。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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思うこと。。。

2008.04.04 (Fri) 思うこと

最近ちょっと「ん?」と思ったこと。

私のこのBLOG、時々思わぬページでりんくを貼られている場合がある。
このページに、私のBLOGと何の関係があるんだろう?・・・とか
このページで、私のBLOGのこのカキコとどう関連性があるんだろう?・・・とか
書かれている内容の、ある言葉だけしか一致してなかったりする。
そう思うことはあるのだけど、特別こういうことを気にしたことはなかった。

りんくページって、友達のページだったり関連性があると思うからりんくを貼るんだと思うけど
リンクを貼る前に、普通は何かしらの接点があると思う。
ネットという環境だから、不特定多数の人が見るわけで、特別断りもなく貼る人もいるけど
そのページが気に入って、りんくを貼ってくれてるんだと思うからそれが悪いとは思わない。

トラックバックと言う機能もある。
そのカキコを見て、意見・情報交換なんかに使うようだけど、私は使ったことがない。
時々他の方のBLOGのカキコに対して、感想や意見を書くときもある。
時には引用させてもらったり、自分の言葉で感じたままに書かせてもらい、意見を述べる。
ここで私は、その方のBLOGのURLとかは載せないことにしてるんだ。
直接本人に言いたい時は、その方のBLOGにコメントしたりメールをすればいいことだし
あくまでも私個人の感想と意見なので、自分のBLOG上で意見交換はいいけど
そのことで相手のBLOG上で、論争が起きても困ると思うから。
まあ、勝手に引用と言うのも失礼だとは思うけど。。。

りんくやトラックバックはいいのだけど、先日私のBLOGの『本を読んで。。。』のカキコが
あるサイトの掲示板で、『とあるBLOGの書き込み』というタイトルで紹介されていた。
特別意見が書いてあるわけでもなく、「本を読んで。。。」と書かれURLが載っていた。

このサイト、息子さんが事故により高次脳機能障害を背負い、母親が自分の特技を生かして
団体を立ち上げた公式サイト。
りんくでもなく、トラックバックでもなく、掲示板でと言うのが私の「ん?」になった。
掲示板を見ていくと、こういうスタイルの掲示板らしいのだけど
ただ「これ読んで」みたいなカキコは、なんだかちょっと納得が行かない自分もいた。
ご自身の感想や意見を述べられていたり、どう思うかとか問いかけてるのなら納得が行く。
自分のカキコにどういう意見を持たれるのか?すごく興味があるし
同じ障害を抱えた家族の方の、公式サイトでの掲示板
どんな反応があるんだろう?と、かなり気になった。
時々見に行ってみたけど、レスは付くことなくそれだけだった。
これは何の意図があったのだろうか?
そのサイトを覗いていくと、本の著者の方の名前を見つけたので
その関係かな?とも思うのだけど、なんとなく納得が行かないままに
月日は過ぎてしまったけどね。
本に対しての私の意見が、気になったというところなのかな?

んで、その掲示板で同じように紹介のされていたあるBLOGに飛んでみた。


そのBLOGに書かれていたこと。。。

高次脳機能障害の講演会で、先生にアドバイスを求めたところ、こういうコメントを頂いたそうだ。

・自分が支援されていると実感できる環境を作ること
  →それによって、「実は自分はできていなかった」と気付く
・更に、「こうすればうまくいく」をセットにすれば効果倍増


「これはなかなか興味深いことでした」

とコメントされていた。
こんなこと私、毎日やってるよ。。。なんぞとへそ曲がりなことを思ってしまったし
申し訳ないが、これを読んでこの方の講演会を聞きに行こうとはとても思えなかった。

それよりも、ん?こんな簡単な事なの?
文字にすると、なぜこんなに簡単に思えてしまうんだろう?と思った。
人に助けられていると言う意識さえ持たない人もいるし、それが当たり前だと思う人もいるんだよ。
こうするにはどうすればいいか?どう話せば理解できるか?どう対応すれば、うまく行くか?
うまく行くにはこうすればいいけど、それを理解し納得させるにはどうすればいいか?
これだって、同じ事を何度も何度も繰返さなくては、いけないんだよ。
このBLOGを全部読んだわけではないから、過去との関連性がわからないけどさ。

