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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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2週間ぶり。。。

2009.02.20 (Fri) 義弟の病院・病気と症状

長々と放置状態になってしまった。。。

義弟が今のT病院に転院して、早2週間が過ぎました。
転院前、R病院でのリハビリに立ち会ったとき
前日から少し元気がなくなったとリハビリの先生に言われ
実際看ていても、なんとなく動きが悪いような気もして
もし状態がまた悪化したら、退院はキャンセルと言われていたし
もし退院できなければ、せっかく見つけた介護療養型医療施設だって
次の退院許可が出るまで待ってくれるはずもない。
だから転院当日まで、ドキドキものでした。
それに、退院前日には申し込んでいたこの4月開設という特養から
受け入れのための面談をしたいと連絡が入って、なんで今なの?って
ちょっと混乱気味にもなったりして・・・
申し込んだ時の、介護度は3だったけど、現在『要介護5』に変更になった義弟。
いきさつを説明したら、当然だけど今回は見送りになった。

とにかくR病院に入院していた、1ヶ月ちょっとの間
めまぐるしい日々だったけど、ここに来てやっと落ち着いてきたように思う。

昨日顔を見てきたのだけど、転院してからの方が元気になったような気がする。
面会時間が2時からなので、2時前後に到着するように行くのだけど
ホールで昼食後、しばらくそこで過ごしているらしく、私が行く時は
ホールで車椅子に座ってる義弟が、立ち上がろうとしてるところにいつも出くわす。

「弟くん、立っちゃダメ!」

と言うのが、私の第一声。

「調子はどう?」とか「今日は何をしたの?」とか
いろいろ聞いてみるんだけど、いつも考えながら止まってしまって
会話が続いたことがない。
夫婦じゃないし、親子でもないし、家にいるときも、共通の話題もないから
会話は少なかったけど、入院してからも何を話していいのかもわからなくて
くだらないことを聞いてみるけど、結局固まってしまうことが多くて、会話にならず。
無言のまま、しばらく一緒にいるだけなので、30分が私の限界。

「じゃあ、また来るね」
「えっ?もう帰っちゃうの?」
「うん、まだやらなきゃいけないことがあるからね」
「そっか~」

ただ黙って座ってるだけなんだけど、いてほしいらしい。

T病院には、まず医療で入院したのだけど、状態も安定していると言う事で
18日からは、介護保険を使っての入院に切り替わった。
そのため、昨日は手続きもあった。
義弟に会いに行く前に、相談員のOさんと面談しながら書類にサインをした。

一番気になっていた、今後またR病院のように突然退院なんてことがあるかどうか?
でも契約書等の内容の話をしているうちに、その心配はないことがわかった。

家族が退院を希望するか、特養に移るか・・・
それまでは、ずっとT病院にいられるそうだ。
また支払いに関しても、契約書上は支払いが1ヶ月以上遅れた場合は
退所と書いてあるが、信頼関係で成り立っている病院だから
もし支払いが遅れるとか、困った時は申し出てくれれば、分割にも対応するし
相談に乗るので、必ず申し出てくれるように言われた。

T病院には関連施設で、リハビリセンターもあるし、訪問介護もやっているし
急性期病院として、K病院もあるし、特養の『S苑』もある。
今の義弟の状態なら、T病院よりも『S苑』の方が楽しいのではないかと言われた。

「でも脳腫瘍があるから、もし状態が悪化したらどうなりますか?」
「S苑で具合が悪くなったとしても、搬送先はここかK病院になるから
 関連施設だから横のつながりもあるから、担当医も同じだし問題はないと思いますけど」
「特養も去年の10月に申し込んだままなので、変更をしないといけないんですけど
 ケアマネさんが、S苑は待ち人数が多いって聞きましたけど」
「う~ん、どうかな?そうでもないと思うんだけど・・・
 受け入れの連絡が来て、医師が大丈夫って言えば、S苑に移れると思いますよ」
「じゃあ、すぐにS苑だけで、介護度の変更をしてみます」

ということで、今日変更の用紙に記入して、さっそく郵送した。
T病院にいるよりも、特養の方が金額的にもお安くなる。
そううまく行くとは思えないけど、変更だけはしておいた方がいいと思う。

契約も終って、義弟の面会に行った。
昨日もホールにいて、いつものように少し話をした後、私はそこにあった本を読んでいた。
食事の時に飲んだ麦茶のコップが置いてあったのだけど、その中に
どうも口の中でクチャクチャやっていたものを、そのコップに戻したようで
食べかすのような物が入っていたんだよね。
そのコップを持って中身を確認してた義弟に

