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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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もめ事。。。

2009.12.26 (Sat) 日々の出来事

入院前から心配事の一つだった、主人と彩佳の関係。

バイトも派遣で行ってたのだけど、この不景気でないらしい。
あと3ヶ月ほどで就職となるので、短期のバイトもなかなか見つからない。
普段は昼ごろまで寝ており、午後から大学に出かけて行く。
その後はどこで何をしてるのか?帰りは、夜9時~10時と遅い。
なので、主人との関わりもほとんどなかったのだけど
大学の休みの日は、わりと主人にベッタリと過ごしていたんだよね。
親元にいれば、まだまだ甘ちゃんの今の若者。
食べればキッチンまでは持って行くものの、食べっぱなし
何か出せば出しっぱなし、ゴミもテーブルの上に置きっぱなし・・・
なんてことは、日常茶飯事。
1日着た物は、全身全とっかえするから、冬場は特に洗濯物も多いわけで
朝の家事も終わり、洗濯物の干し終わったところでのこのこと起きてきて
お風呂に入り、洗濯物を出す。
その中には、前の日に出せる洗濯物もあるじゃろがい!
と思うのだけど、毎日となると諦めちゃうし
私も若いころはそうだったから、母に

「毎日洗濯しなくてもいいでしょ!」

とよく怒られたもので、しょうがないと思う。

立派なことは言うけど、やってることはまだまだ子供だ。
母親にとっては、いくつになっても子供は子供だから
どこか諦めてるし、文句は言うけど片づけちゃう。
私自身も、18歳で社会人となったけど、24歳で元旦那と同棲を始めるまでは
親元で、母におパンツまで洗わせ、ぬくぬくと過ごしていた奴である。

ところがでしな・・・
これは昔からそういうところがあって、主人は小さな子供でも
対、人間として見ているところがあるんだよね。
育った環境も違うし、少々複雑でもあったので
高校生の頃から、自分のことは自分でやっていて
主人は18歳で親元を離れ、その後は立派に自立した。

まあ、男と女の違いはあるが、基本的に一個人として見るから
男も女も関係なく、22歳の大人である。
なので、今の彩佳のことは、主人にしてみれば、22歳の大人の女である。

入院前、彩佳には一応言い聞かせてはおいたけど・・・

私が入院した1週間、主人は仕事を休んで主夫をした。
となると、普段見えなかった彩佳が見えてくるわけだ。
自分のペースを崩されるのを、極端に嫌う主人だけど
彩佳も自分のペースを崩さなかった。
結果・・・彩佳に対する愚痴は、私の手術翌日から始まった。

「食べれば食べっぱなし、出せば出しっぱなし、まったく邪魔くせえ」
「洗い物が終わったと思ったら、出すんだぞ。自分で洗えってんだ」
「昼ごろ起きてきて、洗濯物出しやがって、早く出て行かねえかな」

文字にするとわからないけど、言い方は結構キツい。
まあ、言いたいことを口に出して言うのは悪い事じゃないからいいんだけど

「まったく邪魔くせえ!」「早く出て行ってくれ!」

と、彩佳にも言ってらしい。
主人の言ってることは正論だから、わかるんだけど
言われた方は結構傷つくし、聞いてる方もうんざりする。
しょうがないって流せないのか?とも思ってしまうけど
口に出すとケンカになるから、黙って聞いてるんだけどね。
彩佳も私の入院中は言われても流してたようだ。

で、これ心配して何度か主人に電話をくれた、私の友達にも言ってたらしく

「けんちゃん、いつもあんなこと言うの?
 言ってることはわかるけど、私も小さい頃から彩佳を知ってるからさ
 何度も聞いてると、気分が悪くなるんだよね」

主人の性格も知ってるから、入院中の私としては放っておくしかない。

そして、事件は私の退院後、4日に起きた。
6日まで休みを取ってた主人。
昼ごろ起きてきて、食事をしようとした彩佳に私が聞いた。

「お前、来年ちゃんと卒業出来るんだろうね」
「うん」
「もし卒業出来なかったら、そこで大学は終わりだからな」

と言った主人の言葉に、彩佳がキレた。
たぶん今までのうっぷんが、そこでキレたのだろうと思う。

「卒業出来なかったら、困るのはそっちでしょ」
「なんで困るの?困るのは彩佳でしょ?」(私)
「大学卒業できなかったら、私ここに居座るからね」

と、この言葉に今度は主人がキレた。

「お前はニートにでもなるつもりか!」

大学に行く時、キッチリ4年で卒業することが最低条件。
就職先が内定してからは、1年間家から通い食費は2万入れて
自分で貯金をして、1年後に自立することになっていた。

彩佳に言わせると、もし3月に卒業出来なかったら
半年くらい通い、追試を受けたりすれば、卒業資格はもらえるそうな。
今のご時世、大卒じゃないと就職先もないから困ると言うことらしいが
親から言わせれば、就職先が決まっているのだから
何が何でも、卒業するくらいでいてもらわなくては困る。
3月に卒業出来なければ、就職先もパァになるんだから
何のための、就活だったんだ?と言うことになる。

「絶対卒業するよ」

の一言で終わった物を、話はどんどん大きくなって
最終的に彩佳がふてくされた。
その態度に、主人が激怒して、横っ面を張り倒された。

「あら、やっちゃった」

と思った瞬間、彩佳も負けてなかった。

「お父さんだって、彩佳の言うこと聞いてくれないでしょ!」

と言いながら、掴みかかった。
主人はその手を振り払ったら、力じゃ勝てるわけがない彩佳がひっくり返った。
すぐに起き上がった彩佳は、なおかつ掴みかかって行ったところで
力で勝てるはずがないから、痛いお腹を抱えて行き

