。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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残念ながら。。。

2009.08.25 (Tue) 義弟の病院・病気と症状

今日、午前10時59分、義弟は逝ってしまいました。

今日は義父と義姉が面会に来る予定になっていたので
お昼頃病院に行く予定でいたのだけど
10時過ぎに病院から連絡が入り、あわてて飛んで行ったけど
すでに呼吸は止まっていました。
実際に呼吸が止まったのは、10時35分ごろ。
私たちの到着を待って、死亡確認ということでした。

義弟の会社で、告別式は取り仕切ってくれるそうですが
友引も入ったため、週末までは忙しい毎日です。

また落ち着いたら、ご報告したいと思います。。。
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危篤。。。

2009.08.25 (Tue) 義弟の病院・病気と症状

主人も仕事を都合をつけて、病院に向かうから
無理はしなくていいと言ってくれた。
昨日、↓の記事を更新後、体調は優れなかったものの
どうしても気になったので、やはり病院に行くことにした。
病院に行く途中で、義弟の会社の方から電話が入った。
1時半少し前、病院に到着、すぐに折り返し連絡すると
U取締役とT人事部長と同僚のMさんが、面会にくることになり
そのまま病院で待機することにした。

義弟に面会すると、呼吸も苦しそうで目もうつろ。
手を握って、声をかけても反応はかなり鈍い。
13日面会した時よりも、さらに痩せていた。
うっすら目を開けたり閉じたりするので、タイミングを見ながら
手を握って何度も声かけをしたら、私のことはわかったらしい。
骨々しくなった身体を少しマッサージしたら、気持ち良さそうだった。

会社の方々を待って、病室と外を出たり入ったりしながら
4時過ぎに会社の方が到着、続けて主人も到着した。
1時間ほどの面会の間、会社の方々も主人のことも認識したようだった。

相談員さんの話では、この2.3日が山だろうとのこと。
義父と義姉も、今日午後から面会に来る。

主人は葬儀の心配をし始めたので、今は事前準備もできるとのことで
昨日の夜、葬儀社の方と打ち合わせし、万が一に備えた。
しばらくは、病院を行ったり来たりになりそうです。

そんなわけで、落ち着くまで、ネット休業させていただきます。
よろしくお願いしますo( _ _ )o

病院から。。。

2009.08.24 (Mon) 義弟の病院・病気と症状

義弟のことを書く前に、私の検査結果を書いておこうかな。

19日に病院に行ったのだけど、病院は変えるつもりでいたから
結果だけ聞いたら、さっさと帰ってこようと思っていた。
ところがでしな、今回の先生の態度はガラリと変わった。

「その後、出血はありましたか?」
「7日から11日までありました」
「まず検査の結果ですが・・・」

と言うことで、がん検査の結果は問題なしだった。
問題だったのは、一応やっておきましょうと言った血液検査。

RBC 431  (正常値370~490)
Hb   8.5 (正常値11.5~15.0)
Ht 29.6   (正常値35.0~45.0)

これがどの程度なのかわからないのだけど
か弱い女性の代名詞・・・貧血・・・『鉄欠乏性貧血』と診断された。

なるほど・・・倦怠感やちょっとした作業で、すぐに疲れること。
おしゃべりするだけで目が回ったり、息切れもここからきてたらしい。
どうやら更年期ではないみたい。
もう2.3年前から、軽く症状は出ていたけど、徐々にだったから
自覚症状もあまりなかったけど、ここ1ヶ月ほどで悪化したらしく
自覚症状が強く出てきたようだ。

でも血液検査だって、こっちが言ってやったようなもの。
症状なんか、何一つ聞いてこなかったのに、今回はやたらと聞いてきたから
自分がおかしいと感じていることを、いくつか伝えたのだけど、とっても親切だった。
生活するのに支障がなければ、この程度なら手術の必要はないと言ってたのに
今回は

「それだけの症状が出てるなら、手術を考えた方がいいかもしれませんね」

( ̄△ ̄;)エッ・・・なんじゃと?

