。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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義姉からの電話。。。

2009.07.25 (Sat) 思うこと

普段主人の起床時間は、夜中の1時過ぎ。
義弟の施設、主人の父、私の父からの電話は緊急の場合を考えて
鳴るようにしてあるのだけど、それ以外は主人が9時前後には眠りにつくので
9時以降の電話は鳴らないように設定してある。
このところ、仕事が薄い主人。
でも昨日は、めずらしく夜勤仕事があり、帰ってこなかった。
いつもは私も主人に合わせて、同じ時間にお布団に入り
懐中電灯のようなもので、本を読んだりしてるのだけど
昨夜は主人もいないので、テレビを観て起きていた。

電話が入ると、モデムがカチッと音がして液晶が光る。
昨夜9時半過ぎ、テレビを観ていたらカチッと音がして電話の液晶が光っていた。
発信元は義姉だったので、電話を取った。

最初主人の携帯に電話をしたらしいが、出なかったらしい。
積み込みをしてたか?まだ仮眠中だったか?
それで自宅に電話をしてきたらしい。

今週は父の引っ越しがあるため、我が家の都合が悪いことは伝えてあった。
だけど、義姉と義兄(義姉の旦那)と話し合った結果
そういう状態なら早めに面会に行った方がいいんじゃないか?と
義兄が言ったらしく、25日か26日に面会に来たいと言うことだった。
義姉には3人の娘がいるのだけど、長女は行けないけど
二女三女も一緒に、家族4人で面会に来たいと言う。
なので、我が家の都合をもう一度話すと、家族だけで面会に行くって。

どう考えたって、そりゃあ無理だ。

「たぶん行っても、対応の仕方がわからないと思うから
 憲一さんか私が、一緒に行った方がいいと思いますけど」
「そんなにひどいの?もうわからないのかな?」
「認識はしてると思うんですけど、私のことも看護婦さんって言う時もあるし
 話しかけても無反応だから、何度も声かけしてこっちの世界に戻すというか・・・」
「・・・そうなんだ・・・」
「面会時間が午後2時からなんですけど、時間帯によっては排泄の匂いもすごいし
 周りも認知症の方ばかりで、大人でも衝撃を受ける方がいるから
 子供達には、厳しいかもしれませんよ」

いろいろ説明はしたけど、想像がつかないらしい。

「なんか様子が全然わからないから・・・」

だろうね!
面会に来ないのだし、介護を経験したことがなければ、想像もつかないと思うわ。
一目瞭然と言うやつで、看なければわからないんだってば!
来週はお祭りの手伝いがあって来れず、義父がお盆明けに来るみたいだと伝えたら
お盆もお盆明けも、都合がつかないんだって。
8月3.4日は、私も予定が入っている。

「9日はどうですか?」
「9日か・・・間に合うかな?」
「一番怖いのは誤嚥肺炎で、いつどうなるかわからないとは言われてますけど
 今すぐどうこうってことでもないし、なんとも言えないですけど」
「・・・どうしようかな・・・」
「8月は3日4日は予定があるんですけど、それ以外だったら平日でも
 大丈夫なので、電車で来るなら新横浜の駅まで迎えに行きますけど」
「じゃあ、もう一度旦那と相談して、8月に入ったら連絡します」

その後すぐに主人に電話して、義姉との電話の内容を話した。

「子供達には厳しいって言ったよ」
「ボーっとして固まってるの見たら、子供たちは気持ち悪いって思うだろうしな」
「けんちゃんか私が一緒に行かないと、対応の仕方がわからないと思うって言ったけど」
「俺もそう思うわ。それでいいよ」

義姉がどうするかは、今のところわからないけど
自分の都合を後回しにしてまで、義弟の面会に来ようということではないらしい。
これは義父も同じだけど、実は話していて、かなりイラついた。
元々、期待はしてなかったけど、こんなものなのか?

