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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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生活ペース。。。

2009.04.04 (Sat) 父の看護日誌

今週は、父の方でアクシデントが続いた。

先週末、父の兄貴のお嫁さん、叔母が危篤という連絡が入り
翌朝には、亡くなったと連絡が入った。
最近は出不精になり、特に長距離で車に乗るのが嫌な父。

「具合が悪いって言って、行くのやめようか?」
「そういうわけには行かないでしょっ!」

と叱ってやった。
30日がお通夜、31日告別式だったので、弟と相談して31日に出席することにした。
父の兄の家は、福島県。
こちらから行くと、渋滞なしで片道約4時間かかるので、早朝4時出発ということになった。

月曜日は、父はデイの日。
私はわんこの病院に行き、戻ってきて買い物を済ませて
朝昼兼用の食事をしようかと思っていたところで、携帯が鳴った。
着信音が父だったので、???と思って出てみると

「恵子~、迎えが来ないんだけど、どうなってるか聞いてみてくれよ」
「今まで待ってたの?」
「そうなんだよ~、もう来るかもう来るかと思ってよ~」
「すぐ電話して聞いてみるから、待ってて」

で、すぐにデイの施設に電話をすると、19日に父が30日は休むと言ったらしい。
どうやら、23日に用事を済ませてから、私が送ると言っていたのを
自分は休むと思い込み、さらに日にちを間違えて伝えたらしいのだな。
なので、施設ではお休みとなっていたらしく、お迎えがなかったらしいのだ。
事情を説明したら、今からすぐにお迎えに行ってくれるとのこと。
なにしろ、施設に行くことが何よりの楽しみな父。
いつもの時間に連絡がなければ、1時間後位には電話をかけてくればいいのに

「どうしたんだろう?どうしたんだろう?」

って不安と緊張で、午前中いっぱい待ったらしいのだな。
で、すぐにお迎えに来てもらい、午後から参加となった。

翌日は告別式に参列のため、日帰りで福島へ。
弟の嫁、義妹と甥っ子たちは春休みを利用して、義妹の実家に出かけてると言うので
前日に弟は我が家に泊まり、火曜日は3時過ぎに起床
父の家を4時に出発し、途中2回休憩を取り、8時過ぎに到着した。

地方によって、告別式のやり方は違う。
9時にお坊さんを迎えに行き、9時半に出棺の供養をして出棺。
火葬場に行った後、1時半からお寺さんでお骨での告別式となった。
その後、精進落としが時間制限なくあるので、夕方4時過ぎに退席することにして
東京江東区に住んでる叔父を乗せて、5時過ぎに叔父の家を出発。
途中1回休憩を取り、叔父を送り届けて、9時過ぎに家に到着した。

「疲れたな~。後ろに乗ってるより、運転してる方が楽だ」

そう言ってた父だけど、実は体調が悪かったらしい。
翌日はゆっくり休むように言って、月曜日のことを連絡帳に書こうと思い
父の顔を見ながら、連絡帳を取りに行き、家に戻って読んでみると
月曜午後から参加した父に、お風呂に入ろうと誘ったらめまいがすると言って
1時間以上、ベッドで横になっていたらしいのだ。
父もそのことを言わなかったから、翌日日帰りで福島にも行ったし
連絡帳を読んで、すぐに父に電話を入れて聞いてみた。

「月曜日、具合悪かったの?」
「いや~、別に・・・」
「月曜日お迎えが来なかったでしょ?」
「あ~、そうだね~」
「そのあと、デイに行って、フラフラするって言ってベッドで寝てたんじゃないの?」
「あ~、そうだったな~。めまいがしたんだよ」
「今は?フラフラするとか、頭が痛いとか重いとかない?」
「今は大丈夫だよ」
「ご飯は?食欲はある?吐き気はない?」
「ご飯は食べてるよ」