選択肢は三つ。
年齢的にも閉経は近い・・・( ̄□ ̄||)えええっ!!・・・そうだ・・・
が、当然個人差があるから、あとどれくらいは判断は出来ないそうだけど・・・

一つ目は、鉄剤を飲みながら、閉経を待つか?
二つ目は、お薬で強制的に生理を止め、閉経を待つか?
だけど、子宮側に飛び出してる筋腫のせいで、不正出血があるのだけど
生理は止まるが、不正出血は止めらないので、何かあれば出血は続くそうだ。
三つ目は、子宮全摘出手術。

が、現在の貧血の状態では、手術は出来ないので
まずは『フェロミア錠50mg』を、朝夕1錠服用して1ヶ月様子を看ることになった。
で、1ヶ月後の9月16日に、要相談。
午前の最後の予約で、時間をかけて説明をしてくれるらしい。

病院を変えるつもりでいたのだけど、主人に相談したら

「どこに行っても手術は選択肢の一つに入るだろ?
 今後のことを考えても、今手術しちゃった方がいいだろ」

まあ、少々複雑な気持ちもあるのだけど、手術と言う方向で
主人も付き添ってくれるということで、診察を受けることにした。

更年期のせいで、身体がしんどいんだろうと思いながらも
自分がなまけものなんじゃないかって気持ちもありつつ
「なにくそ!」根性で、毎日を過ごしていたけど
要するに、空気の薄い高いお山で、生活してるようなものらしいから
無理をすれば、引っくり返るわけだから、気を付けなくちゃいかんのよね。
原因がわかったことで、ある意味気持ちも楽になったし
か弱い(←ここ強調)女性の代名詞、貧血だなんて
私も普通の女の子?だったってことだわね。

「まあ、お前もタフだよな」

って、そう言う言い方かよ!と思いつつ、覚悟を決めるしかないわけで
この1ヶ月は、自分を労わることにしてた。

今日は、わんこの病院でフィラリアのお薬をもらいに行った後
買い物を済ませて帰宅する頃には、目が回ってフラフラとする。
少し横になろうと思っていたのだけど、義弟の病院から留守電が入っていた。

土曜日から38度越えの発熱で、今朝も38.2度あるそうな。
すぐに相談員のOさんに連絡をしてみた。

20日から口から物を食べることが出来なくなり
22日から発熱、今日あたりから点滴治療に入るだろうとのことだった。
点滴が入ると、状態が良くなる場合もあるが、厳しい状態らしい。

自分の状態も日々波がある。
今日は調子が良いと思う日もあるけど、午後には電池切れ状態だったり
朝起きた時から、横になりたい日もある。
今週自分の状態を考えながら、面会に行った時
Oさんに伝えておこうと思っていたのだけど、電話で伝えておいた。

すぐ様子を看に行きたいところだけど、今日の私の状態で車の運転は無理だ。
主人に連絡を入れ、義父と義姉には連絡をすると言い
なるべく早めに病院に行くとは言っていたけど
これを書いてる途中で、今また病院から、連絡が来た。

「痛み等には反応があるので、意識がないわけではないが
 いつ急変してもおかしくないので、ご家族に連絡をして面会に来てください」

とのこと・・・・・言葉では言わなかったが、危篤状態だ。

会社の同僚のMさんにも、連絡を取った。
後はなにをすればいいんだっけ?

テレビで。。。

2009.08.15 (Sat) 思うこと

ザ・ベストハウス123で
『永遠の絆、夫婦で歩んだ感動の介護物語BEST3』
と言うのをやっていたのねん。
このことを、私も記事に書こうと思っていたんだけど
ある介護BLOGで、このことが書かれていたんだな。

この方は、ご自分も会社を辞め、ご両親と共に
お祖母様の介護をされている方。

介護って、時として介護している自分たちだけではなく
自分の子供たちにまで、影響を与えることがある。
実際に我が家でも、彩佳の大学の学費が払えなくなるかもしれないという
状況まで追い込まれた時期もあった。
幸い我が家は、なんとかそこは乗り越えたんだけどね。

認知の症状がひどくて、自宅介護をしていたら
子供の手も借りなければいけない状況だって、出てくるだろう。
そのことに、親はどれだけ責任を感じてしまうかわからないと思う。

でも実際問題、受け入れてくれる施設がなければ
同居している家族で話し合って、介護していくしかない。
経済的な部分を、父親が受け持ち、日々の介護を母親一人では
不可能と判断したから、子供が仕事を辞めて一緒に介護する。
介護保険も使えず、そうせざる負えない状況って
言葉にすると、軽々しく聞こえるかもしれないが、かなり切実で心が痛む。

で、そのBLOGに初めてコメントをつけさせていただいた。

私もこの番組見ましたよ。
2本目の車椅子の花嫁は、本人だって
かなり努力してのこと。
これは本当の意味での
(こういう表現が正しいかどうかはわかりませんが)
介護とは違うと思いました。