私は21年前に母を亡くしてるが、今でも母が恋しいと泣ける時がある。
義姉も母親を亡くして、10年目になる。
恋しいと思う時はないのかな?
生活が別々だと、確かに実感はないけど、母親と兄弟では違うのかな?
私にも弟がいるけど、自分より先にいなくなるなんて想像が出来ない。
長男の主人が残っているからいいのか?
自分の息子、自分の弟がこの世からいなくなるかもしれないのに
会いたい、会っておきたいいう気持ちにはならないのか?
母の時、死に目にも会えなかった私。
だからこそ、父は自分が看るんだと思って、自分の近くに連れてきた。
その気持ちを主人もくみ取ってくれてるから、出来てることだけど
これも元々期待はしてないが、この分じゃ、義父に何かあっても
義姉は何もしてくれないだろうな。

ま、もっとも私も今週末はこちらの都合で、面会を断ったわけだけどね。
いろんな思いがあって複雑だけど、今まで通り期待をしなけりゃいいことだ。

昨日父の部屋のエアコンも移動し、電気屋さんも手伝ってくれて
冷蔵庫、洗濯機、テレビに電子レンジ等電気関係は全部移動して
生活するのに困らない程度の荷物を運んで、昨日から父は新居に移ってきている。
今日はデイの日なので、出かけてる間に明日の完全引っ越しに備えて
最終準備作業を終わらせる予定だ。
とにかく今日明日は、父の引っ越し作業に打ち込みましょ!
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命の軌跡。。。

2009.07.21 (Tue) 義弟の病院・病気と症状

施設のでのお風呂は、火曜日と金曜日らしい。
なので、その前日に面会に行くと、義弟はヒゲぼうぼうだったりする。
面会に行かない主人に見せようと思って、私が義弟の画像を撮るとき
いつもひげ面の義弟、その画像を見ては主人が

「電気シェーバー買って、ヒゲくらい剃ってやれよ」
「ヒゲの剃り方がわからないもん」
「電気シェーバーなんだから、当てるだけで剃れるだろ?」
「そう思うなら、けんちゃんが面会に行って剃ってあげれば?私は出来ないよ」

何度となく、そんな会話をした。
私は義弟がヒゲぼうぼうだって、気にならない。
面会の時、排泄すれば看護師さんに声をかけるだけだし
私が手をかけようとは思わないし、もう出来ない。
義弟の世話するという気力が、私にはもうないのだ。
冷たいと言われようが、薄情だと思われようが
私には義弟に対して、そこまでの思いがないということだ。
面会にも行くし、義弟が起きていればそれなりに話しをして様子は看る。
でも今はそれ以上のことを、私に望まないでほしいと主人に伝えた。

『反応あり。。。』に載せた義弟の画像。
この画像を見せた時、主人が

「今度俺が行った時、ヒゲを剃ってやりたい」

そう言って、私に電気シャーバーを買ってくるように言った。

「どれがいいんだか?私には、わからないよ」
「4.5000円の安いのでいいよ」
「値段で決めていいの?」
「いいよ」

そう言われていたのだけど、父の引っ越し準備で忙しかった私。
すっかり忘れてしまっていた。
土曜日の夕方、面会に行くと言っていた主人だけど夕方は道路が渋滞する。
スムーズに行けば、車で30分ほどの距離だけど
渋滞にハマれば、1時間以上かかってしまうので
19日日曜日、午後2時からの面会時間に行くことにしたらしい。

結局、出かける前に電気シェーバーを買い、タオルなどを持って
1時40分過ぎに出かけて行き、4時過ぎに帰ってきた。

やはり眠っていた義弟を、無理やり起こしたそうだ。
最初はボーっとしていた義弟だけど、声をかけながら
ヒゲを剃ったり、顔を拭いたりしてる間に、少しずつ反応が出てきたらしい。
顔を拭いている時、ギュッと目をつむっていて、終わってもまだ目を開けないので

「おい!目、開けていいぞ」
(義弟は目をギュッとつむったまま)
「おい!目、開けろ」

そう言っても開けない義弟の瞼を、主人が指でこじ開け

「おい!目、開けろって」

そう言ったら、義弟はニコニコ~っと笑ったらしい。
双子だし兄弟だから、出来ることだよな。

「でも分単位で、変わるな」

そう言っていた。

「T部長とMちゃんが来てくれたんだって?」
「・・・・・」
「おい!T部長とMちゃん来たんだろ?」
「・・・・・それは、いわゆる・・・・・」

声はほとんど出ないので、口元でわかったらしい。
次の言葉を待っていたのだけど、そのまま目をつむってしまったので

「おい!眠いのか?」

と聞いたら、ニヤッとしたらしい。

「お前はここで快適だろうけど、外は暑いんだぞって言ったらよ・・・」
「外は暑いだけでいいじゃん。なんか一言多いよね?(笑)」
「いちいち嫌味入れてきた(爆)」

まあ、兄弟の会話だからいいんだけどね。
今反応したと思えば、次の瞬間は無反応でボーっと見つめて固まったり
うっかりすれば眠ってしまう。
そんな時間を1時間ほど、一緒に過ごしてきたらしい。

