。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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病院&検便。。。

2010.05.24 (Mon) 父の看護日誌

21日はR病院で、MRⅠ検査だった。
11時の予約だったので、10時45分までに病院に
行かなくてはいけない。
父の発熱後から、朝8時ごろになるべく父の様子を
看に行くようにしている。

「薬飲んだ?」
「あ~、飲んだ」

そう言うけど確認すると、飲んでいないこともあるから。
21日も朝行った時に

「今日は病院だよ。MRⅠ検査だからね」
「そうだな~、カレンダーにかいてあったよ」

ほぉ~、今日は何日かわかっていたのだな(笑)

「んじゃ、10時過ぎには行くから、準備しといてね」
「わかった」

が、父の「わかった」はアテにならない。
なので最近は、少し早めに父を迎えに行くことにした。
この日は、ちゃんと準備も出来ていた。

検査終了後、疲れきってた父。

「ゴワン、ゴワン、でっかい音がしてやんなっちゃったよ」

待合のところには、MRⅠの機械は患者さんの負担にならないよう
静音で・・・なんぞと書いてある張り紙があったけど
待合にまでその音は聞こえてたから、機械の中にいた父には
かなりうるさかったと思われる。
ゆっくり時間をかけて着替えれば、きちんと出来るけど
早く帰りたかったんだろうな、なんだかヨレて出てきて
靴下も履いてない。
洋服をきちんと整えて、待合で待ってる間に
靴下を履かせた。
疲れたとは言ってたけど、その後お買い物に一緒に行って帰宅。

「帰ったら、バタンキューだな」
「うん、少しお昼寝しなよ」

そう言って別れ、父が自宅に戻るのを見送った。

翌日は、K先生のところで
血液・尿・肺がん・胃がん・超音波・心電図の検査。
病院着に着替えるのだけど、これも介助をした。
前は嫌がって、自分で出来ると言ってた父だけど
このところはされるがままに、介助を受ける。
デイで、介助を受けているから慣れてきたのかもしれない。
思うように自分の身体が動かないことを自覚してるし
介助を受けた方が、スムーズに出来るとわかっているようだ。
介助する方も、拒否をされるよりやりやすい。

「おとうさん、少し手伝うよ」

そう声をかけてから、介助するようにしている。

本当は大腸がん検査のために、検便があった。
この便を取る作業が、父は大の苦手なのだ。
なので1週間前から、検便キッドを渡してあった。
普段便秘じゃないと言ってる父だけど
検便を取らなくちゃいけないと思うだけで、父には
精神的に負担になるようだ。

木曜日、デイから帰った父からいつものように電話が来た。
特別変わった様子はなかったのだけど、しばらくして
施設の職員Kさんから電話が入った。
このKさん、父が施設に通うようになってから
初めて「進さ~ん」と声をかけてくれた方で
義弟の介護が始まった時、相談に乗っていただいたし
個人的にもお付き合いさせていただいていて
心配な時など、施設での様子を聞いたりもする。

「今日進むさんさ~、おやつ食べなかったんだよね。
 どうしたの?って聞いたら、なんだか調子が悪いって」

10日に発熱したばかりなので、ぶりかえしてるかもしれない。

「一応、恵子さんに知らせておいた方が良いと思って」

と連絡をくれた。
すぐに父のところに様子を看に出かけた。

「おとうさん、今日おやつ食べれなかったの?」
「なんで知ってるんだ?」
「Kさんが、心配して電話くれたよ」
「そうか、そうか。いや~、お腹が張っちゃってよ~」
「ん?便秘か、うんち出ないの?」
「そうなんだよ~」

なるほどね~、検便を取らなくちゃいけないから
普段気にならない排便が、気になってしょうがないんだな。
こうなるだろうと予測はしていたけど、父にとっては
精神的にかなりの負担になってる様子。
で、改善策として、青汁のソフトカプセルを飲ませることにした。
これ、主人も私も飲んでるサプリメント。
トラックの運転手の主人が、粉を水で溶いて飲むのは出来ないけど
ソフトカプセルなら、1日2粒口に放り込めばいい。
在庫が一袋あったので、すぐ父に持って行き飲ませた。
精神的な部分がかなり影響している父だから
その効果は、翌日には出た。

「どう?うんち出た?」
「お~、スッキリ出たよ」
「もうお腹張ってない?」
「もう大丈夫だよ。スッキリした」
「ふ~ん、検便も取れた?」
「・・・・・いや、検便取れるほど、出なかったんだよ~」