「弟くん、それもう何も入ってないでしょ?そこに置いておきな」

そう声をかけたら

「恵子ちゃん、これ飲む?」

飲むって、食べかすの入ったものを私に飲めってか?
なんだかニヤニヤ笑って言うので、ふざけてるのかと思って

「そんなもの、いらないよ(笑)」

と、笑いながら言ったんだけど、ちょっと強い口調で言ったもんだから

「なんだよっ!その言い方はっ!」

と、怒り出した。

「だって、それ何も入ってないし、弟くんの食べかすが入ってるだけでしょ?」
「だからって、そんな言い方しなくてもいいだろっ!」

(´Д`)ハァ・・・こうなると、気分が滅入る。
本人わかっててわざとやってるのか?何もわかってないのか?
判断が付かないし、一緒にいて気分が悪くなるのはもうイヤだ。
義弟の言葉に腹を立ててもしょうがないけど、気分は悪い。
返事をしないで、しばらく黙っていたら、義弟の意識は別なところに飛んだらしく
なんだかしきりに手を動かし始めた。
こうなると、一緒にいてもイライラしてしまうから、早々に帰ることにした。

「じゃあ、もう帰るね」
「もう帰っちゃうの?」
「支払いもあるから、また来るよ」
「・・・・・うん」
「じゃあね」

そう言って立ち上がったら、手を振っていたので、降り返した。

自宅に戻って、ケアマネさんに相談員のOさんと話した内容を伝えた。

「良かったですね~。お義姉さんも、楽になったでしょ?」
「うん、なんかやっとホッと出来たって感じ」

そのときにちょっと聞いてみた。
2週間で義弟の顔を見に行ったのが4回。
転院してから、8日に主人と部屋の模様替えをした。
今まで女中部屋で過ごしていたけど、リビングへ荷物の移動をして
7年3ヶ月ぶりに、本来の我が家の形に戻した。
9日の月曜日に行って入院の手続きを終らせ、その後面会。
すぐ先輩の訃報が入ったりしたので、その週はお通夜に行ったり
義弟がいた頃は、なんだか掃除も適当にしてたけど、模様替えをしたことで
気になるところがたくさんあったので、せっせと掃除をした。
なので、15日の日曜日に主人と一緒に面会。
そのときに、今まで診てもらっていた眼科で、目薬をもらってくるように言われ
16日に眼科で事情説明をして、目薬をもらい、その他足りない物も持って面会。
で、昨日19日介護入院のための手続きも含めて面会。
これって、多いのか?少ないのか?何かもっとしなくちゃいけないことがあるんじゃないか?
そんな風に思っていたので、ケアマネさんに聞いてみた。

「お義姉さん、ある意味燃え尽き症候群になる可能性もあるんですよ」
「燃え尽き症候群?」
「今まで大変だったけど、突然手が空いてしまうでしょ。だから他の何か見つけましょう。
 前にスポーツセンターに通っていましたけど、今は行ってないんですか?」
「いや、行こうとは思ってるんだけど、もう少し落ち着いてからと思って。
 それに子犬を迎えるかもしれないし・・・」
「子犬ですか?いいですね~♪普段通りの生活をして、子犬の世話もしながら
 空いた時間に面会に行けばいいんですよ。行かなくちゃって思っちゃダメです」
「あ~そうか、そういうことか・・・なんかまだ罪悪感みたいな物があるからさ~」
「義弟さんがいなかった頃の、普段通りの生活をしていいんですよ。
 任せっきりは良くないですけど、お父さんのこともあるんですから、そのためもあって
 介護施設に入所したんですから、空いた時間に行けばいいんです」
「そうだよね~。そうか、わかったよ」

燃え尽き症候群か・・・確かに今まで義弟のことばかりだったのが
すっかり義弟のことから、手が離れてしまった。
主婦として、やるべきことをやってはいるけど、なんだか調子が狂ってるんだよね。
今まで、主婦業の手抜きばかりしてたからな。
空いた時間に行けばいいのか・・・なんだか、本当に気が楽になった。

実は今度の日曜日、ラブラドールの子犬を見に行く予定になっている。
間違いなく子犬を連れて帰ってくるだろう。
在宅介護になったとしても、子犬は迎えるつもりでいた。
わんこは我が家にとって、何よりの癒し効果があるからね。

この罪悪感は、どこかで失くなるのかな?
何もかもがうまく行き過ぎてるようで、主人も同じ事を言うけど
やっぱりどこかに大きな落とし穴があるような気がしてならない。

だから車の運転も慎重に、普段の生活もいつも通りに・・・
でもわんこを迎える贅沢はいいよね?

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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