日曜日だったのだけど、めずらしく相談員のOさんがいたそうで
受付で名前を書いていると、Oさんから話しかけてきたそうだ。
義弟の状態なども説明されたようだけど

「家内から、聞いてます」

と答えてきたそうだ。
要するに、いつどうなってもおかしくない状態。
なるべく時間を作って、面会に来た方が良いということを言われてきたみたい。

「俺が見ても、この夏越えられるか?どうか?と思ったもんな」
「お義父さんとお義姉さんにも連絡した方が、良いと思うけど」

紙おむつはしていても、義弟がまだ自分のことは自分で出来ていた頃の
義弟しか見てない義父と義姉。
まだ反応もあって、認識出来るうちに何度か面会にと話してきたけど
結局面会には来なかった。
あの頃の義弟と比べたら、かなり様子も変わっているわけで
ショックを受けるかもしれない。
来るか?来ないか?は、義父と義姉自身が決めることだけど
今のうちに、一度会っておいた方がいいと思うし
今の状態は知らせておくべきだと思う。

なかなか電話をしない主人。
昨夜たまたま主人の伯父から電話が来たので、ついでにかけろと言って
義父と義姉に電話を入れさせた。

義父は、主人がいろいろ話をする中で

「あきらめてるのはわかるけど、会わなくていいのか?」

と言うようなことも言ってたから、最初は来る気はなかったのかもしれない。
結局お盆明けまで来れないらしく、お盆には実家に帰るので
その時に詳しい予定を話し合うことにしたようだ。

「だけど、1ヶ月先の保証はないからな」

そう主人が義父に言っていた。

義姉は26日と最初言ったらしいけど、26日は私の父の引っ越しで
我が家の予定が入っている。
義父だけで、義姉家族だけで面会に行っても
ショックも受けるだろうと思うけど、対応の仕方だってわからないだろう。
面会に行くなら、主人か私が一緒に行った方が良い。
それで、義兄(義姉の旦那さん)の都合を聞き、8月の上旬日曜日
車で来ると言うことになり、日にちが決まったら連絡が来ることになった。

「体重も34kg台だし、ショックを受けるかもしれないけど、覚悟して来いよ」

義姉には、そう言っていた。

現在流動食に近い食事。
自分でスプーンを持ち、最初の一口食べたら良い方で
口元に持って行けば、口を開けてモグモグと食べる。
食べることを拒否しないし、口元に持って行けば口を開けるので
食欲もあると言っていいらしい。

が、誤嚥肺炎を起こしたり感染症などでも
命取りになり兼ねない状態。

でも、義弟の命の奇跡・・・命の軌跡・・・は、今も続いている。。。

反応あり。。。

2009.07.14 (Tue) 義弟の病院・病気と症状

昨日は、朝から良い天気!
ちょっと風は強かったけど、洗濯機フル回転で、シーツやら何やら洗い
お布団も干した。
父の新しいお部屋の契約日でもあったので、お掃除は後回し
主人の用事を1件用事を済ませた後、役所で住民票と印鑑証明を取り
銀行に行って、不動産屋さんで契約を済ませた。

途中で、義弟の会社の同僚のMさんから電話が入った。

「急で申し訳ないのですが、今日T部長と病院に行きたいのですが・・・」

と言うことで、午後3時に急遽病院で待ち合わせとなった。

これで、昨日の私の予定は大幅変更。時間はすでに11時に近い。
Mさん達よりは、少し早めに到着したいので、
2時半前には、家を出なくてはいけない。
3時ころまで干しておきたいと思ったお布団だけど
家に戻るのは、5時近いだろうと思われたので
急いで買い物を済ませて家に戻り、簡単お掃除を済ませて
お布団を取りこみ、風もあったし天気も良いので乾いていた洗濯物も取りこんで
朝昼兼用の食事を済ませたら、1時半に近かった。
1時間ほど休憩して、病院に向かったのだけど、こういう時に限って渋滞だ。
3時少し過ぎに病院に到着したけど、まだMさん達は到着いてなかった。