これを見て感動して泣いてる人って
介護を知らない人じゃないかな?
って、主人と話しました。
私は感動もなければ、涙もこぼれませんでしたから・・・

介護に自己犠牲は、当たり前のことだし
経済的に余裕があるから、できたんじゃない。。。

そんな風にしか、観れませんでしたね。

私達夫婦も介護を『愛』だの『絆』だの『感動』だので
済ませてほしくないです。


と、こんなコメントをつけさせていただいたのだけど
この記事とコメントに、反論されてる方がいた。
この方のBLOGにご迷惑をかけてはいけないので
私のBLOGで、それについて、ちょっと書かせてもらおう。


反論されてた方は、私たちの精神が荒らんでると
映像の部分だけ見て、それ以外を想像できないから
そんな意見しか出ないんじゃないかと・・・
金があるなら、施設に入れるなり家政婦を雇うことも出来たのに
妻への愛があるから、仕事を辞めて自分で看ようと思ったんだろうと・・・
決して楽をして、介護をしていたとは思えない。
綺麗な話ばかりが放送されていなかったと・・・

(ー'`ー;)う~ん・・・申し訳ないが、視点が違うのだな。
すべての人とは言わないが、介護の真っ最中の方は
介護される側の程度にもよるだろうけど、いくらか精神は荒らんでると思うよ。
毎日葛藤の中で、生活してるんだからね。
実際あの頃の私は、精神は病んでたと思うしね。

それ以外を想像できないって言われても、想像する必要がない。
だって、あれ以上のことが現実問題として、毎日起きてるんだから
想像しなくても、実際に経験してることだしね。
うんうん、お金があれば家政婦も雇えたし施設にも入れられたかもしれない。
でも仕事を辞める選択が出来る人って、やっぱり経済的に余裕があるからでしょ。
庶民は、仕事を辞める選択は出来ないよ。食えなくなるもん。

介護経験者が、楽して介護してるなんて思ってる人はいないと思う。
綺麗な話ばかりが放送されていなかった・・・って
私に言わせれば、綺麗事しか放送されてませんよ。
介護の現実は、もっとひどい。
言うなら、もっとひどいこともあっただろうに
なぜそれは放送しない?と聞きたいくらいだ。

あの市長さんだって、3本目の自分自身もがんと闘いながら
介護をしてた方だって、すごいな~とは思う。
自分達には出来なかったから、義弟を施設に入れたんだからさ。
でも感動とは違うんだよな、観てる視点が違うからだと思うけど。

あの番組を観て、私達夫婦は、感動はしなかった。
番組の中で、認知症の奥さんを思い余ってひっぱたく。
さも大変なことのように「あ~っ!」ってな声が、テレビの中から聞こえてきたけど
この程度のことは、すでに経験済みだし、まだ良い方だと思う。

「しょうがないね」

と言う言葉しか出なかったもんね。
テレビで放送されてるようなことは、まだ良い方だ。
だから綺麗事だと思うのだ。
あの程度のことは、茶飯事のようにあって、毎日自己嫌悪で
あの程度のことで、追い込まれていたと言われてもね~・・・

介護拒否なんか、まだまだ序の口。
部屋の中が、うんこまみれになることがどういうことか?
徘徊する人を探すことが、どんな気持か?
自分の時間もなく、自分を構う時間も寝る時間もなく、目を離せない
地獄の毎日を送ってる人に、この番組を見せて感動出来るわけがない。

あくまでも個人的な意見だけど、私が言いたいのは
こういう番組を観て、介護経験のない方たちが
介護はこれが当り前だと思ってほしくないと言うことだ。

そこに経済的なことが絡んで来たり、無理解の中で介護をしてる人
認知の症状の程度によっても、『絆』や『愛』だけで乗り越えらない
状況の人もいるってことだよ。
この番組に限らずテレビで流されてる認知症の程度は、軽い方だと思うしね。

私がこのBLOGを書き始めたのは、一括りに高次脳機能障害と言うが
損傷を負った部分で、その症状はまったく違うし
こんな家族もいるということを知ってほしいと思ったからだ。
今は認知が進んで、ほぼ寝たきりになってしまたから
書き始めた頃とは、違ってきてるけど。。。

わずか半年ほどで、認知症状がどんどん進んで行くと
気持ちもだけど、対応の仕方も追い付いて行かない。
実際ここには書けないことだってあったし、毎日のことだからね。
今もし自宅介護をしていたら、私は毎日『殺意』を抱いていたと思う。
今は施設に入って、穏やかな日々を過ごしているけど
もしあの時、受け入れてくれる施設がなかったらと考えた時
今それをやっている方たちを、これ以上追い込んでほしくない。
『愛』だの『絆』だの『感動』など言う言葉で、済ませてほしくないんだよね。
すべてが、これで済むのなら『介護殺人』も『介護心中』も
世の中から無くなるでしょ。