ろれつが回らないってこともないし、連絡帳を取りに行った時も普通だったし
とりあえずは大丈夫かなと判断した。

翌日木曜日もデイの日。
気になったので、朝電話で体調のことを聞いてみると、頭が重くて眠いって・・・
おいおい、もしかして頭の中で何かが起こってるかも・・・
変な話だけど、義弟がやっと介護施設に入所出来たと思ったら
今度は父かも・・・なんて、不吉な予感がしちゃって

「とにかく病院に行ってみようか?」
「う~ん」
「なんでもないって言われたら、また恵子が施設に送っていくからさ」
「行ってみようか・・・」

定期健診以外滅多なことじゃ、病院に行きたがらない父が行くって?
心臓がバクバクしちゃった。
月曜日にお風呂に入れなかった父は、今日はデイでお風呂に入りたいと言うし
デイには行きたいと言う。
とりあえず、施設に電話をして、異常がなければ行きたいと言ってるので
もう一度連絡すると伝えて、病院に電話することにした。

MRⅠ検査をするとしたら、神経内科で通ってるR病院の方がいいと思い
R病院に連絡をしてみたら、K先生を受診して異常があればK先生から
連絡をもらった方が、早く診れると言われたので、すぐにK先生の病院に向かった。

9時過ぎに病院に到着。
待ち時間の間、いろいろ話して、中待合に入るころには

「今は何ともなくなった」

と言い、デイの話を楽しそうに話始めたんだよね。

熱 36度4分 血圧 111/68 脈拍 63 と正常。
体重は57.5kgで、昨年末より2kg増えていた。
その前が痩せたから、痩せるより増えてくれる方が安心する。

それからK先生に、今週の出来事を説明した。
聴診器で、胸と背中の音を聞いて、父の話し方等々聞いても問題はなく
月曜日、お迎えがなかなか来なかったことで、不安と緊張感があった父。
施設に着いた時、ホッとしたと言っていた。
おそらく緊張が解けたことで、体調が悪くなったのだろうとのこと。
不安や焦り、緊張感が続いた後、それが解けると
体調を崩すこともあるから要注意と言われる。
また福島へ日帰りだったことも、通常でも疲れるのだから
父にとっては、かなり負担だったので、その疲れも出たのだろうって。
そうりゃそうだよね、私だって弟と行き帰り交代で運転ということになってて
夜の運転は怖いから、行きの運転をしたら、帰りは弟の奴飲んじゃって
結局往復私が運転、私自身もまだ疲れが残ってる状態だったもん。
脳の異常ではないから、心配はないって言われた。

これでホッと一安心した。
施設に今から連れていくと連絡をして、施設に向かった。
到着すると、すぐ父はいつもの席に移動して、もう私のことは眼中にない様子(^m^*)
逆にその方が、安心だけどね。

職員さんに病院でのことを説明して、同居じゃないため
連絡帳も毎回読めないので、体調が悪かったり何かあった時は
私の方に連絡をもらえるようにお願いし、また遅刻早退、お休みの時も
必ず私から、連絡帳に書くか、電話をするからと伝えると
もし父が何か言った場合は、確認の連絡をくれることになった。

最近父の記憶は、本当に危なっかしい。
自分の言ったことや行動も、順を追って話せば思い出すからいいけど
こちらから聞きださないと、自分から言うことはない。
特に体調が悪い時は、言ってくれないと私にはわからないからね。

デイから戻ると、毎回携帯から電話をくれることになっている。
木曜日の夕方電話が入り

「今日はお風呂に入れたの?」
「うん、入ったよ」
「調子はどう?」
「返って調子が良くなった」
「ならいいけど、具合が悪い時は言わなきゃダメだよ」
「うんうん、わかった、わかった」

ジイジの「わかった」は当てにならん!(○`ε´○)ぶーっ!

今週は生活ペースが乱れたことが、体調不良の原因。
疲れが取れてくれば、いつもの父に戻ってくれるでしょう。

主人も父の体調が悪いから、病院に連れて行くと連絡し
何事もなかったことを報告したら

「悪いけど、今度はじいちゃんか~?と思ったよ」

って、私と同じことを考えてたらしい(≧m≦)

そして今日も元気に、デイに出かけて行きました。
あ~、ホッとした。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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