。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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早朝に。。。

2008.11.25 (Tue) 義弟との日々の出来事

わんこのお散歩してて、思い出した。
昨夜寝る前、最後の義弟の悪態。。。

「明日は出かける日です」

デイの前日、寝る前にいつもそう言うんだけど

「何時に出発?」

と聞いてくるときがある。
いつもは8時半と答えてるんだけど、昨夜もそう聞いてきたので試しに

「いつも何時に出発してますか?」

と聞いてみた。

「う~ん・・・・・・・・・6時?」
「じゃあ、6時と思って準備して下さい」
「そんなこと言うなら、明日俺は6時に起きるからなっ!」

なんとまあ、挑戦的な物の言い方をすること。
だいたい6時に出発で、6時に起きてたんじゃ間に合いませんがな。

「起きれるなら自分で起きてください。その方が助かります」
「あ~、ぜってぇ~起きてやるからなっ!」
「そうしてください。おやすみ」

相手にしてても、こっちの気が滅入るだけだからね。
あっさり聞き流して、和室を閉めちゃった。
何が気に入らなかったんでしょうか?
自分じゃ、6時は早めの時間と思って言ったんだろうけどさ。
確かに早めの時間だけどさ、どう答えたら満足だったんでしょうか?
なんでも人頼りにしてるのに、なんでこう口だけは達者なの?
毎朝のように、特大寝しょんべんをして背中まで濡らしてても
あんなに大量の排便をしてても、お布団の中で寝ていられる方が
起こされなくちゃ起きれない方が、時計だってまともに読めない方が
自分で6時に起きれるわけがないっちゅうの。

いいよな~、どんなに悪態つこうが、憎まれ口叩こうが
言った本人は朝になれば、自分の言ったことなんかすっかり忘れて
いつものように、やってもらえるんだからさ。

ただ今午前7時を過ぎました。

「ぜってぇ~、6時に起きてやる」

と言った義弟は、起きてません!当たり前か( ̄m ̄*)

さ、そろそろ戦闘開始と行きますか!
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晩酌前に。。。

2008.11.24 (Mon) 義弟との日々の出来事

今日の愚痴を書いちゃおう。。。

今日も1日、立つなと言ってるのに立ったり、ゴミ拾いをしたり
いろいろと意味のない行動が多かった。

12時少し前、私が朝昼兼用の食事をする時、義弟に昼食を出した。
義弟が好きな肉まんにしたんだけど、レンジでチンして出したら

「恵子ちゃんがおにぎりでも食べるのかと思った。どうせ俺のじゃないと思ってたから」

なんじゃそりゃ?
だいたいの時間を決めて、朝昼晩と食事を出してるけど
寝てるときが多かったりすると

「もうごはん?」 とか 「また食べるの?」

なんて言うときもあるし、空腹感て感じてないのか?とも思う。
朝食は8時頃に出してるけど、今日はお腹が空いたという感覚があったのか?

夕食が終って、私がお薬を持ってくるのが少し遅くなった。
気が付いたら、また移動し始めてた。

「何してるの?」
「えっ?」
「なんで座布団外してるの?」
「これには訳があるんだよ」
「どういう訳があるの?」
「もういいよっ!」
「訳があるって言うから、聞いてるんでしょ。どういう訳?」
「もういいっ!」

その後、何度聞いても返事もしないし、口も効かない。
確かに訳はあったんだろうけど、説明が出来ないのか?忘れたか?
どっちかだろうとは思うけど、ふてくされたいのはこっちだよ。
そして、今度は寝るとき・・・

「弟くん、和室に行きます」
「なんで?」
「寝る準備をするから」
「あ~、俺の顔なんか見たくないから、さっさと和室に消えろってことか」
「誰がそんなこと言ったのよ!寝る準備をするって言ったんだよ!」
「あ~、そうですかっ!」

私の介護は、義弟に言わせるとイジメらしいから
被害妄想があるのはわかってるけど、こういう言葉はやる気を失くすよ。
時間がないときや、おむつ替えであまりにも時間がかかる時は介助するけど
出来ることは自分でやらせるのが、私のやり方。
だけど今日はおむつを膝まで上げて、おケツ丸出し四つん這いの格好で

「ねえ、恵子ちゃん。おむつ上げてよ」
「自分で上げなさい。何でも人にやってもらおうとするな」
「なんだよっ!今日は自分でやれって言うのか」
「いつもやってることです。自分で出来ることは自分でやるの。当たり前のことだ」

ひねくれてみたり、ふてくされたり、甘ったれてみたり
43歳の男に言われても、可愛くないんだけど・・・

何はともあれ、今日も終った。
明日はデイの日だぁ~♪

w( ̄Д ̄;)wワオッ!

