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。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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思うこと。。。

2009.02.05 (Thu) 思うこと

面会時間が午後3時からとなっているR病院。
昨日役所が終った後、時間は10時過ぎだったけど、相談員さんに
病棟に上がっていいかを聞いたら、転院のことを伝えるためならいいでしょうと言う事で
病棟のナースセンターに行った。
転院の話しと、この前いただいた書類の中に、入院給付金の診断書がなかったので
それもどうなっているかを聞いて、返事をもらえるように頼んだ。
対応してくれた看護婦さんが

「師長がお渡ししたい書類があると言ってたので、ちょっと待ってもらえますか?」

と言うので、その間顔を見てきても良いかを聞いたら、やはり病室には入れないとの事で
待合室で待つように言われた。
しばらくすると、対応してくれた看護婦さんが来て

「本当は師長が渡すべきなんですが・・・」

と言って、入院給付金の診断書を渡された。
私と1対1で話したくないのか?それともまた逃げたのか?
そんなことも思いながら、その書類を受け取った。

その後、まだだった入院の手続きをしたら、書類を1枚病棟のナースに渡すよう
言われたので、もう一度病棟のナースセンターに行った。
看護師長がいたのはわかっていたが、あえて看護師長を避けて
別の看護婦さんに声をかけた。が、看護師長の方から

「あ、Aさん。すいません。書類受け取りました?」

と声をかけてきた。
やっぱりニコニコと満面の笑顔。

「7日にT病院に転院が決まったそうで、良かったですね~」
「私は9時に来ますが、介護タクシーの方が車椅子で9時半に病室まで来てくれますので」
「わかりました。準備しておきますから」

私の中のわだかまりは、まだ消えていないけど
この看護師長を責めたところで、病院の仕組みは変わらないのだ。
この人は仕事をまっとうしただけのこと。
日にちも経っているし、次の受け入れ先が決まったことで
私の気持ちもいくらか落ち着いているし、もう責める気持ちは失せていた。

こういう経験をしなかったら、急性期病院と療養型病院があることも
知らなかったし、併せ持った病院があることも知らなかった。
それに考えてみれば、救急車を呼んだにも関わらず、対応してくれる病院が
見つからず、たらい回しにされたあげく、命を落としてしまうこともある。
だからR病院のように、救急患者はすぐに受け入れてくれる病院は必要だと思う。
救急患者をすぐ受け入れるためには、ベッドも空けておかなくてはいけないし
その役割を看護師長が受け持っているのだとしたら、まあ病院の悪役を
受け持っているようなものだ。
中にはのらりくらりと退院を引き伸ばす者もいるだろうし、仕組みを知らない人には
逆に怒鳴り返されたりすることだってあるだろう。

あの電話を受けた後、確かに私は追い詰められたし、看護師長に対して
恨みのような憎しみのような感情も抱いた。
あの電話がかかってこなくても、もし次の受け入れ先がなかなか見つからなければ
日を追うごとに、やっぱり私は同じように追い詰められたと思うし
主人と相談をして、自宅介護に踏み切っていたと思う。

こうやって冷静に考えてみると、看護婦と言う仕事もしながら
そういう役割を果たさなければいけない、看護師長という仕事だって楽ではない。
そう思ったら、もうあの看護師長を責める気にはなれなくなった。

私達夫婦には、この後も主人の父、私の父の介護が待ってるかもしれない。
どちらの父親も、私達夫婦が抱えていることだ。
私の父は、義弟が入院してる病院の脳神経内科に通院している。
緊急時の受け入れ先は、やっぱりR病院になるだろう。
義父の通っている病院は、どういう病院かまだ調べてないけど
でもこの経験が、義父や父のもしもの時、その先の私たちの行動を
教えてくれてるような気がする。

介護は、経験した者しかわからないことがたくさんある。
親のことより兄弟のことで介護を経験するとは、順番は逆だけど
義弟にことを最後までやり遂げられたら、義父のことも父のことも
この先、どうにかなるような気もする。

今日は、土曜日の退院の時着ていく洋服を届けて
一応リハビリの様子も看てこようと思う。

大きな落とし穴・・・
もし義弟の状態がまた悪くなったら、退院はキャンセルと言われている。
せっかく受け入れてくれると言ったT病院も、今ならベッドが空いてるということだし
退院が延びたら、また受け入れ先を探さなくちゃいけないと言う事になる。
そんな落とし穴は、勘弁してほしい。

あと2日、安定した状態を保てることを願うのみ。。。

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コメント

急性期病院と療養型病院かぁ・・・

私が以前お話していた『最期まで看て下さる病院』っていうのが
その療養型病院になるんでしょうね、きっと。
そこは救急病院にもなっているので、併せ持った病院だったんですね。

その病院は我が家のすぐ裏にあるので、もし何かがあれば
そこで看て頂けると思うとやはり心強いものです。
自宅から歩いて行けるというのも有難いです♪

医療が発展すると介護を必要とする人も老若男女を問わず増えるでしょうから
そういう療養型の病院がもっと増えると良いですね。

応援といっても気持ちだけの応援で申し訳ないです☆
でも、いつも見てますからね♪

いろいろ・・・

勉強になりますね。

自分や家族が病気にならないと、知らないことだらけで
本当に今回は良い経験をしてると思ってます。

病院や施設の仕組みはよくわからないけど
併せ持った病院と言うのは、なかなか難しいのかもしれませんね。

これからもよろしくです!

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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