。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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今年最後の愚痴。。。

2008.12.29 (Mon) 義弟との日々の出来事

昨日は、主人と義弟の中学からのお友達
Cさんが突然訪ねてくれることになった。
仕事でこちらに来たから、会社に戻る前に30分ほど立ち寄るとの事。
5時過ぎにCさんが来たんだよね。

主人もいたので、義弟も一緒にいろいろ話をしたのだけど
昨日の義弟は、Mさんと話したときとはまったく別人だった。
主人とCさんが話してる間中、どこか別の世界に行ってたみたい。
たぶんCさんと二人きりなら、少しは会話も出来たと思うのだけどね。
主人が義弟の状態とかを説明するのに、高次脳機能障害とか認知症とかって
言葉を出して話してるのだけど、目は宙を舞ってるし、なぜかニコニコ笑ってるし
その話の中で、意味不明な行動が多いと言う話のときに

「そうなんだよな~、なんか変なことするんだよ。訳がわかんねえ」

・・・って、自分のことを言ってるのか?他人事なのか?
主人がイラッとして

「お前のことを言ってんだぞ」
「えっ?そうなの?」

たぶん言葉尻だけ聞いて、話を会わせようとしたんだろうけど
とんちんかんなことになってしまって、主人に怒られておりました。
Cさんはまた会社に戻るからと言う事で、30分ほどで帰って行ったんだけどね。

「痩せちゃったし目に生気もないから、見たら驚くぞ」

と伝えてあったらしいのだけど、Cさんは寝たきりになってると思ったらしく

「わりと元気そうで、良かったよ」

と言ってた。
私たちから見ると、人間ここまで変わるものかと思うのだけど見方も人によるんだな。

このところ、デイに行った日に排便のあった義弟だけど
昨日から、排便デーとなっている。
Cさんが来る前に、パッドの交換をしたら、排便あり。
昨日は主人がいたので、やってもらうことにしたんだけど
昨日は主人がなんだかイラついていた。

年末だし、私の白髪もピークになってきてたので、義弟に夕飯を出した後
お薬の用意をして、後は主人に任せて白髪を染めることにしたんだけど
お風呂の中で、主人の怒鳴り声がいつにも増して大きかった。

やはり排便があったようなのだけど、四つん這いにしてお尻を拭いてる最中に
動き出し、転がりそうになる。
膝を付くから、痛いだろうとクッションの上に膝を付かせているんだけど
そこから前に這ってしまうから、痩せて骨々しくなってる膝が痛くて
バランスを崩して、便だらけのお尻を付きそうになる。
元に戻して拭こうとすればまた動くを繰り返したらしく、おまけに移動しながら排便あり。
お尻を拭くと肛門を刺激されるから、出ちゃうんだろうけど、拭いてもキリがないため
義弟を主人が足でしっかり固定して、出すように言ったら、ビニール袋の中にボトリ。
それを処理してる間に、またしても移動開始で、主人もかなりイラついたらしく
手が出たらしく、しかもゲンコで殴ってしまったと言って、自分の手が腫れていた。
私がお風呂から出てもまだ格闘してたので、30分近くおむつ交換にかかったようだ。

双子の兄弟だから、手が出るのもしょうがない。

「どうしてこんな簡単なことがわからないんだよっ!」

主人にしてみれば、情けないよな。
バリバリの頃は、工場長風吹かせて人の上に立ってた義弟が
今や下の世話をされ、言葉が理解出来なくなってるんだから。

「夜中にたぶん出るぞ。少しやわらかかったからな」

これを聞いただけで、私はブルーの入っちゃったよ。

そして今朝、案の定夜中の排便あり。
昨日と同じく、移動が激しくて、お尻に便をつけたまま転がりそうになるのを
抑えながらのおむつ交換。
左足を動かして左側に倒れてしまうから、しょうがないので
左足の先で義弟の左足を踏みつけて、左ひざで義弟の腰を支えて
お尻を拭いてたら、今度は右足を動かしだす。

「弟くん、動かないで!お尻拭いてるでしょっ!」

とにかくさ、おむつだけは交換しちゃわないと、あちこち排泄物で汚れちゃう。
気が付きゃ、おねしょを踏んずけていて靴下は濡れてるし、左ひざで義弟の
腰を支えてたんだけど、パジャマが濡れてたから、ズボンも濡れちゃったし
朝から義弟のおしっこと便まみれだ。
血圧が上がるってばよ・・・(´Д`)ハァ・・・

そんなこんなで(どんなだ?)今年も終っていくんだろうな。。。

我が家は、今年は激動の年でした。
最大の事件は、なつが旅立ってしまったことだけど
義弟もまさかこんな状態になるとは思わず、後半はあれよあれよと言う間に
過ぎてしまったような気がする。
来年は良い年にしたいと思うんだけどね。

今年もたくさんの愚痴を、読んでくださってありがとうございました。
こんな愚痴吐きBLOGですが、来年もよろしくお願いいたします。

それでは、良いお年をお迎えくださいませ!
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Mさん来訪。。。

2008.12.27 (Sat) 義弟との日々の出来事

「明日か、明後日しか時間が取れないのですが?」

水曜日に義弟の会社のMさんから連絡が来た。
木曜日はデイの日なので、金曜日の午後から来ていただくことにした。

義弟には当日の朝起きてから、私が伝えることにして
昨日の朝、着替えを始める時に伝えた。

「弟くん、今日は午後からMさんが来ます」
「えっ?Mちゃんが来るの?」

急にニコニコ笑顔になった義弟。

「そう今日来るの。昨日電話が来たの」
「なんで?」
「弟くんの顔を見に来るんでしょ」
「そうか~、Mちゃんが来るのか~」
「だからボケボケしてないで、さっさと着替えましょう」
「そうだね、は~い・・・・・でも、ボケボケって・・・(笑)」
「いつもボケボケしてるから、着替えが出来ないんでしょう?」
「そうだけどさ~」
「さっさと着替えましょう」
「は~い」

朝の着替えは、めずらしくスムーズに出来たよ。

おねしょをしてないときは、脱ぐ作業着る作業はなるべく自分でやらせるようにしてるけど
おむつ替えだけは私がすることにした。
お漏らし覚悟でやらせれば、自分で出来るけど、脱いで履くまでに時間がかかって
履く作業の間に、自覚なしのまま排尿してたことがあった。
あまりにも時間がかかっているから、もう無理だと思って一歩踏み出して
濡れたタオルを踏んずけて、驚いたことがあったんだよね。
それ以来、おむつ替えは私がすることした。
おむつ替えの時もそうだけど、自分でおむつを下げながらとか
せっかく丸めたおむつをわざわざ広げて、自分の排泄物を確認したりする。
使用済みのおむつを丸めて、こっちはおむつを履かせる作業中にやるから
排尿の時ならまだいいけど、排便の時にこれをやられると、こっちがあわてる。
おむつの中身に興味があるのか?怖い物見たさなのか?
よくわからないけど、パッドも勝手に外してしまうこともあるから
不潔行為もあるということになるんだと思う。

おねしょをしてるときは、脱ぐ作業は即座に私がやることにしてる。
濡れたままで、あちこち移動が始まってしまうからね。
おむつ替えを終らせて、着る作業は義弟にやらせる。

施設では、車椅子に座ってるし、他に意識が行ってるからだと思うけど
おむつの中に手を入れることはないらしい。
家ではすぐにおむつの中に手を入れて、なにやらやってることが多い。
なので肌着と上着をズボンの中にしまうようにしてるのだけど、これも油断すると
上着も肌着も引っ張り出して、いつのまにやらおむつの中に手を入れてる。
本人は痒いからって言うのだけど、看てると掻いてるだけではないように見える。
前から手を突っ込んでる時もあるし、お尻の方に入れてるときもある。
間違いなくおしっこはしちゃってるから、どうにも気持ちが悪いってば。

「上着をズボンから出さないでよ」
「は~い」
「Mさんがいるのに、おむつの中に手を入れてたら笑われるからね」
「は~い」

と言っても、日に何度かは

「おむつの中に手は入れないの。ズボンから上着を出しちゃダメ!」

そう言いながら、上着をズボンの中に入れるんだけどね。

2時45分過ぎに、Mさんから会社を出るとメールが来た。
到着したのは、3時40分過ぎだった。
来てすぐ、まず最初になつにお線香を上げてくれた。
なつが旅立った時、メールをくれたんだよね。
昨日はそのまま直帰だというので、Mさんには申し訳なかったけど
義弟をお願いして、私はエリーのお散歩に出て、4時半過ぎに戻った。

Mさんとの会話の最中も、どうやらゴミ拾いをしてたようで
テーブルの上に、わんこの毛が乗っていた。

「弟くん、ゴミ拾いするなら、カゴ背負って外に行ってくれって言ったでしょ?」
「あ~」
「家の中で、エリーの毛は拾わなくていいの。テーブルはゴミ箱じゃありません」
「は~い」

少しは緊張感も出るかと思ったけど、ずっと一緒に仕事をしてきた仲間だから
気を許してる部分もあるんだろうな。
義弟の会社は、毎年31日の深夜から元旦にかけて幹部クラスの方たちは
社長と一緒に成田山にお参りに出かける。
義弟も元気な頃は、毎年のその行事に参加していたわけで、その話をしていた。

「そう言えばさ~。昔大ゲンカしたことがあったよな~」
「あ~、そんなこともあったな~」
「あれ誰だっけ?首都高から見えるとこだよな」
「首都高から見える?」

ケンカの相手が勤務してる場所のことを言ったらしく、Mさんはすぐにわかったようで
名前を言ったけど、そのときも会話は途中で途切れた。

「え~、Mちゃんもう帰るのかよ。もっとゆっくりしていけよ」

5時過ぎになって、Mさんも帰る準備が始まった。

「でももう暗いだろ。暗くなったら寝なくちゃいけないんだけど
 その前に飲まなきゃいけないからな」

Mさん、淡々とした方だけど、結構スットボケてる。

「そうですよね。飲むってことは大事なことだから(笑)」
「そうなんだよな」

Mさんと私は、笑い話をしてたわけだけど、義弟には理解が出来てなかったのだと思う。

「そうか~、そうだよな~」

・・・って、真面目な顔で答えられても、困るっちゅうの(≧m≦)
車まで送っていく間に、Mさんが教えてくれた。

Mさんの顔を見て、開口一番

「Mちゃん、タバコ吸っていい?」

と聞いたらしいけど、Mさんもタバコは吸わないし、義弟も持ってないから
吸えるはずもなく、そのまま違う話をしたらしい。
やはり会話の最中に固まってしまい、思考回路が停止することも多かったらしく
そのたびにMさんが、話題を変えてくれてたそうだ。
現在の話をしていても、過去の話に持って行き
途中で会話が途切れると言う感じだったみたい。

「この1年どうだった?」
「まあ、可もなく不可もなくって感じかな」
「ふ~ん」
「でも良いこともあったし、悪いこともあったな~」
「じゃあ、可もなく不可もなくじゃねえだろ?」
「まあ、そうだな~」

Mさん、笑いをこらえて話したそうだ。

「なんか施設に通ってるんだって?」
「そうなんだよ」
「いつといつ、通ってるんだ?」
「それが不定期だからさ~、もっとちゃんとしてほしいんだよね~」

とブツブツ文句を言ってたらしい。
ちゃんとしてないのは、弟くんだっちゅうの( ̄m ̄*)
それでもMさんの会話に、なんとか着いて行こうとしてるのはわかったと言っていた。

Mさんが帰った後は、やっぱり疲れたのだろう。
こちらの支持はまったく入らず、やらなくていいことにせっせと精を出してくれるので
昨日は着替えも何も全部介助となった。

今朝もおねしょあり。
脱ぐ作業は私が、着る作業は自分でやらせた。
で、今日はデイの日だし、昨日から寒くなっている。
8時20分過ぎから、ダウンを着るように言ったのだけど
右袖だけ通して、立ち上がっては電気を点けたり消したり
座らせて、またダウンを着るように言うのだけど、立ち上がって
タオルをいじったり、水道を出したり止めたり・・・
しょうがないから、ダウンを着せて座らせておいたら、脱いじゃってるし
ご丁寧にたたんで、下に置いてある。
これをなんと電話が来るまでの間、30分間繰り返したので、バトルになった。

「なんでダウンを脱いじゃうの?外は寒いんです、着てください!」
「わかってるよ」
「わかってるなら、ちゃんと着ててください」
「うるせえな~」
「もう電話が来るからね。着ないならそのまま外に行くからね」
「どうしようと、俺の勝手だろ!」
「だから外は10度ないんです。寒いんだって言ってるでしょ。だからダウンを着るの」
「わかってるよっ!」

そう言いながら、やってることは着せたダウンを脱いでおる。
そのやり取りの最中に、施設から電話が入った。

「わかってるなら、ダウンを着てください!外は寒いんです」

ダウンをさっと着せて電話に出たら、15分後に到着って間に合わないじゃん。
電話を切って、義弟を見たら、またダウン脱いでるし・・・

「もういいよ!そのまま外に行く。寒いって何度も言ったからね」

玄関に出てドアを開けたら、冷気が入ってきたから

「寒いでしょ?」
「少しね」
「あ~そう。じゃ、そのまま行きますから」

あんまり頭にきたから、そのまま階段を降りて、いつも待機場所に移動する頃には
義弟がガタガタ震えだした。

「寒いんでしょ?」
「うん」
「だから何度も言ったじゃないの。外は寒いって」
「うん」
「なのにダウンを着なかったのは、弟くんだよ」
「そうです。ごめんなさい」

すでに心底冷え切ったんだと思う。
元々体温だって低いんだから、寒くないわけがない。
それからダウンを着せたって、すぐに暖まるはずもなく
まだガタガタと震えてるところに、デイのバスが到着。
朝の30分のバトルを話して、たった今ダウンを着せたことを話したら

「あら、じゃあ寒かったわね~、でもしょうがないわね」

って、職員さんもこういうことには慣れてるんだろうな。
ガタガタ震える義弟を乗せて、バスは出発しました。

今日は父と、前に行ってたスーパーに年末最後の買出しに出かけた。
本当は来週にしようかと思ってたけど、来週はかなり混むだろうし
足りない物は、隣のサンワに売ってるだろうし
人間社会では通用しないだろうけど、我が家は来年喪中でござる。

「今年はお前は、何もしない正月でいいぞ。レトルトとか買っとけばいいから」

と主人が言うので、私もそうさせてもらうことにした。
主人は30日午前中まで仕事らしい。
義弟は正月も関係なく、週3日デイに行くし、普通の休日と変わらないお正月だろうな。

さてさて、あとはのんびり過ごしましょう。。。

相変わらずです。。。

2008.12.25 (Thu) 義弟との日々の出来事

義弟の毎日は、相変わらず過ぎております。

『カマ』を飲ませて、なんとか排便コントロールをしたいところなんだけど
これがなかなか難しいのよねん。
朝だけにしたら、やっぱり3日くらいに1度で何度も出るし
朝晩にすると、夜中の排便になっちゃうし、しかも少しやわらかくなるから始末が大変だし
3日に一度出ればよし!とするかな・・・

排便も悩みの一つだけど、排尿も同じ。
デイに行った日は、水分もかなり取ってくるとは思うのだけど
家にいる日は、飲んでる量より出してる量の方が多い気がする。
紙おむつをおしっこ5回分、パッドも5回分なんだけど
座布団に座ってるせいか?パッドからおむつにまで沁み出して
座布団を濡らす時もある。
日中にパッドを取り替えても、夜パジャマに着替える頃にはもうたっぷりしてる。
夜中のおむつ替えはしてないから、朝起こすとこれまたパッドもおむつもいっぱいで
お布団まで濡らしてるんだから、かなりの量だと思う。

我が家に来た頃に、お薬に利尿作用があると聞いてたけど
担当医に聞いたら、今のお薬に利尿作用はないって言ってたし
これだけの量の、排尿があると言うことは、水分は足りてるのかな?

