。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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良いお年を。。。

2009.12.29 (Tue) 日々の出来事

我が家の今年は、激動の1年でした。

元旦朝から、義弟の排便処理から始まり5日には入院。
担当医の

「次の受け入れ先が見つかるまで、いいですよ」

と言う言葉救われたと思ったら、3週間が過ぎた頃
病棟の看護士長から電話が来て

「明日にでも退院してくれ!」

と有無を言わせない口調で言われ、ケアマネさんにまで連絡されて
叩き落とされ、自宅介護を覚悟して準備を整えたところで
ここが最後と電話を入れたT病院の院長に救われて転院。
まだまだ長引くだろうと予想しながらも
気持ちの切り替えもうまく出来ない中で、私の体調が悪化。
治療が始まったところで、予想外に義弟の死。

これまた予想外に、義弟の会社の支援で立派な葬儀を
出す事が出来たけど、打ち合わせで大変だった。

49日の納骨までは、1日が過ぎるのが長かったな~。

そして11月末には、私の入院手術。
退院してきて、一悶着あって彩佳の自立が決まって
昨日の午前中に、無事契約も完了。

なんだかんだあっても、一つ一つ何気なく
丸く収まってくれたかな~と思ったら
昨日の午後、とんでもないことが。。。

2時半過ぎに、主人から電話がかかってきて

「おい!タイヤがないぞ」
「ん?タイヤ?」
「フィールダーのタイヤ、盗まれた」
「なに?(=_=;)」

なんと、タイヤ4本丸ごと盗まれました( ̄ロ ̄lll)
110番したあと、駐車場に行ったらこれ!

カメさん。。。
<(T◇T)>うぉぉぉぉぉ!!!
シルバーのカメさんじゃん!

年の瀬に来て、〆はこれかよ(´Д`)ハァ・・・

いつもタイヤホイールをお願いしてるお店は
もうお休みに入ってるし、年明けまでこのままだよ
(ノ_・、)・・・・ぐすん

16インチだから盗まれないだろうと思って
ロックナットもセキュリティもしてなかったんだよね。
盗難届けは出したけど、戻ってくるはずもなく・・・

さっそく今日、主人がカーセキュリティシステムを買ってきて
自分の車のタイヤには、ロックナットも装着。
明日は私の車にも、セキュリティを着けるって。

今年はこれで厄落とし!
もう笑うっきゃないでしょ(T▽T)アハハ!

我が家はそんな1年でしたが
父だけは変わりなく、過ごせたことに感謝です。

こんな拙いBLOG読んでくださっているみなさん。
来年からは、父の看護の日々を綴って行きたいと思っています。
よかったら、これからもお付き合いくくださいませo( _ _ )o

良いお年をお迎えください♪
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理解。。。

2009.12.28 (Mon) 日々の出来事

はてさてどうしようかな~?と思っていた土曜日。
今は犬のお散歩があるので、夕方4時前後になると
いつも私から、今どこにいるかを携帯に電話して聞いていたから
電話で主人の様子を見て、謝るかどうかは決めようと思っていた。
が、4時10分前になって、めずらしく主人から電話が来た。
これはいつもことだけど、ケンカをするといつもと違う時間帯に
主人の方から電話が入り、どうでもいい話を始めるんだな。
主人も私の様子伺いと言うところ・・・
普段は言うことをキツいし、私の話は聞いてないし、頑固だし
絶対謝ると言うことはしない主人だけど、こういうところ
ちょっと可愛いと思ってしまう。
自分の考えを曲げる人ではないが、言い方がキツかったと言う
反省はあるらしい。

で、これもいつもの通りで、いつもと変わりなく
お互いに接するわけだけど、大抵しばらく経ってから
主人から話が出るんだな。

土曜日も主人が戻り、お散歩を済ませた後、お風呂に入り
ラーメンを食べに出かけた。
その席で、飲み始めてしばらくすると

「昨日の話だけど、お前は納得したのか?」

そう切り出した。

「お前はこれでおしまいって言ったけど
 それじゃあ流しのケンカになっちゃうんだよ」
「流しのケンカ?」

主人が言うには、キッチンの流しに水を流せば綺麗なる。
だけど排水溝にはゴミが残る。
それが私の心の中に残る、わだかまりと言う奴なのだそうだ。
それがたまれば溢れ返り、最悪離婚ということになるんだそうだ。

「だから言った以上は、お前が納得しなくちゃ言った意味がないだろ」

なるほど・・・

「納得はしたよ。冷静に考えれば、彩佳だって弟くんの恩恵は
 受けてるわけだから、それ以上は求めちゃいけなかったと思うわ」
「そういうことじゃねえよ!」

( ̄△ ̄;)エッ?私はそういうことを言ったのだが?

