塞があったのだけど、それは見当たらないそうだ。

・・・が、側頭葉、海馬のあたりに隙間があった。
パーキンソンからくる認知症もあるそうで、その可能性あり。
脳の血流を調べて、血流が悪い場合
認知症のお薬を一つ増やすそうだ。

海馬と言えば、記憶の部分。。。
父の忘れ物は、このところ結構キテるもんね。
側頭葉は記憶や理解力の部分でもあるけど
理解力に関しても、怪しくなってきてるしね。
結果を聞いて、なるほど~と納得!

父は病院も私に言われるままに、着いてくるだけだけで
検査しても、結果を気にすることもない。

Ⅰ先生の診察で、病気の話をする中
アルツだの認知だのと話をすると

「Ⅰ先生は、俺をバカにしてる」

と、認めないところは、すでに始まってる証拠だな(^m^*)

昨日、K先生のところも検査結果とお薬をもらいに行ってきた。
胃がんの心配はなし、血液・尿も問題なし。
肺がんはまだ時間がかかるそうだ。
で、検便はまだ取ることが出来ないので
取れ次第持ってくるということで
気長に待ってもらえるよう、お願いしてきた。

I先生とK先生には、父は何かあると、萎縮したり
自分を責めてしまうことや、何が悪いのかは理解できなくても
「悪い」とか「ひどい」とか言われると、落ち込んでしまい
無口になってしまうことなどを、説明して
出来るだけ楽しい嬉しい気持ちで過ごさせたいから
悪い話は聞かせたくないとお願いしてきた。

昨日K先生のところで、介護保険の診断書は
まだ手元にあると言うことで、MRⅠの結果や
デイに行くことで、今を維持できていることなど含めて
診断書を書いていただけることになった。

脳腫瘍と言う言葉に、ちょっとビビっときちゃったけど
脳に異常が出ると言うことは、義弟と似たようなことが
起きるということだ。
義弟のおかげで、ある程度経験済みだし
自分の父親だし、いくらか余裕をかましてる私。

ケアマネさんにも報告済み。
K先生もケアマネさんも言うのだけど
父にとって、デイの役割はとても大きい。
とにかく、今を維持することが出来ればOKな話で
日々の生活を、あまり変化させずに過ごすこと。
それが出来なくなった時、現場処理でまた考えていけばいいのだ。

脳の血流検査は、6月2日
Ⅰ先生は、忙しい方なので、結果は7月27日。

介護保険の認定も、なんとか現状維持していきたい。
結果が気になるところです。。。


さてさて、先日我が弟とケンカをした。

甥っ子たちが野球を始めたことで、弟もコーチを頼まれ
義妹もスコア係をやってるそうで
週末は野球の練習で忙しいのはわかっている。
子育てまっ最中の弟夫婦だ。
とにかく病院の検査結果が出たら、電話しようとは思っていたら
先週の土曜日、上の甥っ子の小学生最後の運動会で
下の甥っ子から、観に来ないかと誘いがあった。
可愛い甥っ子たちの運動会、観に行きたいのは山々だ。
父も同じ気持ちなのだけど、デイ以外で
いつもと違うことをすると、体調が悪くなるのを
父もわかっている。
甥っ子には、ジイジが病院だからごめんねと伝え
弟に代わってもらい、父のことを話し始めた。

ところがだ、コイツ酔ってるのか?と思いながら
父の状況を説明したのだけど
こちらの話しを、まともに聞かずに

「いつもいつも家にこもってるから、ダメなんだよっ!
 たまには外に連れ出してみろよっ!」

なんで、こんなにケンカ越しなんだ?
と、思ったが、こちらもプチっとキレた。

「そう思うなら、お前が連れ出してみろ!」

そう怒鳴ったら、黙った。

父は車に乗ったり、デイ以外に出かける時
トイレが近くなると言って、水分を取らなくなる。
これは父にとっては良くない行為。
病院で時間がかかる時は、無理やりにでも水分を取らせ
トイレを気にかけなくちゃいけない。
そういうことを説明したら

「そんなこと、俺は知らねえっ!」
「知らないのに、簡単に物を言うな!」
「家は週末、野球で忙しいんだよっ!」

((o(>皿<)o)) キィィィ!!