ああ言う番組を観て、感動する人もいるだろうし、それはそれでいいんじゃない。
でもあれをお手本にして介護生活に入ったら、そのギャップに苦しむのは必至。

介護は綺麗ごとじゃないよ。
『愛』や『絆』が、どこのタイミングで『殺意』に変わるかなんて
自分で想像できないからね。

13日、主人と二人で義弟の面会に行ってきた。
主人は無理やり義弟を起こすから、いくらかの反応も見れた。
ヒゲを剃って、タオルで顔を拭いて、おやつの介助もしてきた。
マヒした左手を主人が無理に伸ばしたら

「痛いよ!」

と大きな声を出したので

「なんだよ。お前ちゃんと声が出るじゃねえか。いつもそうやって話せよ」

そりゃあ、痛けりゃ声も出すさ (^m^*)
少しの笑顔を見れて、1時間ほどの面会だった。

こんな風に穏やかに義弟に会えるのも、離れて生活出来たからだ。

どうすればいいかなんて、わからないし
私が騒いだところで、どうにかなるもんでもない。

でも今この時も限界を感じながら、『愛』だの『絆』だので片づけられない状況で
自宅介護をしてる方がいるんだよ。

面会&私の診察結果。。。

2009.08.08 (Sat) 義弟の病院・病気と症状

5日の夕方、義弟の会社の同僚Mさんからメールが来た。
この日、面会に行ってくれたそうだ。
いつものように眠っていたらしいけど、声をかけたら
目を開けたものの、Mさんに気が付かなかったそうだ。
右目は開いたけど、左目は開かず、目は見えているのか?と
心配してくださった。
義弟の左目は、過去に網膜剥離を起こし、3回手術をしている。
が、視力は0.7あり、右目も1.2ある。
目は見えていても、何度も声をかけたり肩を叩いて刺激を与えたりしないと
認識出来ないのだと思われ、そう説明をした。

翌日の6日、義弟のところに、面会に行ってきた。
午後2時半近くになってしまったのだけど
ちょうどおやつを食べているところだった。
なんだかさっぱりとした顔をしていて、左目もパッチリ開いていたから
午前中にお風呂に入ったらしい。

年配の介護士のおばちゃんが、おやつを食べさせていたのだけど
なんだかずいぶん乱暴に食べさせているな~と思いつつ

「こんにちわ~」

とあいさつをして、義弟のそばに行き

「弟くん、元気にしてた?」

と声をかけると、義弟が私の方を見た。
その口に、おばちゃんはゼリー状の物を運んでいるのだけど
口の周りにはみ出すために、ティッシュでやたらと拭いていた。
食べるよりも、拭いてる方が多いんじゃないかと思うほどはみ出していた。
食べ方もへたくそになってきてるのかな?と思いながら看てたのだけど
そのおばちゃん、いきなり

「これ、やってください」

と、持っていたコップを私に押しつけてきた。

「ヨーグルトは全部食べましたから、これとお盆は下げます」
「はあ・・・・・」
「あ、それはお茶ですから」
「はあ・・・・・」

やっていただいてるわけだから、余計なことはしない方がいいと思って
看てたのだけど、笑顔をもなく、アンタがやって当り前的な物の言い方をされると
ちょっとカチンと来るので、一瞬顔に出てしまったように思う。
別に食べさせるのがイヤなわけじゃないが、言い方ってあるよな。
それだけ言うと、おばちゃんはあいさつもなく、さっさと出て行った。
ムッとしながらも、たまに来たのだから、これくらいはやってもいいかと思い
おそらく誤嚥防止のために、とろみの付いたゼリー状のそのお茶を
スプーンで口元に持って行くと、口を開けたので
口の中に入れると、以外に上手に食べるじゃないか。
おばちゃんが食べさせていた時、なんであんな乱暴に口に入れ
口の周りにはみ出してしまってたんだろう?と、ちょっと不思議だった。

けど、しばらくするとそのおばちゃん、小さなバッグを手に持って

「お疲れ様~」

と他の介護士さんに声をかけて、お帰りになった。
なるほど・・・早く食べさせて、帰りたかったんだ。
そこにちょうど私が行ったから、これ幸いにバトンタッチして帰ったのか。
まあ、いいけど、理由を言ってくれりゃあ、快くお礼も言って交代したのに
ああいうやり方を見たり、あんな物の言い方は、気分が悪いよ。