「要するに、親父の評価の問題なんだよ」

評価???


義弟が倒れ、義母が亡くなった年の暮れには、義弟の元嫁から
離婚の話が出ていた。
すでに主人と私たちは、2回目の同棲をしていたけど
いずれ義弟を引き取ると考えれば、義父や義姉に一緒に住んでいることを
伝えなければいけないわけで、その年の暮れに主人が義父に伝えた。

「なんだ?お前達まだ付き合ってたのか?」

それが義父の第一声だった。
その年の暮れに、私は主人の実家に挨拶に出かけたけど
彩佳は翌年の義母の一回忌に、法事だからと一緒に連れて行った。
だけどその頃の私、バリバリ気を遣っていたわけだし
長男の嫁と言う立場上、ドタバタと忙しかったし
彩佳のそばにずっといられたわけじゃない。
義姉の子供とは年齢は近いけど、3姉妹はくっついるし
彩佳に話かける人もいないわけで、彩佳はかなり居心地が悪かったと思う。
法事が終わった後、実家に行ったのだけど、一度は実家に上がったものの
一人本を読んでいたけど、寝不足もあって、しばらくしてから
ずっと、車の中で眠っていた。
彩佳だって、どうしていいか?わからなかったと思う。
それ以降主人が、彩佳も気を遣うだろうと言って
何かあっても行かなくていいと言ったんだな。

「彩佳も行こうかな?」

と言った時もあったけど、実家に行く時ノンストップで行きたい主人。
それも主人の崩したくないペースの一つだけど
トイレだの腹減ったのグズグズ言われのがイヤなもんで

「いいよ、来なくて」

と拒否。

次に出かけたのが、主人が金目当てと言った
高校生になってからのお正月、彩佳には悪気がない。

「お年玉が欲しいから」

とハッキリ言った。
中学生高校生になれば、親と一緒に出歩くことも少なくなるがお正月は別物だ。
お年玉と言う名目で、親以外から公然とおこずかいをもらえるんだからね。
私も自分の子供の頃、同じことをしていたし
伯父や叔母もそれをわかっていて

「お年玉が欲しいなら、顔見せろよ」

と言って、笑っていたもんね。
だからそれって、普通の子供の感情だし、大人もそれを
わかっているもんだと思っているから、私にしてみれば笑い話だ。
が、主人にはそれが許せなかった。
その時も不機嫌だったもんね。
主人にしてみると、私との付き合いを反対された一番の理由が
やっぱり子供のことだ。
だから彩佳には、良い子でいてもらいたい。
良い子でいてもらいたい彩佳が、お年玉目当てとは・・・
相当気分が悪かったらしい。
で、お年玉目当てで実家に行くなら、もう来なくていいと言って
それ以降、彩佳が主人の実家に行ったことはない。

で、主人の言う評価とは・・・
義姉の3姉妹は、一人が来れない時があっても
お正月・お彼岸・お盆と顔を出して

「おじいちゃん・おじいちゃん」

と慕って行くが、彩佳は実家に来ても本を読んでるだけで
車の中で眠ってたり、金目当ての時だけ。
義父が彩佳のことを考えないのは、彩佳のしてきたことの結果。
義父に気に入られる努力をしてこなかったからだそうだ。

ほうほう・・・なるほど・・・
主人は、彩佳のしてきたことの結果と言うが
要するに、可愛い可愛くないと言う評価なわけじゃないの?
彩佳だって、主人の実家に行けば、バリバリ気を遣うわけだ。
義父のことをどう呼んでいいかさえわからない状態なのに
彩佳に求め過ぎと違います?
しかし、そう言われてしまえば、彩佳は対象外でござるよ。
そういうことなら、理解は出来るさ。

けど、私の言ってる意味が違う。
義弟の会社の社長が言ったように

「面倒を看てきたのは憲一夫婦だ、わかるな?」

の言葉の通り、義弟のことを踏まえて評価するなら
義弟と同居していた彩佳の評価は高いでしょ?
義姉の子供は、対象外と違うの?
それでも義姉の子供に分けるのなら、彩佳にも権利はあるんじゃない?
そう思う私が、おかしいのかしらん?

