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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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テレビで。。。

2009.08.15 (Sat) 思うこと

ザ・ベストハウス123で
『永遠の絆、夫婦で歩んだ感動の介護物語BEST3』
と言うのをやっていたのねん。
このことを、私も記事に書こうと思っていたんだけど
ある介護BLOGで、このことが書かれていたんだな。

この方は、ご自分も会社を辞め、ご両親と共に
お祖母様の介護をされている方。

介護って、時として介護している自分たちだけではなく
自分の子供たちにまで、影響を与えることがある。
実際に我が家でも、彩佳の大学の学費が払えなくなるかもしれないという
状況まで追い込まれた時期もあった。
幸い我が家は、なんとかそこは乗り越えたんだけどね。

認知の症状がひどくて、自宅介護をしていたら
子供の手も借りなければいけない状況だって、出てくるだろう。
そのことに、親はどれだけ責任を感じてしまうかわからないと思う。

でも実際問題、受け入れてくれる施設がなければ
同居している家族で話し合って、介護していくしかない。
経済的な部分を、父親が受け持ち、日々の介護を母親一人では
不可能と判断したから、子供が仕事を辞めて一緒に介護する。
介護保険も使えず、そうせざる負えない状況って
言葉にすると、軽々しく聞こえるかもしれないが、かなり切実で心が痛む。

で、そのBLOGに初めてコメントをつけさせていただいた。

私もこの番組見ましたよ。
2本目の車椅子の花嫁は、本人だって
かなり努力してのこと。
これは本当の意味での
(こういう表現が正しいかどうかはわかりませんが)
介護とは違うと思いました。

これを見て感動して泣いてる人って
介護を知らない人じゃないかな?
って、主人と話しました。
私は感動もなければ、涙もこぼれませんでしたから・・・

介護に自己犠牲は、当たり前のことだし
経済的に余裕があるから、できたんじゃない。。。

そんな風にしか、観れませんでしたね。

私達夫婦も介護を『愛』だの『絆』だの『感動』だので
済ませてほしくないです。


と、こんなコメントをつけさせていただいたのだけど
この記事とコメントに、反論されてる方がいた。
この方のBLOGにご迷惑をかけてはいけないので
私のBLOGで、それについて、ちょっと書かせてもらおう。


反論されてた方は、私たちの精神が荒らんでると
映像の部分だけ見て、それ以外を想像できないから
そんな意見しか出ないんじゃないかと・・・
金があるなら、施設に入れるなり家政婦を雇うことも出来たのに
妻への愛があるから、仕事を辞めて自分で看ようと思ったんだろうと・・・
決して楽をして、介護をしていたとは思えない。
綺麗な話ばかりが放送されていなかったと・・・

(ー'`ー;)う~ん・・・申し訳ないが、視点が違うのだな。
すべての人とは言わないが、介護の真っ最中の方は
介護される側の程度にもよるだろうけど、いくらか精神は荒らんでると思うよ。
毎日葛藤の中で、生活してるんだからね。
実際あの頃の私は、精神は病んでたと思うしね。

それ以外を想像できないって言われても、想像する必要がない。
だって、あれ以上のことが現実問題として、毎日起きてるんだから
想像しなくても、実際に経験してることだしね。
うんうん、お金があれば家政婦も雇えたし施設にも入れられたかもしれない。
でも仕事を辞める選択が出来る人って、やっぱり経済的に余裕があるからでしょ。
庶民は、仕事を辞める選択は出来ないよ。食えなくなるもん。

介護経験者が、楽して介護してるなんて思ってる人はいないと思う。
綺麗な話ばかりが放送されていなかった・・・って
私に言わせれば、綺麗事しか放送されてませんよ。
介護の現実は、もっとひどい。
言うなら、もっとひどいこともあっただろうに
なぜそれは放送しない?と聞きたいくらいだ。

あの市長さんだって、3本目の自分自身もがんと闘いながら
介護をしてた方だって、すごいな~とは思う。
自分達には出来なかったから、義弟を施設に入れたんだからさ。
でも感動とは違うんだよな、観てる視点が違うからだと思うけど。

あの番組を観て、私達夫婦は、感動はしなかった。
番組の中で、認知症の奥さんを思い余ってひっぱたく。
さも大変なことのように「あ~っ!」ってな声が、テレビの中から聞こえてきたけど
この程度のことは、すでに経験済みだし、まだ良い方だと思う。