ま、お任せしてる以上、文句を言う気もないのだけど。

「弟くん、飲んだ?食べる?」

と聞くと、うなずく時もあるが、無反応の時もあった。
でも口元にスプーンを持って行くと、口を開けるので食べる気力はあるみたい。
食べることを拒否する方もいるそうで、残った手つかずヨーグルトなど
義弟に食べさせてくれることもあるそうな。

「憲児さん、よく食べてくれるから」

主人に↑の話をした時、前回主人が面会に行った時は
途中で看護師さんが来て、ヨーグルトを食べさせてくれながら
主人に言ったそうだ。

食べさせた後、容器をナースセンターに持って行き
お茶と聞いたけど、いったい何だったのか?聞いてみると
ほうじ茶や麦茶にお砂糖を入れて、やはり誤嚥予防のために
とろみを付けたものだそうで、この時のは麦茶だったそうだ。
でもいくらとろみを付けていても、あんなに乱暴に食べさせてたら
いつか誤嚥を引き起こすんじゃないか?と思った。

「そうなったら、それでもいいじゃねえか。しょうがねえよ」

主人はそう言っていた。

ナースセンターから戻ると、義弟は目をつむっていたので

「弟くん、眠いの?」
「・・・・・」
「ベッド倒そうか?」
「・・・・・」
「倒すよ」

そう言って、ベッドを倒しながら

「弟くん、私は誰だっけ?」
「・・・・・」
「私は誰?わかる?」
「・・・・・(かすかにうなずく)」
「だれ?名前言ってみて」
「・・・・・恵子ちゃん」

空気が抜けたような声だったけど、はっきりと「恵子ちゃん」と言った。

「うん、そうだよ。良かった、覚えててくれて(笑)」

ベッドを倒して、枕元に行き

「どっか痛いところない?」

と声をかけながら、身体を触ってみたら、痩せた身体は骨々しくゴツゴツしていた。
身体の当たるところに、クッションを移動して

「どう?痛くない?」

と聞いたけど、ジッと私を見つめていた義弟。
いろいろ声をかけてみたんだけど、しばらくするとそのまま目を閉じた。

「弟くん、眠いの?もしも~し?」

もう声をかけても、目を開けない。

「じゃあ、帰るよ」

と声をかけたけど、目を開けることはなかった。
ナースセンターに行き

「食ったら寝るみたい。ベッド倒してきたので、後で様子看てもらえますか?」
「あ、わかりました。お疲れ様」

30分ほどの面会で帰ってきた。
今回は私のことがわかっただけで、満足な面会だった。

***************************

はてさて、私の病院の結果なのだけど・・・
なんとも納得が行かない結果となってしまった。

2年前に別の病院で診察を受けた時
筋層内筋腫と粘膜下筋腫の、二つあると言われていたのだけど
万が一の手術を考えて大きな病院で診察を受けたが
筋腫があると言われていることを、あえて言わなかった。
救急対応の大きな病院って言うだけで、安心してしまうものだけど
どう診察されるか?聞いてみたかったんだよね。

診察室に入ると、30代半ばだろうと思われる若い先生だった。
この時点で、大丈夫?と思ってしまったのが良くなかったかな?

毎回1週間から10日早く、生理がくること。
終わったと思って、1週間もするとまた出血があり
不正出血があること、長い時は半月以上ダラダラと出血があったり
生理痛もあり、2日位は寝込むことなどなど
先月は15日に生理が来て1週間ほどで終わったが
1日から微量だが、また不正出血が始まっていることも話した後内診。

超音波で診てもらった時、私の横にも画像は出ていて
大きさを測っていたようだけど、なんの説明もなし。
その後下腹部を手で押されたので

「そこの部分、ぽこっと何か触りますよね?」
「あ、わかってましたか?これは子宮ですね」
「子宮?」
「・・・・・」

返事なし・・・説明不足もいいところだ。

「頚がんの検査はしたことあると思うんですけど、体がんはないでしょう?」
「ないです」
「頚がんと体がんと、両方検査しておきましょう」
「はい、お願いいます」

がん検査はしてもらったけど、診察室に戻ってからも
パソコンに向かって、何やら打ち込んではいるが
こちらから質問しないと説明がない。

「筋腫はあるんですか?」
「ありますね。5cmくらいの大きさです」
「5cm?」
「でもこれくらいなら、生活に支障がなければ
 無理して手術の必要もないと思いますよ」
「でも2日位寝込むし、半月以上出血が続くときもありますけど?」
「う~ん・・・・・たとえば貧血があれば、手術も考えた方がいいけど」