しか~し、主人の言い分としては、我が家で1/5はもらうわけで
それ以外のお金を、義父が義父の判断で、どう使おうが義父の勝手。
それに口出しする方が、おかしいのだそうだ。

でもね、数年前に親戚さんが彩佳のお年玉を
義父に預けてあると連絡が来たことがあった。
お正月に実家に行った時、もらってくるのを忘れたんだよね。
それっきり、そのお年玉は彩佳の手元に来ることはなかったし
主人も催促するのがイヤだと言って、放置したから
そのお年玉は、義父の懐に入ったのだと思う。
そういうことをしておきながら、どうなの?って思っちゃう。
でも、忘れちゃうんだろうな。
やられた方は、しっかり覚えてるけどね(^m^*)

元々義父にも義姉にも、期待をしてなかった私。
会社から出される物は、ずべて義父に行くことはわかっていたし
それでいいと思っていたのに、義弟の会社の社長の気持ちが嬉しくて
義父の判断に、期待しちゃったのがいけなかったんだろうね。

主人の言うことに、納得は出来ないのだけど理解は出来る。
けど、私の言うことは、主人には理解が出来ないそうだ。
私の中では、ある意味消化出来てしまってることなので

「そういう意味で、お前は納得出来てるのか?」

と聞かれたので

「まあ、納得出来てるかな」

そう答えておいた。
その後、彩佳の自立の話になった。
部屋を借りるには連帯保証人が必要なわけで

「それは当然俺だろ」

そう言ってくれていたが、その下に保証会社を付けるそうで
保証会社からの連絡も、前日に受けてくれていた主人。
不動産屋さんからの連絡で、年内に契約をしてほしいと言われて
土曜日には、規約金の支払いも済んでいた。
彩佳ともめたあと、口を聞いてない二人。

「絶対、金は出すなよ!」

と怒っていた主人なので、支払いを済ませたことを伝えたら
怒るだろうなと思っていたら、以外な返事が返ってきた。

「子供が自立すると言ったら、その土台を作ってやるのは親の役目だ。
 契約金と必要最低限の物と、初任給の出る5月までの家賃は
 親が持つしかないだろうな。それ以外は自分でやらせろ」

義父や義姉が、彩佳のことをどう思おうと関係ない。
なんだかんだ言っても、主人の彩佳を思う気持ちに嘘はない。

実は引っ越しに車を出すと言ってる友達とは、彼氏のこと。
主人は彼との付き合いにも大反対なのだ。
私も会ったことはないが、彩佳より10歳くらい年上で
コスプレ時代に知り合った。
彩佳は中学の頃から、一途に彼を思っていたけど
別の人と付き合ったりもしていたが
高校卒業の辺りから付き合いは始ったらしい。
たまにプレゼントはあるものの、出かけるときは割りかんなんだって。

「食事代くらい、彼氏に出してもらいなよ」
「そんなことできないよ」

そんな風にも言ってた彩佳。
けど、彼と彩佳がどういう付き合いをしてたって
それは二人の問題なんだから、いいんじゃないの?
と、私は思うのだけど、主人に言わせると、男として情けないと言う。

「コスプレをやってるような男は信用できない」

これ主人の個人的な思いですので、誤解のないように。
主人も私と付き合ってる時から、彩佳の分まで支払ってくれていたわけで
男として、女に支払わせるなんて情けないと怒るのだな。

「それが父親の気持ちって奴だと思うけど・・・」

そう言うと

「違う!俺は男として、言ってるんだ!」

と言う主人。

主人に自覚はないようだけど、その思いが
何もかもを帳消しに出来るほど、嬉しい。
まあ、彩佳にしてみれば、やっかいだとは思うが・・・( ̄m ̄*)

