。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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小さな幸せ探し

2007.04.15 (Sun) 義弟との日々の出来事

この頃の日記を読み返すと、私はいろんなことを考えていた。
リハビリのこともそうだけど、それ以外にもおかしな判断をすることなどは
性格なのか?それとも病気のせいなのか?
義弟と同居を始めるまで、義弟のことはほとんど知らないに等しい私は
主人と双子だから、根本的には主人とあまり変わりがない人と
勝手に思い込んでいたところもあった。
だけど実際に生活してみたら、何から何まで違っている。
病気の前の義弟と今の義弟は、どこか違ってしまっているの?
主人や会社のMさんに聞いてみることもあった。
答えは「ほとんど変わりがない」と二人とも同じ答えだった。
ならば性格?甘えたはしょうがないとしても、この困った判断はどう考えればいいの?
その半面で、もしかしたら義弟との生活も限界が来てるのかもしれない。
自分で選んだ道を、途中で放り出すわけには行かない。
などなど、とにかくいろんなことを考えていた。

主人には確かに納得行かないこともたくさんあった。
一度主人と二人で、私の友達と飲みに出かけた時がある。
高校時代からの悪友なのだけど、その悪友も2年前に乳がんを患い
部分切除をした後、今もその治療は続いている。
大学生の息子もいるから、仕事も続けながらの治療だから身体がキツイ時もあるらしい。
その悪友は、私が義弟と同居を決めた時、こう言った。

「アンタとけんちゃんが決めたことに、何もいう権利はないけど
 引き取った以上、もうできませんは言えないよ。
 夫のことは私が守るって言ってた嫁だって、先の見えない介護はしたくないって
 離婚を考えてるんだよ。
 アンタの気持ちだって、時間が経てば変わるんだからね」

そう言えば、元嫁は義弟が倒れた直後はいつもそう言っていたっけ。
確かに、あの頃持っていた気持ちは薄れてしまった。
不謹慎かもしれないけど、こんなに長く義弟と過ごすことになるとは
あの頃、思ってなかったからな。
その友達との飲み会で、私が義弟に対してのストレスをベラベラとしゃべっていた。
友達も相槌を打ちながら、時には質問されたりもしたけど
「アンタさ、けんちゃんの前でよくそこまで言えるね?私ハラハラしてるんだけど」
「だって、私は全部けんちゃんに話してるから」
「あ、俺も別に気にしてないよ。こいつの言ってることは本当のことだから
 それが自分の弟であっても、しょうがないと思ってるし」
自分の弟のことを、悪友にまでしゃべりまくる私のことを責めることもなかったし
時には意見の相違はあっても、黙って聞いてくれている。
日記にはグチやボヤキも書いてあるけど、それだけでも充分なことだと思う。
日々の生活の中ではそのことを忘れて、主人を責めてしまうときもあるけど
最後にはこの気持ちに辿りつくから、私はなんとか今の生活を維持できているんだと思う。

それに義弟の会社の方々。
特に同僚のMさんの存在は、義弟にはもちろんだけど
私にとっても大きな存在になっていた。
この年1月の健康診断に行った後、人事異動もあり一度も会社には行ってなかった義弟が
8月31日に会社に行くと言ったことを止めた時、義弟は
「明日やめとくよ。いつも恵子ちゃんの言うこと聞かないで痛い目に遭ってるからな」
とめずらしく殊勝なことを言っていた。
その2日後、Mさんから義弟の携帯に電話が入った。
我が家の近くにも義弟の会社の工場があり、そこで新しく何かが出来たらしく
一緒に見学に行こうと誘ってくれた。
ほんの2時間程の外出だったけど、気持ちの切り替えには十分な時間。
おそらく工場に行くことを中止にさせたから、気を遣ってくれたのだと思う。
そんな気遣いを時折見せてくれるMさんにはいつも感謝している。

義弟が勤めていた工場は、まっさらな状態で立ち上げから義弟が手がけている。
だからこの工場については、義弟の中でかなりの思い入れがある。
義弟が倒れた後、義弟の代わりにその工場の責任者として単身赴任。
その年の人事異動までの5年間、人事部長と共に何かと気にかけてくれて
我が家にも、手土産を持って様子を見に来てくれたりもしていた。
お礼がしたくてもどうしていいかわからず、我が家に来てくれた日
自宅に戻らずアパートに帰るという日は、お粗末ながら手料理を
つまみ代わりに持ち帰ってもらってた。
「お義姉さん、大変だよね」
と声をかけてくれて、グチまで聞いてくれる時もある。
人事異動で別の工場に移り、自宅から通い始めてからまた我が家をたずねてくれた時
「やっぱり自宅はいいでしょ?」と聞いたら
「う~ん、ビールって言えば出てくるとこがいいな」
そんなお茶目なMさん、でも本音だろうね。

義弟の会社の方々には、本当に感謝してもし切れない。
お給料を出し、それは今も続いているけどこれだけ長い期間を
面倒を見てくれる会社なんてどこにもない。
直接的ではないけれど、間接的に我が家にとってもありがたいこと。

そんな風に、私の周りで我が家を、私を支えてくれている人がいる。
そんなことを感じる時
「私がへこたれてどうする」
って、シコ踏んでふんどしを引き締める。

狭い女中部屋でどっちが居候かわからなくても、主人と彩佳とエリー&なつ
笑いながら会話が出来ることって幸せじゃないか?
お散歩仲間さんとの、ちょっとした情報交換。立ち話出来ることも幸せじゃないか?
お散歩しながら、綺麗なお花や夕焼けが見れることだって幸せじゃないか?
エリー&なつと一緒に寝れることだって、幸せじゃないか?

いろんなことを考える中、今の状態を変えられないのなら
主人が言ったように自分の楽しみを探すことも大事!
だから『小さな幸せ探し』を始めてみようと思った。


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恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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