介護の中で排泄の問題は、一番の悩みだよな。

食事の時も、要注意になってきた。
食べ終わると、食器で積み木遊びが始まるようになった。
だから食べ終った物から順に、すぐ食器を片付けるようにしてるんだけど
うっかりすると、お茶碗の上にお皿、お皿の上におわんとそこにある食器を積み上げる。
重ねるだけならまだいいけど、お皿の上に乗せたおわんの底には
お皿に残ったおかずの汁とかが着く。
今度はそのおわんを持って、テーブルの上を滑らせるから
テーブルの上がベタベタになる。
ベタベタになったテーブルを、今度は手でなぞるから、手もベタベタになる。
義弟が食べる間中、看てるわけにも行かないから
時間を見計らっては、様子を看るのだけど、うっかりすると後が大変。

家では、日中はほとんど動きがなく、居眠りばかりしてる義弟。
なぜか夕方から、その活動は活発になるんだよね。
動きながら、せっせとゴミ拾いをする。
わんこの毛や糸くずみたいなものなだけど、毎日掃除したってわんこの毛は
常に落ちてるし、拾ったところでゴミ箱に捨てるわけでもなく
テーブルの上に溜め込んでは払ってたり、場所を移動させるだけだから意味がない。

「テーブルはゴミ箱じゃありません。ゴミ拾いはしなくていいの」

毎回言うのだけど、言ってるそばから何かをつまんでる。
主人と冗談で話してたことなんだけど、この前から義弟にも言ってしまうようになった。

「部屋の中でゴミ拾いしても意味がない。だったら、カゴでも背負って外で
 道路のゴミ拾いでもしてください。それだったら、町内のためになる」
「アハハ!そうだね~」

笑ってる場合じゃないっての!
私は徘徊行為だと思ってるけど、着替えの最中でも、前に行ったり後ろに動いたり
這って移動したりと、やるべきことはおろそかで、やらなくていいことに精を出すんだな。

「弟くん、今は着替えてるの。動く必要がない。トレーナーを脱いでください」
「は~い」

と言って、前に動く。

「だから動かないでいいから、トレーナーを脱ぐの」
「は~い、今脱ぎますよ」

と言って、這いつくばる。

「だから、座ってトレーナーを脱いでください」
「だから今脱ぎますよ」
「じゃあ、早く脱いで・・・って、だから動かなくていいって言ってるでしょ」
「は~い」

と言って、今度は後ろに下がる。
毎回これの繰り返しだよ・・・トホホ・・・

デイケアの施設の時は、お迎え時も送ってくるときも、足を動かすよう
声かけで義弟にやらせるようにはしてくれるときもあるけど
デイサービスは、やっぱりやってしまうことが多い。
義弟の様子を看てると、職員さんが来ればやってもらうのが当たり前で
意識は飛んじゃってるから、目つきまで違って見えるし
私が声かけしても、返事もしなくなる。
デイケアもデイサービスも、出来ないが前提だし、施設ではそれで文句はないんだけど
家では、自分の出来ることは出来てる限りは、やらせたい。

「何でも人任せにしてると、着替え方も忘れちゃうんだよ」

そんなことを言ったところで、義弟にはわからないんだろうけどさ。

明日は、義弟の会社の同僚のMさんが訪ねてくれることになっている。
義弟には明日、当日の朝私から伝えることになってるんだけど
Mさんと会って、義弟がどういう反応を示すか?想像がつかないよ。
仕事の話には興味を持つから、いくらか緊張感もでるかもしれないけど
まさかMさんのことを忘れたりしてないだろうな。
明日の朝、Mさんの名前を出した時、どういう反応をするか?
7月に訪ねてくれた以来だから、あの時よりも5kg近く痩せちゃったし
前歯もなくなってるし、生気もないし、顔つき目つきもかなり違ってる。
朝の反応によっては、Mさんにメールを飛ばして、状態を説明しておこう。

Mさんがショックを受けないといいんだけど。。。

連絡が来た。。。

2008.12.25 (Thu) 父の看護日誌

月曜日、ケアマネさんから連絡が来た。
父の今通っている施設で、土曜日の受け入れも可能だとのこと。
ちょうど施設に行ってる日だったので、今週の土曜日からにするかどうかを
職員さんが父に直接きいたところ、父は来年からでいいと言ったらしい。
デイに行った日は、家に戻ると携帯で電話をくれることになっている。
これは携帯で私に連絡する練習にもなっている。

「帰ってきたら電話が来るから、そのとき言うかな?覚えてるといいんだけど」
「そうですね~」

そんな話をして、電話を切ったのねん。
で、夕方父から電話。

「今帰って来たよ」
「おかえり!今日Kさん(職員さんの名前)に何か言われたでしょ?」
「Kさん?」
「男の人に何か聞かれなかった?」
「・・・いや~別に聞かれないな~」

やっぱり覚えとらん。。。

「土曜日も通えるって言われなかった?」
「あ~そう言えば、土曜日がどうとか言ってたな~」

それだけかよ!

「1月10日からにするって、ジイジが言ったんでしょ?」
「そうだったかな~?」
「とにかく来年からは土曜日も通うからね。忘れちゃダメだよ」
「わかった、わかった」

本当にわかってるのか?
で、翌日のお散歩の時にも聞いてみた。

「来年から土曜日も行くんだよ。わかってる?」
「わかってるよ」
「電話が来て、支度してないなんてことにならないようにね」
「それはないよ~」
「それならいいけど。土曜日も通えるようになって良かったね」
「そうだな~」
「知ってる人がいるといいね」
「たぶんいるだろ。毎日通ってるって人もいるみたいだからよ」
「そうなんだ」
「でもよ、みんなあっさりしてるんだよ。よ、元気か!って手を上げて終わりだからよ」

大丈夫かな?前日に確認してみないと、忘れちゃってると困るよ。

12日は成人の日で、さっそくハッピーマンデーでお休みになるから
土曜日も通い始めれば、すぐにペースもつかめるかな。

何はともあれ、来年からは週3回の通所になった。
まずは一安心だ。。。

やられた。。。

2008.12.20 (Sat) 義弟との日々の出来事

3日くらい前、不在連絡票が入ってた。
義父の生まれ故郷の青森から、リンゴが毎年届くんだけど
自分は食べないからって、毎回そのリンゴを着払い(←ここ強調)で
我が家に送ってくれるんだけどね。
いつも翌日には再配達してくれたのに、今回は来ない。
しかもその1回だけなのに、留守だって義父に電話が行ったらしい。
で、昨日は配達時間を夕18時から20時に指定して、再配達をお願いしてたのに
やっぱり届かない。
どういうことだ?と思いつつ、今日電話してみようと思ってたのね。

今朝、エリーのお散歩に出ようと思って、玄関のポストに何か入ってるのに気が付いた。
不在連絡票が4枚、3個分の宅急便が・・・
配達してくれた時間帯を見たら、どれも私が家にいた時間。

あ・・・・・やられた・・・・・

とにかくお散歩に出かけ、戻ってから確認したら
やっぱり、家の中の呼び鈴音が切られてた。
いつだったか?出かけて戻ったら、義弟がそこにつかまって立ってて
呼び鈴のところ触ってたから

「そこで何やってるの?」
「別に・・・」

ということで、すぐにその場所から移動させてたんだけど、時すでに遅しだったんだ。
モニターから何から、3つあるダイヤル全部OFFになってるし
気が付かないわけだ。
実家に電話が行って、義父から主人に電話が行ったから
余計なことで、私が主人に怒られたよ。
今さら義弟に言っても、無意識にやってることだから記憶に残ってるはずもない。
8時過ぎに宅急便2件に電話して、お詫びして再配達のお願いをしたさ。
やっぱり出かけるときは、キッチンの境に柵は必要不可欠だな。

今日はデイの日なんだけど、今も洗面所で無駄な動きの多い義弟。
顔を洗うように言ってるんだけど、タオルをかけたり外したり
電気を点けたり消したり

「何やってるの?電気は消しません」
「ちょっと手違いをしたんだよ」

と口答えは達者なんだけど、やってることは、またまた電気のスイッチ。
今度は、水道を出したり止めたりが始まってる。
コップにお水を汲んで、ジャーっと流すだけ、子供の遊びが始まっちゃうのねん。

もう上着を渡して、着るように言おうっと!

幸運。。。

2008.12.19 (Fri) 義弟との日々の出来事

今日は父のK先生の診察日、水曜日より弱冠早く出発したかったので
義弟のことも少し早めに起こしたんだけど、こんなときに限って
特大おねしょを作ってくれてた。
しかも今日も動きが悪いし、パジャマも背中までびしょぬれの状態だし
義弟がやるのを待ってたら、時間もないし、風邪を引かれても困る。
なので、今日は全介助をすることにした。
パッドがずれたのかと思ったのだけど、そうではないらしい。
ズボンを脱がせ、四つん這いの状態で、おむつを膝まで上げて
履いてるおむつを横で切ったのだけど、おむつを取り替える準備の最中に
起き抜けの排尿があったようで、生暖かい紙おむつは
パッドもグッショリ、おむつにまで沁み込んだ状態だった。
昨日のデイで、水分をかなり取ってきたのかな?

義弟を着替えさせて、濡れたシーツやパジャマ類を、洗濯機に放り込んで
戻ってみたら、着せた洋服なぜ脱いでる・・・
時間がないときに限って、こういうことをやらかすのはなぜなんだ!
もう一度着せて、いつもは義弟に自分の力でリビングまで出てくるように言うのだけど
こういうときは絶対に、また何かしらやらかすから、これも抱え上げて
リビングのいつもの場所まで連れて行き、すぐに朝食を出した。
食事だけは、出されれば、何も言わずにすぐ食べだすからね。
私も出かける準備に取り掛かって、お薬を飲ませ終わる頃には
もう出かける時間になっちゃった。

「ジイジの病院に行ってくるから、ハミガキは帰って来たらします。わかりました?」
「は~い」

とは言っても、気になれば動き出すだろうから、毎回のことだけど
リビングに閉じ込める形で、和室をキッチンの境に柵を取り付けて
7時45分に家を出発した。

帰って来たのは、9時40分ごろ。
義弟はいつもの場所に座って、居眠りの最中。
私が戻ったことに気が付いて、顔を上げた。
まずは義弟のおねしょの洗濯物を干して、それからハミガキをさせる。
10時半には終って、いつもの場所に座らせた。
先日ケアマネさんが持ってきてくれた、ケアマネさんの会社が出してる小雑誌に
JIS規格のことが書いてあり、義弟も仕事でJISのこともやっていたから
興味を持ったようなので、その小雑誌といつもの本を出かけるとき渡しておいた。

今日はどうやら、脳みそも身体も休息日らしく
ほとんどの時間を眠って過ごしてたんだけど

「ねえ、恵子ちゃん。この本どこで買ってきたの?」
「それは買ったんじゃなくて、この前Tさんが持ってきたんでしょ?」
「Tさんて誰?」
「ケアマネさん」
「・・・・・あ~・・・・・」

本当にわかったのかな?
小雑誌と本と2冊渡すと、2冊とも開いて縦に並べて、眺めるんだよね。
読んでるというより眺めてると言う感じ。
2冊並べて眺めては眠りを繰り返していたけど、起きてるときは
どうやらJIS企画の内容の活字は、目で追っていた。
やっぱり仕事に関係することには、興味があるらしい。

動き出したのは、夕方から。
わんこのお散歩が終って戻ってきたら、キッチンの境の柵に手をかけていた。

「何をやるの?」
「いや・・・」
「柵には触りません。手を放しましょう」
「トイレに行こうと思って・・・」

なぬ?排便か?
あわてておむつの中を見たら、排便はなかったけど、グッショリだった。
おむつ替えなくちゃと思っていたら、今度は和室に行こうとした。

「和室には入れません。何をするの?」
「おむつを取り替えようかと思って・・・」

ありゃま、めずらしく不快感があるのか?
とりあえず待つように言って、わんこの世話を終らせてからおむつ替え。
しこたま出とりました。。。

義弟は、火曜日と土曜日はデイケアの施設に通い
木曜日は、デイサービスの施設に通っている。
デイケアの施設では、マンツーマンでリハビリをしてもらってるのだけど
これは一応歩行訓練もしてるようだけど、関節が固まらないようにとかもしてるらしい。
同じ施設で、ショートステイもお願いしてるんだけど、これもラッキーだった。
デイサービスの施設では、デイケアでマンツーマンのリハビリをしてる話をしたら
トイレの移動の際、歩行器を使いましょうと言う事になった。
あまり効果はないんだけど、歩き方を忘れないためと思えばいいみたい。