おい ヾ(・_・; オイオイ
スッキリ出たけど、検便が取れるほど出ないって?
それはどれほどの量だったのかな?(≧m≦)
けどこのサプリを飲むと排便があると認識したらしい。
ここ数日、お薬を飲むことは忘れても青汁は飲む( ̄m ̄*)

和式のトイレの頃は、排便を取るのも簡単だったけど
洋式トイレは、難しい・・・

父の場合、脅かしたり催促したりすると
萎縮するし、気にし過ぎる傾向にある。
検便は取れたら持って行くと言ってあるし
バリウムを飲んでるから、下剤を飲んでるのだけど
バリウムを排出してる間は、検便も取れないと思うし

「おとうさん、白いうんち出た?」
「う~ん、あんまり出ないな~」
「でもコロコロくらいは出てる?」
「うん、それはな」
「じゃあ、心配ないから気に病むことないからね」
「うん」

検便キッドがあるだけで、父にはかなりのプレッシャーに
なっているようなので、あまり催促せず
気長に待つことにしよう。
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ケアマネさん来訪。。。

2010.05.19 (Wed) 父の看護日誌

昨日は、ケアマネさん来訪日。
来月は、父の介護保険更新月になる。
今回も役所からケアマネさんの事務所に
審査の依頼があったので、昨日はその審査があった。
2年前の更新直後に、介護保険法が変わったのだけど
いろいろ不具合もあったそうで、直後よりは審査の仕方は
軽減されているらしいが、当初よりも厳しくなっているのは確か。

前回もそうだったけど、身体的なところでは
ほとんど問題のない父。
身体の衰えには、恐怖感を持っている父。
前ほど歩くことは減ったけど、デイでも老人用の筋トレをしたり
本人の言う、ストレッチ的なこともしている。

「進さん、歩くの早いなぁ~ってみんなに言われるんだ」

って、これはある意味父の自慢話だ。
デイには歩けない人もいる、おむつをしてる人もいる。
その中で、自分は一番元気だと言うことが嬉しいらしい。

が、脳の衰えに、自覚はあっても恐怖感は持ってない。
物忘れも自覚はあるが、だからどうしようと言う気持ちはない。

デイに行く日は忘れないので、曜日は確実に覚えているけど
日にちの感覚はない。
まあ、これは私達でも、ん?と考える時はあるんだけど
ケアマネさんが言うことにゃ、父にとって日付は
重要ではないということらしい。

前回の審査の時の資料と比べながらの、質問だったのだけど
パーキンソンのわりに、若干の前かがみはあっても
肉体労働者だったせいか、少しのつまづきならしっかり踏ん張れるし
少々フラつくことはあっても、手を貸すほどではないので
身体的なところでは、あまり変化はなかった。

物忘れに関して言えば、これはかなり進んでいると思う。
病院の日に、7時半に電話をして8時に出てくるよう
言っておいても忘れる。
買い物に行くと言うから、10時5分前に家を出てくるよう
言っておいても、買い物に行くと言ったことすら忘れてる。
お薬も「飲んだ」と言っても、お薬箱を確認すると飲んでない。
お薬に関しては、毎回ではないけど、要注意になってきている。

そして季節。。。
これもケアマネさんが言うことにゃ、季節と言う言葉を
理解できない方が多いらしい。
季節と言うとわからないけど、四季とか春夏秋冬とか
春・夏・秋・冬とか言えば、「あ~・・・」とわかるようだ。
まさに父も同じで、今回は「秋?」と?マークが付いた。

「進さん、今の季節はなんですか?」(ケアマネさん)
「季節~?」
「そう、四季ですよ。春夏秋冬」(ケアマネさん)
「あ~、秋?」
「おとうさん、春・夏・秋・冬の季節だよ」(私)
「うん、秋じゃないのか?」
「じゃあ、じゃあ、今は何月?」(私)
「5月だろ?」
「うん、5月は春・夏・秋・冬のどれ?」(私)
「5月は~・・・秋じゃねえのか?」
「こんな感じですね~」(私)
「はい、わかりました」(ケアマネさん)