そうは言うけど、貧血の検査をするとは言わない。
2つあると言われていた筋腫だけど、一つしか言われない。
子宮の奥側に5cmある筋腫が、子宮の方に飛び出しているので
子宮も大きくなっていて、不正出血もそのせいらしい。

「普段健康診断をする機会もないので、川崎に行ったりすると
 献血に行くんですけど、毎回ダメですけど?」
「最初に血を抜いて、検査した後ですか?」
「そうです」
「じゃあ、一応血液検査しときましょうか。でも貧血がひど過ぎても手術はできませんよ」
「はあ・・・」

別に手術がしたいわけじゃないって!
要領を得ないと言うか、何と言うか・・・
更年期って、血液検査でわかるから一緒にやってもらおうと思い

「首から上だけ、異常に汗を掻くんですけど」
「典型的な更年期の症状ですね」
「更年期の検査もしてもらえますか?」
「年齢的に更年期の時期ですから、検査しても意味がないと思いますけど」
「意味がない?」
「ええ、お金がかかるだけですよ」

だからお金の問題じゃなくてさ。
血液を取るなら、一緒に出来ないのか?
半月以上の出血や生理のたびの、この身体のしんどさ。
原因は筋腫だろうけど、解決策はないのか?
手術を好んでしたいとは思わないが、現状を受け入れるしかないということか?

血液検査とがん検査の結果を、2週間後の19日に聞きにくるように言われて
診察は終わったんだけど、なんとも腑に落ちない結果で
ホッとするとか、安心出来たという気持ちじゃない。

家に戻って、主人に話したのだけど、主人も納得出来てない。
まあ、とにかく2週間後の結果を聞いて
それからまた考えようということにしていた。

体がんの検査の後の注意事項の書いた用紙をもらっていたのだけど
そこには激しい腹痛や発熱、大量に出血があった場合
連絡するように書いてあった。
6日の夜から、出血量が増え始めたのだけど
いつも1週間から10日早く来る、私の生理周期。
生理が始まったとも思えるが、主人に相談したら一応連絡をしてみろと言うし
そのまま別の病院に行くこと考えるよう言われ、仕事も早退してくると言う。
病院に連絡はしたけど、おそらく生理だろうから、2.3日様子を看て
量が減らなければ、10日に受診するように言われた。

ただ様子を看ろと言われたことに、主人が激怒した。

と言うのも、私の叔母(母の姉)が、やはり筋腫だから様子を看るよう言われて
半年後に大量出血でそのまま入院、が、子宮がんの末期で
その3ヵ月後に他界している。
なので、もう一人の叔母(母の妹)は、筋腫がわかった時点で手術した。
ご近所さんでも、様子を看るように言われていて
ある日突然大量出血で、入院手術と言う方の話しも聞いてる。
切っても切らなくてもいいよと言われ続けて、別の病院を受診したら
すでのメロン大、赤ちゃんの頭と同じくらいの大きさになっていて
おまけに腸に癒着もあり、通常の手術で2時間くらいのところ
5時間かかったと言う方もいる。

「だから医者の言うことは、信用が出来ない。他の病院に行けよ」

義弟のこともそうだけど、自分のことでも
誤診があったり、原因がわからないと言われたこともあり
別の医者で、病名がわかったり原因がわかったこともある主人。

「こっちが医者を選ばなきゃダメだ。がん検査は結果として
 聞きに行けばいいけど、他の病院でも診てもらえ」

婦人科は出血量が多いと、診察が出来ないので、主人は
結果を聞く前でも、出血が止まったら他の病院に行けと言う。

このまま生理に突入ということは、今回もまた半月近く出血してることになる。

「お前さ、1年の半分は血を出してるよな」

って、冗談を言う時もあるが、これで貧血がないと言われたら
私の血って、どんだけ濃いんだよってことだな(≧m≦)

とにかく昨日から、体調は絶不調だ。
半月出血してようと、身体がしんどかろうと
やらなきゃいけないことは、誰だってやる。
これを生活に支障がないと判断されれば、それまでのことだし
動けるうちは、大丈夫ってことなのかも・・・

まあ、行きたくないと思いつつ行き始めた病院だから
納得行くまで、行ってみるか。。。

無事に完了!