デイケアの施設は、日曜祝日・年末年始のお休みがある。
なので、今月は23日の火曜日がお休みになる。
年末年始は、31日から4日まで、なので3日もお休み。
だけどありがたいことに、デイサービスで通ってる施設は年中無休。
用事が出来た時も、2.3日前に連絡をして、空きがあれば
通所日じゃなくても、お願いできることになってる。
一応年末年始はあるのだけど、希望する場合はお願い出来るんだって。

祝日や年末年始は、家で過ごす方も多いだろうけど
私としては、やっと出来上がったペースを崩したくない。
で、ケアマネさんに相談して、23日の祝日と元旦と3日は
デイサービスの施設にお願いすることにした。

父の施設も、義弟の通う施設も、ケアマネさんがいろいろ考えて
選んでくれた施設なんだけど、どちらもこちらの要望に沿った施設で
今のケアマネさんに出会えたことは、本当に幸運だったと思う。。。

K先生の診察日。。。

2008.12.19 (Fri) 父の看護日誌

水曜日のⅠ先生に続いて、今日は父のK先生の診察日。
問題だった検便も取れたようで、今日はそれを持って行った。

診察では、前回の血液検査の結果を聞いた。
毎回軽い貧血と言われるのだけど、鉄欠乏によるものだと
違うお薬も飲まなくてはいけないので、こちらも毎回検査する。
父の場合は鉄欠乏ではないし、数値も弱冠低い程度なので
年齢相応ということで、こちらは様子を看ることになった。
コレステロールも毎回言われることで、今は『リピトール』を処方されてるけど
悪玉コレステロール値がなかなか下がってこないで、今回は
『クレストール』に変更になった。
これは悪玉を減らして、善玉を増やすお薬
『リピトール』に変わる良いお薬と言われているらしい。

『アーテン』と『マドパー』は4ヶ月分、『カバサール』は1ヶ月分在庫があるので
『カバサール』を3ヶ月分と『クレストール』を4か月分、処方してくれた。

何事もなければ、4ヵ月後の受診でいいと言われた。

『成人後見制度』の診断書は、Ⅰ先生の方が良いとお電話をいただいてたので
返却してもらい、来週改めてⅠ先生にお願いに行く予定。
義弟と同じ病院で、窓口も同じだったから、一緒に頼めば良かったよ。
また出来上がるのが、1ヶ月先になりそうだな。
失敗したけど、しょうがない!
これが終れば、今年の病院通いは終了だ~!

父の状態は、今年も変わらずで良かった♪

徘徊。。。?

2008.12.18 (Thu) 義弟との日々の出来事

今日は義弟の状態が悪化して、初めて義弟自ら起きて
リビングに出てこようとした。
あわてたのは私・・・だって、これは予想外の行動なんだもん。

で、もう一度和室のタオルの上まで戻るように言ったんだけど
今日はまったくこちらの指示が入らない様子。
何を言っても、大きな声でゆっくり話しても、いつものように返事はするけど
わんこの毛を拾ったり、シーツやタオルをいじりながら、とにかく移動する。
これって、もしかして徘徊行為と同じかな?と、ふと思った。

「何をしてるの?」「どこに行くの?」「何をしたいの?」

と聞いても

「別に・・・」「わからない・・・」「意味はない・・・」

と言う返事が返ってくるから

「じゃあ、座布団の上に戻りましょう」

と言うと、相変わらず返事だけど、その行動は終らない。
元の位置へ抱えて戻しても、また移動が始まり、目に付いたわんこの毛や糸くずを拾い
移動した先で放し、またそこにあるわんこの毛や糸くずを拾ったり
手に触れたエリーの毛布を、たたんだり広げたりする。
で、今度はまたテレビの電源にチャレンジする。

「テレビは壊れてます。だから電源は入りませんよ」

毎回同じことを言うけど、毎日数回チャレンジする。
時にはテレビボードにつかまって立ち上がり、テレビとビデオのリモコンを
テーブルの上に移動して、ちゃんといつもの位置まで戻り、そのリモコンでチャレンジする。
ビデオも壊れちゃって修理に出したから、そこにはないのにリモコンでチャレンジする。
テレビを見たいと思ったときの執念はすごい。
こちらが止めなければ、いつまでもやってるので

「何度も言うけど、テレビは壊れてるから、点きませんよ」

そう言って、その場所を移動させるか、リモコンを取り上げるかしないと
結構な集中力でやっている。

テーブルにうつぶせて寝ているときは静かだけど
一旦移動が始まると、長いことあちこちに移動して困る。
昨日は夕方のお散歩が終って戻ってきたら、転倒してた。

「また立とうとしたんでしょ?」
「いや~、まったくその通り(笑)」
「自分で起きなさいよ」

しばらくして

「早く起きなさい」
「起きれない」
「起きれないんじゃなくて、弟くんに起きる気がない」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、起きれるはずです」

手を貸すのは簡単だけど、まずはやらせることにしてるんだけど
頭を少し上げては、自分の腕を枕にして目をつぶってしまうので

「そんなところで寝ないでよ。早く起きなさい」

と声をかけるけど、やっぱり頭を少し上げては、また腕を枕にしてを繰り返す。
自分から起きようとしてないから、起きれるはずもない。
これも指示が入らないのと同じだと思うけど、そうしているうちに
私の方がしびれて、助けてくれることもわかってるんだよね。
結局、私が待ちきれずに介助しちゃったけど・・・

排便のコントロールをしてみようと思って、飲ませ始めた『酸化マグネシウム』
朝晩飲ませていたんだけど、夜中の排便になってしまったらしい。
土曜日からは、毎朝排便処理から始まっているし、日に2回のときもある。
サイズを間違えた紙おむつもなくなり、今はフィットサイズになってパットも使用してるから
お布団に茶色いシミが付くことはないけど、朝からあの悪臭と
形のある便ならまだいいけど、少し軟便だったりすると、お尻にベッタリ付着した
便の拭き取り作業で、朝からグッタリしてしまう。
夜中の排便じゃなく、なんとか昼間の排便にしたい。
でもこれで『カマ』が効くことはわかったので、夜は飲ませるの止めて朝だけに変更した。
今まで3日~1週間に一度の排便が、ほぼ毎日出ていたせいか?
それとも『カマ』の量が減ったから?昨日から排便がない。
でもいいや、排便からはちょっと一休みさせてもらおう。


そうそう、義姉から同意書と手紙が届いた。
今まで私自身が受けた印象や、主人から聞いてた印象とは
まったく違う印象の手紙が届いた。

「憲一、お前が長男なんだから、お前がどうにかしろ」

事あるごとにそう言ってたし、義弟の様子を聞く電話や手紙もなかったし
自分は嫁に出た人間だから、関係がないと思っているのかと感じていたんだけど
手紙の内容には、私の身体を気遣い、義弟の状態が悪化してるとは知らず
任せきりにしてたことのお詫び、自分も施設を調べて、探してみると書いてあり
何かあれば自分も協力するから、遠慮なく言ってほしいと言うこと
また経済的に余裕はないけど、月2万ならどうにかなりそうだと言うことで
現金も添えられていた。

内容を見て、なんだかホッとしてしまった。
極当たり前の常識は知ってる人なんだと思ったら、少し力が抜けた。
当てにはしないつもりでいたけど、万が一の時は当てにできるんだと思ったら安心もした。

現金も入っていたし、援助は入居が決まってからでいいからと伝えてもらえるよう
その日早めに帰って来た主人に、すぐに電話をしてもらった。
主人から義弟の様子を細かく話すと、そこまでの状態になってるとは
想像もしてなかったようで

「姉貴も今の憲児を見たら、ビックリするぞ」

そう伝えていた。
施設も千葉の茂原に、月10万円前後で入居できるところがあるらしく
そこに申し込んでみては?と言われたけど、介護保険の仕組みを義姉は知らないらしい。
住居地区内の特養しか申し込みが出来ないから、今はこちらで申し込んでいるけど
うまく行って来年の夏ごろ、でも実際にはいつになるかわからないことも伝えた。
援助の件については、義姉のところも子供が3人いる。
一番上は短大で来年卒業、就職も決まったそうだ。
2番目は公立に入っているが、一番下が来年受験になり、私立に入った場合
援助できる金額が、1万だったり5千円だったりとなるかもしれないので
今月から援助を始めるので、その分貯めておいて、何かの足しにしてくれとのことだった。

「親父?親父は来年はダメだから、再来年にしろとか言ってるけどよ
 こっちは毎日のことで待ったなしだからよ、もし受け入れてくれるところがあって
 経済的に入居できそうなら、早いうちに入れたいからよ」

そう主人が言ったら、義姉が

「あの親父は、肝心な時に役に立たねえな」

と言ってたらしい( ̄m ̄*)
でも援助の件も金額はともかくも、快く引き受けてくれたことが、嬉しかったな。
まずはこれで、また一つはクリアした。

そうそうそれと、父の診断書をお願いしてたK先生から電話が来た。
もし精神鑑定となった場合は、Ⅰ先生の方がいいと思うから
そちらにお願いした方が、話は早いと言われたので、明日の診察日に書類を返してもらい
またⅠ先生に改めて、お願いすることにした。
義弟と同じ病院の先生だから、出来上がるのに時間がかかるだろうな。
1月中に申立ができるように、進めて行こう。

義弟も、もうデイに出かけた。
父もデイの日なんだけど、また冷蔵庫の中身を入れといてくれだって。
最近私とお買い物デートもしてくれない、出不精じいさん。
デイには喜んで出かけるくせにさ(^m^*)

さてさて、とっとと用事を済ませて、のんびりしよう。。。

介護保険更新の面談。。。

2008.12.17 (Wed) 義弟との日々の出来事

父の病院が8時30分の予約だったので、8時少し前には出発したい。
なので、今日は6時半過ぎに義弟を起こした。
こういう日は介助してしまった方が早いので、着替えは介助しなんとかハミガキも終らせた。
2時間以上一人にしておくので、可哀想だけどリビングに閉じ込める形をとるしかない。
和室の入り口は柵をして、ミシンで重石にし、キッチンへの通り道ににも柵をして
わんこのフードで重石をして

「ジイジの病院に行って、Tさんと一緒に帰ってくるからね」
「Tさんってだれ?」
「いつも来る男の人」
「あ~・・・」
「そこに座っててよ」

そう声をかけて、8時5分前に出発した。

病院から実家に戻ったのが9時半過ぎ、10時にはケアマネさん到着。
10時半には実家を出て、11時15分前に自宅に到着。
案の定義弟は動き回っていたようで、キッチンへの通り道の柵が傾いていた。
おそらくまた立ち上がろうとして、転倒したらしい。

「そこで何やってますか?」
「・・・・ボーッとしてる」
「Tさん来てますよ」
「え~っ?もう来てるの?」
「憲児さん、こんにちわ」

ケアマネさんに声をかけられて、いくらか緊張感が出たようで
いつもの場所に戻ろうとしたけど、やっぱり途中で別なところに意識が飛んでしまう。
いつものように介助をして、いつもの場所に座らせた。

今日の義弟のケアマネさん来訪は、介護保険の更新のための面談でもあった。
初回の面談の時の内容が書いてある書類と見比べながら
今の状態も確認していく。
最初に身体の方からだったけど、7月の面談時はまだ一部介助で自力歩行が可能と
書かれていたけど、現在は不可能。
排泄もその頃は排便に関しては、トイレで出来ていたけど、現在は不可能。
排泄したことさえ記憶に残らない状態。
義弟にやろうとする意識が働けば出来ることもあるが、実際には指示が入らず
脳の回路がつながらないため、出来ないという判断になる場合もあるらしい。

次に記憶等々の面でのこと。

「憲児さん、今私が来る前は何をしてましたか?」
「えっと・・・・・」

しばらく答を待ってくれていたけど、義弟の目が泳ぎ始めたので

「もう思考回路が止まってますね」
「そうですね、はい、わかりました。じゃあ、憲児さん。今施設に通ってますけど
 何曜日と何曜日に行ってるか?わかります?」
「それはもう暗記してるから、わかりますよ」
「じゃあ、何曜日と何曜日ですか?」
「えっと・・・・・・・・・・・・月曜日と・・・・・木曜日と・・・・・火曜日・・・・・」
「はい、施設では、1日何をしてますかね?どういう流れか。わかります?」
「わりますよ~、丸暗記してますから(笑)」
「じゃあ、まず施設に着くと何をしますか?」
「えっとね・・・・・・・・・・身包みはがされて~・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「お風呂に入るということかな?」
「あ~そうですね」
「それから何をします?」
「それから~・・・・・・・・・・・・・」
「また止まりましたね」(私)
「はい、わかりました。憲児さんの生年月日わかります?」
「それくらいはわかりますよ」
「じゃあ、教えてもらっていいですか?」
「また言うの?この前も言わなかったっけ?」
「聞いてるんですけど、確認のためにもう一度お願いできますか?」

その後生年月日と自分の氏名は、はっきりと言える。
普段の生活に付いては、私が聞かれて、いろいろな説明をした。
やはり7月の面談の時より、状態は悪化しているとのこと。
『要介護2』になることは、まずないと思うけど『要介護3』か『要介護4』か
微妙なところらしい。
私としては、今を維持できれば良いし、介護度が上がれば弱冠料金も上がるから
今のままでも良いような気もするが、介護度が上の方が特養に入れる可能性は上がるらしい。

微妙なところではあるけど、1月中旬頃に通知があると思うので
それが決まったら、特養の変更もしようと思っている。

これにて、面談は終了。
今日は主人が昼間の仕事は薄く、夜勤になるので仮眠を取るために
11時過ぎに戻ってきたので、ケアマネさんと初めて顔を合わせた。

「ねえ~、イケメンでしょ?」
「俺の次にな」
「・・・・・」

ま、この話は放置ということで。。。

診察日&ケアマネさん来訪

2008.12.17 (Wed) 父の看護日誌

今日はⅠ先生の診察日。

手首の関節の動きや、震顫の様子を看ていた先生に、父の方から質問をした。

「最近、物忘れが激しくてしょうがないんだよ」
「う~ん、どんな風に忘れちゃうのかな?」
「あのさ~、買い物に行くんだけど、買おうと思ってた物じゃなくて違う物買っちゃって
 途中で思い出して、また戻ったりするんだけどよ~」
「あ~、なるほどね~」

で、ここで少し私の方から補足説明もした。
忘れないようにメモを取るけどそのメモを忘れたり、メモを持って行っても見るのを忘れたり
先日は健康保険証等の入ったポーチを落として、探すのに自分が歩いたコースが
思い出せなかったこともあり、頭の中がパニくるとさらに思い出せなくなるみたいだと話した。

「う~ん、それくらいだったら、まだ病気とは言えないな~」

そう言って、先生は笑っていた。
その後、今日の日付を確認。

「今日は平成何年何月何日かな?」
「えっと・・・平成8年12月16?17?」
「どっちかな?16日?17日?」
「う~ん・・・17日だ」
「そうそう、じゃあ今日は何曜日かな?」
「・・・火曜日?水曜日か?」
「どっちかな?」
「・・・・・・・水曜日だ」
「そうだね、じゃあ平成何年?」
「えっと・・・・・2000・・・・・9年」
「9年になっちゃったか(笑)」

デイに出かける曜日はしっかり覚えているし、現在お薬の箱を作って
日付と曜日を確認しながら、お薬を飲むようにしていることなども話した。

「う~ん、やっぱりまだ病気とは言えないな~(笑)」

年相応と言うことらしいので、こちらは一安心。
それと、お薬の飲み忘れのことも聞いてみた。
デイに行く日、そちらに気を取られたらしく、1回だけ飲み忘れたんだけど
もし飲み忘れた場合、朝飲むお薬を夜飲んでもいいものか?