「しょうがないね」

と言う言葉しか出なかったもんね。
テレビで放送されてるようなことは、まだ良い方だ。
だから綺麗事だと思うのだ。
あの程度のことは、茶飯事のようにあって、毎日自己嫌悪で
あの程度のことで、追い込まれていたと言われてもね~・・・

介護拒否なんか、まだまだ序の口。
部屋の中が、うんこまみれになることがどういうことか?
徘徊する人を探すことが、どんな気持か?
自分の時間もなく、自分を構う時間も寝る時間もなく、目を離せない
地獄の毎日を送ってる人に、この番組を見せて感動出来るわけがない。

あくまでも個人的な意見だけど、私が言いたいのは
こういう番組を観て、介護経験のない方たちが
介護はこれが当り前だと思ってほしくないと言うことだ。

そこに経済的なことが絡んで来たり、無理解の中で介護をしてる人
認知の症状の程度によっても、『絆』や『愛』だけで乗り越えらない
状況の人もいるってことだよ。
この番組に限らずテレビで流されてる認知症の程度は、軽い方だと思うしね。

私がこのBLOGを書き始めたのは、一括りに高次脳機能障害と言うが
損傷を負った部分で、その症状はまったく違うし
こんな家族もいるということを知ってほしいと思ったからだ。
今は認知が進んで、ほぼ寝たきりになってしまたから
書き始めた頃とは、違ってきてるけど。。。

わずか半年ほどで、認知症状がどんどん進んで行くと
気持ちもだけど、対応の仕方も追い付いて行かない。
実際ここには書けないことだってあったし、毎日のことだからね。
今もし自宅介護をしていたら、私は毎日『殺意』を抱いていたと思う。
今は施設に入って、穏やかな日々を過ごしているけど
もしあの時、受け入れてくれる施設がなかったらと考えた時
今それをやっている方たちを、これ以上追い込んでほしくない。
『愛』だの『絆』だの『感動』など言う言葉で、済ませてほしくないんだよね。
すべてが、これで済むのなら『介護殺人』も『介護心中』も
世の中から無くなるでしょ。

ああ言う番組を観て、感動する人もいるだろうし、それはそれでいいんじゃない。
でもあれをお手本にして介護生活に入ったら、そのギャップに苦しむのは必至。

介護は綺麗ごとじゃないよ。
『愛』や『絆』が、どこのタイミングで『殺意』に変わるかなんて
自分で想像できないからね。

13日、主人と二人で義弟の面会に行ってきた。
主人は無理やり義弟を起こすから、いくらかの反応も見れた。
ヒゲを剃って、タオルで顔を拭いて、おやつの介助もしてきた。
マヒした左手を主人が無理に伸ばしたら

「痛いよ!」

と大きな声を出したので

「なんだよ。お前ちゃんと声が出るじゃねえか。いつもそうやって話せよ」

そりゃあ、痛けりゃ声も出すさ (^m^*)
少しの笑顔を見れて、1時間ほどの面会だった。

こんな風に穏やかに義弟に会えるのも、離れて生活出来たからだ。

どうすればいいかなんて、わからないし
私が騒いだところで、どうにかなるもんでもない。

でも今この時も限界を感じながら、『愛』だの『絆』だので片づけられない状況で
自宅介護をしてる方がいるんだよ。

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コメント

俺も在宅介護・施設介護問わず介護をされている人を観ると「大変だろうな・すごい」って思う。
でも介護番組を観て感動して涙が出る様な事は今までなかったです。
それを荒んでいると言われれば・・・そうなんだろうか?
毎日がイヤだったモンな~

介護が始ると色んな事が簡単に崩れるんですよね。
働けなくなるし、寝れないし・・・
介護の負担以外に問題が山済みになる。
「相談しろ」「サービスを上手く使って」とか言う人もいるけど、それで何とかなるなら介護殺人は起きていない。

我が家が在宅介護をしてた頃、周りから「落ち着かせれば寝る」「家族の接し方が悪い」とか言われたから、説明しても無理だと思いビデオカメラで夜中の状態を撮ろうと思った事があります。
その行為自体が虐待だのナンだの言われたら困るからしませんでしたが・・・
仮にああいう状況をテレビで流したら視聴者の人はどう思うんだろうか?
病院や施設が嫌がる様な症状ですからね。流せんでしょうね・・・
介護をしている家族もそうだけど介護関係者や医療関係者の人なら知らない筈はないと思うんだけど・・・

