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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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発熱。。。

2010.05.13 (Thu) 父の看護日誌

十数年ぶりに、父が熱を出した。
私が知る限り、私が子供の頃からそうだったけど
熱を出しても仕事は休まず、もちろん病院にも行かず
一晩ガッチリ眠れば、翌日には元気復活の父だった。
昔から身体の不調で、弱音を吐くことを知らない父。
それは来月76歳になる今でも変わらないのだな。

8日土曜日、デイから戻った父からいつものように
携帯に連絡が入った。

「今、帰ったよ」
「今日はどうだった?」
「いつもと変わらねえよ~」
「そうか」
「それでよ~、薬がねえんだよ」

そう言われて、気がついた。
連休明けに、お薬の補充に行く予定をすっかり忘れてた。
で、すぐにお薬を補充しに父の部屋に行った。
いつもはデイから戻ると、洗濯機を回していた父。

「これから洗濯するの?」
「いや~、明日にするよ」

もしかすると、この時から体調が悪かったのかもしれない。
でもそれ以外では、特別変わった様子はなかった。
翌日の日曜日は、父の顔を見なかった。
月曜日はデイに行く日だから、いつものように出かけたと思って
私はのんきに、プールに出かけてしまった。
帰る時、マナーモードにしておいた携帯を見ると
デイの施設から、何度も電話が入っていた。
あわてて掛け直すと、父が熱を出してるとのこと。
施設に到着後、初めてトイレが間に合わず漏らしたそうな。

「なんだかこのところ、調子が悪いんだよ~」

枯れた声でそう言ったので、すぐに熱を計ると38.2度。
すぐにお布団で寝かせてくれたそうな。
電話をした時は、38.3度に上がっていた。
父には熱があると言う自覚がないようで

「起きてみようかな」

と言っては、起き上がろうとするので

「進さん、熱があるから今日は寝てて」

と言っては、お布団に戻すを繰り返したらしい。

すぐに家に戻り、K先生に連絡。
12時30分までに来てくれれば、診てくれるそうなので
準備をして父を迎えに行った。
お迎えの時、老人が熱を出すと、異常行動を取ることがあるから
心配なので、気を付けるよう言われた。
両脇を抱えられて出てきた父は、フラつきもあって
足もともおぼつかない。
すぐにおでこに唇を当てたら、熱いこと熱いこと。
そのまま病院へ直行、シートを倒して横にしたら
これまた起き上がろうとして、なぜかパワーウィンドーの
スイッチを動かしてる。

「おとうさん、寝てていいから」
「なんだか首が痛いんだよ~、もう少し起こしたいんだ」

信号待ちで、少しシートを起こし、話を聞いたら
どうやら日曜日から、体調はよろしくなかったらしい。
次の日のデイのため、洗濯はしたらしいのだけど
1日横になっていたそうな。

「具合が悪かったら、恵子に電話しなくちゃダメだよ」
「そうだな~」
「一人で我慢しないで、これからはすぐに電話してよ」
「・・・」

ボーっとしてるようだけど、一応会話は成り立った。
車から降りる時もフラつきがあるため、腕を取った。
いつもなら私が腕を持ったり組んだりすると、嫌がる父だけど
この日ばかりは、成すがままされるがままだった。
月曜日は、高熱が出る風邪が流行っているそうで
39度越えの患者さんが多く、12時半前に病院に入ったけど
1時半過ぎまで待たされたが、ベッドを用意してくれたので
そこで横になって待つことが出来、診察もそこで診てくれた。
先日のⅠ先生の診察で、梗塞の悪化か?脳腫瘍か?
と言う話もあったので、脳からの影響だったらどうしようかと
ドキドキものだったけど、喉も赤いし風邪も流行っているから
抗生物質等を飲んで、それでも熱が下がらない場合は
すぐに連絡するように言われた。

処方されたお薬は

カフコデN配合錠     1日3回 1回2錠 5日分
レフトーゼ錠30mg   1日3回 1回2錠 5日分
ジスロマック錠250mg 1日1回 1回2錠 3日分
プレトニン錠5mg    1日1回 1回2錠 1日分