これに付いては、パーキンソンのお薬としては、動きを良くするためのお薬なので
本人が調子良く動けているのなら、その1回は飲み忘れても問題はないらしい。

「でもよ、薬飲むと不思議と手の震えが治まるんだよな」

父はそう言っているのだけど、自覚がないまま無意識のうちに手の震えはある。
本人が気にならないなら、これも特別問題はないらしい。

「薬を飲み忘れるとよ、気になっちゃってしょうがないんだよ」

飲み忘れたことに気が付くと、手の震えも気になってくるらしい。

「そうでしょう、じゃあ忘れないように朝昼きちんと飲みましょう」

と言うことで、特別大きな問題はなく、Ⅰ先生の診察は終了。
続けて、10時にケアマネさんもやってきた。

今日の診察の話もしたのだけど

「物忘れに関しては、まだ病気とは言えないな~って言われたよ」

と話したら、ケアマネさん大笑い。

「良かったですね~。年相応ということですから、あまり気にしないで
 でもメモを取ることは続けたり、気をつけるようにはしてくださいね」

と言われた。
とにかくデイに行くことが、とても楽しみな父。
電話が来れば、準備をして、道路まで出て、車が来るのを待ってるほど。

「だってよ~、迎えに行くと長いこと待たせる人もいるんだよ。それじゃあ悪いからよ~。
 待つのはいいけど、待たせるのはイヤなんだよ~」

そんな気遣いも見せたりするんだよね。
施設では、特にゲームが本当に楽しいらしくて

「次は俺の番だな~って思ってるだろ、だけどお風呂に入りましょうか?って言われると
 ガクっときちゃうんだよ。まさかイヤだとも言えねえしよ~(笑)」

椅子に座った状態で足を上げて、足首を動かす運動があるらしいんだけど
デイでやると100回くらい出来るのに、家でやると20回も出来ないらしい。

「負けず嫌いだからね~。他の人ががんばってると、ジイジもがんばるんでしょ」
「そうなんだよ、ライバルがいるからよ」
「ライバルがいるんですか?」

ライバルって言葉が、父の口から出てくるとは・・・3人で大笑いしちゃった。

「ゲームなんかよ、優勝した人が賞状もらうときなんか、ニコニコしちゃってるもんな」
「そういうジイジも、賞状もらう時、ニコニコしてるんじゃないの?」
「・・・そうかもしんないな(笑)」

そうかも・・・じゃなくて、そうじゃん。
いつも嬉しそうに、ニコニコ笑顔で話すくせに(≧m≦)

お迎えに行ったら、「行かない」と拒否をする方が多い中
父のように、ここまで楽しみに出かける人もめずらしいらしい。
そんな様子を見ていて、ケアマネさんも感じていたらしいけど
とにかくハッピーマンデーが多くなったので、月曜日の通所がお休みになることが多い。
これほど楽しんで出かけているので、その分を補うためにも土曜日の通所のことを
ここ数ヶ月勧められていたけど、なかなか父が首を立てに振らなかった。
私の方も義弟のことで手一杯なところもあるので、家で一人でいるよりは
もう1日通所した方が、脳の刺激にもなるし、父も生活にもっとハリが出るような気がしてたので
お散歩の時に、時々土曜日の通所にも触れていたんだよね。
そしたら先日、自分から土曜日のことも聞いてみようかと言い出していた。
今の施設以外には行きたくないと言うので、今日はその話も進めてもらい
空きがあれば、通所できるように、空きがなければ、空き待ちということで
施設に聞いてくれることになった。

父の方は、いつも笑いながらの話になる。
何しろ、可愛いおじいちゃんを目指してるので、今のところは目標に近づいてるかな?

そして次に、義弟の訪問となった。

すがすがしい。。。

2008.12.15 (Mon) 義弟との日々の出来事

今回のショートステイに出かける2週間前
とてつもなく大量に排便をしてから、10日近く排便がなかった義弟くん。
デイに行った時、排便があったけど、やはり最初が硬いから切れてしまうんだけど
これが結構な量の出血をするから、見ていて痛々しいんだよね。
病院からもらった「アズノール」を塗ったりするけど、このままじゃいかんよな。

それにあんな風に、大量の排便があった時、主人がいたから良かったけど
あの状態を一人で処理すると考えたら、考えただけで泣けてきちゃう。
自分のためにも、義弟の排便のリズムは整えた方が良い。

で、ショートに出かける前日から、便秘薬としてもらっていた
「酸化マグネシウム」を、朝晩のお薬の時に飲ませ始めた。
ショートの最終日に排便があったらしく、そのときも切れたみたいで
「アズノール」を塗ったと書いてあった。
翌日のデイでも、排便あり。
こりゃあ、また排便デーが続くな~と思っていたら、次の日も朝起こしたときに排便あり。
その日はそれで終ったんだけど、土曜日の朝も和室を開けたら悪臭が・・・
どうして、夜寝ながら出ちゃうかな~?
結局おケツの毛に便が絡み付いてしまって、拭き取れないし
お風呂に入れてる時間はないしで、デイでお願いしちゃおうと思った。
お迎えに時に説明したら、お風呂の時きれいにしてくれるって。

とにかくこのペースで、排便のリズムが付いてくれればいいなと思ってるんだけど
翌日曜日も、朝起こしたときに悪臭がして排便あり。

「弟くん、うんち出てるよ」
「え~っ?うそっ?」

本人には、違和感がないらしい。
そして、昨日は主人がいたので、女中部屋に行き

「けんちゃん、252発見!生存物あり!」
「なに?」
「だから、252だって、生物(なまもの)の存在ありだよ(笑)」
「なるほど、そういうことか(笑)」
「我ながら良い例えだわ。これからこう呼ぶことにしよう(爆)」

紙おむつのサイズを間違えてから、パッドを使うようになったのだけど
パッドの当て方にもコツがあるようで、そのコツがつかめてきた。
前はデイに行った次の日は、大量のおねしょ状態なってしまったのだけど
最近では漏れる程度で済むようになったし、排便もしっかりキャッチしてくれて
シーツに茶色いシミが付くこともない。
パッドを取り除けば、おむつを替える必要もないから、朝のおむつ替えも楽チンだ。
昨日はおケツの毛に便が絡むこともなかったので、主人が来る前に処理も終った。
いつもは声かけで、着替えは自分でやらせるのだけど、主人がいるときは
全部やってしまうので、私は見ているだけで済む。

3時頃から陽も出てきたけど、お昼過ぎまで雨降りだった昨日は
家の中でのんびり過ごすことにした。
いつも計算ドリルを渡していたのだけど、機能は脳を鍛える大人の読本を渡した。
めずらしくちゃんと活字を目で追っていたので、読んでいたみたい。
テーブルにうつぶして居眠りもしてたけど、起きてるときは読んでいるようだった。
ふと気が付いたら、義弟がトイレの前まで移動して、立ち上がろうとしていた。

「何やってるの?」
「いや、トイレに行こうと思ったんだけど、考え事してる」

考え事だと?すぐにおむつの中を確認したら、これまた252発見!
便意があってトイレに行こうとして、移動の最中に出たのか?
はたまた座った状態で出ちゃって、違和感があってトイレに行こうと思ったのか?

「うんち出てるよ」
「えっ?出てないよ」
「出てますよ」
「うそ~?」

自覚なしの排便?
寝たまま、座ったまま、食べながらも排便しちゃうけど
この辺りの感覚は、どうにも理解が出来ないんだけど、これが現実だ。
このときの処理は、主人がやってくれた。

そして夜、パジャマに着替えるために和室に移動したのだけど
昨日はどうやらこちらの世界にいたらしい。
わりとスムーズに言ってることが通じた。
いつものようにタイオルをいじっていたけど

「タオルは触らない。和室に移動しましょう」
「あ、そうか。は~い」

で、すぐに移動開始。
おむつ替えは、私がやってパッドもしっかり当てて、上に着ている物を脱ぐように言った。
これもスムーズに脱げて、パジャマを着るとき、主人がお風呂から上がってきた。

「弟くん、けんちゃんがお風呂から上がったよ。早く着替えないとまた怒られちゃうね」
「あ、そうだね。兄貴に怒られちゃうから、早く着なくちゃ」
「そうそう、早くパジャマの上着ちゃいなさい」
「はい」

と言った後、ちょっと動きが止まって

「恵子ちゃん、ズボンはどこにあるの?」
「ここにあるよ。上を着たら、ズボンも渡します」
「あ・・・そうか、そうだったね」
「ほら、けんちゃん出てくるよ。早く着ちゃいな」
「はい」

と返事して、さっさと着てくれて、ズボンも渡して

「そのまま足を入れればいいのよ。早く履いちゃいましょう」
「はい」

さっさと・・・と言っても、義弟のさっさとだけどね・・・履いた。
ちょっと笑いそうになっちゃったけど、子供がお父さんに怒られるのが怖いのと一緒らしい。
兄貴怒られるのは怖いってことが、理解出来てるということは
この瞬間は、ある程度理解が出来てるらしい。
義弟の足は、いつも冷たいので、夜靴下を履かせているので、靴下を渡すと

「もう一個は?」
「片方履いたら、渡しますよ」
「あ、そうだね。いつもそうだった」
「うん、そうだね。早く履いちゃおうか?」
「はい」

会話が通じるって素敵♪
素直な義弟くんは、こちらも扱い易いってば。
靴下が履き終わった義弟に

「はい!今日は大変良く出来ました」
「そう?(ニコニコ)」

ニコニコ笑顔の義弟くんに

「じゃあ、次はお布団に入りましょう」
「えっ?そこまでやるの?」
「なんで?お布団に移動するのは、自分で出来るでしょ?」
「えっ?そうだっけ?いつも連れてってくれるんじゃなかった?」
「けんちゃんは連れてくかもしれないけど、私はやらないよ」
「あ・・・そうだった、そうだった」
「お布団に入るのは、弟くん自分で出来るもんね?」
「うん、そうだった」

すごい!こんなに会話が通じたのは何ヶ月ぶりだ?
その後、移動の仕方を声かけ進めたんだけど、これもしっかり通じた。

「良く出来ました。じゃあ、電気消すよ?」
「うん、おやすみ」
「はい、おやすみ」

こんな1日の終り方は、とってもすがすがしいわ。
主人には合図をして、こちらに来ないようにしてたんだけど
義弟を寝かせてから、今の状況を説明したら

「お前はそういうことに俺を利用したのか?(笑)」
「今日は弟くん、こっちの世界にいたみたいだよ」

と言ったら、どうやら主人もそれは感じてたらしい。
本を読むのに、活字を目で追っているのを見てたんだって。

今朝はおねしょも排便もなし、パッドがしっかりキャッチしてくれた。
おむつ替えも楽チンだったし、着替えもスムーズだった。
今日は違う本が読みたいというので、昨日とは違う本を渡した。


ところで、昨日義父から主人のところに電話が来た。
やっぱり義姉から電話が行ったらしい。
本当なら手書きで出すところだけど、ワープロを使ってA4サイズの紙に3枚
義弟の今の様子や施設利用のこと、義弟の財産状況、我が家の事情や
私の心情も含めて、書いておいた。
今年の3月に2週間、義弟を義父に預けていたので、義父はその頃の義弟の状態から
想像していたらしく、その頃も紙おむつはしていたけど、言われなくても排尿があれば
自分から取り替えてもいたし、排便はトイレに行っても間に合わずと言う感じだったから
義姉からの電話で、義弟の状態を聞いて驚いたようだ。

先日の会話と、昨日の会話とでは、義父に対しての主人が感じた印象が
かなり違ったようだったし、義父も先日とはまったく違う反応をだったみたい。
同意書もすでに投函してくれたそうで、義姉も送ってくれるようだ。
まずはこれで一安心。
特養入居後の援助の件については、やはり来年じゃなくて再来年しろと言ってたらしく

「一応親父も、援助はしてくれる気でいるみたいだな」

と主人も言っていた。
でもね、再来年もし入居してたとしても、こちらから何も言わなかったら
援助はしてくれないだろうと思う。
だって数年前に貸したお金、実家に行ったときに、今月は無理だから次の年金から
3回に分けて返すと言ったけど、結局返って来ないもんね。
その話を主人にしたら、そう言えばそんなこともあったなで終わりだ。

「俺は貸した金は、くれたもんだと思ってるから、忘れるんだよな」
「女はそういうこと、忘れませんよ(笑)」

で、結果として義父はやっぱり当てにしないことに決めた。
義姉からはまだ返事は来ないけど、主人が言うには
手紙を読んでどう話していいかわからなくて、義父に電話したんだろうと言っていた。

「ま、親父も姉貴も自分に振られちゃ困るから、俺らにやらしとけってとこだろ」

それならそれでいいのよ。
同意書がもらえて、多少の援助で協力してくれれば、毎月の請求書と
収支決済見せますがな。

主人の話し方で、少々不愉快な気分にもなったけど
とりあえずは一件落着ってとこかな。
後は書類の方も、少しずつ書いて行かなくちゃだし、年賀状も始めなくちゃだよ。

さてさて、まずは買い物に行ってこないと、ビールがないってば!(≧m≦)