2009.08.04 (Tue) 父の看護日誌

父の引っ越し、無事に終わりました。

が、しかぁ~し、この引っ越しで父の物忘れのひどさや
とんでもない行動にも驚きました(≧▼≦;)

引っ越し作業に行くと、父ったらテレビを消してジッとしてるから

「何してるの?テレビ消しちゃって?」
「お前が一生懸命やってくれてんのに、のんきにテレビ観てたら悪いと思ってよ」
「何娘に気、遣ってんの?いいよ、テレビ観てて」

そんな気遣いも見せる父・・・ちょっと可愛いんだけどね。
気にするならと思って、仕事を与えたりもして・・・(^m^*)
が、余計なこともいろいろやってくれたのよねん。。。

まずは、引っ越し2日前。
町の電気屋さんにも手伝っていただいて、電気製品をすべて移動した日。
元の部屋のエアコンを外してもらってる間、父にサイドボードの中身を
箱詰めするように言った。
サイドボードには、母がお客さん用に買ったコーヒー茶碗とか湯呑み
甥っ子たちの写真と、私が連れてきたのだけど、最期まで父が面倒を見てくれてた
マルチーズのレオによく似た陶器のお人形と、博多人形が飾ってあった。
この博多人形、彩佳が初節句の時、もう亡くなった先輩が贈ってくれたもの。
前回の引っ越しの時、父が箱から出して飾ったんだよね。

私は出来あがった荷物を、車に運び込んでたんだけど
その途中、パリンパリンと何かを割る音がしたのねん。
父を見たら、ビニール袋の中身をトンカチで叩いて割ってる。

「ジイジ、何やってんの?」
「いや~、もういらねえなと思ってよ」

中身は・・・・・・・博多人形・・・・・・・
このジジイ、トンカチで割りやがった・・・・・・

「なんで、壊れてもいないお人形を割っちゃうの?」
「いらないからよ」
「いらないって・・・別に邪魔になってるわけじゃないでしょ?」
「そうだけどよ」
「なんでもかんでも、そうやって捨てないのっ!レオのお人形まで割らないでよ!」
「レオのは割らないよ~、レオは大事だもんな~(笑)」

笑ってるし・・・割っちゃった物は元に戻らない・・・あきらめた・・・

父のタンスを整理しようと見たら、下着類が少しでほとんど何も入ってない。
買ったはずのポロシャツとか、着たところを見たことがないのにない!
自分がいらないと判断すると、全部捨てるんだな、このジジイは・・・
けど、気に行った洋服は何日でも着てるんだよ。
3日同じものを着てると

「そろそろ洗濯すれば?」

と言うんだけど、乾くとまたそれを着てるんだな。
極端なじいさんだ。

新居に移って、リビングのテーブルなども持ってきてたんだけど

「ジイジ、テーブルはきれいに拭いてからセットするから、まだ触らないでね」
「わかった」
「他の物も、まだ触らないで、そのままにしておいてね」
「わかった、わかった」
「わかったって、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ」
「今もう一回荷物運んでくるから、そしたら一緒にやるから、何もしないで待っててよ」
「わかった」

父の「わかった」は信用出来ない。
でもとりあえず、荷物を取りに行って30分後に戻ったら・・・
やってるよ・・・テーブルはセットしちゃってるし、箱の中身は出しちゃってるし・・・

「ジイジ!何もしないで待っててって言ったでしょ?」
「あ~、そうだった(笑)」

ま、想定内のことなのでいいんだけどね。
娘が汗だくでやってるから、何かしなくちゃと思うんだろうけどさ。

そして引っ越しの前日、大きな荷物だけ残してほとんどの物を移動したんだけど
母のお仏壇をそこに残しておくのも忍びなかったので、お仏壇も移動した。
でも台を持って来れなかったので、セッティングは出来なかった。
なので一晩母には我慢してもらって、写真とお位牌を
カラーボックスの上に置いて

「ジイジ、明日きちんとやるから、これは触らないで、このままにしておいてよ」

何度も念を押しておいたんだな。

引っ越し当日、レンタカーのトラックを借りに行く前
もう一度念を押して、私の弟も合流して引っ越し作業開始。
一回目の荷物を持って新居に行き、お仏壇の台も持ってきたので
お仏壇のセッティングを父にやってもらおうと思って
気が付いたら、カラーボックスも母も動かしてあった。

「ジイジ、お母さんどこやった?」
「・・・・・どこだっけな?」
「だから、動かすなって言ったでしょ!思い出してよ」
「えっと・・・・・どこだっけな・・・・・」
「ゴミと一緒に捨てちまったか?(笑)」(私の弟)
「そんなわけないでしょ。いくらなんでも、お母さんは捨てないでしょ」
「・・・・・どこだっけな~?」

結局自分で思い出せず、探し回った結果
壁際に写真とお位牌を置いて、その前にカラーボックスやら荷物を
置いてしまったので、隠れてしまった。
そして、置いた場所を忘れた。
まったく、人騒がせなじいさんだ・・・