2008.11.24 (Mon) 義弟との日々の出来事

世の中は3連休のようですが、我が家はいつもと変わらずです。
土曜日の夜も主人は夜勤だったし、今日もいつもどおりに仕事に出かけました。

我が家は運送業、いつもと同じように仕事をしていても、売り上げは変わらないのに
燃料高騰の煽りは今も続いていて、燃料代だけで毎月10万以上余計に出費があるし
確定申告をすれば消費税も払わなくちゃいけない。
今年で言えば、収入は変わらないのに、消費税分支払いが増えたってことです。
我が家の場合、主人が彩佳の教育費のために必死に稼いだら
教育費じゃなくて、税金に持っていかれたと言う感じ。
消費税を含めたら、前年度と収入は変わらずで月20万近く出費があるということで
休んでる場合じゃありません。

麻生さんが、一人12000円の給付金を出すとか言ってるけど
義弟のおむつ代や施設の1ヶ月分の支払いで、全部消えるだろうね。
サラリーマンの年収が、2000万円だなんていう経済観念の方に
小市民の本当の生活の苦しさは、わからないだろうと思う。
ま、いただける物はいただくし、介護保険も使っているし、それで楽にはなったけど
政治に全然期待はしていない我が家です。

またまた排泄の話になるので、お食事中の方は読まないでね。

週1回通所が始まった頃まで、私の用事が済んでから義弟を起こしていたから
朝は10時半から11時ごろ起こして、夜は8時から9時ごろに寝かせていたんだけど
週3回の通所になってからは、朝は7時から遅くとも8時には起こして
夜も7時から8時には、お布団に入れると言う生活パターンに変えた。

前にも書いたけど、義弟に意思表示はない。
排泄をして気持ち悪ければ、トイレに行く前に私に言ってくれと何度も言ってきたけど
「おしっこ出た」 「うんちが出た」とは一度も言い出したことはない。
飲みたい、食べたい、トイレなどなど、したいことがあるときは
勝手に動き出しては転倒したり、途中で何をするのか忘れて、余計なことを始める。
逆に悪臭を放っているから、こちらから聞いても

「出てない」

と言い張る。
で、結局今ではおむつの中を確認することにした。
排便があったときは、言って欲しいと思うのだけど、ケアマネさんが言うには
出た瞬間はわかってるんだろうし、その瞬間は違和感もあるらしい。
でもその状態にすぐに慣れてしまって、排便したことも忘れるんだって。

「弟くん、うん○出てるよ」

と言っても、義弟の口から出る言葉は

「え~?うそ?!」
「出てないよ」
「そう?」

こんな言葉しかないから、ケアマネさんの言うこともうなずけるよ。

昨日は主人が夜勤明けで、朝7時少し前に帰って来た。
そのまま一杯飲んで、9時ごろから午後2時から3時ごろまで睡眠を取る。
主人のおつまみを出した後、私はシャワーを浴びた。
前にも書いたけど、朝お風呂に入る方が私の行動として都合がいいからね。
お風呂から上がって、7時半過ぎに義弟を起こしに行ったのだけど
義弟はすでに目を開けていたのだけど、和室を開けたとたんにものすごい悪臭がした。
お布団を剥いでみて、そりゃあ驚いたのなんのって・・・

シーツは茶色く大きなシミが出来てるし、おむつの中に手を入れてるし・・・
排便しちゃってるんだけど、今までで最大級だった( ̄ロ ̄lll)

「おむつの中から、手を出しなさい!」

と手を引っ張り出した。
あ~、今日はけんちゃんがいて良かった・・・

「けんちゃん、手伝って。私一人じゃ無理!お風呂に連れてって」

すぐに来てくれた主人も、さすが驚いてたよ。
ものすごい悪臭と、シーツの茶色いシミと、エンジ色のパジャマだったけど
ズボンにシミがクッキリ出来ちゃてるし、和室で着替えは無理と判断。
この有様じゃ、お尻は大惨事になってるのは見なくてもわかる。

考えてみたら、昨夜寝る前にお腹が痛いと言ってたけど
トイレはいいと言ったから、連れて行かなかったんだよね。
と考えると、お布団に入ってすぐに排便があったのか?
私は自分の睡眠重視にしてるから、夜中のおむつ替えはしてない。
本人ぐっしょり濡れていても、まったく気にせずしっかり寝ちゃってるし
おねしょ防止もいろいろやったけど効果がない。
おねしょでグッショリ濡れてても、排便してても
起こした時は、お布団被って自分じゃ絶対起きてこない。
毎朝は排泄の処理の時に、こんな状態でよく寝ていられるなって不思議だもん。
これが認知ということなだろうけど・・・

「弟くん、座らないでよ。四つん這いになっててよ」

すぐに主人が義弟を立たせたんだけど、お尻に大便のシミが出来ちゃってるから
どう抱えようか?悩んでた。
で、外したシーツのきれいなところを使ってお尻部分に巻き
主人がお風呂場まで連れて行った。