不愉快。。。2

2008.12.12 (Fri) 義弟との日々の出来事

昨日帰って来た主人に、同意書の話をしたら義父との会話を話始めた。

「あのクソ親父、なにもわかってねえよ」
「何か言われたの?」

から始まったのだけど、言うことがまあ過激と言うかなんと言うか・・・
施設に通ってることも前から話してあるんだけど、特養に入居が決まったら
援助の話もしたら、義父はこんなことを言ったらしい。

「そんな役にも立たねえ奴は、殺しちまえ」
「そうはいかねえだろ、犯罪になっちまう」
「メシ、食わせなきゃいいんだよ」
「だから、そんなことできねえだろって言ってんだよ」
「やりゃあいいんだよ」
「誰がやるんだよ?今どきの施設はな、10時と3時におやつだって出るんだぞ」
「そんな物食わせるなって、そこの奴らに言っとけばいいんだ」

これ、マジに言ってるらしいから、主人はだんだん腹が立ってきたらしい。

「無責任なことばかり言いやがって・・・」

で、話は義弟の生命保険にまで飛んだ。

「憲児は生命保険入ってるのか?」
「入ってるよ」
「受け取りはいくらだ?」

で、主人も素直に本当の金額を言ったらしい。

「そんだけもらえりゃ、いいや。受け取りはお前だろ?」
「そうだけど・・・」
「もう殺しちまえ」

・・・・・義父はどうやら、義弟の生命保険も当てにしてるらしい・・・・・

主人も良くないとは思うけど、義父は主人が働くようになってから
お金に困ると、主人に言って持ってこさせていた。
親戚の間では、伝書鳩と呼ばれるほどに、主人は義父の言うがままに
お金を渡していたんだよね。最高金額1回に100万円だよ。
自分が切り詰めて、切り詰めて、貯めたお金を言われるままに
渡していたから、今になっても息子のお金は自分のものだと思ってる。
私と入籍してからは、金額自体は3万とか5万に減ったけど
それでも言ってくるときがあったのを、私がもう無理と言ってから
主人もキツく言って、お金の催促は無くなったけどね。

義母が亡くなった時も、義母の生命保険金でお墓を立てて
その残金が40万ほど残ってた。
それを義姉が預かって、法事に使う予定でいたわけだけど
義父が何度もそれをよこせと電話してきたものだから
義姉が面倒になって、そのお金を主人に回してきたけど
結局それも、義父に渡してしまって、その後の法事はずべて我が家持ち。
しかもその後、義父が言った言葉。。。

「おっかあは俺の先祖じゃねえ。お前の先祖なんだから、お前が全部やれ」

保険金は俺のだけど、法事も墓の面倒も知らねえだって。
そんなバカな話があるかいな。

まだ義弟が高次脳のリハビリをしてる頃は、何度か義弟を預かってもらったことはある。
その度に、これまた2万から4万のお金を置いてきてお願いしてた。
元々当てにしてたわけじゃないけど、ここまで言うかね。

「来年は出せねえから、入れるなら再来年にしろ」

どうやら年金から借入れをしてるらしく、来年いっぱい返済するんだろうな。
自分の息子の介護費用は出せないけど、フィリピーナには出せるらしい。
ずいぶん前にも、20万貸せと言って来た時は
相手の女性が、フィリピンに帰る旅費をだしてやりたいからと言って来た。
もちろんこのときは私が大反対して出さなかったから、やっぱり年金から借りたらしい。
義母も亡くなった後だから、別に女遊びをしたって構わないが
そういうお金を、息子に出させるなよ。
考えようによっては、お金を出さなくちゃ遊んでもらえないと言うことだろうけどさ。
いくつになっても、女好きは変わらないみたいだ。

主人と義弟には、2歳年上の姉がいる。
私は主人より3歳年上だから、1歳年下の義姉になる。
この義姉家族と会うのも、実家に行ったときくらいで
お彼岸やお盆お正月も、日にちが合わなければまったく会わないときもある。
双子の絆は強かったようだけど、義姉との関係は薄いんだよね。
義弟が脳腫瘍で入院した時も、お見舞いには1回だけしか来なかったし
我が家に来てからも、私に電話が来たのは1回だけ。
それも義父に義弟を預けた時、義父が義姉に愚痴をこぼしたものだから
心配になって、私に電話をしてきて

「親父にお前が憲児を看てみろって言われたけど、家には布団もないからさ~」

・・・って、そういう問題かよってことだよ。
義弟の様子を聞いてくることもないし、年賀状に一言

「恵子さんを大事にしなさいよ」

とか書いてあることはあるけど、それだけ・・・
主人とは入籍前10年間付き合いがあるから、そういう事情も全部知ってたし
だから最初から、主人も私も義父のことも義姉のことも当てにはしてなかった。

だけど、ここにきて義弟のことは、経済的に我が家だけでは負担できない状態だから
ダメ元で、言っておこうということになったんだけどね。

「クソ親父、憲児の保険が降りてきたら、よこせって言ってくるぞ」
「悪いけど、そのときは私が言わせてもらいます」
「でも俺、金のことでもめるのイヤなんだよ」
「イヤだって、なんだって、言わなきゃいけないことだってあるよ」
「結局さ~、財産相続でもめるって言うのは、何もしてない奴が金欲しさに
 口を挟んでくるから、もめるんだよな」
「そういうことですね」

義弟の認知が進んでから、義弟がいる間は実家には帰れないと
主人が義父に言ってあるので、今年のお盆から帰っていない。
義父も義姉も、だからと言って、我が家に義弟の様子を見に来るわけでもない。

結局さ、何もしてない奴がお金欲しさに何か言い始まったら
私たちが引いても、何か言ったとしても、気持ちの中にはわだかまりが出来ると言うこと。

「憲児がいなくなって、金持ちになろうとは思わないけど
 何もしなかった奴が、それで得するのが許せないんだよな」
「引いてしまうのは簡単だよ。その代わり、私はお義父さんの面倒は看ないから
 お義姉さんがやればいい。でも言うだけのことは言っても、面倒は看ます。
 どっちがいいかってことだよね」
「憲児が特養に入って、援助してくれたとすれば、その金は返さなくちゃいけないけどな」
「それは当たり前だよ。援助してくれたお金に上乗せして返すべきでしょ」

義弟の遺産相続の話には、私は外野の人間になるけど
義弟のうん○の世話をしてるのは、ほとんど私だ。
主人の言うとおり、義弟がいなくなって金持ちになろうとは思わないが
うん○の世話をしてから、金のことは言えってことだ。

主人はこういうとき黙ってしまう人だから、私が悪人にでも何にでもなるわい。
ま、義弟は今も生きてるわけだから、今からこんな話してもしょうがないけど
義父の言い草は、毎度のことながら不愉快になるよ。

火曜日に返信用の封筒も入れて、義父と義姉当てに同意書を送った。
義父はたぶん主人の説明だけでは、『成人後見制度』のことを理解してないと思う。
義姉には、私から今の義弟の様子を手紙に書いた。
同年代の下の世話はかなりキツいと言うことも、義弟の財産についても
我が家の経済状況も書いた。
もう到着してるはずなんだけど、主人のところにも連絡は入ってない。
おそらく義父と義姉は連絡を取っていると思うから、義姉がこの制度のことを
どこまで理解して、どこまで私を信用してくれるかということだ。

「もしどっちかでも、同意しないって言ったら、申立はしないからね」
「そういうことだな」

援助の話も、ダメ元で話してるから、当てにはしてないけど
やっぱり義父は出す気はないってことはわかった。
義姉からは、どんな反応が返ってくるか?ある意味、楽しみかも・・・


やっぱり紙おむつのサイズが大きいからかな?
オシッコが漏れて、座布団も濡れちゃったよ。
座布団にもシートを敷いてるからいいけどさ。
おむつだけは、チャッチャと替えて、着替えは声かけ運動でなんとか終了。

「明日は出かける日ですよ」
「恵子ちゃん、明日は6時に起きれば大丈夫?」

思わず噴出しそうになっちゃったけど

「ちゃんと起こしてあげるから、もう寝ましょう」
「じゃあ、6時に起こして」
「はい、はい。おやすみ」
「おやすみ」

デイに行くのは楽しいんだろうね。
まだ7時前だけど、自分からお布団に入っちゃったよ。

今日は主人も夜勤だし、彩佳も出かけちゃってるし
先のこと考えて、不愉快になっててもしょうがないっと。
一人で晩酌始めよっと♪

不愉快。。。

2008.12.11 (Thu) 義弟との日々の出来事

昨日、ショートステイから帰ってきた義弟。
2時に施設を出発予定だったので、2時過ぎに施設から電話が入った。
だけどこの電話で、なんだかとっても不愉快になってしまった。

まず電話に出て、返ってきた声になんだか聞き覚えがあったんだよね。
似てるのよ・・・とっても、よく似てたのよ・・・義弟の元嫁の声に・・・
で、「まさか・・・?」と思ったんだけど、施設の名前を言われたので
違うよな・・・って、自分に言い聞かせたんだけど、その人の名乗った苗字が
これまた元嫁の苗字だったのね。
いや、まったくの別人だと思うのよ、顔を見たわけじゃないしね。
でも元嫁が、他人行儀に作った声、しゃべり方までソックリだったのよ
鳥肌が立つほどに・・・
しかも彼女、医療事務の資格を持ってるから、離婚後は病院で事務をやってたし
転職したのか?って思うほどに、ソックリだった。
施設での経過を説明してくれたんだけど、頭の中は妄想族となってたから
何言われたんだか?・・・それくらい似てたってことなんだけど
電話の方には申し訳なかったけど、すっかり不愉快になちゃった。

もし元嫁だったとしてもさ、担当から外れろよって思う。
でもこれくらいのことは、やってのける奴だと思うから、余計に不愉快になっちゃったよ。

まったくの別人だとは思うけど、不機嫌な声で返答しちゃってごめんなさいね。

話は戻って・・・
ショートから戻った義弟を、いつもの場所に座らせて着ていたダウンを脱ぐように言って
私は、排泄で臭ってる洗濯物をまずは洗濯機に放り込んだ。
で、義弟の様子を看たら、ダウン着たままテーブルにうつぶして寝てるし・・・

「弟くん、寝ちゃダメ!ダウン脱いでって言ったでしょ」
「は~い」

で、その他のものも片付けたりしながら、様子を看てたらまた寝た。
今寝られたら、夜覚醒しちゃうし、翌日も別のデイに行く日だし

「弟くん!寝ないで!ダウンを脱ぐの」
「は~い」

何度か声かけをしたんだけど寝ちゃうので、テーブルをおこして使えないようにした。
この後もかなりの時間を要して、やっとダウンを脱いだのだけど今度は移動が始まった。
いつものことながら、フローリングの上に落ちてるわんこの毛を拾っては
あっちからこっちに移動したり、敷いてるエリー用の毛布をたたんだり広げたり
テレビのスイッチを入れても点かないのに、何度もトライしてみたり
そのうちに今度は靴下を脱いだ。

「靴下脱いだら、寒いでしょ?」
「あ~、そうだね~」
「履きなさい」
「は~い」

と言って、もう片方も脱いじゃった。
最近義弟はデイから戻ると、上着も脱いでしまう。
で、今度は着ていたトレーナーも脱いで、半袖の肌着1枚になった。

「寒くないの?」
「別に」

昨日は確かにあったかかったけど、寒い日でもこれをやる。

「風邪を引くから、着なさい」

と言っては、首にかぶせるのだけど脱いでしまう。
で、寒くなれば着るかと思って、置いておくとトレーナーを持って移動が始まる。

「何をするの?」
「これを片付けるの」

目に付くから、手に取るんだよね。
また着るように言っても脱いじゃうし、置いておけば移動が始まるし
しょうがないから、洗濯カゴに入れる。
でも寒いに決まってるから、今度はエリー用に敷いてある毛布を被る。
ちっこい毛布を被ったところで、なんの足しにもならんがな。
トレーナーを着るように出しても、それは着ない。

「これはエリーの毛布です。寒いなら着なさい」

そう言っても、着る気はさらさらなし。
もう放っておくしかないので、放っておく。

テーブルを出せば寝ちゃうし、上げればあちこち移動が始まるし
立とうとしたり、余計なことをしてくれるし、着てるものは脱いじゃうし
ドッと疲れてしまった。

今朝もデイに行く前、洗面所で勝手に一人立つなと言ってるのに、また立ち上がって転倒。
お尻を強打したと思うんだよね。
お風呂の時に、看ておいてくれるって職員さんが言ってたけど
本人「痛い」とは決して言わない。

まあいいや・・・対処法なんて思いつかないし、現場処理で行くしかあるまい。
今月もやってきました、女の子の日。今回も体調悪いってば・・・
筋腫ちゃんもすくすく育っているようだし、病院に行けと言われても
手術って言われたら、気が滅入っちゃうし、今入院なんか出来ないってばよ。
来年には、義弟の特養うまく行ってくれればいいのにな~。。。

成人後見制度

2008.12.11 (Thu) 成人後見制度

やっと重たいケツが上がって、家庭裁判所に行って来た。
土曜日から昨日まで、ショートステイに行っていた義弟。
家裁に行くなら、ショートに行ってる時と決めてた。
こういう作業の時は、自分のペースで動きたい。
時間を気にするのもイヤだし、あわてるとロクなことがない。

土・日はのんびり過ごして、月曜日の朝8時半から行動開始となった。
相談受付は9時半からなので、それに合わせて出かけたのだけど
ちょっと道に迷ってしまい、9時半過ぎに到着、4人待ちだった。

20分ほどの待ち時間で、呼ばれて相談室へ。
担当の相談員さん、父より少し年齢が下かな?っていう感じの方。
ネットで調べてたから、だいたいのことはわかっていたんだけど
一応いろいろ聞こうと思って、質問しようとするんだけど
先走って答が返って来るし、こちらの話をあんまり聞こうとしないんだよね。
時間が20分程度と区切られてるから、しょうがないんだろうけど
何もわからず相談しに行ったら、さっぱり要領はつかめなかったかも・・・
ある程度の予備知識は持って、出かけた方がいいと思った。