新居は団地サイズなんだけど、一応2LDKとなっている。
ダイニングキッチンとリビングの境らしき場所の壁に
なぜかカーテンのフックが取り付けてあった。
フックの部分が飛び出していて、邪魔だなとは思ったけど
そこには壁に押し付けて、テーブルを置く予定だったので
ま、いいか!と思ってたんだよね。

で、もう一回荷物を取りに行くので、また余計なことをされると困ると思って
お仏壇のセッティングと、サイドボードの中身を箱から出しておくように言って
2回目の荷物を取りに出かけ、ガスと新聞代の支払いを済ませて戻った。
部屋に入ったら、そのカーテンフックの飛び出してた部分がない!
しかも床に、フックのカスらしきゴミが散らばってるし・・・

「ジイジっ!これ何やったのっ?」
「何もしてない」
「何もしてないわけないでしょっ!」
「うん、やった・・・(笑)」
「やったって、ここは賃貸なんだよ。元々あるもんは
 壊したり捨てたりしちゃいけないのっ!なんでこういうことするかな」

父ったら、フックの飛び出した部分を鋸で切りやがった。
本当にもう、とんでもねえことするじいさんだ。。。
しかもニヤニヤ笑って、私が怒ってるのに逃げやがった。

「聞いてるの?ジイジ?」
「いやいや、もういいじゃねえか、フックだし(爆)」

弟が笑いながら、止めに入ったんだけどね。
確かに笑い話なんだけどさ、今言っておいたことや自分がやったことは忘れるし
とんでもない行動はするし、ビックリしたよ・・・ヤレヤレ ┐( -"-)┌ヤレヤレ・・・

引っ越しの日、ジイジは弟の顔を見て私に

「ん?誰だっけ?」
「誰って、晋一でしょ。自分の息子の顔、忘れたの?」
「あ~そうか、そうか・・・わざわざ来てれたのか?ありがとう」

なんて会話があった。
弟も少々ショックだったようだけど、これが老いってことなんだろうな。
忘れることがあっても、言えば思い出したり、置いた場所は忘れても
移動したことは覚えていたり、ハプニング的なことなんかを覚えていれば
認知症とは言えないらしい。

お昼前には引っ越し作業も終わって、お昼過ぎにはお部屋の明け渡しも終わった。
午後からは、みんなで焼き肉を食べに行って、無事に終了!
ゴミ捨てのついでや、出かける時お散歩の時なんかも
ベランダからちょっと声かけが出来るし、デイに行くのも
我が家のベランダから、確認できるんだよね。
役所の手続きも終わったし、今日は新居にケアマネさんも来た。

「ここは住み心地がいいな~♪」

って、10日が過ぎて実感してきたらしい。

まあ、いろいろあったけど、これからは娘のチェックが厳しいぜ(≧m≦)
とにかく無事に終わって、良かった♪

で、いよいよ私も病院に行かなくてはと思ってたんだ。
恥骨の上の部分に、ポッコリしこりが手で触れうようになってるからね。
筋腫ちゃんも、すくすく成長しちゃってるみたいなんだな。
主人も触って知ってるから、どうにも気になるらしい。
先日友達が来た時も、このしこりに触ってるんけど電話で話した時に

「水曜日と金曜日は休みだから、付き添ってあげるから一緒に行こう」

って言ってくれたんだよね。
せっかくのお休みを潰しちゃうのも悪いな~と思ってたんだけど
それに甘えようかとも思ってた。
ほれ、婦人科って一人じゃ、やっぱりなんとなく行きづらいでしょ。
で、昨日のこと

「明日ジイジのところにケアマネさんが来るし、これで落ち着くから
 5日に弟くんのところに行って来るよ」
「あのさ、憲児のことは後回しでいいから、お前病院に行って来いよ。
 気になって、しょうがねえんだよな」
「盆明けにしようかと思ってたんだけど・・・」
「盆明けじゃなくて、早めに行ってくれねえかな?
 とにかく俺達は、自分のメンテを優先的に考えなくちゃダメだ」

ちゅうことで、話し合った結果、明日主人が仕事を休むと言うので
明日行ってくることにした。
友達に甘えようかとも思ったけど、彼女も8日に胃カメラを飲むらしいし
そんな状態なのに、せっかくのお休みを使わせるのも悪いもんね。
どんな結果が出るかは、行ってみなくちゃわからない。

もう少し頻繁に行ってあげようかと思ってたけど
それを理由に、行きたくない婦人科に行くのを逃げてたんだよね。
ここいらで観念して弟くんには悪いが、自分を優先させてもらおう。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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