「熱の間だけでも、家に来ない?」
「いや~、自分の家がいいよ~」

年を取ってから、枕が変わるのはイヤらしく
早く家に帰りたいと言う。

家に戻り、お漏らしをしてるから、施設の借り物を洗濯しようと思い
着替えをするように言ったのだけど
ズボンを膝まで下して、椅子に座って脱ごうとしたけど
思うように身体が動かず、脱ぐことが出来ず。
首や関節が痛くて、身体が動かないと言う。
義弟のおかげで、介助の仕方もそれなりに経験してるし
なすがままの父の着替えの介助は、スムーズに出来た。
おパンツの着替えも、いつもなら嫌がるだろうに
私の介助を黙って受け入れているのが、ちょっと悲しかった。
おかゆを食べさせて、お薬を飲ませ、水枕を用意して
布団に入るように言うと、布団の上でコロリンしたら
そこからもう身体を動かすことが出来ない。
きちんと寝かせて、お布団をかけるとやっと落ち着いたようで
すぐにイビキを掻き始めた。

夕食にうどんをクタクタに煮て、細かく刻んで
7時ごろに、持って行ったら
リビングのソファーで、テレビを観ながらうたた寝してた。

「おとうさん、熱があるのにこんなとこで寝てちゃダメ!」

2時半ごろにおかゆを食べているので

「まだ食べたくないよ~」

と言ったけど、お薬を飲まなくちゃいけないからと言うと
二口ほど口に入れて、お薬を飲んだ。
この時熱は下がっていたけど、まだ関節は痛いと言うので
またお布団に入れて、帰ってきた。
翌日8時に様子を見に行くと、起きてお水を飲んでいた。

「朝起きたら、水を一杯飲むんだよ~」

靴下を履く様子を見ていたら、ちゃんと履けてるじゃん。
こりゃあもしかして、2度目の介護突入かも・・・( ̄□ ̄||)
ケアマネさんに連絡して、また階段リフトやベッド、車いすの
手配をしなきゃいけないかな?
なんて、考えていたけど、発熱前の父に戻ってるし。。。

「俺は風邪引く力がないなんて、バカなこと言ってたけど
 風邪引く力が出ちゃったなぁ~(笑)」

お~~~、冗談も出るじゃん。
水曜日には、日付テストをしてみた。

「今日は4がつぅ~」
「4月?5月でしょ?」
「あ・・・5月・・・12日か」

頭も冴えてるじゃん。

「おとうさん、知恵熱だったんじゃない?(爆)」
「そうかもな(笑)」

なにはともあれ、回復してくれて良かったよ~(^o^)ホッ♪

「俺は月曜日、早退はしてないよな?」
「お昼に恵子が迎えに行ったから、早退したよ」
「そうだっけ?木曜日は行かなくちゃいけないな~」
「そうだね~、どうなることかと思ったね」
「あれはなんだったのかな~?」
「なんだったって、風邪だよ」
「風邪か~」

この会話、この二日の間に何度したことか( ̄m ̄*)
ちょうど焼酎が無くなっていたので、風邪薬を飲んでる間は
禁止にしてたのだけど、昨日の夕方には、アルコールを要求。
ビールが少し飲みたいと言うので、飲みたいと思えるようになったなら
寝付きも良くなるだろうから、まっいっか~と思い
小さいビールを与えてやった。それも半分飲めなかったけどね。

今日はデイの日。前日から行く気満々。
8時にお薬を飲ませに行き、今日は送り出そうと思い
9時ごろ、もう一度行くと

「この時間じゃ、今日はもう来ないかもしれない」
「そんなことないよ。昨日電話しておいたから来るよ」

さらに10分後

「俺、仕事でもしようかな?」
「はい~?(相棒、杉下右京風)」
「1日テレビ観ててもしょうがない」

と話してるところに電話が・・・

「仕事なんかしたら、デイに行けないよ」
「(ニコニコ笑顔で)そうだよな、俺なんか雇ってくれねえよな」

とこの後から、外の様子を見ながら落ち着かない。

「もう来るから、外で待ってる?」
「いや、いいよいいよ」

と言いながら、準備開始。
外に出てすぐにデイの車が到着。
とっとと車に乗りこんだ父は、やる気満々私に手を振って

「じゃあね」

だって(≧m≦)

なにはともあれ、いつもの父いつもの生活に
戻ってくれて、一安心です。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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