この障害、重度な人から軽度な人まで、症状もさまざまだし
元々持ってる性格も大きく関係してくると私は思っている。
だからどのリハビリがベストだなんて、言い切れないし
この方の障害には、有効なリハビリ方法なのかもしれない。

私は講演会を聞きに行こうとか、どこかのサークルに入ろうとか
そういうことは考えたことがない。
本を読んだり、ネットで検索をしたり、義弟のリハビリに役立つ物を探した時は
私の探し方も悪かったのだろうが、ほとんど役に立つ物は見つからなかった。
結果的には経験者の言葉とか、友人がくれたヒントとか
自分が経験してきたことが、一番役に立ってるような気がする。
これは義弟に限ってのことだけど、、私自身が義弟と向き合って
試行錯誤しながらリハビリをしてきたし、それは今も続いている。
その経験の中で培ってきた物に、自信もある。
その中で得た物が、今になって本だったりネットで見つかっても

「なぁ~んだ」

と言う反応しか出来ない、性格の悪い私だ。
しかも、なんでこんなに簡単に物事を言うのかな?ってくらい
簡単に言われたり、書かれたりすると、もっと覚悟がいるぞ!なんて思ってしまう。

だって、義弟の障害がわかってからの約3年間。
何度も同じ事を繰り返し、何度も玉砕し、そして何度も立て直して

「私は鬼兄嫁、懲りない女」

って、自分を励ましてやってきたんだもん。
それでもあきらめることの方が、多かったように思うし
この3年間で、義弟が出来るようになったことはたった一つ、中身は問題外として
ノートを書くということが、習慣付いたということだけ。。。ただ書くということだけがね。。。
いくら言っても本人に自発もやる気もないから、身体は衰えてく一方だし
オチッコを漏らしてしまうことにも、紙おむつをしてることにも、羞恥心もない。
大便を漏らしたときも、平気だったもんな~。。。

義弟が実家に行った日の夜、主人となつが我が家に来た日のビデオを見た。
なつは義弟が我が家に同居するようになって1ヶ月後に来たから
なつの年齢分、義弟との生活は続いてることになる。
ビデオの中の義弟は、まだしっかりと歩いていたし、物をすっとまたぐ事も出来ていた。
足もしっかり上がっているし、ごく普通に見えた。
その動きの機敏さ(通常とは違うけどね)に、主人と二人で驚いてしまった。
もっともこの当時も、外に出れば車椅子を使いたがってはいたけどね。
やっぱり我が家に来て3年間、何もしなかったということが
今の義弟を作り上げてしまったんだろうと思う。
でも、当時は担当医でさえ、この障害のことを教えてくれなかったもん。
我が家に来て3年が過ぎてから、テレビでこの障害を知ったわけだし
今さら、そのことを後悔しても、どうにもならん。。。
これから先をどうするかよりも、今をどうするかしかない。

ありのままの義弟を受け入れることが出来るのなら
簡単なことなのかもしれないけど、私には出来ないもんね。

人それぞれだから、何が正しいなんて答はないんだろうけどさ。

とにかく今はリフレッシュ休暇中!
いつもなら、義弟がいなくなるとすっかり気が抜けて何もする気になれず1週間。
そして後の1週間は、あわただしく過ぎてあっという間にお迎えの日になっちゃう。
それでは、時間を無駄遣いすることになる。
今回は気持ちの切り替えがうまく出来てるようで、わりと充実した日を送っていると思う。
時間ものんびり流れているし、ゆったりとした気持ちで過ごせているように思う。
ただそこにいるだけの義弟がいないだけで、寂しいと感じるのだから余裕も出てきたかな?
6年以上の月日は、私の気持ちを少しは成長させてくれてるのかもしれない。

今日は父と買出しに行く予定。
歩いて行ける場所にスーパーが出来たのは、ありがたいことです。
今日もチラシとニラメッコして、張り切って生きまっしょいp(^^)q

・・・なんて、ちょっと思ったことを書いてみました・・・


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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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