主人も彩佳も、まだ口を聞く気はないらしいが
お互いそれなりに思いがあるようだから
それでよし!としましょう。

もめ事。。。

2009.12.26 (Sat) 日々の出来事

入院前から心配事の一つだった、主人と彩佳の関係。

バイトも派遣で行ってたのだけど、この不景気でないらしい。
あと3ヶ月ほどで就職となるので、短期のバイトもなかなか見つからない。
普段は昼ごろまで寝ており、午後から大学に出かけて行く。
その後はどこで何をしてるのか?帰りは、夜9時~10時と遅い。
なので、主人との関わりもほとんどなかったのだけど
大学の休みの日は、わりと主人にベッタリと過ごしていたんだよね。
親元にいれば、まだまだ甘ちゃんの今の若者。
食べればキッチンまでは持って行くものの、食べっぱなし
何か出せば出しっぱなし、ゴミもテーブルの上に置きっぱなし・・・
なんてことは、日常茶飯事。
1日着た物は、全身全とっかえするから、冬場は特に洗濯物も多いわけで
朝の家事も終わり、洗濯物の干し終わったところでのこのこと起きてきて
お風呂に入り、洗濯物を出す。
その中には、前の日に出せる洗濯物もあるじゃろがい!
と思うのだけど、毎日となると諦めちゃうし
私も若いころはそうだったから、母に

「毎日洗濯しなくてもいいでしょ!」

とよく怒られたもので、しょうがないと思う。

立派なことは言うけど、やってることはまだまだ子供だ。
母親にとっては、いくつになっても子供は子供だから
どこか諦めてるし、文句は言うけど片づけちゃう。
私自身も、18歳で社会人となったけど、24歳で元旦那と同棲を始めるまでは
親元で、母におパンツまで洗わせ、ぬくぬくと過ごしていた奴である。

ところがでしな・・・
これは昔からそういうところがあって、主人は小さな子供でも
対、人間として見ているところがあるんだよね。
育った環境も違うし、少々複雑でもあったので
高校生の頃から、自分のことは自分でやっていて
主人は18歳で親元を離れ、その後は立派に自立した。

まあ、男と女の違いはあるが、基本的に一個人として見るから
男も女も関係なく、22歳の大人である。
なので、今の彩佳のことは、主人にしてみれば、22歳の大人の女である。

入院前、彩佳には一応言い聞かせてはおいたけど・・・

私が入院した1週間、主人は仕事を休んで主夫をした。
となると、普段見えなかった彩佳が見えてくるわけだ。
自分のペースを崩されるのを、極端に嫌う主人だけど
彩佳も自分のペースを崩さなかった。
結果・・・彩佳に対する愚痴は、私の手術翌日から始まった。

「食べれば食べっぱなし、出せば出しっぱなし、まったく邪魔くせえ」
「洗い物が終わったと思ったら、出すんだぞ。自分で洗えってんだ」
「昼ごろ起きてきて、洗濯物出しやがって、早く出て行かねえかな」

文字にするとわからないけど、言い方は結構キツい。
まあ、言いたいことを口に出して言うのは悪い事じゃないからいいんだけど

「まったく邪魔くせえ!」「早く出て行ってくれ!」

と、彩佳にも言ってらしい。
主人の言ってることは正論だから、わかるんだけど
言われた方は結構傷つくし、聞いてる方もうんざりする。
しょうがないって流せないのか?とも思ってしまうけど
口に出すとケンカになるから、黙って聞いてるんだけどね。
彩佳も私の入院中は言われても流してたようだ。

で、これ心配して何度か主人に電話をくれた、私の友達にも言ってたらしく

「けんちゃん、いつもあんなこと言うの?
 言ってることはわかるけど、私も小さい頃から彩佳を知ってるからさ
 何度も聞いてると、気分が悪くなるんだよね」

主人の性格も知ってるから、入院中の私としては放っておくしかない。

そして、事件は私の退院後、4日に起きた。
6日まで休みを取ってた主人。
昼ごろ起きてきて、食事をしようとした彩佳に私が聞いた。

「お前、来年ちゃんと卒業出来るんだろうね」
「うん」
「もし卒業出来なかったら、そこで大学は終わりだからな」

と言った主人の言葉に、彩佳がキレた。
たぶん今までのうっぷんが、そこでキレたのだろうと思う。

「卒業出来なかったら、困るのはそっちでしょ」
「なんで困るの?困るのは彩佳でしょ?」(私)
「大学卒業できなかったら、私ここに居座るからね」

と、この言葉に今度は主人がキレた。

「お前はニートにでもなるつもりか!」

大学に行く時、キッチリ4年で卒業することが最低条件。
就職先が内定してからは、1年間家から通い食費は2万入れて
自分で貯金をして、1年後に自立することになっていた。