まずは義弟の様子を看に病室へ。
いつもは眠っていて、起こしても起きない義弟だけど
昨日は、ベッドを起こして座っていて、目もパッチリ開いていた。

「弟くん、調子はどう?」

と声をかけたけど、いつもと同じく、私をジッと見つめて固まってる。

「私は誰だっけ?」
「・・・・・」
「恵子ちゃんよ。わかる?」
「・・・・・」
「今日は、T部長とMさんが来てくれるって」
「・・・・・」
「ちょっと迎えに行ってくるから、待っててね」
「・・・・・」

(ー'`ー;)う~ん・・・今日も無反応みたいだな。
病院の入り口で、15分ほど待ってMさん達が到着。
Mさんが車を駐車場に入れてる間、T部長に義弟の様子を話した。

体重が34.8kgまで落ちてるので、人相も少し変わってきてること
いつどうなってもおかしくないと言うことも含めて
9日相談員さんと話した内容も説明して、病室に向かった。
ベッドの上で、起き上がってはいるけど、居眠りをしていた。

「弟くん、T部長さんとMさん来たよ」

そう声をかけたら、目がパチッと開いて、私をジッと見つめた。
最初は何を話しかけても、無反応だった義弟だけど、何度目かに

「弟くん、私は誰?わかるかな?恵子ちゃんよ?」

そう言ったら、義弟がうなずいた。

「私のことわかるの?」

そう言ったら・・・わかるに決まってるだろ・・・と言うような表情をした。

「ちゃんとお義姉さんのことは、わかってるよ」

T部長とMさんがそう言ってくれた。

「いつも怒ってばかりいたから、一番最初に忘れられちゃうと思ってましたけど」
「いやいや、そんなことないよ。こうやっていても、ずっとお義姉さんのことしか
 見てないでしょ。母親みたいになってるんじゃない。一番安心できるんだよ」
「そうなんですかね?」

T部長さんが言ってくれた言葉が、ちょっと嬉しかったな。
そこから、今まで無反応だった義弟が、反応し始めた。
と言っても、こちらのいうことにうなずくだけだなんだけどね。

「ほらTさんもMさんも来てるよ。あっち見てみて」

そう言うと、T部長やMさんの方を見て、また私を見る。

「良かったね~。T部長さんもMさんも来てくれて、嬉しいね」
(うなずく)
「今日は調子いいね?」
(うなずく)

その間、目が泳いでしまうこともあるし、意識が違うところに飛ぶこともある。
右手が頻繁に動き・・・と言っても、スローだけど・・・
排尿のための管をいじってみたり、パジャマを引っ張ってみたり
テーブルをつかんでみたりと、我が家のいた頃のようにいたずらをしていた。

「弟くん、相変わらずこの右手は、いたずらしてるね?」

と言って、笑いながら右手をつかむと・・・なんと・・・ニコニコ~っと笑顔が出た。

「けんちゃん、笑ってるじゃん」
「うん、良い顔だ」

T部長さんもMさんも、喜んでくれた。
そんな会話の間も、昨日は右手がいたずら盛りなので

「弟くん、テーブル外しちゃうといけないから、この手やめようね?」

そう言って、右手をつかんだら、義弟の口元がなにか言った。

「ん?なに?弟くん?」

と聞き直したけど、もう違うことに意識が飛んでた。

「うるせえな~って言ったんじゃないか?(笑)」
「そうかもしれないですね。そうだったら、嬉しいけどね(笑)」
「けんちゃんなら、言いそうだもんな」

そう言ってみんなで笑ったら、義弟もまたニコニコ~っと笑った。
その後も、こちらの話しにうなずいて、良い反応を見せてくれた。
Mさんは、私の知らない時にも、時々病院に来てくれてるらしい。

