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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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面会。。。

2009.05.04 (Mon) 義弟の病院・病気と症状

4月23日、面会に出かけた。
午後2時から8時までが、面会時間なんだけど
私の生活リズムからすると、午後2時頃行くのがベスト。
なので、この日も2時に行った。

毎回眠っている義弟。

「弟くん?弟くん!起きて」

と言いながら、肩や足などを軽くたたいてみるのだけど
まったく反応がなく、近くにいる看護師さんに聞いても

「いつも、変わらないですよ(笑顔)」

と言われるので、1日のほとんどを眠って過ごしているのかと思っていた。
23日も、同じように起こしても起きなかったので
たまには相談員さんに話を聞こうと思い、ナースセンターに行ってみた。
残念ながら、相談員さんは外出中だったけど
いつも看て下さっている看護師さんと、お話をすることが出来た。

やはり入所当初に比べると、かなり意識レベルは下がったとのこと。
だけど午前中は、わりと反応も良く、起きてることが多いそうな。
脳腫瘍があるので、進行を止めることは出来ないけど
出来るだけ今の状態を維持できるようにと、リハビリもしてくれてるそうな。

「憲児さん、元々身体を動かすのが好きじゃないみたいですね?」
「そうなんですよね、家でもリハビリさせるのに苦労しました」
「でも嫌々ですけど、リハビリもやってますよ」

食事は現在、介助が必要なのだけど、口の中でモグモグしてる間は
次の物を絶対に受け付けないため、かなり時間がかかるそうな。
ちゃんと咀嚼行為もあるし、出されたものはすべて食べているとのこと。

曜日によるけど、午前中にリハビリやお風呂があるので
昼食を食べた後は、疲れるらしく、午後2時頃は
眠っていることが多いらしく、夕方も目が覚めていることもあるので
時間を見計らって来て看て下さいとのことだった。

毎回は困るけど、たまになら、11時半頃に食事の様子等
看に来てもいいと言われたので、GW明けに行ってみようと思っている。

5月1日は、義弟の会社のT人事部長と同僚のMさんが面会に来てくれた。
3時頃に来ると言うことだったので、少し早めに行き

「弟くん、起きて!T人事部長さんとMさんが来てくれるってよ」
「・・・・・」
「弟くん、起きて!目、開けられる?目、覚まして!」
「・・・・・」

何度も声をかけたけど、まったく反応なし。
しかたがないので、病院の外で待つことにした。
すぐに、T部長さんもMさんも来て、様子を話して病室へ。

足や肩、胸の辺りを軽くたたいて、起こしてみたけどなかなか目を覚まさない。

「弟くん、起きて!目、開けられる?」

何度か声をかけたら、かすかにうなずいたので

「T部長さんとMさんが来てるよ。目を開けて」

やっと目を開けたものの、私の目をジッと見つめたまま動かない。

「私は誰?わかる?私の名前、言ってみて?」

反応なし。。。

「T部長さんとMさん、来てるよ。あっち見てみて」

反応なし。。。
T部長さんとMさんも、何度か声を掛けてくれたけど
やっぱり私をジッと見たまま、動きがない。

いくらか視線は動くんだけど、泳いでると言う感じ。
まだ目が覚めていないらしい。
しばらくは下らないことを話かけていたら、やっと目が覚めてきたらしい。

T部長さんとMさんも、交代で声をかけてくださった。

「弟くん、私は誰?名前言ってみて」
「・・・・・恵子ちゃん・・・・・」

声はほとんど出てないけど、唇で読めた。

「そう、やっと思い出した?忘れられたらどうしようかと思ったよ(笑)」
「・・・・・」
「T部長さんとMさんも来てるよ。わかる?」
「けんちゃん、わかるか?俺だよ?」

かすかにうなずいた。

今度はT部長さんが声をかけてくれた。
すると、身体を起こそうとしたので、T部長さんのことも分かったようだ。
上司だということを、まだ忘れてなかったんだな。
反応があまりにも鈍かったので、忘れてしまってたらどうしようかと思ったけど
目が覚めてくるのに、時間がかかるんだな。

会話も成り立たないために、T部長さんもMさんも
持て余しているようだったので、30分程経ってから

「じゃあ、弟くん。また来るからね。またね」
「けんちゃん、がんばれよ」
「Aくん、またな」

そう言って、握手をした後、手を振ったら
義弟も右手をグーパーグーパーして、バイバイをした。
私達が義弟の視界から消えても、グーパーグーパーは続いていた。

その後、相談員さんと少し話をすることが出来た。
意識レベルはかなり下がったけど、症状としては落ち着いていて
毎日穏やかに過ごしているとのこと。

そのことを、T部長さんとMさんにも伝えて、病院の前で別れた。

今の状態がどこまで続くのか?わからない。。。

先日、義父から主人のところに電話が来ていた。
面会の話をしていたけど、主人はどうせわからないから来なくていいと言っていたし
義父も来る予定はないらしい、義姉も来ると言う連絡は来ない。

万が一の時、義弟の最後を看取るのは施設の方か?
連絡が間に合えば、私の可能性が大きいな。

確かに、義弟はもうまったくと言って良いほど、物事を理解してない。
でも身内って、こんなものなのか?身内だから、こんなものなのか?
義父も義姉も、主人に任せてるからと思ってるのだろうけど
実際に看てるのは、ほとんど私だぞ。
面会くらいしてもいいと思うんだけどな。

義弟が穏やかに過ごしてるなら、それでいいけど、いいんだけどね
なんかしっくりこないのよね。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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