彩佳に言わせると、もし3月に卒業出来なかったら
半年くらい通い、追試を受けたりすれば、卒業資格はもらえるそうな。
今のご時世、大卒じゃないと就職先もないから困ると言うことらしいが
親から言わせれば、就職先が決まっているのだから
何が何でも、卒業するくらいでいてもらわなくては困る。
3月に卒業出来なければ、就職先もパァになるんだから
何のための、就活だったんだ?と言うことになる。

「絶対卒業するよ」

の一言で終わった物を、話はどんどん大きくなって
最終的に彩佳がふてくされた。
その態度に、主人が激怒して、横っ面を張り倒された。

「あら、やっちゃった」

と思った瞬間、彩佳も負けてなかった。

「お父さんだって、彩佳の言うこと聞いてくれないでしょ!」

と言いながら、掴みかかった。
主人はその手を振り払ったら、力じゃ勝てるわけがない彩佳がひっくり返った。
すぐに起き上がった彩佳は、なおかつ掴みかかって行ったところで
力で勝てるはずがないから、痛いお腹を抱えて行き

「けんちゃん、もうやめて」

と、止めに入ったけど

「出て行け!」
「出て行くよ」

と、しばらく悶着して終わった。

「やらせてみなくちゃ、口で言ったってわからないよ」

主人もそれはわかっているようだけど
それ以降、主人と彩佳は口をきいてない。

結局、彩佳は来年自立することにして、昨日部屋が決まり
現在諸手続きをしている最中だ。

実の親子でも合わない時期があったりするし
これだけの大喧嘩が出来ることも悪い事じゃない。
けど、現在主人と彩佳は冷戦中だ。
その冷戦中に、今度は私がやらかした。。。

実は昨日、義弟の会社の社長から義父と主人が呼び出された。
義弟の退職金や会社で掛けていた保険の支払いのことだった。
義弟の法定相続人は、義父である。
いくら面倒を看ていても、主人にも法的に権限はない。
で、一口はすでに義父の口座に振り込まれた。
そのことに、文句を言うつもりはない。
義父にだって、面倒を看てもらって息抜きしてたんだからね。
が、社長としては、どうやら義父のところにお金が入ることが
気に入らないらしく、いろいろ模索してくれたらしく
会社から、小切手で手渡すことにしたようだ。
いろいろな世間話の後

「法定相続人はお前だから、このお金はお前に渡すしかない。
 憲児の遺したお金だから、女になんか使うなよ。
 面倒を看てきたのは、憲一夫婦なんだから、わかってるな?」

そう言って、小切手を義父に渡したそうだ。
何から何まで、本当にありがたい話で、その気持ちが嬉しい。

その後会社を出たところで、どうするかの話になったそうだ。

「お前はいくら欲しいんだ?」(義父)
「親父はどう思ってるんだ?」

と言ったところ、もらった金額の1/5を提示したらしい。
義弟の保険金は我が家が受け取っているし
そのことを義父が、何か言ってきたわけでもない。
お金の問題じゃないからいいのだけど、でも金額でどう思っているかも
わかるんじゃないのかな?
私にしてみるとその程度か?と思ってしまった。
腹に溜めておくのは嫌だから

「その程度かい!」

と口に出した。
その件では、笑い話で終わったのだけど
義姉にやる気はないが、義姉の子供達に50万ずつ分けるそうだ。

「・・・ん?彩佳には?」

そう思ってしまった私が悪いのか?
そして、それを口に出した私が悪いのか?

「どうしてお義姉さんの子供には分けて、彩佳にはないの?」

そう聞いてしまった。
私は義弟の遺した物として見ている。
なんの面倒も看てない義姉の子供に分けるのなら
私の子供にも分けて欲しいと思うのは、間違いか?
そこに義父の気持ちが欲しいと思うのは、おかしいのかな?