「けんちゃん、いつ来ても寝てるからさ~。今日は良かったよ」
(うなずく)
「弟くん、今日は調子良いね?Vだね」

と言って、ピースサインを出した。

「弟くんもやってみて。ピースだよ」

と言ったら、義弟もピースサインをしっかり出した。

「そのままでいて、写真撮るから」

そう言って、画像を撮ったのに、舞い上がってた私。
ボタン操作を間違って、消しちゃった。

「あ~、弟くん、もう一回ピースして」

そう言って、もう一度やってくれたのがこちら。
ピース

「今日はOKだね?弟くんもOKして」

そう言ったら、こちら。
オッケー
笑顔も出て、なかなか良い画像。
この後、OKをした指を目に持って行ったので

「そのOKマークの穴ぼこから、何が見えてるの?」

と聞いたら、またニコニコ~っと笑った。

「今日は、T部長さんにもMさんにも、良い顔が見せられて良かったね?」

やっぱりうなずいた義弟。
目が泳ぐこともあるけど、T部長さんやMさんが話しかけても
ずっと私のことを見つめて、私の言うことに、うなずいてた義弟。

昨日は反応が良かったので、4時ごろまで病室にいた。

「みんな仕事があるから、そろそろ帰るよ。また来るね」
(うなずく)
「けんちゃん、また来るからな」
「Aくん、がんばれよ」
「弟くん、またね。バイバイ」
(無反応)
「バイバイって、言ってよ」

そう言ったら、口元がバイバイと言った。

「バイバイって言ってるよ(笑)」

Mさんが言った。

「またね、バイバイ」

顔は窓の方を見てたけど、口元はまたバイバイと言った。

T部長さんもMさんも、今日は良い顔を見れて良かったと言って、帰って行った。

主人に画像を見せて、この話をすると信じられないと言う反応だった。

「俺も行ってみようかな?」
「でも1回行ったくらいじゃダメだよ。何回かに1回の反応だからね」
「そうだろうな」
「運良く調子の良い時に当たればいいけど、確率は低いんだからさ」
「そうだよな~」

少しは面会に行く気になったみたいだ。

人間の心理とは面白いものだ。
面会の後は、いつも気が重くなるのだけど
昨日はなんと言うか、清々しいと言うか・・・
こんな時間が持てるなら、また行ってみようと思えるのだから。
あと何回義弟の笑顔を見れるのかな?

とにかく父の引っ越しを無事終わらせなくちゃ!

相談員さんとの話し。。。

2009.07.11 (Sat) 義弟の病院・病気と症状

昨日、義弟の施設への支払いと面会に行ってきた。
面会時間は午後2時からだけど、昨日は午前中に出かけてみた。
父の引っ越しも決まり、しばらく面会に来れないことも伝えようと思っていた。

支払いを済ませて、許可をもうらおうと思い病棟のナースセンターに行くと
ちょうど相談員のOさんがいた。

先に義弟の顔を看に行ったのだけど、義弟は眠っていてまた痩せたように感じる。
顔だけ看て、またナースセンターに戻ってみた。
ちょうど義弟のお世話をしてくれてる看護師さんに会った。

「昼間はいつも眠ちゃてますね」
「そうなんですけど、私は昼間だけの看護師なので、寝ているところしか
 看てなかったんですけど、夜勤の方にお話を聞くと夜は起きてるみたいですよ」
「昼夜逆転すちゃってるんですね」
「それで、夜は普通に会話出来る時もあるみたいで、私もびっくりしました」
「普通に話しできるんですか?」
「夜は出来る時があるみたいですね」

これには、かなりビックリした。
もう会話も出来なくなったと思っていたけど、普通に会話ができる時があるとは・・・

その後、相談員さんとの話し。

9日に義弟のことで、カンファレンスが行われたそうな。
普段の生活としては、落ち着いているとのこと。
ベッドサイドで、起き上がったり座位をさせたり、立ち上がりなど
簡単なリハビリを行っているそうだけど、100点中10点らしい。
また入所当初に比べると、反応も鈍くなっていること。
食事も飲み込みが悪く、ムセることもあり、誤嚥肺炎の心配もあること。
体重も入所して一時期増えたものの、現在は34.8kg。
総合して考えると、何が起きててもおかしくなく、かなり厳しい状態らしい。

「お兄さんは、お休みの時なんかに面会に来られてます?」
「いえ、仕事が忙しいので・・・」

と仕事のせいにしておいた。
相談員さんは、何かあってからでは遅いので、なるべく面会に来て
顔だけでも看ておいた方が良いんじゃないか?と言っていた。

要するに、それだけ義弟の状態は良くないということだろう。
素人の私が看ても、そう思うもんな。

もう私のことも、わかってないみたいだと言うと

「でも憲児さんに、今日恵子さん来た?って聞くと、うんって言う時ありますよ。
 いつ来た?って聞くと、わからなくなるみたいですけど・・・
 だからわかってると思いますよ」

そうなのかな?