介護番組で流れている事は事実。
でも、それは介護の一つの部分であって表に出せる事だけなんでしょうね。成功例って感じでしょうか・・・
トコトン追い込まれ介護の色んな部分を経験・見ても、それを積極的にテレビに出て喋ったりはしないでしょうから・・・
言えば「相談すれば良い・施設を利用すれば良い」って言われるでしょうし、極一部って言われて終わり・・・
そういう部分がある事を知りながらその事には触れず、良い話だけをされる方って「何を伝えたいの?」って思う事があります。

テレビって影響力があるから要介護度・症状・家族構成・経済面などに関わらず「在宅介護をしろ。」って言われる。
一般の人からだけではなく、介護施設や介護士からも引き合いに出され言われた事があります。
こんなモン、完全に施設の逃げ口実です。
だから介護番組を観ると周りを囲まれ追い込まれた気分になる。
そんな事がどんどん広がったら耐えれない家族も出てくるでしょうね。
そうなる事が介護をしている一家族としては1番怖いです。

介護ってそれぞれ症状が違うし、施設の能力もバラバラで数は全く足りない、個人情報だから情報もでない・・・
で、そこから弾かれた人は行き場が無くなり追い込まれる。
その状態で介護は『愛・絆』って言われたらキツイでしょうね。

ツナさん♪

介護の真っ最中って、形振り構えないですよね。
ごく一般的に言う感動とか喜びとか、そういうものに触れても
気持ちが動かなくなるんだけど、本当に些細なことで嬉しくなったりする。
そういう状況を、荒らんでる、病んでると言われたら
「そうだよ」と認めてしまった方が楽ですよ。
壮絶な介護の中で、普通の神経・精神を持っていられることの方が
どこかおかしいと思う。
いやでもなんでもやらなきゃいけない、自分の理性と闘いながら
必死に介護を続けてるんだから、そう言う人がいたら
荒らんでて、病んでて何が悪い!ですよ。

このBLOGは、今は介護BLOGになってますけど
最初は高次脳機能障害のことを書いてたんです。
義弟が脳腫瘍の手術をして5年も経って、たまたま観ていたテレビで
特集をやっていて、義弟の行動言動によく似ていると思って
調べたら、まさしくその通り・・・医者は教えてくれなかったですよ。
次の診察で聞こうと思ったら、担当医の口から初めてこの障害のことが出た。
この障害って、早い段階のリハビリが必要だったりするんですよね。
私が調べ始めた頃は、この障害の情報は本当に少なくて
ネットも雑誌も症状は書いてあるけど、リハビリ方法は何もなかった。
病院に相談しても、専門的なリハビリには高額な費用がかかると言われ
役所に相談しても、まだ知られていなかったせいか、認定されてないからって
門前払い、相談にも乗ってもらえませんでした。
だから自己流で、いろんなことを試しましたよ。
昨年あたりから、ネットや雑誌でも見るようになりましたけど書いてあることは
もうすでに私自身が試したことばかり。
何一つ成功した物はなかったですね。
受け入れる=あきらめるなんだろうけど、あきらめるって言ってもね~
こっちがキャパシティーオーバーになっちゃう。
この手の特集を見ると、主人と

「我が家の状況を取材いてくれればいいのに」

って、こういう状況の家族もいるって見てもらいたいって思ってました。
もうお手上げと思ったら、今度は認知症がどんどん進んで・・・
ほんと、こっちが追い付いていかないですよ。

高次脳も認知も、奥が深いというか、すべてに当てはまるものなんてないんでしょうね。
大抵の方が、ハッピーエンドを好むから、ひどい状況を知っていたとしても
最期はハッピーで終わらせないといけないのかな?
そうなると、『愛・絆』は必要ですもんね。

市長さんが思い余って、ひっぱいてしまったシーン。
さも大変なことのように「あ~」なんて、効果音が入ってましたけど
つい感情的になって、乱暴に扱ってしまったり、手を上げてしまうこともある。
でもその後、自己嫌悪で苦しむ。
あれだけで、追い込まれたと判断する人もいるわけで、
あんな効果音を入れられたら、今それに向き合ってる人は
さらに罪悪感に苛まれ、追い込まれますよね。
放送は出来なくても、それだけでは片づけられない状況の家族もいるってことも
流してもらいたいと思うのは、いけないんですかね。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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