と、こうなった。
だけど審査が終わって、雑談の中でもう一度同じ質問をしたら

「今は、春だろ?」

と答える。
これまたケアマネさんの言うことにゃ、見た目はわからないけど
質問とかテストと言われると、緊張してしまい頭の中は
パニクっているために、混乱するのだろうとのこと。
病院という場所も、混乱する要因になるようだ。
また質問とは違うことを話したり、質問の途中で
まったく違うことを話し出すことも多々ある。
最初に聞いた言葉に反応したり、聞いた言葉で
頭に浮かんだことをしゃべり出したり、聞き違いをしたり・・・

たくさんの高齢者の方と接してるケアマネさんなので
なぜそう答えるか?想像が付くと言って、説明もしてくれたし
義弟と接していたので、私にもわかることもあるし
その説明に納得できる。

が、先日のⅠ先生の診察の時、答え方に想像は出来たけど
Ⅰ先生が言うことにゃ、その答え方が認知症に
当てはまらないから、おかしいと言われたんだな。
まあ、これは今週検査をするから、その結果を待つしかないけど。

いろいろ問題はあるが、父とはそれなりに会話も成り立つ。
なので、介護の認定がどう出るか?が問題なのだ。

現在『要介護1』の父。
支援になるとケアマネさんが外れて、別の方になるし
デイも週に2日しか通えなくなる。
2年前は週2日、月曜日と木曜日に通っていたので
万が一でも問題なかったのだけど、今は土曜日も含めて
週3日通っているし、本人が望めばもう1日増やそうかと
ケアマネさんと話しているので、減るのは困るし
父も混乱するだろう。

何かあると、自分を責めてしまう父。
先日の発熱後の通所日、お迎えが少し遅れただけで

「迷惑かけちゃたから、もう来てくれないかもしれない」

と思ってしまう父だ。
ケアマネさんが変わることも、週2日に減ることも
なんでだろう~、なんでだろう~(古っ!)と
悩んで、最悪老人うつにもなりかねない。
これはケアマネさんも心配するところだ。

介護保険の診断書は、K先生にお願いしている。
発熱時K先生を受診した時、Ⅰ先生受診時の話もし
それも含めて書いてもらえるよう話してあるし
ケアマネさんも、今を維持するためには
デイの利用も現状のままが良いから
それも含めて、審査報告をしてくれると言っていた。

熱を出してる時、父の介助をしながら
父が少しずつ子供に戻っていることを、実感というか痛感した。
10年くらい前までは、父に守られていた私だけど
義弟の看護・介護と同時進行で、父を我が家の近くに
連れてきてから、少しずつ立場が逆転して
私しか父を守れないんだなと思う。
介護保険の審査で、身体的に問題はないとはいえ
いつも行動を共にしている私には
身体的にも、確実に衰えてきてるのはわかる。
おかしなもので、父がもう子供と同じだと思えるから
義弟と同じことをしても、笑える時の方が多い。
義弟の時は、最期まで男としてしか看れなかった。
これが血と言うものなのか?老人だからか?
経験がさせるのか?
なんでもいいけど、義弟の時学んだことは生かしたい。
弟夫婦はアテに出来ないし、いずれ父との同居も
承諾してくれてる主人だけど、義弟の時とは違う。
恵子命の父だから、自分の息子の弟もその嫁の義妹も
主人だって、受け入れるとも思えないしね。

ジタバタしてもしょうがない。
デイに行くことが、何よりの楽しみの父だから
なんとか『要介護1』を死守したいけど
万が一には、次の対策を考えなくちゃ。

ま、いつどうなるかわからない、先のことを考えて悩むのは
時間の無駄というものです。
その場その場の現場処理で行きましょう!

発熱。。。

2010.05.13 (Thu) 父の看護日誌

十数年ぶりに、父が熱を出した。
私が知る限り、私が子供の頃からそうだったけど
熱を出しても仕事は休まず、もちろん病院にも行かず
一晩ガッチリ眠れば、翌日には元気復活の父だった。
昔から身体の不調で、弱音を吐くことを知らない父。
それは来月76歳になる今でも変わらないのだな。

8日土曜日、デイから戻った父からいつものように
携帯に連絡が入った。

「今、帰ったよ」
「今日はどうだった?」
「いつもと変わらねえよ~」
「そうか」
「それでよ~、薬がねえんだよ」

そう言われて、気がついた。
連休明けに、お薬の補充に行く予定をすっかり忘れてた。
で、すぐにお薬を補充しに父の部屋に行った。
いつもはデイから戻ると、洗濯機を回していた父。