「そんな話をしてんじゃないっ!」
「いつも、任せっきりですみませんね~」

って、この言葉、言い方・・・

「だから、そんなことを言ってんじゃない!」

我が弟ながら、情けなくなってきた。
その後もケンカ越しのやり取りをしたが
もう話してもしょうがないと思って、電話を切った。

お正月以来、顔を見せない弟夫婦。
元々、私が父のことを看ようと思って
こちらに連れてきているのだから、弟夫婦に
何かを期待してるわけでもない。
野球で忙しいのは、わかってるけど
パーキンソンの父の様子や状態が、気にならないのか?
たまには顔出せばいいのに・・・と、思うこともある。
でも、アテするから、腹が立つわけだ。
そういう意味では、期待はしてない。
主人も話しは聞いてくれるけど、やっぱり父のこと
弟に話をきいてもらったり、相談したりしたいじゃないか。
弟にとっても父親だし、二人っきりの姉弟なんだから。

なんだかムカムカいらいらしていた翌日
義妹から電話がかかってきた。

「お義姉さん、昨日ごめんね~」

小学生からサッカー少年だった弟。
どうやら韓国戦で日本が負けたために、不機嫌だったらしい。

「そんなこっとで、家族や回りにアタるなんて最低だ!」

と、今度会ったら言ってやると言った。
義妹は、弟と何かあると、必ず私に助けを求める。
縁あって姉妹になったのだから、なるべく力になれるよう
たとえ、義妹に不満があっても、義妹の方に付き
弟を怒ったり、諭したり、なだめたりするのは
私の役目だと思っている。

「お姉ちゃんは、いつもH(義妹)の味方だよな」

と怒ったことがあるくらい、徹底して義妹側に付く。
でもこの時、弟に言ったことがある。

たとえHちゃんに問題があっても、お姉ちゃんはHちゃんに付く。
何があっても、お前とお姉ちゃんは姉弟だから
許しあえるものだと思ってるし、当然Hちゃんのご両親は
お前の味方になってくれると思ってるから。
でももし、Hちゃんのご両親までお前を責めたら
その時は、お姉ちゃんはお前に付くよ。
だけどそうなったら、悪いけど離婚覚悟してくれ。


そう言ったら、弟は納得したようだ。
義妹の実家でも、何かあれば

「Sちゃんも悪いけど、Hも悪い」

と言って、義妹の方を叱ってくれるらしい。
それなら、それでいいじゃないかと言うことだ。
それに義妹は本音でぶつかってきてくるので
そこが可愛いところだと思っている。

義妹は、2.3時間ヒマが出来ると父のところに行こうと
言ってくれてるらしいが、弟が今度で良いと言ってたそうだ。
その気持ちだけで、嬉しい。
父の状態を話し、私の気持ちも話したあと

「二人っきりの姉弟なのに、相談もできないのか?って
 怒ってたって伝えといて」

と言って、電話を切った。
日曜日に、検査結果を電話すると

「Hにも怒られたよ。これからはなるべく行くようにするから」

なんとも、しおらしくなっておった。
父は、怒ったり責めたりすると萎縮する。
忘れたり、話が飛んだり、おかしなことを言っても
サラリと流すか、笑顔でツッコミを入れると
父もなんだかわからなくても、笑っているから
なるべく笑顔で対応すればいいからと伝えた。

次の日曜日から、2泊3日で犬連れ旅行に出かける我が家。
その間の連絡先は、弟の携帯電話にさせてもらった。

「旅行に行く時だけは、協力してくれ」
「わかった」

脳の血流検査で、ハッキリしたことがわかってくるだろう。
だけど今すぐどうこうではなくても、いずれその日は来るのだ。
忘れてしまってから、あわてても後の祭りなんだよね。

無理はしなくていいと思うが、後悔のないように
考えてくえればいいなと思う、姉であります。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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