今主人の気持ちとしては、彩佳のことを良く思っていないわけで
そこに彩佳を引き合いに出してしまったから、余計に話がこじれた。

「姉貴の子供は、おじいちゃんおじいちゃんって来るだろ。
 彩佳はお年玉が欲しい時だけじゃないか、それで可愛いと思えるか?」
「それだって、1回だけでしょ。けんちゃんが行かなくていいって
 行ってないじゃん」
「彩佳は金目当てだろ。姉貴の子供は違う」

金目当てって、私だってお年玉もらうために正月出かけたけど
主人はそういうことが出来る環境ではなかったらしいから
そういう気持ちはわからないって。

「そういうことじゃなくて、面倒看てきたのは私だよ
 私に何かを返して欲しいとは思ってないよ。
 お義姉さんの子供に分けるなら、私に返してくれるより
 私の子供に返してくれたら嬉しいよ」
「お前さ、そう言うことを言うなよ。俺は金でもめるのイヤなんだよ。
 そう言うのが、遺産でもめる原因じゃないの?」
「もめる気はないよ。けんちゃんに思ったことを言ってるだけでしょ」
「だからそう言うのがイヤなんだよ」
「お金のことを言ってるんじゃなくて、気持ちの問題を言ってるだけ」
「だから、親父にしてみれば、彩佳のことを可愛く思えないだろ?」
「可愛いとか可愛くないとかの問題じゃないんだよ、そういうことじゃなくて・・・」
「俺にはお前の言ってることがわからない」

押し問答になったのだけど、昨夜は私も酔っていたし
可愛くないからと言われてしまったら、仕方がない。
自分でも何を言ってるのか?わからなくなってきちゃって

「もういい、この話は終わり。思ったことを言っただけ」

と言って、終わらせて寝てしまった。

言いたいこと言っちゃったし、私は気が済んでるのだけど
主人はへび年だし、結構根に持つタイプ。
今朝私は普通にしてたけど、主人はこちらの問いかけには答えたけど
ほとんど口もきかずに、出かけて行った。

でもね、冷静に考えれば私が求め過ぎたのかもしれない。
義弟の保険金の恩恵は、彩佳も受けているんだから
これ以上のことを求めちゃいけなかったんだよね。

『面倒看てきたのは私!』

そんな自己主張をしちゃったからいけないんだな。
あとで、主人に謝ろう!


・・・・・許してくれなかったら、どうしましょ( ̄ロ ̄lll) 

経過。。。

2009.12.26 (Sat) 日々の出来事

16日に、退院後初の受診。

手術で切り取った私の子宮ちゃんは、細切れにされて検査。
子宮筋腫と子宮がんでは、手術のやり方が違うそうで
万が一悪性の物が見つかれば、再度開腹手術と言われていたのねん。

だから一番心配だったのが、検査結果。
だって~、もう一度開腹手術って・・・
また術後のあの辛さを経験するのかと思うと、イヤだったのねん。

「もし悪性の物が見つかったら、もう一度開くって言ったよね?」
「あ~言ってたな」
「もし悪性だったら、どうしようか?もうイヤだな~」
「俺は今の生活、結構快適だけどね。また休めるし・・・(笑)」

主人の仕事は、毎日夜中の1時起床から始まる。
時には夜勤もあるし、帰りも7時過ぎのこともあって
また翌日には1時起床となる。
でも今は術後の私が、犬のお散歩が出来ないため
4時起床、5時少し前からお散歩に出て、5時半ごろ帰宅し
その後の世話は私が出来るので、そのまま出勤となる。
帰りも夕方のお散歩に合わせて、4時前後には帰宅するわけで
普段の生活に比べると、主人にとっては楽勝なわけだ。
毎日犬と共に過ごせることが、何より嬉しいそうな・・・

「いや、そういうことじゃなくて・・・」

で主人が言うには、術後私の子宮ちゃんを見せられての説明で
悪性の可能性はほとんどないと、言われていたらしく

「心配ねえよ」

と言われたものの、やっぱり結果を聞くまでは不安だったのねん。

で・・・結果は・・・悪性の物は見つからず
退院前の尿検査と血液検査にも、異常は見つからず心配なし。
お腹の傷も順調に回復、内診の結果も問題なし。
徐々に通常の生活に戻っても良いけど、痛みがある場合は無理はしないこと。
来年1月27日、もう一度診せてもらいたいとのことで終了となった。

これで一安心。。。
あれほどしんどかった体調も、今は楽になってるんだけど
痛みはなくても違和感があるお腹を、かばってるせいか?
いつも以上に、疲れちゃうんだよね。
だけど、頑固な便秘もすっかり改善されて、毎日スッキリ!
なんだけど、排便前腸が動き出すと痛みがあるんだよね。
これは子宮が無くなって、空洞になった部分に腸がうまく収まってくれば
無くなる痛みらしい・・・
排尿も我慢したりすると、痛みが出る時もあるけどこれも日にち薬らしい。
時々ピキッと引きつる痛みもあるけど、これは1年ぐらい続くみたいだし
あとは自分の身体が、今の状況に慣れるだけ。