「これから洗濯するの?」
「いや~、明日にするよ」

もしかすると、この時から体調が悪かったのかもしれない。
でもそれ以外では、特別変わった様子はなかった。
翌日の日曜日は、父の顔を見なかった。
月曜日はデイに行く日だから、いつものように出かけたと思って
私はのんきに、プールに出かけてしまった。
帰る時、マナーモードにしておいた携帯を見ると
デイの施設から、何度も電話が入っていた。
あわてて掛け直すと、父が熱を出してるとのこと。
施設に到着後、初めてトイレが間に合わず漏らしたそうな。

「なんだかこのところ、調子が悪いんだよ~」

枯れた声でそう言ったので、すぐに熱を計ると38.2度。
すぐにお布団で寝かせてくれたそうな。
電話をした時は、38.3度に上がっていた。
父には熱があると言う自覚がないようで

「起きてみようかな」

と言っては、起き上がろうとするので

「進さん、熱があるから今日は寝てて」

と言っては、お布団に戻すを繰り返したらしい。

すぐに家に戻り、K先生に連絡。
12時30分までに来てくれれば、診てくれるそうなので
準備をして父を迎えに行った。
お迎えの時、老人が熱を出すと、異常行動を取ることがあるから
心配なので、気を付けるよう言われた。
両脇を抱えられて出てきた父は、フラつきもあって
足もともおぼつかない。
すぐにおでこに唇を当てたら、熱いこと熱いこと。
そのまま病院へ直行、シートを倒して横にしたら
これまた起き上がろうとして、なぜかパワーウィンドーの
スイッチを動かしてる。

「おとうさん、寝てていいから」
「なんだか首が痛いんだよ~、もう少し起こしたいんだ」

信号待ちで、少しシートを起こし、話を聞いたら
どうやら日曜日から、体調はよろしくなかったらしい。
次の日のデイのため、洗濯はしたらしいのだけど
1日横になっていたそうな。

「具合が悪かったら、恵子に電話しなくちゃダメだよ」
「そうだな~」
「一人で我慢しないで、これからはすぐに電話してよ」
「・・・」

ボーっとしてるようだけど、一応会話は成り立った。
車から降りる時もフラつきがあるため、腕を取った。
いつもなら私が腕を持ったり組んだりすると、嫌がる父だけど
この日ばかりは、成すがままされるがままだった。
月曜日は、高熱が出る風邪が流行っているそうで
39度越えの患者さんが多く、12時半前に病院に入ったけど
1時半過ぎまで待たされたが、ベッドを用意してくれたので
そこで横になって待つことが出来、診察もそこで診てくれた。
先日のⅠ先生の診察で、梗塞の悪化か?脳腫瘍か?
と言う話もあったので、脳からの影響だったらどうしようかと
ドキドキものだったけど、喉も赤いし風邪も流行っているから
抗生物質等を飲んで、それでも熱が下がらない場合は
すぐに連絡するように言われた。

処方されたお薬は

カフコデN配合錠     1日3回 1回2錠 5日分
レフトーゼ錠30mg   1日3回 1回2錠 5日分
ジスロマック錠250mg 1日1回 1回2錠 3日分
プレトニン錠5mg    1日1回 1回2錠 1日分

「熱の間だけでも、家に来ない?」
「いや~、自分の家がいいよ~」

年を取ってから、枕が変わるのはイヤらしく
早く家に帰りたいと言う。

家に戻り、お漏らしをしてるから、施設の借り物を洗濯しようと思い
着替えをするように言ったのだけど
ズボンを膝まで下して、椅子に座って脱ごうとしたけど
思うように身体が動かず、脱ぐことが出来ず。
首や関節が痛くて、身体が動かないと言う。
義弟のおかげで、介助の仕方もそれなりに経験してるし
なすがままの父の着替えの介助は、スムーズに出来た。
おパンツの着替えも、いつもなら嫌がるだろうに
私の介助を黙って受け入れているのが、ちょっと悲しかった。
おかゆを食べさせて、お薬を飲ませ、水枕を用意して
布団に入るように言うと、布団の上でコロリンしたら
そこからもう身体を動かすことが出来ない。
きちんと寝かせて、お布団をかけるとやっと落ち着いたようで
すぐにイビキを掻き始めた。

