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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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気がつけば。。。

2009.03.12 (Thu) 思うこと

もう3月も中旬になるんだな~。
なんだかゆっくりとパソの前に座ることが出来ずで
なかなか更新ができません。

義弟がT病院に落ち着いて、1ヶ月が過ぎた。
義弟が発病してから、3月4日で丸9年、10年目に入った。
発病から約2年間は、結婚していたから元嫁との生活
我が家に来て3年間は、高次脳機能障害なんて知らず好きなように過ごし
高次脳機能障害がわかって、自己流のリハビリを続けて3年間。
そして去年の7月には、突然のように自力歩行が不可能になり
8月には会話がままならず、今年になってほぼ寝たきり状態。

真っ只中にいたときは、毎日毎日こんなことがいつまで続くのかって
なつの発病、状態が悪化する中で、義弟も同時進行で
なつを持って行かれてからは、絶望的な気持ちばかりだった。

それでも我が家は恵まれているんだと思う。
理解して協力もしてくれたご近所さん。
ケアマネさんや、役所の方にも恵まれた。
ネット上でも励ましてくれた方や、こんな愚痴吐きBLOGを読んでくださってる方もいて
今年に入って、義弟が入院して、退院か?転院か?という時期は
どうなることかと思ったけど、無事に転院も出来て、落ち着いた。

義弟が発病してから、我が家に来るまでの間も主人は元嫁に
良いように使われていたし、一緒に暮らしていなくても義弟中心の生活。
義弟が我が家で暮らしたのは、約7年間だったけど
義弟が発病してから、我が家の生活は義弟に振り回されていたように思う。

経済的な部分も悩みの種の一つだったけど
これも義弟が入ってた生命保険のおかげで、当面はクリアになったし
今まで我が家から持ち出しだった部分も、返してもらえたから
ほんの少しの余裕が出来た。
ここに来て、気持ちの余裕も持てるようなったからだろうな。

9年って長い・・・長いのだけど、義弟が介護施設に入って落ち着いてくれて
通常の生活に戻り、新しい家族も増えて
振り返れば、それほど大変ではなかったような、そんな気持ちにもなる。

この9年間は、苦労だったのかもしれないけど、決して不幸ではなかったし
義弟が我が家に来なければ、なつを迎えることもなかっただろうし
メイだって迎えることはなかったかもしれない。

幸せ貯金の利息が、今少し返ってきたのかな?
エリーが横で、メイが腕の中でスヤスヤ眠り、なつのお骨や写真を見ながら

「なちゅ、おかあさん幸せ♪」

なんて呟いてる私。

どっかでバチが当たらなきゃいいんだけどな。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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