成人後見制度
もらった書類はこちら↑
『成人後見制度』のパンフレッドと申し立ての手引き。
それと書かなくてはいけない書類や、揃える書類などが書いてあるもの。
書き方も丁寧に説明されてるけど、事細かく書かなくちゃいけないようで
書類を見ただけで、ちょっくらめまいがした・・・(´Д`)ハァ・・・

『成人後見制度』とは・・・
認知症・知的障害・精神障害などによって物事を判断する能力が十分でない方について
本人の権利を守る援助者を選ぶことで、本人を法律的に支援する制度。

この制度には、【後見人】【保佐人】【補助人】とある。

【後見人】は、判断能力が全くない方。
【保佐人】は、判断能力が著しく不十分な方。
【補助人】は、判断能力が不十分な方。

となっていて、【後見人】はすべての権限を与えられるのだけど
【保佐人】【補助人】は、特定の事柄のみになる。
この特定の事柄は、民法13条1項に沿って、申し立てをすることになる。

パンフレッドや手引きを見ながら、相談員さんの説明で
私の父も、【保佐人】あるいは【補助人】を付けておいた方が無難だと思った。
何しろ、新聞も2社と同時に契約しちゃって、本人は覚えてなかったり
電話での勧誘で、OKを出しておいて、請求書が届いたら
なんだかわからないと言った事もあって、その度にこっちがあわてることになる。
どちらも被害はなかったし、処理も出来たから良かったし
貼り紙をして、すべてのことに

「娘がいなから、わからない」

と答えるようにしてからは、こういったことはないけど
いつまた同じことをしでかすかわからないもんね。
それで、この申し立ての書類を2通もらってきた。

申し立てが出来る人は、本人・配偶者・四親等内の親族・検察官・市町村長など。
後見人になれる人は、配偶者・四親等内の親族。

義弟も父も、私が【後見人(または保佐人・補助人)】になることは出来る。
申立人は、本人との関係を証明できる物も準備する。
これは戸籍謄本で証明される。
父の場合は一目瞭然だけど、義弟の場合は義弟の謄本と主人の謄本を取ることで
両親の名前が一致するから、主人と義弟の関係、主人と私の関係が証明されることになる。
なので、申立人と本人と後見人の「戸籍謄本」と「住民票」各1通。
申立人と後見人が同一の場合は、1通でよい。

取り寄せる書類もいろいろ。
もちろん「診断書」も必要になる。
これは担当医に書いてもらうんだけど、場合によっては再度精神鑑定もするため
鑑定人になってもらえるかも書いてもらうらしい。
その時の鑑定料も記入する場所があり、そこに金額が提示されてれば
鑑定が必要となった場合は、その金額。
裁判所に一任するとかかれてた場合は、5万円程度必要になる。

それから、「登記されていないことの証明書
一人に対して、後見人(あるいは保佐人・補助人)は何人付いてもいいらしいけど
他に後見人が付いていないかを、法務局の戸籍課で証明してもらう。
他に後見人が付いている場合は、また手続き方法が違うらしい。
本人以外の人が取る場合は、これも四親等以内なので本人との関係を
証明する書類として、戸籍謄本が必要になるけど、原本は返してくれる。

そして、親族の「同意書
義弟の場合は、私が申し立て後見人になるには、義父・義姉・主人の同意書が必要。
父の場合は、私の弟の同意書が必要になる。

そして私が記入しなければいけない書類が
申立書
申立書附表(1)《申立人照会書》
申立書附表(2)《本人照会書》
申立書附表(3)《後見人候補者照会書》
本人の財産目録
財産や収支を裏付ける資料
となる。

書き方の見本も付いてるのだけど、これも今のところ少し読んだけど
眠くなってしまって、閉じてしまった。

必要な費用は。。。
登記印紙 4000円
収入印紙 後見開始申立1件に付き 800円
保佐開始・補助開始で同意権を要する行為の定めや代理件付与を求める場合は
それぞれ別に800円が必要になる。
郵便切手 後見開始の場合は 2800円
(500円2枚・200円4枚・80円10枚・10円20枚)
保佐開始・補助開始の場合は 3800円
(500円4枚・200円4枚・80円10枚・10円20枚)
↑で書いたけど、精神鑑定が必要になった場合は、担当医が書いた鑑定料
もしくは、裁判所に一任した場合は、5万円程度かかる。

申立を受け付けてから、1ヶ月程度の時間がかかるらしいけど
再度精神鑑定が必要になった場合は、2ヶ月ほどかかるらしい。

月曜日うちに、法務局に行って申請書をもらい、その足でまずは義弟の病院へ。
しばらく待たされて、担当医が書いてくれるという確認をもらい
診断書の料金(7260円)を払って、来年1月5日以降に取りに来るよう言われた。
この時点で、年内の申立は不可能になったので、年明け早々にすることにした。
そして父の診断書は、義弟と同じ病院の脳神経内科にもかかっているけど
介護保険の診断書は、K先生にお願いしてるので、この診断書もK先生に
お願いすることにして、持って行ったら、来週18日の診察日までに
書いてくれると返事をもらった。

そして役所に行って、義弟と私と父の戸籍謄本・住民票をもらって月曜日は終了。
朝8時半過ぎに家を出て、帰ってきたのは3時少し前。
火曜日に、申請書と謄本を持って法務局に行き、義弟と父の
登記されていないことの証明書」も取った。

家に戻ってから、親族の同意書のことを主人と話して
義父には主人から電話をしてもらい、義姉には私から手紙を書いた。
同時に、特別養護老人ホームに入居が決まった場合の援助もお願いしちゃった。
義父は、来年は無理だから、再来年にしろと言ったらしい。
義姉は今日当たり手紙が届くと思うけど、どんな反応が返ってくるか?

「私がなるって言って、反対とかはないかな?」
「反対したら、反対する奴に憲児の面倒看てもらえばいいだろ」
「まあ、そうなんだろうけど・・・」
「反対はさせねえよ」

主人がそう言うなら、それでいいんだけどね。
父の方は弟に電話をして説明し、お正月に実家に来たときにサインしてもらうことになった。

「俺は別にいいんだけどさ~、そこまで頼んじゃっていいのか?」
「お前がなってもいいけど、何かあるたびにこっちに来るのも無理だろ?」
「そうだけどよ~、何から何までおねえちゃんに任せっきりだからよ」
「なんかあればお前に相談するし、決定権をおねえちゃんが持つだけのことだよ」
「おねえちゃんが決めることに反対はしないから、俺はいいんだけどさ」

弟も少しは、父のことを考えてるってことなんだろうね。

これで、同意書が届けば、取り寄せる書類は年内に揃いそうだ。
申立をするには、すべての書類が整ったら、電話をして日時を予約する。

今の段階では、親族の同意書と診断書待ちって感じだな。
それにしても、再度精神鑑定とか言われたて、裁判所に一任されたひにゃ
二人で10万かかるってことじゃん。
そうなったら、しばらく見送りだよ。

年内には、私が書かなくちゃいけない書類だけは書き上げておくとしよう。
・・・・・本当に、やれるのか?

『成人後見制度』の申立については、カテゴリーを作ったので
事の成り行きを書いて行こうと思う。。。

間違えた。。。

2008.12.06 (Sat) 義弟との日々の出来事

義弟の紙おむつのサイズを間違えて買ってしまった。
Mサイズなのに、Lサイズ・・・封を切っちゃったからもうしょうがない。
で、パッドを使用してみた。
デイに行った次の日は、大量におねしょをしちゃう義弟だけど
昨日の朝は、漏れてないし、紙おむつは濡れてなかったしで
これはいいかも・・・と思ったんだけど、やっぱり当て方で漏れちゃうみたい。
今朝はやっぱりおねしょになっちゃった。

油断すると、夕方も漏れてる時があるから、やっぱりサイズが合わないからだろうな。
仕方ないけど、次はサイズを確認して買わなくちゃだよ・・・おバカな私・・・

確認してなかった私もいけないんだけど、あの大量に排便した日曜日以降
家では排便がなかった義弟。
出かける朝にトイレに行きたがる日があったから、デイで出てると勝手に思い込んじゃった。
木曜日のデイサービスで、排便があったのだけど、いつも最初が硬くて
切れちゃうんだよね。
で、肛門に出血ありって書かれてたて、その日の夜も食べながら出てた。

いつもは一度排便が始めると、2.3日ちょこちょこと続くのだけど
昨日はなしで、今朝起こした時またシーツが茶色っぽく濡れてて
おむつの中に排便あり、今日も晴天で良かった。

義弟は今日からショートステイに出かけて、来週の水曜日3時頃の帰宅予定。
義弟の物を全部洗濯して、お布団も干して、しばらくは排泄の匂いから解放されるよ。

最近夜勤仕事がない主人、毎日帰ってきてくれるので
夜の準備は、主人がやってくれるときが増えた。
私はなるべく手を出さず、時間をかけても義弟にやらせるように声をかけるんだけど
主人は、それが出来ないから、全部介助してしまう。
ところが介助されてる間も、義弟の無駄な動きは続くから、主人の怒鳴り声がすごい。
時にはやっぱり手も出ちゃう。
双子の兄弟で、お互いに支え合ってきた部分もあるから、情けないのはわかるんだけど
男同士の兄弟ゆえに、こっちが引いてしまうほどのときもある。

「ねえねえ、そんなことまで言わなくても・・・」
「いやいや、それは痛いだろ・・・」

主人がやってくれるとき、私は介助補佐をするんだけど
見ていてどちらの気持ちも、痛くなっちゃうんだよね。

義弟はなんだかさっぱりわかってないんだし、ただぶたれて痛いだけだと思うし
主人が何を言っても、次の瞬間には忘れてしまってるようだけど

「俺はこんなになったお前の世話をするとは思ってなかったよ。
 俺の弟だろ!しっかりしてくれよ!情けねえな~、わかってんのかよ!」

なんて言葉を聞くと、私の胸もチクチクする。
前は主人に対しては、あまり反攻したり悪態をつくこともなかった義弟だけど
最近は時々言い返すときも出てきた。
介助をしている時、無駄な動きをされると介助しにくい。
だから動くなというのだけど、これがまた無意識に身体は動いてるようなので
本人は何を言われてるかがわかってなくて、言い返す言葉が

「俺がなにしようと勝手だろ」

と来るから、火に油を注ぐような物だ。
私も結構言うし、その行為をやめさせようとして、手で払ったり
つい力が入りすぎちゃうこともあるけど、主人のそれはかなりキツい。
だからなるべく私が、声かけで自分で出来るようにするんだけど
主人は私を楽させてくれるために、言ってくれることだから
俺がやるからって言ってくれるときは、任せちゃうんだけどね。
人によっては、これを虐待と捕らえる方もいるかもしれないけど
多分主人も私も、まだどかであきらめ切れてないんだと思う。
だから義弟の出来ないに、イライラしちゃう。

「今日から5日間、向こうに泊まりだからね」
「そうなの?」
「うん、そうなの」

施設に行く方が、義弟も穏やかに過ごせるだろうしこっちもしばしの休息だ。

木曜日に、役所のMさんが階段用リフトの様子を見に来て
義弟が出かけた後、1時間ぐらい話をしていった。
特養の申し込みをしてるんだけど、まだ何も返事は来てない。
どこを申し込んだのか聞かれて、5ヵ所の施設の名前を伝えたら
そのうちの1件は、まず入所は無理だと言われた。
で、ケアマネさんと相談しながら決めた施設のうち、1ケ所建物が古くて
あまり人気がないと言われたところ、ここはわりと早くに入所できると言われたけど
義弟の無駄に残ったプライドを考えると、見てくれにこだわるとこがあるからと思い
その施設は外したのだけど、Mさんがそこの所長さんを知っていて
ケアに関してはとても良いところだし、料金も我が家が想定しているよりも
安いかもしれないと教えてくれた。

介護保険は、最初半年で更新時期がくるんだけど、来月が更新予定で
今月ケアマネさんが面談をしてくれることになっている。
現在『要介護3』だけど、『要介護4』になるかどうか微妙なところみたい。
3ヶ月ほどで、急加速で悪化したけど、今は安定してきたからね。
これの結果が出たところで、申請しなおさなくていけないそうなので
その時に、1ケ所施設の変更もすることにした。

それと、もう一つやらなくちゃいけないことがあった。
【成人後見制度】の申請。
義弟に判断力はもうないから、何かの時のために申請しておこうと言う事になってるんだけど
書類を書いて、家裁に行ってこなくちゃいけない。
一度で済めばいいけど、簡易裁判をするわけだから、そう簡単にいかないだろうな。
書類はネットからプリントアウトしてあるんだけど、どうにもケツが上がらないよ。

9時半には、義弟もニコニコと出発して行った。
はあ~、なんとも言えぬこの解放感。。。

義弟がいないというよりも、排泄の処理から開放されたことが
何よりもホッとするんだよね。

今夜は主人と焼肉を食べに行くんだ。
彩佳は帰ってくるのかな?
時間を気にしなくていいって、嬉しいな~♪

お薬チェック!