夕食にうどんをクタクタに煮て、細かく刻んで
7時ごろに、持って行ったら
リビングのソファーで、テレビを観ながらうたた寝してた。

「おとうさん、熱があるのにこんなとこで寝てちゃダメ!」

2時半ごろにおかゆを食べているので

「まだ食べたくないよ~」

と言ったけど、お薬を飲まなくちゃいけないからと言うと
二口ほど口に入れて、お薬を飲んだ。
この時熱は下がっていたけど、まだ関節は痛いと言うので
またお布団に入れて、帰ってきた。
翌日8時に様子を見に行くと、起きてお水を飲んでいた。

「朝起きたら、水を一杯飲むんだよ~」

靴下を履く様子を見ていたら、ちゃんと履けてるじゃん。
こりゃあもしかして、2度目の介護突入かも・・・( ̄□ ̄||)
ケアマネさんに連絡して、また階段リフトやベッド、車いすの
手配をしなきゃいけないかな?
なんて、考えていたけど、発熱前の父に戻ってるし。。。

「俺は風邪引く力がないなんて、バカなこと言ってたけど
 風邪引く力が出ちゃったなぁ~(笑)」

お~~~、冗談も出るじゃん。
水曜日には、日付テストをしてみた。

「今日は4がつぅ~」
「4月?5月でしょ?」
「あ・・・5月・・・12日か」

頭も冴えてるじゃん。

「おとうさん、知恵熱だったんじゃない?(爆)」
「そうかもな(笑)」

なにはともあれ、回復してくれて良かったよ~(^o^)ホッ♪

「俺は月曜日、早退はしてないよな?」
「お昼に恵子が迎えに行ったから、早退したよ」
「そうだっけ?木曜日は行かなくちゃいけないな~」
「そうだね~、どうなることかと思ったね」
「あれはなんだったのかな~?」
「なんだったって、風邪だよ」
「風邪か~」

この会話、この二日の間に何度したことか( ̄m ̄*)
ちょうど焼酎が無くなっていたので、風邪薬を飲んでる間は
禁止にしてたのだけど、昨日の夕方には、アルコールを要求。
ビールが少し飲みたいと言うので、飲みたいと思えるようになったなら
寝付きも良くなるだろうから、まっいっか~と思い
小さいビールを与えてやった。それも半分飲めなかったけどね。

今日はデイの日。前日から行く気満々。
8時にお薬を飲ませに行き、今日は送り出そうと思い
9時ごろ、もう一度行くと

「この時間じゃ、今日はもう来ないかもしれない」
「そんなことないよ。昨日電話しておいたから来るよ」

さらに10分後

「俺、仕事でもしようかな?」
「はい~?(相棒、杉下右京風)」
「1日テレビ観ててもしょうがない」

と話してるところに電話が・・・

「仕事なんかしたら、デイに行けないよ」
「(ニコニコ笑顔で)そうだよな、俺なんか雇ってくれねえよな」

とこの後から、外の様子を見ながら落ち着かない。

「もう来るから、外で待ってる?」
「いや、いいよいいよ」

と言いながら、準備開始。
外に出てすぐにデイの車が到着。
とっとと車に乗りこんだ父は、やる気満々私に手を振って

「じゃあね」

だって(≧m≦)

なにはともあれ、いつもの父いつもの生活に
戻ってくれて、一安心です。。。

近況。。。

2010.05.07 (Fri) 父の看護日誌

先月、21日はⅠ先生の診察日だった。
前回の診察の時に、日付が怪しかったら
脳の血流検査をすると言われていた。

時間の確認のために、朝7時半に電話をして
8時10分前に駐車場に出てくるように伝えておいたのだけど
時間になっても出てこない。
電話をしても出ない・・・と、父の部屋のカーテンが開いた。
準備をして出てきた父に

「何やってたの?」
「ウトウトしちゃったんだよ~」

7時前後に起きるたのに、また寝ちゃったってか!
で、車の中で日付けテストをしたのだけど
これが、まったくダメだった。

「お父さん、今日は何月何日だっけ?」
「4月・・・じゅう・・・7?」
「違うよ、4月21日」
「あ~、そうか。4月21日か」
「そう、じゃあもう一回。今日は何月何日?」
「4がつぅ~・・・じゅう・・・7?」

と、こんな調子で、まったく日付が入ってくれなかった。
診察室に入るまで、これを繰り返したけど、ダメ・・・あきらめた。

呼ばれて診察室に入り、カルテを見たⅠ先生。

「そうか、じゃあ今日はテストをしようか」

このテスト、認知症のご家族がいらっしゃる方なら知ってると思うが
ここは何県?から始まり、日付けや曜日、季節、3つの言葉や
100-7の計算、言われた言葉を同じように言うこと
言われた動作をすること、最後の方は書いてある図形を見ながら
同じように書いたり、文章を作ったり・・・