おむつを入れるビニールを用意して、私はすぐに手袋装着。
お風呂に入れて、ズボンを脱がせおむつを外してまたまたビックリ!
お尻から前の部分まで、大便がビッシリ詰まってる。
下痢はしてなかったから、はみ出すことはなかったけど
数回の排尿で、エキス?が流れ出てパジャマや肌着、シーツまで茶色くなったんだな。

義弟の股間は、大便だらけだったので
主人が一緒にお風呂に入って、義弟を洗い流してる間に
私は使用済みのおむつの片づけをして、おねしょシートの交換やお布団の処理
シーツやパジャマ、肌着をとりあえず水洗いして、すぐに洗濯機に放り込んで
着替えとバスタオルを用意して、洗面所で待機してた。
大便のシミは、太陽さんに当てると消えてくれる。
昨日はお天気も良かったので、太陽さんも顔を出してくれてたし
大便のシミは、きれいになくなった。。。自然の力はすごい。。。

お風呂から上げた義弟を、主人がバスタオルで拭いて着替えさせて
リビングまで連れて行ってくれて、食事を出した。

「俺、酔いがすっかり醒めちゃったよ」
「だろうね~、それにしてもすごい量だったね~(笑)」
「あ~、俺もビックリした~(笑)」
「今まではあの1/3くらいの量だったから、今日はビックリした~」
「宿便が出たのかな?」
「月曜日から4日間くらい、毎朝してたんだよ。量は少なかったけどね」
「これをお前一人じゃ、大変だな」
「量は少ないけど、一人でやってるさ」
「まあ普通の女は出来ないかもな」
「あそこまですごかったのは初めてだ。一人だったら、泣いてたと思うわ」
「だろうな~」
「今日はけんちゃんがいて、良かった~」
「今日のは一人だったら、全部終らせるのに1時間ぐらいかかるだろうな」
「拭くだけならそうでもないけど、お風呂に入れなくちゃいけないときは30分くらいはかかるよ」
「まあ、しょうがねえけど、イライラはするな」
「でしょ~、恵子ちゃん、エライ?よくやってる?」
「よくやってると思うよ。一人じゃ大変だ」
「そうでしょ・・。じゃあ、イイコイイコして」
「はいはい、イイコイイコ」

・・・って、お子ちゃまかよ!
これが私達夫婦のコミニケーションですな(^m^*)
でもこんな愛情表現がなかったら(。-_-。)ポッ、義弟の面倒は見られませんって。

あれだけ大量の排便を済ませた義弟は、さっぱりしたらしい。
その後義弟の洗面ハミガキも終らせ、ホッと一息。

「さて、レトルトのカレーでも食べようかな」
「お前、カレー食べるの?」
「うん、レトルトだけどね」
「お前も図太くなったね」
「えっ?あ~、排便の後のカレーってか(='m')くすくすっ♪」
「究極の選択。うん○味のカレーとカレー味のうん○、どっちがいい?」
「どっちもヤダよ!カレー味のカレーを食べます」
「高田純次が、ラジオでいつも言うんだよな~」

一人で排便処理をした後は、とてつもなく消耗しちゃっうけど
主人と二人だと、笑って話せるんだから、面白いよな。

今朝はさすがに排便はなし、ありがたいことにおねしょもセーフ。
昨日あれだけ大量の排便があったから、しばらく排便処理から開放されるかしら?

洗面ハミガキ後、まだ義弟が自分で買い物に出かけていた頃
自分で新横浜までバスに乗って買いに行った
【脳を鍛える大人の読本】 や 【脳を鍛える計算ドリル】の中から
今までのと違う計算ドリルを渡したら

「恵子ちゃん、これ買って来てくれたの?」
「それ弟くんが自分で買ってきたものでしょ」
「え~、俺こんなの買ってきてないよ」
「でも弟くんの書棚から、出してきたドリルですよ」
「でも俺は買ってない」
「そう、それならそれでいいけど」

否定してもしょうがないからね。
本人が違うというなら、それでいいことだ。

「眺めてるだけじゃなくて、計算して少し脳みそ動かしなさい」
「は~い」

と返事はしたけど、やっぱり眺めてるだけで、そろそろおネムの時間らしい。

義弟の認知症は、老人の認知症とは違うと担当医にも言われた。
どこがどう違うか説明しろと言われると、言葉では説明が出来ないけど
たぶんこういうことだろうなと思う会話とか、行動がある。
高次脳も関わってるしね。

なつがいなくなって、さらに実感した。
もし我が家に今、エリーがいてくれなかったら
私はやっぱり義弟の介護は出来ないと思う。
介護もあって、わんこの世話も大変と思うかもしれないけど
わんこの世話だって、癒しの一つになるんだよね。
主人も同じことを言うけど、エリーへの愛しさが増せば増すほど怖くなる。
エリーに何かあったときの自分たちがどうなるか?

