FC2ブログ

。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

久しぶりの笑顔。。。

2009.05.15 (Fri) 義弟の病院・病気と症状

昨日は、義弟の施設の支払いもあったので
昼食時の義弟に会おうと思って、お昼頃施設に行ってみた。

4月は大部屋に移動して、丸々1ヶ月なので、今後の費用の予想も出来る。
4月分の費用は、なんと77,601円だった。
予想してたよりも、かなり安かったので、ちょっとびっくりした。
『介護保険負担限度額認定証』ももらえたので、食費や居住費の一部を
市が負担してくれてるのも助かる。
紙おむつやパジャマ等、アメニティ費用が、同じものでも
医療では1日1470円だったけど、介護になると990円。
これが3万円ほどなので、1ヶ月11万前後で済みそうだから
義弟の障害者年金で、賄っていける。

支払いを済ませてから、義弟の面会に行った。
ホールで介助を受けながら、昼食を食べているところだった。
車椅子に座っている義弟に

「弟くん、元気?」

と声をかけながら顔を見たら、私を見て義弟がニコニコ~と笑顔を見せた。

「うわ~、Aさんの笑顔久しぶりぃ~♪」

そう言って、看護師さんたちが喜んでくれた。
義弟を担当して看護師さんと代わって私が食事の介助してきた。
最初は笑顔が出たものの

「弟くん、私は誰?名前はなんだっけ?」

と何回も聞いてみたけど、最後まで私の名前は出てこなかった。
話しかけても目は泳いでしまうし、言葉も出てこなかった。
食事も声かけをしても、自分から進んで食べようとはしない。
スプーンを握っている手を持って、おかゆをすくい、口元へ持って行けば
口を開けてすすることは出来るし、咀嚼行為もある。
でもすすってしまうので、むせたりもするので、今後誤嚥肺炎の可能性もあると思った。
最初のR病院では、誤嚥肺炎を起こしたら、口からは物を入れないと言ってたけど
今の施設では、どうなるのかな?
今後何かあれば、連絡が来るだろうから、施設に任せよう。

面会時間外だったので、他の方の迷惑になってもいけないし
施設のやり方もあるだろうと思い、最後まで介助はぜす
途中で帰ってきたんだけど

「弟くん、また来るからね。じゃあね」

と声をかけても、もう無反応だった。
少しずつだけど、確実に状態は悪化してるように思う。

夕方になって、義弟の同僚のMさんからメールが届いた。
義弟が立ち上げから携わっていた、Ⅰ工場が今月いっぱいで閉鎖になるそうな。
義弟が物事の理解が出来れば、きっと悲しむだろう出来事。
で、16日付けで義弟はY工場の工場長補佐に異動になるとのこと。
本当ならキラれてもおかしくないのに、工場長補佐と言う役職を付けていただけたことに
感謝の思いしか出てこない。
お礼と昨日の義弟の様子をメールで返信した。

そして今日、人事のT部長からも電話が来た。
今のこのご時世である。
一つの工場を閉鎖しつつも、一つ買収した工場を立ち上げるそうな。
とは言え、資金繰りも苦しい中、従業員の残業代カットや賃金も下げているそうで
義弟のお給料も、5万カットさせてくれとのこと。

「お義姉さんからいろいろ聞いてるから、本当に心苦しいのだけど・・・」

そう言ってくださったけど

「いえ、もう9年以上過ぎてますから、これ以上は本当にもう・・・」

こちらとしては、本当にもうこれ以上はという気持ちもある。
感謝という言葉では、追いつかないほどに、ありがたいことだ。
社長様にもくれぐれもお礼を言っておいていただきたいと
T部長にも何度もお礼を言って、電話を切った。

先日義弟の面会に来て下さったT部長も、感じているのだと思う。
義弟には、来年はないかもしれない。
工場長補佐と言う立場のまま、逝かせてくれようという心遣いかもしれない。

主人にも、このことは伝えて、面会の話をしたのだけど
主人が行くとしたら、日曜日の2時からになる。
その時間、義弟は眠っていて起こしても起きない。
これは普段、看護師さんたちが起こしても、起きないそうだ。

「寝顔看に行ってもしょうがねえし、仕事もあるから、俺はもう行けねえよ」

・・・って、行かないのか?!
やり残したこともないし、もう何の後悔も未練もないと言う主人。
義弟の面会に身内は誰も行かないとは・・・
身内だからこそなのかもしれないから、しょうがないか・・・

確かに寝ている義弟の面会に行ってもしょうがない。
これから面会時間を考えた方がいいかな?
とは言え、毎回は困ると言われたから、いつも午前中に行くわけにはいかないし
夕方は、わんこのお散歩もあるし、主人も帰ってくる。
夜中の2時出勤だから、夕食を待たせるわけにもいかないしな。
ま、その場その場で考えるしかないか。

久しぶりの義弟の笑顔は、ほんの一瞬だけだった。。。

<< 前の記事へ | HOME | 次の記事へ >>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

 | HOME | 

プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

最近のコメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。