お腹に傷が心配なので、まだGパンを履くのが怖くて
ウェストゴムのズボンや、オーバーオールを履いてるんだけど
この半年近く、ほとんど身体を動かしてない私・・・蓄えてるのよね~。
痩せてる主人、油断すると57kgなんてこともある。
主人の体重を越えたら離婚と言われてるけど
今は追い付け、追い越せの勢いさ!

「お前は、だんだん石ちゃん(ホンジャマカ)化してるよな(笑)」
「じゃあ、もう少し頑張るから、牛柄のオーバーオール買ってくれる?(笑)」
「あ~買ってやる!離婚届けと一緒にくれてやるわ(爆)」
「体調が戻ったら、絶対痩せてやる!」
「はい、はい・・・」

くそ!絶対痩せてやるぅ~!!

ちゅうことで、16日の受診後犬を引いてみたんだけど
お腹が引きつって、まだ引ける状態にあらず・・・断念・・・
徐々に慣らしていくことにした。

で、先週の土曜日19日のこと。
そろそろ主人も帰ってくる時間。
ひょいと座椅子に座ったったん、お腹に激痛が・・・
その瞬間は、お腹の傷が開いたと思うほどの激痛だった。
あわてて、傷を見たけど変化なし。
おへそから恥骨までの傷の両脇に、ホッチキスのようなもので止めた部分があって
その部分が凹んでいて、8か所ずつ大小のクレーターが出来ている。
上から見て、傷の左側のおへそ近くのクレーター部分が痛い。
手でさすってみたものの、激痛は治らなくて脂汗が出てきた。
ちょうどそこに帰ってきた主人、脂汗を流してる私に

「どうした?」
「座椅子に座ろうとしたら、お腹の傷が開いたと思うほど、痛かった」
「そんなことはねえよ(笑)」
「でもそれくらい痛かったの!」

とりあえず痛み止めを飲んでお散歩に出たんだけど、ズキズキと痛む。

「お腹の中で、なんか起きてるのかな?」
「だったら、のんきに歩いてられねえよ」
「そうだよね~」

しばらくして痛み止めの効き目か?痛みは引き、翌日にはいつも通り。
ホッと安心して、朝のお散歩に出かけて、家事を済ませて一息。
座椅子にまったりゆったり座っていたのだけど、ただ座っていただけなのに
前日と同じ激痛が、今度は傷の右側下腹部中央当たりで・・・

「あっ!いたたたたた・・・」

お腹をさすりながら気がついた。
この痛みは、お腹の中じゃない。表面近くの痛みだと思ったんだよね。
あわてて傷口を見たら、なんと・・・クレーターが減っている。

「わかった!糸が溶けて切れたんだ!」

私の傷跡は、時間と共に溶ける糸が使われているので抜糸がなかった。
切った部分の内側を縫い、お腹の肉を寄せてホッチキスのようなもので止めることで
表面の傷は、自己治癒力で治すから、1年くらいかかるそうだけど
傷跡は綺麗に治るそうな・・・もちろん縦線は残るけどね。
おそらくギュッと寄せてた糸が溶けて切れたために、残ってる糸が
皮膚の中で移動したための痛みじゃないかと思う。
その激痛は3日間のあいだに、数回あったのだけど
クレーターはすっかりなくなって、傷の両脇に
小さな丸くて赤い傷が残ってるだけになった。
歩く時の引きつり感もなくなって、まだ時々ピキッと痛むけど
ずいぶんと楽になった。

「手術して3週間過ぎて、こんな痛みに襲われるとは・・・」
「治る痛みだから、しょうがねえよな(笑)でも劇的に変わったな」

主人がお腹の傷跡を見て、そう言ってた。

まあ、開腹して内臓を一つ取ったわけだから、支障が出るのは当たり前。
まだクレーターがあった頃、お散歩中に近所の畑のおばさんに
キャベツをもらったのだけど、小さめのキャベツ1個持っただけで
下腹部が引きつる痛みで持っていられなかった。
両手に提げるのと、肩にかけるのとじゃ、下腹部にかかる力も違う。
普段何気なくしてるちょっとした行動でも
下腹部に力が入っているんだな~と実感した。

今日で、手術をしてからちょうど1ヶ月。
人間の自己治癒力って、素晴らしい!