「けんちゃん、もうやめて」

と、止めに入ったけど

「出て行け!」
「出て行くよ」

と、しばらく悶着して終わった。

「やらせてみなくちゃ、口で言ったってわからないよ」

主人もそれはわかっているようだけど
それ以降、主人と彩佳は口をきいてない。

結局、彩佳は来年自立することにして、昨日部屋が決まり
現在諸手続きをしている最中だ。

実の親子でも合わない時期があったりするし
これだけの大喧嘩が出来ることも悪い事じゃない。
けど、現在主人と彩佳は冷戦中だ。
その冷戦中に、今度は私がやらかした。。。

実は昨日、義弟の会社の社長から義父と主人が呼び出された。
義弟の退職金や会社で掛けていた保険の支払いのことだった。
義弟の法定相続人は、義父である。
いくら面倒を看ていても、主人にも法的に権限はない。
で、一口はすでに義父の口座に振り込まれた。
そのことに、文句を言うつもりはない。
義父にだって、面倒を看てもらって息抜きしてたんだからね。
が、社長としては、どうやら義父のところにお金が入ることが
気に入らないらしく、いろいろ模索してくれたらしく
会社から、小切手で手渡すことにしたようだ。
いろいろな世間話の後

「法定相続人はお前だから、このお金はお前に渡すしかない。
 憲児の遺したお金だから、女になんか使うなよ。
 面倒を看てきたのは、憲一夫婦なんだから、わかってるな?」

そう言って、小切手を義父に渡したそうだ。
何から何まで、本当にありがたい話で、その気持ちが嬉しい。

その後会社を出たところで、どうするかの話になったそうだ。

「お前はいくら欲しいんだ?」(義父)
「親父はどう思ってるんだ?」

と言ったところ、もらった金額の1/5を提示したらしい。
義弟の保険金は我が家が受け取っているし
そのことを義父が、何か言ってきたわけでもない。
お金の問題じゃないからいいのだけど、でも金額でどう思っているかも
わかるんじゃないのかな?
私にしてみるとその程度か?と思ってしまった。
腹に溜めておくのは嫌だから

「その程度かい!」

と口に出した。
その件では、笑い話で終わったのだけど
義姉にやる気はないが、義姉の子供達に50万ずつ分けるそうだ。

「・・・ん?彩佳には?」

そう思ってしまった私が悪いのか?
そして、それを口に出した私が悪いのか?

「どうしてお義姉さんの子供には分けて、彩佳にはないの?」

そう聞いてしまった。
私は義弟の遺した物として見ている。
なんの面倒も看てない義姉の子供に分けるのなら
私の子供にも分けて欲しいと思うのは、間違いか?
そこに義父の気持ちが欲しいと思うのは、おかしいのかな?

今主人の気持ちとしては、彩佳のことを良く思っていないわけで
そこに彩佳を引き合いに出してしまったから、余計に話がこじれた。

「姉貴の子供は、おじいちゃんおじいちゃんって来るだろ。
 彩佳はお年玉が欲しい時だけじゃないか、それで可愛いと思えるか?」
「それだって、1回だけでしょ。けんちゃんが行かなくていいって
 行ってないじゃん」
「彩佳は金目当てだろ。姉貴の子供は違う」

金目当てって、私だってお年玉もらうために正月出かけたけど
主人はそういうことが出来る環境ではなかったらしいから
そういう気持ちはわからないって。

「そういうことじゃなくて、面倒看てきたのは私だよ
 私に何かを返して欲しいとは思ってないよ。
 お義姉さんの子供に分けるなら、私に返してくれるより
 私の子供に返してくれたら嬉しいよ」
「お前さ、そう言うことを言うなよ。俺は金でもめるのイヤなんだよ。
 そう言うのが、遺産でもめる原因じゃないの?」
「もめる気はないよ。けんちゃんに思ったことを言ってるだけでしょ」
「だからそう言うのがイヤなんだよ」
「お金のことを言ってるんじゃなくて、気持ちの問題を言ってるだけ」
「だから、親父にしてみれば、彩佳のことを可愛く思えないだろ?」
「可愛いとか可愛くないとかの問題じゃないんだよ、そういうことじゃなくて・・・」
「俺にはお前の言ってることがわからない」

押し問答になったのだけど、昨夜は私も酔っていたし
可愛くないからと言われてしまったら、仕方がない。
自分でも何を言ってるのか?わからなくなってきちゃって

「もういい、この話は終わり。思ったことを言っただけ」

と言って、終わらせて寝てしまった。

言いたいこと言っちゃったし、私は気が済んでるのだけど
主人はへび年だし、結構根に持つタイプ。
今朝私は普通にしてたけど、主人はこちらの問いかけには答えたけど
ほとんど口もきかずに、出かけて行った。

でもね、冷静に考えれば私が求め過ぎたのかもしれない。
義弟の保険金の恩恵は、彩佳も受けているんだから
これ以上のことを求めちゃいけなかったんだよね。

『面倒看てきたのは私!』

そんな自己主張をしちゃったからいけないんだな。
あとで、主人に謝ろう!


・・・・・許してくれなかったら、どうしましょ( ̄ロ ̄lll) 

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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