私の父の病気など、引っ越しの話しもして
しばらくは来れないかもしれないけど、主人ともよく話をして
なるべく時間を作って、顔を出せるよう心がけると伝えてきた。

主人は、言っても話しも出来ないんじゃ意味がないと言ってたけど
夜は波はあるけど、普通に会話ができる時もあるみたいだと言うと

「えっ?普通に話せるって?」
「夜勤の看護師さんは、普通に話せるって言ってたみたいよ」

義弟の寝顔だけ看ていても、過去の義弟のことを思うと
情けなさと悲しさとで、看てるのがイヤになるんだって。

「会話が出来るなら、俺夜7時ごろに面会に行ってみようかな?」
「波はあるみたいだから、行っても話せない時もあると思うよ」
「そうだろうな・・・」
「1回行ってダメでも、何度か行ってみないとわからないからね」
「そうだよな。でも話せるなら、来週時間作って行ってみるわ」

主人はきっと、どんな話でもいいから義弟と話しをしたいんだね。

とにかく父の引っ越しを、無事に済ませることを優先して
義弟の面会も、もう少し頻繁に行けるようにしてみようかな。。。

久しぶりに・・・

2009.07.10 (Fri) 父の看護日誌

父のことを。。。

今の父の最大の楽しみは、デイに通うこと!
職員さんやお友達と、おしゃべりする楽しみ。
同年代の方々と一緒に、食事をする楽しみ。
大きなお風呂にゆっくり浸かる楽しみ。
みんなで体操やゲームをする楽しみ。
ゲームで優勝することは嬉しいけれど、自分ばかり優勝してはいけないって

「わざと負けたりするんだよ~」

なんてニコニコ笑顔で話してる。

施設では、父が一番元気らしい。
足腰も丈夫な方だし、時々残尿が漏れることはあっても
紙おむつのお世話にはなりたくないと言って、気をつけている。

職員さんは、お風呂上がりなど身体を拭いてくれたり
洋服の準備をしてくれたりするらしいが、父よりも不自由な方が
たくさんいる中で、汗だくになってる職員さんに気を遣って

「自分で出来ることは、自分でやらせてくれる?」
「進さん、ごめんね~。じゃあ自分でやってくれる?」

職員さんも見守りしながら、様子を看てくれてるらしい。

「ジイジは、可愛いいおじいちゃん目指すんだからね」

って、よく言ってる私。
6月は父のお誕生月で、いただいてきたお誕生カードがこちら。
お誕生日カード♪
父の笑顔を褒めてくださってるのが、なんとも嬉しい♪

義弟のこともいろいろあったが、施設で落ち着いてるし
とにかくすべてにおいて、義弟中心だった我が家の生活だったので
我が家から歩いて10分弱のところに住んでる父だけど
父のことは、すべて後回しにしてきた。
夕食もたまには私の手作りを届けていたけど、義弟の状態悪化とともに
出来なくなり、お弁当をお願いしたり、買い物も一緒に出かけていたのを
私の都合の良いときに、適当な物を買って届けたりと
コミュニケーションも少々薄くもなってきてたけど、今年に入って
楽しみのデイを週3日に増やしたことで、なんとかなってたように思う。

で、こうして落ち着いてくると、もう少し父のことを気にかけてやりたいと思った。
我が家から、徒歩10分弱の所に住んでる父だけど、でもちょっと遠い気がしてた。
毎朝毎夕のわんこのお散歩の通り道に、父の家があるから
ベランダ側から声をかけて、ちょっと顔を見たりして
なんとなく様子はわかっているものの、顔を見ない日もあったりして
もう少し近くだったら良かったななんて、思ったりしてる時
我が家から徒歩1分のところに、空き物件を見つけた。
駐車場に行くにも、わんこのお散歩でも必ずその部屋の前を通る。
その空き物件を見つけてしばらくして、主人の帰りが早い時に切り出してみた。

