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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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ケアマネさん来訪。。。

2010.05.19 (Wed) 父の看護日誌

昨日は、ケアマネさん来訪日。
来月は、父の介護保険更新月になる。
今回も役所からケアマネさんの事務所に
審査の依頼があったので、昨日はその審査があった。
2年前の更新直後に、介護保険法が変わったのだけど
いろいろ不具合もあったそうで、直後よりは審査の仕方は
軽減されているらしいが、当初よりも厳しくなっているのは確か。

前回もそうだったけど、身体的なところでは
ほとんど問題のない父。
身体の衰えには、恐怖感を持っている父。
前ほど歩くことは減ったけど、デイでも老人用の筋トレをしたり
本人の言う、ストレッチ的なこともしている。

「進さん、歩くの早いなぁ~ってみんなに言われるんだ」

って、これはある意味父の自慢話だ。
デイには歩けない人もいる、おむつをしてる人もいる。
その中で、自分は一番元気だと言うことが嬉しいらしい。

が、脳の衰えに、自覚はあっても恐怖感は持ってない。
物忘れも自覚はあるが、だからどうしようと言う気持ちはない。

デイに行く日は忘れないので、曜日は確実に覚えているけど
日にちの感覚はない。
まあ、これは私達でも、ん?と考える時はあるんだけど
ケアマネさんが言うことにゃ、父にとって日付は
重要ではないということらしい。

前回の審査の時の資料と比べながらの、質問だったのだけど
パーキンソンのわりに、若干の前かがみはあっても
肉体労働者だったせいか、少しのつまづきならしっかり踏ん張れるし
少々フラつくことはあっても、手を貸すほどではないので
身体的なところでは、あまり変化はなかった。

物忘れに関して言えば、これはかなり進んでいると思う。
病院の日に、7時半に電話をして8時に出てくるよう
言っておいても忘れる。
買い物に行くと言うから、10時5分前に家を出てくるよう
言っておいても、買い物に行くと言ったことすら忘れてる。
お薬も「飲んだ」と言っても、お薬箱を確認すると飲んでない。
お薬に関しては、毎回ではないけど、要注意になってきている。

そして季節。。。
これもケアマネさんが言うことにゃ、季節と言う言葉を
理解できない方が多いらしい。
季節と言うとわからないけど、四季とか春夏秋冬とか
春・夏・秋・冬とか言えば、「あ~・・・」とわかるようだ。
まさに父も同じで、今回は「秋?」と?マークが付いた。

「進さん、今の季節はなんですか?」(ケアマネさん)
「季節~?」
「そう、四季ですよ。春夏秋冬」(ケアマネさん)
「あ~、秋?」
「おとうさん、春・夏・秋・冬の季節だよ」(私)
「うん、秋じゃないのか?」
「じゃあ、じゃあ、今は何月?」(私)
「5月だろ?」
「うん、5月は春・夏・秋・冬のどれ?」(私)
「5月は~・・・秋じゃねえのか?」
「こんな感じですね~」(私)
「はい、わかりました」(ケアマネさん)

と、こうなった。
だけど審査が終わって、雑談の中でもう一度同じ質問をしたら

「今は、春だろ?」

と答える。
これまたケアマネさんの言うことにゃ、見た目はわからないけど
質問とかテストと言われると、緊張してしまい頭の中は
パニクっているために、混乱するのだろうとのこと。
病院という場所も、混乱する要因になるようだ。
また質問とは違うことを話したり、質問の途中で
まったく違うことを話し出すことも多々ある。
最初に聞いた言葉に反応したり、聞いた言葉で
頭に浮かんだことをしゃべり出したり、聞き違いをしたり・・・

たくさんの高齢者の方と接してるケアマネさんなので
なぜそう答えるか?想像が付くと言って、説明もしてくれたし
義弟と接していたので、私にもわかることもあるし
その説明に納得できる。

が、先日のⅠ先生の診察の時、答え方に想像は出来たけど
Ⅰ先生が言うことにゃ、その答え方が認知症に
当てはまらないから、おかしいと言われたんだな。
まあ、これは今週検査をするから、その結果を待つしかないけど。

いろいろ問題はあるが、父とはそれなりに会話も成り立つ。
なので、介護の認定がどう出るか?が問題なのだ。

現在『要介護1』の父。
支援になるとケアマネさんが外れて、別の方になるし
デイも週に2日しか通えなくなる。
2年前は週2日、月曜日と木曜日に通っていたので
万が一でも問題なかったのだけど、今は土曜日も含めて
週3日通っているし、本人が望めばもう1日増やそうかと
ケアマネさんと話しているので、減るのは困るし
父も混乱するだろう。

何かあると、自分を責めてしまう父。
先日の発熱後の通所日、お迎えが少し遅れただけで

「迷惑かけちゃたから、もう来てくれないかもしれない」

と思ってしまう父だ。
ケアマネさんが変わることも、週2日に減ることも
なんでだろう~、なんでだろう~(古っ!)と
悩んで、最悪老人うつにもなりかねない。
これはケアマネさんも心配するところだ。

介護保険の診断書は、K先生にお願いしている。
発熱時K先生を受診した時、Ⅰ先生受診時の話もし
それも含めて書いてもらえるよう話してあるし
ケアマネさんも、今を維持するためには
デイの利用も現状のままが良いから
それも含めて、審査報告をしてくれると言っていた。

熱を出してる時、父の介助をしながら
父が少しずつ子供に戻っていることを、実感というか痛感した。
10年くらい前までは、父に守られていた私だけど
義弟の看護・介護と同時進行で、父を我が家の近くに
連れてきてから、少しずつ立場が逆転して
私しか父を守れないんだなと思う。
介護保険の審査で、身体的に問題はないとはいえ
いつも行動を共にしている私には
身体的にも、確実に衰えてきてるのはわかる。
おかしなもので、父がもう子供と同じだと思えるから
義弟と同じことをしても、笑える時の方が多い。
義弟の時は、最期まで男としてしか看れなかった。
これが血と言うものなのか?老人だからか?
経験がさせるのか?
なんでもいいけど、義弟の時学んだことは生かしたい。
弟夫婦はアテに出来ないし、いずれ父との同居も
承諾してくれてる主人だけど、義弟の時とは違う。
恵子命の父だから、自分の息子の弟もその嫁の義妹も
主人だって、受け入れるとも思えないしね。

ジタバタしてもしょうがない。
デイに行くことが、何よりの楽しみの父だから
なんとか『要介護1』を死守したいけど
万が一には、次の対策を考えなくちゃ。

ま、いつどうなるかわからない、先のことを考えて悩むのは
時間の無駄というものです。
その場その場の現場処理で行きましょう!

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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