2008.12.06 (Sat) 父の看護日誌

昨日は、父のお薬チェックに行って来た。
今回は、きちんと確認しつつ飲んでいたようで、曜日はピッタリ合っていた。
・・・が・・・2日ばかし、一粒ずつ飲み忘れ発見、お薬を取るときに、こぼれたらしい。

「ジイジ、お薬取り忘れてるじゃん」
「あ?・・・・・あ~そう言えば、今日は少ないな~って思ったときがあったな」
「そう思ったなら、確認しなよ」
「そうだな~(笑)」

隙間が空いてると、つい穴埋めしたくなるような几帳面さがあるかと思うと
おかしいとわかっていても、確認しないズボラさ。。。
父もB型だけど、私もB型、おかげで私も同じところがあるわ。

「ジイジ、お薬はちゃんと飲まないと手の震えがもっとひどくなるからね」
「そうだよ、ちゃんと飲んでるから手の震えが治まるんだよ」
「わかってるなら、おかしいなと思ったら、箱の中確認してよ」
「うんうん、わかった。薬飲むとよ、不思議と手の震えが止まるんだよな」

わんこのお散歩途中とかは、結構手が震えてるんだけど
本人の意識しないところで、その症状は出てるみたい。
本人がそう思っていて、不快感がなければそれでいいんだけどね。

「お薬取るときに、箱の中身ちゃんと確認するようにしてよ」
「うんうん、わかった、わかった」

この軽い返事が怪しいんだけど、週に1度の買出しの時に確認しましょ。

今月曜日と木曜日に、デイサービスに出かけてる父。
行く日が楽しみでしょうがないんだけど、ハッピーマンデーが多いから
月曜日がお休みの時もある。
で、ケアマネさんが土曜日辺り、もう1日増やしてみたらどうかと提案してくれてる。
今と同じ施設でもいいし、違うところでもいいしと思うんだけど

「いや、他のところはいいよ。他のところも行った人が、あそこはいくとこじゃないって
 こっちが病気になっちまうって言ってたしよ」

これは父の思い込みで、何度説明しても理解が出来ないんだけど
父の通ってるところは、比較的認知でも軽い人ばかり。
中には寝てばかりの方もいるみたいだけど、自分のことは自分で出来る人が多い。
体験通所で、もっと重度の方のいる施設に行った方がいるらしく
その方の話が全部に当てはまってると思ってるらしく
ここを何度説明しても、理解が出来ないんだな。

「じゃあ、同じ施設で空きがあったら、土曜日も通ってみる?」
「いや、今のままでいいよ。他のところは、行きたくない」
「いや、いや、だから同じところだってば。他のところじゃないよ」
「今のままでいい」

弟家族が遊びに来るのが、土曜日の時が多いんだけど
そのときは休めばいいからって言ってるんだけど、ちょっと人見知りのある父は
新しいことを始めるのが面倒なんだよね。
通所を始めて1年半以上過ぎて、生活ペースが出来ちゃってるから
それを変えるのも、面倒なんだろうな。

ここ2.3回は、ケアマネさんが来ると、この話をしてるんだけど
先日ちょっとだけ行ってもいいようなことを、自分から言い始めた。
まあ、これはあわてず騒がず、本人のペースで話が進めばいいや。

最近の父。。。

2008.12.04 (Thu) 父の看護日誌

ここ数ヶ月、義弟となつのことでいっぱいいっぱいで
父のことは、みんな後手後手になってた私。
と言っても、その間にも、大事な健康保険証や診察券の入ったポーチを落として
一騒動あったり、タンスの中にお金じゃなくて、お薬を大事に仕舞い込んでたり
と、問題はあったものの、普段の生活としては変化もなく過ごしてた。

ポーチを落としたときは、2日くらい落ち込んで、元気がなくなったけど
デイに出かけて、楽しい時間を過ごしたら、元に戻ってくれたので一安心。
B型のじいさんだから、立ち直りも早いので、助かる部分でもある。

お薬は、曜日ごとに分けられるお薬箱を買って、私が週に1度補充しに行くんだけど
最初にお薬箱を作って渡した時

「これはわかりやすくていいな~」

と喜んでた父に

「日付と曜日を確認しながら、朝と昼と飲むんだよ。
 月曜日と木曜日のお昼は施設で飲むから、ここには入ってないんだからね」

と説明をしておいたんだけど、1回目に補充に行ったとき残ってるお薬の曜日が違ってた。
なんで?と思ったら、B型のじいさんは月曜日と木曜日のお昼の部分が
空いてることが気になったらしく、穴埋めしやがった。
朝のお薬の方が多いから、当然お薬が余るわけだけど、その余ったお薬は
別の場所に移動してあった。

「なんで穴埋めしちゃうのよ。この日は施設に行く日だから、入れてないって言ったでしょ。
 この分は、施設のお薬袋に入ってるんでしょ。穴埋めはしちゃいけないの。
 私がお薬は管理してるんだから、勝手にこの中を動かさないでよ」

って、つい怒ったら

「わかった!わかった!俺はもうこれには触らない。絶対にいじらない」

だって・・・
父はちょっと怒ると、萎縮しちゃうんだよね。
前にも大腸カメラの日に、朝食は食べちゃいけないって言ったのに
パンを食べやがったB型じいさん、それを怒ったら、それ以降
病院の日は、絶対朝食を食べなくなっちゃった。

「病院の日は食べてもいいんだよ。検査の時は食べちゃいけないの」
「いや、何があるかわからないから、病院の日はもう食べないんだ」

って、ガンコなのもB型だ。
物忘れに関して言えば、少々磨かれてきた感じかな。
最近めっきり出無精になった父は、買い物も一緒に出なくなってしまい
わんこのお散歩と施設に行く以外は、あまり外に出ることはない。
時々お天気の良い日には、行きつけの酒屋さんには行くようだけどね。
先日はそこに卵を買いに行ったのに、焼酎を買って帰ってきたって
そんなことは、私でもよくあることだから、笑い話なんだけど
自分で物忘れすることを、情けながっていた。
一応買うものをメモするらしいけど、メモした紙を忘れたり
持って行ったのに、お店でそのメモを見るのを忘れたりするらしい。

昨日は久しぶりに一緒に買い物に出たのだけど

「今日はメモを持ってきたからよ」

ニコニコ笑顔でメモ見せられたので、その場所に案内して買い物をして
先に父がレジを済ませて、自分で買い物したものを
持ってきたカートに縛り付けて、私が終るのを待っていた。

「じゃあ、帰ろうか」

と言って、歩き出してしばらくすると

「恵子、俺ティッシュどうした?」

って、おい!私に聞かれても知らんがな。
5箱ティッシュを買って、自分でどこに置いたんだよ。
まあ、これも持ってないことを思い出してくれたから、すぐに見つけることが出来たんだけど
最近はこういうことも多くなってきた。
義弟にくらべれば、どうってことのないことだし

「忘れたことを思い出すんだから、気にしなくていいよ」

と言うのだけど、本人は結構気にしている。

パーキンソンの症状としては、手の振るえだけ。
担当医が言うには、震える症状の人は、これ以外の症状が出ることが少なく
進行もかなり遅いらしい。
父も手の振るえだけで、もう10年以上が過ぎてるからね。
もっとも父の若い頃を知ってる私から看れば、肉体労働者だった父は
豆たぬきのような体系だけど、背筋も伸びてて筋肉質でいつも日焼けで真っ黒だったのに
今はすっかり色白で、ずいぶん前かがみになったように思うけど
施設でも1番元気だと言われているし、ちょっとコケたくらいならしっかりと踏ん張って
自分の身体を支えることも出来てるし、介護保険を利用してる方の中では
75歳と言う年齢からすれば、元気な方の部類に入るらしい。

2回目にお薬を補充に行った時は、父は施設に出かけていなかった。
お薬の箱を見たら、木曜日の朝のお薬が残ってるじゃん。
施設に行く準備をしてて、お薬を飲み忘れたんだな。
パーキンソンはお薬の飲み忘れや、勝手に飲むことを止めたりすると
症状が進行してしまう場合があるそうなので、飲み忘れは要注意なんだよね。

3回目の時は、ちゃんと合っていた。
だけどそれ以降、2.3日置きにお薬のことは聞くようにして
先月は抜き打ちで、様子を見に行ったりしている。

パーキンソンとしては、今のところ心配なことはない。
お薬の飲み忘れだけは、気をつけないといけないところなので
雨降りなんかで、父に1日会えないときは、電話を入れてチェックしている。
物忘れに関しても、年齢相応とも言われたので、今のところは心配はないようだけど
義弟のそれに慣れてしまって、父の変化を見落とすことが怖いなと思うから
やっぱり要注意事項だな。

父がやりたくないことを、つい私がやってしまいがちなんだけど

「何もかもを娘さんがやってしまうと、状態が悪化することもあるから
 自分で出来ることは自分でやって、今の状況を維持することが大事です」

先日もケアマネさんに言われたっけ。
千葉で一人暮らしの主人の父、義父も、最近物忘れがひどいと言っていた。
義父も、自分で気がついてることなので、やっぱりメモを取ったり
何かを使ったら、必ず元の場所に戻すようにと気を付けているらしい。
義父にも、父にも、できる限りは
一人でがんばってもらってた方が、良いということだな。

明日もお薬補充の日。
さてさて、ちゃんと合っているかしら?


・・・・・ん?先ほどデイから帰ってきた義弟くん。
ただ今夕飯を食べてるところだけど、なんだか臭い・・・・・
今日デイで、排便があったらしいから、今日明日は排便デーかな。

食ってて、するなよ。。。

恵まれてる。。。

2008.12.03 (Wed) 義弟との日々の出来事

昨日の夕方、役所(福祉)のMさんから電話が来た。

「階段用リフトなんだけどさ~、どんな感じなのか、見に行ってもいい?」

このMさん、同年代ということもあって、とてもフレンドリー。
だからこちらも、気を遣わずに済む。
役所に用事があったとき、福祉にも顔をだして、Mさんがいれば話をしてくるんだけど

「聞くことしか出来なくてごめんね~」
「何かもっといい方法が見つかったら連絡するからさ~」

また障害者担当のDさんも同じ。
若い方で大人しい方なんだけど、こちらの問い合わせにはすぐに対応してくれるんだ。

我が家はありがたいことに、役所(福祉)の方もケアマネさんも
良い方に恵まれたのだと思う。

義弟の高次脳機能障害がわかった当時、この障害のこともあまり知られていなかったし
役所にも何度か相談に行ったけど、受付で断られると言う感じで
何の方法も見つからず、結果的には自分で勉強して自己流のリハビリを続けてきた。
でも今年に入って、私自身に限界が来て、もう一度役所の福祉課を訪ねたら
対応がまったく違っていた。
高次脳機能障害が知られたこともあっただろうけど、受付をしてくれた方も
担当してくれた方も、何か方法はないかって、探してくれて
「根っこの会」と言う、脳の病気で障害を背負った方が
リハビリとして通うセンターを見つけてくれた。
結果としては、センターに通い始めてすぐに、義弟の症状が悪化しだしたから
3週間通えなかったけど、センターの所長さんのおかげで病院も紹介してもらえて
担当してくれたケースワーカーさんも、一気に症状が進んで行く義弟を見て
いろいろな方法を考えてくれて、身体障害の等級変更も出来たし
介護保険も利用出来るようになったんだよね。

身体障害の等級変更と、介護保険の申請を同時にやったけど
その認定が降りてくる前に、義弟が転倒して救急車騒ぎになって
頭部を7針縫って1泊入院した時も、面談を受けた時や診断書書いてもらったときより
状態も症状も悪化してたから、ケアマネさんに連絡したら役所にも連絡した方がいいって
言われて、連絡したら、退院の日に役所から介護保険と障害者担当の方が
様子を看に来てくれて、訂正書類を出してくれることになって
結果的に『要介護3』の認定が降りて、身体障害は2種5級から1種2級に変更になった。

1種2級の認定が降りたら、いろいろ手当がもらえることも全部教えてくれたし
その手続きは大変だったけど、今はその結果待ちの状態で
一つは返事が来て、今月から支給された。
経済的に余裕がない我が家にとっては、これは本当に大きい。

同じマンションで、介護保険を利用してる方がいるけど
話を聞いたら、ケアマネさんによっても違うらしい。
新人さんだったり、あまり勉強してない方だったりすると
利用できる物があることを説明されなかったり、聞いてもわからなかったりで
その方は役所に苦情を言ったそうだ。

我が家はマンションの5階で、エレベーターがない。
自力歩行の不可能な義弟を抱えて、5階までの昇り降りはそれはそれは大変な作業になる。
通所できる施設を探す時に、ここがネックになったけど
階段用リフトをケアマネさんが探してきてくれたおかげで
階段下での送り迎えが条件で、通所可能となった。

「もしリフトがなかったら、どうなってかわからないよね」
「いや、もしなかったら、今頃僕が焦ってました」

なんて、笑い話にもなってるし、今月来月は4泊5日のショートステイも
2月は1週間取れたと言って、これも昨日の夕方連絡が来た。

「1週間取れたの?嬉しい♪」
「1週間あったら、お義姉さんもずいぶん楽でしょう。がんばりましたよ」

って、気遣ってくれる。
それに我が家は、ご近所さんの力も大きかった。
義弟の場合、自発がないから、何も言わなければ何もしない。
身体の筋力もどんどん衰えて行ったから、少しでも筋力を付けさせようと
無理矢理にでも、1日2回外に放り出していたけど
外で転倒したり、けいれん発作を起こしたりした時
『緊急連絡先カード』もかなり役に立ったけど、ご近所さんが連絡をくれることもあった。

「がんばって、歩きなよ~」

なんて、声かけしてくれた方もいたし、外での様子を見て教えてくれた方もいた。
最初は義弟の話だけ聞いて、誤解をしてた方も
だんだんと理解をしてくれて、協力してくれた。

今義弟の介護は大変だ。

「これくらいのことを苦労と言っててどうする?まだ俺の親父も、お前の親父もいるんだぞ」

主人と二人、いつもそう言ってお互いを励ましてるけど
介護って、家族だけで背負ってはいけないと思う。
介護される方もする方も孤独になっちゃうもん。
今の時代、ご近所付き合いが少なくなってるけど、ご近所さんの力は大きい。
ネットで知り合って、逢ったこともない方でも、理解を示して応援励ましてくれたりする。
そして、我が家の場合は、わんこの力も大きい。

うん、そう考えると、我が家は恵まれてる。。。
自分がいっぱいになると、忘れがちなことだけど
感謝する気持ちだけは、忘れてはいけないよね。。。

今日も。。。

2008.12.02 (Tue) 義弟との日々の出来事

今日も今日とて、義弟の無駄な動きは炸裂しとります。

朝は起こすと同時に、掛け布団を剥いでしまうから、起きざるおえない義弟くん。
が、起き上がるまでに時間がかかることもあるんだけど
デイに行く日は、比較的すんなり起き上がってくれる。
でもこの後が問題なんだよ。

「パジャマのズボンを脱ぎます」
「は~い」

と返事して、膝までズボンを下ろしたところで、靴下に気がつく。
冬になると義弟は寝るとき、足が冷たいので靴下を履かせてるんだけど
ズボンを途中まで下した状態で、靴下を脱ぎ始める。
でもこれはまだ良い方、前にも書いたけど着替えは一つずつ確認してないと
上着を袖を通しただけ、ズボンは膝まで上げただけで、本人は着替えたつもりになって
リビングに出てこようと、移動が始まっちゃうからね。
で、靴下を脱いだ後、ズボンを脱ぐのにも、今度は違う物に次々意識が飛ぶ。
敷いてあるタオルを気にしたり、お布団を気にしたり・・・・・ラジバンダリ・・・・・となる。
何度も声かけしたり、その手を払いのけたりしながら、やっとズボンを脱いだ。
脱いだパジャマのズボンを、たたんでお布団の上に置いたんだけどね。