日付はやっぱりわからない。
曜日だけは、デイに行く日を忘れないからこれはバッチリ。
最初にビックリしたのが季節。

「今の季節は何かな?」
「ん~・・・季節?」
「そう、春・夏・秋・冬の季節」
「あ~」
「春・夏・秋・冬、今の季節は何かな?」
「あ~、秋!(きっぱり!)」
「えっ?!」(Ⅰ先生&私)

こんなきっぱり言われてしまうとは・・・
これは私にとって、かなりショックだった。
3つの言葉は、2つ言えたのだけど、100-7の計算は
最初の93は言えたんだけど

「え~っと、80・・・80・・・なんだっけ?」
「・・・」(先生)
「8だっけ?9引くんだっけ?」
「1回しか言えないんだよ」
「ん~~~・・・80・・・・・わかんねえ」

考えることをやめた。。。

「この紙を右手で取って、二つに折って、机に戻して」

父は、おもむろに左手で紙を取り二つに折って
その紙を先生に・・・(先生無言で見つめる)
しばし考え込んだ父は、その紙を四つ折りにして
また先生に・・・(またまた無言で見つめる先生)
またまたしばし考え込んだ父は、その紙を机に戻した。

3行ほどの文章を同じように言うのは、最後の行は
全く違うことを言った。
図形は1箇所間違えて、文章は

「せんひきは、むずかしかった」

と書いたんだけど

「この図形の事じゃなくて、最近あったこととか
 病気のこととか、別のことを書いてくれるかな」
「別のこと?」
「そう」
「ん~~~・・・別のこと・・・わかんねえ」

また考えるのをやめた。。。

前回のテストは30点中22点、今回は16点。

「いや~、悪いな~」

先生が考え込んじゃった。

Ⅰ先生の言うことにゃ・・・

アルツハイマーではないそうな。
アルツの場合は、典型的な答え方があるそうで
それには当てはまらず、なぜこういう答えになるのかが
わからないそうな。
要するに、集中力の問題なのだそうだけど
前のMRⅠや血流検査では、注意欠陥になる要素がないそうな。
脳梗塞が悪化したか?あるいは、脳腫瘍の可能性もあるとか。。。

私・・・脳腫瘍という言葉に、ビビビッとなってしまい
すっかり気持ちが落ち込んだ。

その日は、CTが使えないそうで、検査が出来ないとのこと。
どうしてなのか?忘れちゃったけど、噴火のせいで飛行機が
飛べなかった影響で、脳の血流を検査する機械も
予約を入れても使えない時があるらしく
とにかくMRⅠ検査をすることになった。
その結果を診て、血流検査をすることになった。

↑の話は、ほとんど理解できてない父だけど
先生がやたらと

「いや~、悪いな~、困ったな~」

と言う言葉を連発したので、そのことに父は落ち込んだようだ。

「Ⅰ先生は、俺をバカにしてる」

そうじぇねえよ!・・・と思いつつ

「とにかく検査をすればいいんだから、ねっ」

他の話もしながら、父の気持ちをなだめつつ
もう一度季節を聞いてみた。

「ねえ、おとうさん。今の季節は何?」
「季節?」

季節になぜ?マ-クが付く?

「うん、春・夏・秋・冬、春夏秋冬の季節」
「あ~」
「今の季節は何だっけ?」
「今は、春だよ」

わかってるじゃん!
さっきはなぜ、きっぱり秋と言った?
父も落ち込んでるようだけど、私の気持ちもどんよりだ。

5月21日MRⅠ検査、28日診察の予約をして、病院を出た。

その後、一緒に買い物に行ったのだけど、すっかり無口の父。
車の中で、父だけじゃなく、私自身の気分も盛り上げようと
話し続けた私。。。

脳腫瘍という言葉は、なんとも気持ち沈んでしまう。
父の方は、翌日デイに出かけて、すっかりご機嫌も治った。
私が言わなくちゃ、病院の事も忘れてるんだろう。

考えても、あわてても、どうにかなるものじゃないけど
ちょっこし、自分の気持ちを落ち着けるのに
時間がかかってしまった。

とにかくMRI検査の結果待ちだ。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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