退院しました!

2009.12.04 (Fri) 日々の出来事

術後の経過も良く、一日早く退院しても良いと言われて
12月2日に退院してきました。

病室は4人の大部屋でしたが、お隣とは壁で仕切られていて
カーテンをすればちょっとした個室感覚で
しかも窓際だったから、わりと快適に過ごせました。

入院すると、すぐに名前入りの素敵なブレスレットを装着。
ブレスレット♪
手術当日は、点滴と一緒に手術名の入ったブレスレットも装着。

手術中から翌朝までは、思うように身体が動かないので
エコノミー症候群を起こすこともあるそうで、その予防のために
加圧式のストッキングを履き、手術中から翌朝まで
ずっとマッサージ機を装着しました。

手術は、予定より1時間ほど早く午後2時10分には手術室へ。
手術室には、徒歩で行き
手術室入り口。。。
ここまで来ると、覚悟も決まって、手を振って入りました。
術後の痛みを軽減するため、麻酔が流れるように背中から管を通し
麻酔を流す処置をして、本格的に麻酔が・・・
その間ずっと看護婦さんが話かけてくれたんだけど
いつの間にか気を失い、気が付いたら病室に戻ってました。

手術直後。。。
手術直後の私。。。(主人撮影)

「何時?」

って、主人に聞いたら、5時過ぎだって・・・
でも手術は4時過ぎには終わっていて、主人は説明を受けたそうな。
主人は、実物を見たそうだけど、私の子宮筋腫は、思ったより大きかったそうで
ゴルフボールより一回りほど大きかったそうです。
出血も50ccほどで、輸血の必要もなく無事終わったとのことでした。

痛みは思ったほどでもなかったけど、この一晩はつらかった(≧▼≦;)
看護婦さんもちょくちょくと、様子を看にきてくれてました。

翌日の朝6時半に、看護婦さんが来て
起きてトイレまで歩けるなら、尿管を抜いてくれると言うので
起き上がってみたら、まったく痛みがないわけじゃないけど
なんとか起きて歩けたので、その場で尿管を外してもらい、一つクリア!

8時過ぎに主治医の先生から、術後うつらうつらしてる時に
簡単な説明をしてくれたらしく返事をしていたらしいけど
私の記憶にはまったく残っておらず、もう一度説明がありました。

2日間点滴とお友達で、背中からも麻酔の管が入っていたけど違和感はなく
ひどい痛みもなかったけど、うっとおしい2日間でした。
木曜日手術で、土曜日の夜には点滴が外れ、日曜日の朝には
背中の麻酔の管も外れて、スッキリ!
痛みも日曜日までがピークと言うことで、少しずつ良くなってはいるけど
今も痛み止めのお世話にもなってます。

おへそから恥骨までのお肉をつまんで、なみ縫いされたような
傷跡を見ると、少々凹んだりもするけど
身体の方は日ごとに楽になってきました。

歩いた方が治りが早いそうで、手術の翌日から歩け歩け

「無理をして傷口が開いたら、下から腸が出てくるからね」

って、担当医から脅かされ、重い物は絶対持たないこと
無理はしないこと、でも歩くことと注意事項をいくつか言われて
退院してきました。

早く治したいから、退院した日の夕方も、お散歩に一緒に出ました。
だけどまだへっぴり腰の私。
普通には歩けないので、ショートコースで歩いとります。

痛いと思ったら、すぐに痛み止めを飲むよう言われたので
我慢できない痛みじゃなくても、飲んでいるけど
日ごとに痛みも和らいできてるし、痛み以外は
あれほどしんどかった身体も軽くなってきて
後は日にち薬と言ったところです。

手術前は不安でいっぱいだったけど、終わってしまえば
手術して良かったな~と、実感しとります。

主人もすっかり主夫が板について
鼻歌交じりに、洗濯物を干したり
食事の支度も全部やってくれてます。
今週いっぱいは主人が休んでくれてるので
ここぞとばかりに、甘え放題♪
家事一切は任せて、のんびり過ごします。

ご心配いただいた皆様、ありがとうございました!

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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