「次は、おむつを脱ぎます。おむつを脱ぎましょう」

で、膝まで下したおむつ、その状態で辺りを見回した義弟は、またおむつを履く。

「弟くん、おむつを脱ぐんです」
「はい」

と言うと、また膝まで下して、辺りを見回して、また履いてしまう。

「おむつを脱ぐんです」
「わかってるよっ!」
「じゃあ、なんでまた履いちゃうの?」
「えっ?」
「えっ?じゃなくて、おむつを脱ぐんです」
「わかってるよっ!」
「じゃあ、おむつを脱いでください」

と、また膝まで下して、辺りを見回してまたおむつを履いた。
どうするのか見てたら、今脱いだパジャマのズボンに手を伸ばす。

「それは今脱いだんでしょ。今はおむつを脱ぐんです」
「わかってるよっ!」

と言いながら、手はパジャマのズボンを取る。

「だからこれは今脱いだのっ!おむつを脱ぐんです」
「わかってるって言ってんだろっ!」
「じゃあ、なんでそれを取るの?」
「えっ?・・・・・」
「ほら、弟くんは意味もなくそういうことするの。だから言われたことを言われたとおりに
 やってくれれば、それだけでいいんです。おむつを脱いでください」
「はい」

と言って、おむつを膝まで下げて、またパジャマのズボンに視線が行っておむつを履いて
手はパジャマのズボンに伸びるので、その手をまた払いのけた。

「いってぇ~なぁ~」

義弟にとっては痛いのかしら?ただ払いのけてるだけなのに、毎回痛いと言うんだよな。

「痛いと思うなら、もうやめて。それは今脱いだの。今はおむつを脱ぐんです」
「わかってるって言ってるだろっ!」
「わかってるなら、なんで余計なことしてるのっ!さっさとおむつを脱いで」
「いいんだよっ!」
「よくないから言ってんの」
「いいんだよっ!」
「じゃあ、パジャマのまま濡れたおむつ履いて出かけるの?」
「えっ?・・・・・」

本人なにか考えて行動してるわけじゃないんだろう。
ありがたいことに、デイに行くことは楽しいようだから、これでその動きはやめた。
で、パジャマを義弟の視界から見えないように、リビングに持ってきた。
が、今度はおむつを膝まで下げた状態で、ハイハイして移動開始。

「何をするの?」
「えっ?」
「動く必要はありません。おむつを脱いでください」
「はい」

と言いながら、移動が始まる。
この状態でオシッコされたら、後片付けが大変だ。
タオルまで抱えて移動させて、おむつを外して、新しいおむつを渡して

「おむつを履きます」

と声かけして、ズッシリ重くなった紙おむつを、ベランダのゴミ袋に入れようとしてる
私の行動をずっと見てるので

「私が何やってるかはどうでもいいんです。おむつを履いてください」

たぶん動いてる物に、視線が飛ぶだけなんだろうな。
私をジッと見続けてるから

「おむつを履くんですっ!」

使用済みおむつを片付けながら、様子を看てたら、今度はその紙おむつを
開いて押して、ひっくり返して手で伸ばして、結局後ろ前反対に履こうとしたので
「もうこりゃいかん」と思って、紙おむつは履かせた。
やってもらえるとわかった時点で、義弟は動きも止まるし、意識は別な方に飛ぶ。

「弟くん、おむつを履くんです。余計なことはいいから、足上げて」

と言わないと、まったく身体を動かそうとか、履けるように手伝おうとかはない。
おむつを履かせた後は、パジャマの上を脱ぐように言うんだけど
これも似たようなことを繰り返しながら、やっとこさ脱いでトレーナーを渡す。
今度はトレーナーに袖だけ通して、また移動が始まる。

「弟くん、トレーナーをちゃんと着てください」
「あ~」

で、着終わったので、ズボンを渡そうとしたら

「これで満足なんだろ」

朝から、この一言でカッチ~ンと・・・きたぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!

「何よ、その言い草。私は弟くんがフルチンでいようが、素っ裸でいようが関係ないんだよ。
 私が満足するために、着替えをするんじゃないでしょうがっ!」

と怒ってしまったら、義弟は私の顔を見てニヤニヤと笑い出した。

「何笑ってるの?私を怒らせて、そんなに嬉しい?人を怒らせて楽しんでんの?」
「・・・・・」
「指示を出さなくちゃ着替えも満足に出来ない、オシッコうんちも人の世話になってるくせに
 人を小ばかにするのだけは、ホント一丁前だよね」

朝から、またやってまった。
けど、終ってしまえば、義弟は忘れるんだよね。

「ねえねえ恵子ちゃん、これはなに?」
「ポタージュスープ」

コーンスープとかポタージュスープが好きだから、朝はインスタントだけど必ず出してる。
ニコニコと食べ始めたよ。

これを打ちながらも、洗面所に移動させたり、声かけは続けている。
ダウンを着て、さっきからチャックをするように言ってるんだけど
またまた無駄な動きが始まってて、なかなかチャックが出来ないでいる。
最初が出来ないと、途中で別なところに意識が飛んじゃうらしい。

今、電話が来たじょ~♪
さて、電話が来たら、義弟もチャックが出来たみたい。
朝の戦闘は終結!

義弟はデイの日、私はのんびりまったりデイの日さ~♪ 

違い。。。

2008.12.01 (Mon) 義弟との日々の出来事

老人のなる認知症と、義弟の認知症・・・
どう違うって説明すればいいのか?ちょっと考えてみた。

たぶんだけど・・・
通常で言う認知症は、だんだんと何もかもわからなくなり
いろんなことが、出来なくなっていくんだろうと思う。
義弟も忘れるという意味では、そうかもしれないけど
義弟を看ていてふと思ったのが、本人にやろうという意思が働けば出来るように思う。

普段ドリルとかを渡しても、ボーッとしてるか、寝てるかだけど
時々、1ページくらいは鉛筆を動かしてる時がある。
答えが合ってるかどうかは問題じゃなく、考えようとする意思が働く時はあるみたい。

無駄な動きが多い義弟だけど、こちらの言うことを聞こうと言う意識があれば
言われたとおりにちゃんと動ける時もある。

極々稀なときだけどね。

このやろうと言う意思・・・良い方に動いてる時はまだいいんだけど
悪い方に動くと、人を小ばかにしたことをやり始めたり
私が看てないとき、いないときを狙って、やるなということををやったりする。
だからわかっていて、やるときもあるってことなんだけどね。

先日もパジャマに着替えるとき、無駄な動きの多い義弟に何度も声かけをしてた。

「弟くん、ズボンを脱ぎます」
「タオルはいいんです!ズボンを脱ぎます」

「は~い」と返事だけして、いつまでも敷いてあるタオルをいじっていた。
こういうとき、タオルから手を離してやらないと、いつまでも触ってるんだけど
離しても、離しても、「は~い」と返事して、またいじくり出す時もある。

「だから、タオルは触らないの!」

と、手を払いのけると、今度は大げさに「痛い、痛い、痛い」と騒いだり

「いってぇ~なぁ~、何すんだよっ!」

と逆切れされる時もある。
で、その後、ふてくされたなと思うと、今度は小ばかにした発言が始まる。
私の言った言葉を、そのままオウム返ししてくるんだな。

「ズボンを脱ぐんです」
「ズボンを脱ぐんですぅ」
「だからズボンを脱ぐの」
「ズボンを脱ぐのぉ」

カチンとくるけど、ここはガマンするんだな。
ニヤニヤ笑いながら、オウム返しはしてくるし、黙ってると他に意識が飛んだりするけど
一応ズボンを脱ぎ始めるからね。
その後、おむつ交換が終るまではオウム返しは続くけど、そこまではガマンして
おむつを履き替えたところで、私は反撃に出ます。
義弟のおちっこでズッシリ重くなった紙おむつを、つまんで持って
義弟の目の前に持って行き

「自分のオシッコの処理も出来ないで、私にやらせてるくせに
 私を小バカにすることだけは、一丁前なんだな」

これで、義弟は一瞬固まるのだ。
こういうときは、言われたことがちゃんと理解出来てるんだと思う。
その後は言われたとおりに、しかも義弟にしてはさっさと支度が整うからね。
ま、翌日にはこの出来事も忘れてるから、また同じことをするんだけど。

老人の認知症を看たことがないから、わからないけど
義弟はわかっていて、やることがあるってことだな。

大げさに痛がったり、大げさに避けたりすることもある。
この前は、デイに行く準備をしてるとき、玄関で階段用リフトに移動させようとしていた。

「立ってください」

と声をかけたんだけど、いつまでも靴を触ってる。
今までは紐靴だったんだけど、この前のショートステイの時
リハビリシューズを買って、マジックテープの脱ぎ履きしやすいものに変えたら
今度は、そのマジックテープをつけたりはがしたりしてて、人の話を聞いてない。
で、時間もないから、その手をまた払いのけたら、なぜか頭を手で覆って

「痛い、痛い、痛い」

と大きな声を張り上げた。
玄関先で、ドアも開いてるんだよ。
これを人が聞いたらどう思う?それをわかっていて、やったんだよ。

「ねえ、なんでそんなに大げさなの?手を払ったのに、なんで頭を隠すの?」
「えっ?」
「人が見たら、虐待だと思うよね」
「そうだね、アハハ」

そうだね・・・と来たもんだ・・・しかも笑ってるし・・・
だから、わかっててやってるんだよね。

こういうことには、頭が回るんだよ。
でも前に似たような話をしたとき、ケアマネさんから言われた。

「介護経験者はわかってますから、虐待とは捕らえないですよ」

って。。。
そう考えると、普通に認知の方もやるってことか・・・

私には私のやり方でしか、介護は出来ないから、まあいいや。。。



話は変わるけど、そう言えば、先週また麻生さんが問題発言したよね。
麻生さんにようの思ってる人も、たくさんいるとは思うけど
一国を背負う首相が、自分の旧友を例に出して言うことかね。
誰が好き好んで、ヨボヨボになるかっちゅうの!
「俺様的」に自分のことを思ってるから、あんな風に人を見下すことが出来るんだろうな。
68歳になっても、所詮は金持ちのお坊ちゃまってことなんでしょう。

なんだか、老人の医療費削減に躍起になってるようだけど
そんなことよりも、安楽死・尊厳死の法律を整えたら
医療費の問題も、介護問題も解決につながるんじゃないの?

主人も私も、思ってることは同じだけど

「俺がもし憲児みたいになったら、頼むから殺してくれ。
 あんなになってまで、俺は生きていたくない。頼むから殺してくれ」

でも首絞めたら、犯罪ですよ。

「けんちゃんは何もわからなくなっちゃうけど、私の気持ちもあるからね。
 まだ生きていてほしいと思ってるうちは、生かしとくかもしれない。
 でも私に限界が来た時は、犯罪者になってあげるよ」

もちろんこの逆も同じことで、最近こんな話をよくする。

いろいろ問題もあるんだろうけど、正常な判断が出来た時の本人の意思と
それをずっと看てきた家族に限界が来て、決断が出来るなら
安楽死・尊厳死を認めようよ。。。と私は思う。。。

診察日。。。

2008.12.01 (Mon) 義弟の病院・病気と症状

今日は脳神経外科の診察日。
義弟の今の状態を診てもらった方がいいのかどうか迷ったけど
連れて出かける手間を考えたら、やっぱりやめた。
担当医に診てもらったところで、何か変わるわけではなく
今の状態だと、お薬だけもらえればいいわけだから、私一人で出かける事にした。

7時に義弟を起こして、おねしょの洗濯と着替え食事まで終らせて

「弟くんのお薬をもらってきます。ハミガキは帰ってきてからするから、座って待ってて」

そうは言うけど、動くなと言っても動くのが義弟なので
可哀想だけど、最近はリビング以外には行けないように
柵をして、その柵が動かないようおもりをして、出かけることにしている。
拘束になるのかもしれないけど、勝手に動いてケガをされたり
余計な手間が増えることを考えたら、これしか方法がない。

8時に家を出発、8時半の予約だった。

まずは家での様子を話して、今現在は週3回の通所と
月に1度、今月からは4泊5日のショートステイを使っていることを話した。
それから、尾てい骨の少し上の部分、仙骨部というらしいけど
ここが床ずれのようになってしまい、時々赤くなったり皮が剥けたようになること
左くるぶしも同じように、タコのようになっていて、これも時々赤く剥けること
またお尻の座ってる部分、ケツッペタとでも言いましょうか・・・
ここもずっと座っているので、皮膚は真っ黒になっていて、カユイらしく
おむつの中に手を突っ込んで、掻きむしるので血が出ることもあること
それを説明して、その部分をデジカメに撮って行き、診てもらった。

くるぶしと仙骨部には、『アズノール』 ケツッペタには『レスタミン』が処方された。
くるぶしと仙骨部は、今はきれいになってるので、様子を看るけど
ケツッペタは今日から、寝る前に1日1回添付することにした。
なにしろおしっこしてる、おむつの中に手を突っ込んでおケツ部分を掻くんだから
その手をは不潔極まりないもんね。
そのたびに、濡れタオルを用意して手を拭くように言うけど
看てないときはどうしてるの?ってことだもん。
カユミがなくなれば、それもなくなってくれると信じよう。

もし今後MRⅠを撮らなければいけないときが来たら、こういう場合鎮静剤と打つんだって。
動くなって言っても動くんだもん、そういうことになるんだろうな。

「本人を連れて来たほうがいいですか?」

と聞いたら、私の話だけでだいたいの様子はわかるから
連れて出るのは大変だろうから、私だけでいいって言われた。

介護保険は、最初半年で更新時期が来る。
来月その更新がくるので、今月また審査がある。
なので、また担当医の診断書が必要になるので、届いたらお願いしますと頼んできた。

「介護保険を使って、少しでも介護の負担を軽減してくださいね」

担当医は、この先どうなるか?ってわかってるのかな?
それとも、もう未知の世界なんだろうか?
今はもう、脳腫瘍と高次脳機能障害というよりも、認知症との闘いだもんね。

これからは、お薬をもらいに行くだけの通院になりそうだ。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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