「ねえ、この部屋空いてるんだよね。ジイジなんだけど
 もう少し近くに引っ越しさせたいと思って」
「あ~、俺もちょっと遠いと思ってたんだよ」

主人もすぐに賛成してくれたので、翌日早速不動産屋に問い合わせてみた。
でも残念ながら、その物件すでに入居者が決まっちゃってたんだ。

「もう少し早く言ってくれれば良かったのにな~」

なんでも、前に住んでた方が介護をしてたらしく、部屋のあちこちに手すりも付いているし
次に入る方も老人なので、老人向けにリフォームしたらしい。
また大家さんが、民政委員をされている方だから理解もあるとのこと。

「Aさんのお父さんにピッタリだったわ」

なんて言われると、余計に惜しくなる。
でも決まってしまった物は、仕方がない。
あわててないから良い物件があったら、連絡してほしいとお願いしてた。

で、その空き物件に入った方。
おばあちゃんと障害を持ってる息子さんが入ったらしいのだけど
1週間で元の家に戻ってしまったんだって。
通っている病院の近くに物件を探していたらしいのだけど
老人&障害者ということで、なかなか見つからなかったらしく
たまたまその物件、大家さんが民政委員ということで理解があり
入居を決めたらしいのだけど、元々が繁華街近くに住んでいたそうで
この近辺、トレッサが近いとはいっても、1本奥に入った通りで静か。
この静かさが良いのだけど、入居したおばあちゃんは気に入らなかったらしく
入居して3日目に、警察を呼んで

「自分たちがこんなだからって、こんな田舎に押し込められた」

と、切々と訴えたらしいのだな。
結局不動産屋と大家さんを交えて、話し合いが持たれたのだけど
話しにならず、元の家に戻る手筈を整え1週間後に出て行ったと言うことらしい。

我が家にしてみれば、願ったり叶ったりだ。
外から部屋の中が見えていたので、だいたいどんな部屋かわかっていたからね。
1週間だけなので、リフォームはしないけど、お掃除が終わったら
連絡をくれることになったけど、もう気持ちは決めるつもりでいた。

8日はⅠ先生の診察日。
パーキンソンについては、経過良好と言われた。

「物忘れがひどくてさ~。買い物行くのも紙に書いて持ってくのに
 買い物してるときには、紙を見るの忘れちゃうんだよ~。
 家に帰ってきてから、思い出すんだからやんなっちゃうよ」

と言うと

「忘れたことを思い出すんだから、なんの心配もないんだよ」

と笑っていた。

「お父さんは、僕とK先生と二人の先生が診てるんだから心配ないな」

いつもニコニコと対応してくれるので、こちらも安心。
で、一応引っ越しについても聞いてみた。
環境が変わることで、認知症になったりしたら困るしね。

「最初は少し混乱するかもしれないけど、すぐ慣れるだろうから
 おとうさんの場合は、まず問題ないでしょう。引っ越しするの?」

と父に聞くと

「今のところは、ちょっと不便なんだよ~」
「そうか・・・自分で引っ越すこともわかってるし、大丈夫だよ」

父の場合は、アルツハイマー型の物忘れとは違うので心配ないと言われた。

それで、昨日部屋を見せてもらった。
玄関の鍵は、カードキーになっている。
団地サイズなのだけど、6畳の和室に6畳のフローリング。
ダイニングキッチンは、9畳あってシステムキッチンになっている。
玄関の廊下とお風呂トイレには、手すりが付いているし
お風呂は追い焚き可能だし、フローリングの部屋には、エアコンも完備。
強いて言うなら、今のところより収納が少なくなったことと
団地サイズだから、ちょっと狭くなったこと。
でも老人の一人暮らしには、十分すぎる広さだよ。

父にも部屋を見せたいので、今日連絡をすると言ったら

「都合の良いときに見て」

と言って、キーを預けてくれたので、雨の降り出さないうちにと思い
今朝父を呼んで、部屋を見てきた。

「今度は買い物も便利だし、いいんじゃない」

今のところは、民家や人気のない道路を10分ほど奥に入るのだけど

「買い物した時なんか、向こうに歩かなくていいもんな」

元気だとは言っても、少しずつ億劫になってきてるみたい。

今日、義弟の入所費用の支払いを済ませたら
しばらくの間は、父のことに専念しようと思う。

と言うか、引っ越し屋さんをお願いするわけじゃないので
少しずつ荷物を移動させなくちゃいけないから
今月いっぱいは、父の引っ越し作業に忙しくなりそうだ。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

最近のコメント

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