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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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記憶が。。。

2009.02.20 (Fri) 父の看護日誌

大きな落とし穴って、これか?と思う出来事が一つ。

父の記憶にまた問題が出てきたように思う。

先週父の兄、叔父から父の所に電話が来たらしい。

「昨日、兄貴から電話が来たんだよ」
「ふ~ん、なんだって」
「女房が入院したらしいんだけどよ。金がどうとか言ってたんだよな」
「お金?貸してくれって?なんて言ってたの?」
「貸してくれって言ってたけど、ないって言ったんだよ」
「ないって言ったのね?」
「うん」

で、その言葉を鵜呑みにしてたんだけど、今週になって叔父から私の家の留守電に

「お父さんに頼んでおいたんだけど、もう送ってもらえたか、聞いてみてくれ」

・・・( ̄□ ̄||)えええっ!!
私に連絡が来たってことは、お金は私に預けてあることは言ったらしい。
で、電話ではラチがあかないと思って、実家に行って、もう一度父に聞いてみた。

「この前、おじちゃんから電話が来たって言ったでしょ?」
「えっ?兄貴から電話なんか来たっけ?」

(-_-;)ホントカ・・・オイ・・・
記憶からこぼれたらしい。
これを追求すると、また忘れたことに落ち込んじゃう。

「電話来たって、言ってなかった?」
「来たっけかな~?」
「なんか頼まれなかった?」
「・・・・・???」

┐('д')┌ ダメダコリャ!
そこから話を他に移して、もう聞くのはやめた。
その後は、手紙で叔父とやり取りした。
叔母が入院したらしく、お金に困っているらしい。
父が電話で、調子よく

「わかった。いいよ、いいよ」

と返事をしたらしいのだけど、たぶん父もお金は恵子に任せてるから
恵子に言っておくとでも言ったのだろう。
だから、我が家に電話が来たんだと思う。
父も私が母子家庭をしてたころは、金回りも良かったし
心配しては、会えば私のポケットに数万円入れてくれた。
祖母が他界した頃は元気だったし、葬儀は経済的にも叔父に援助したらしい。
父の弟の奥さんにも、叔父に内緒で30万貸したけど
叔父に言わないまま、他界してしまったから、返ってこなかったし
父の妹にも、30万貸したと言ってたけど、これも返って来てない。
こちらに引っ越してくる時は、ローンで引っ越してきてるんだから、お人好しも良いところ。

父にはもうお金の心配はさせたくないから、私が預かっているわけだけど
こちらも経済的に余裕があるわけじゃない。
父も年金でギリギリの生活だし、我が家だって義弟のことでいっぱいいっぱいだ。
身内だからこそ、返済してもらえる可能性は低いもんね。
実際に60万のお金が返ってきてないわけだし・・・
今後のことを考えたら、父もある程度の貯蓄はしておかないといけない。
叔父だって息子と同居してるのだから、申し訳ないが息子と相談してもらいたい。
お見舞いと言う形で、3万円だけ送って、父の病気のことや
叔父からの電話も記憶からこぼれたこと、こちらの事情も説明して勘弁してもらった。

しかし、電話があったことも忘れてしまうとは・・・
義弟のことが落ち着いていきたら、今度は父かもしれない。
主人の父親も心臓に爆弾抱えて、一人暮らしだ。
まだまだ我が家は、前途多難だな。

子犬を迎えられるってことは、しばしの休息ってことなのかもしれないじょ。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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