やっぱり我が家には、四女が必要だって・・・
良いめぐり逢いがあるといいな~。。。

最近の義弟。。。

2008.11.22 (Sat) 義弟との日々の出来事

悪性脳腫瘍と高次脳機能障害のリハビリをしながら
その中で、私達家族の選択していく道と愚痴(ほとんど愚痴だけど)を
綴っていたはずのBLOGだけど、今は脳腫瘍からは離れて
認知症の介護の愚痴BLOGになっちゃったな。
どっちにしても、愚痴BLOGか・・・( ̄m ̄*)

最初は優しい気持ちを持っていても、長くなればなるほど
気持ちや感情は変わっていくものです。

余命2年と宣告されてから、8年8ヶ月。
我が家に来て、今月の30日で丸7年が過ぎる。
脳腫瘍はすっかり影を潜めて、けいれん発作も起きなくなった。
けいれんって、脳の伝達がうまく行かない時に起こると聞いているけど
物を考えるから、伝達がうまく行かないことに反応するじゃないかと思う。
今だって、義弟の脳の伝達はうまく行ってない。
口から出る言葉と、行動はまったく違うことをしていているけど
考えてやってることではないんだと思う。
目に付く物、手に触る物に興味が行くけど、実際動き出すと
自分が何をしようとしたか忘れるから、途中で動きが止まり
また目に付いた物、手に触れた物に興味が移る。

言われたことは、それをやろうと言う意識が働けばそれなりに出来るけど
別なことに意識が飛んでいると、返事はしてもまったく違うことをしているし
何度も同じ事を言うと、反復作業のように言葉を繰り返すけど
行動はまったく違うことをやっているので、意識は別な所にあるのだと思う。
こういうときは、まったくこちらの言ってることは通じない。

パジャマから洋服に、洋服からパジャマに着替えるときも
上着を脱いだら次に着る上着を渡す、ズボンを脱いだら次に履くズボンを渡す。
と言うようにしないと、上着は手だけ通して、ズボンは膝まで履いた状態で
本人は着替えが終ったと思い込むらしい。
トレーナーを履こうとしたり、上着を着ても左袖を通し忘れたりするので
一つずつちゃんと脱ぐように声をかけ。着たのを履いたのを確認しながら
次に着る物を渡していく。
おむつを脱ぐと言う作業中に、次に履くおむつに意識が飛んで
おむつを探し始めたりするので、履いてたおむつを膝までおろした状態で
丸出しのまま、ハイハイしながら移動が始まることがある。
おむつ交換の時、目を離すとその状態で排尿してしまうこともあるし
排便があった朝は、油断するとお尻に便をつけたままその場に座ってしまい
シーツやタオルの上が大惨事になるから、おむつ交換の時は目が離せない。
ならば介助してしまった方が早いだろと思う。
介助することは簡単だし、時間がなければもちろん介助してさっさと履かせるし
排便のあるときは、全部私がやるんだけど
でもこれも義弟の、時間をかければ出来ることの一つ。

義弟には、意思表示がない。
言葉で意思表示することは、まったくなく動き出す。

「何をするの?」

と、こちらが聞かないと、自分の意思は伝えてこないし
聞いても 「トイレ」 か 「別に意味はない」 と答える。
高次脳のリハビリをしてるときからだけど、時間の経過もわかってないし
そもそも時計を見るということが、今はほとんどない。
自分の名前と、お誕生日は言えるけど、今日が何月何日何曜日かはわかってないし
この前年齢を聞いたら、37歳と答えた。

「一人で立たないでよ」
「私のいないときに移動しないで、そこに座っててよ」
「そこから動かないでね」

つかまるところがない場所で、自力で立ち上がることは不可能で
何度も転倒しているから、お散歩に出るときなどは必ずそう声をかけるのだけど
帰ってきたら転倒していたり、移動していたり、普段でも立とうとしてるときがある。

「何をするの?」 「何をしたいの?」

と聞くと、しばらく考えこんで

「別に・・・」
「だったら立ちません。座ってください」

そう言って、すぐにまた立とうとするけど、同じ返事しかしないで何度も繰り返す。
一度立とうとする行為が始まると、しばらくは目が離せなくなる。

今義弟に意味があって出来ることは・・・
寝ること、食べること、時間をかければ着替えられること、靴を履くこと。
寝ること以外は、本人にやらせるためには、すべて見守りが必要だけどね。

そして、私が一番苦痛と感じているのは、やっぱり下の世話。
便意はあるようでトイレに行こうとはするけど
「トイレ」 と言った時には、もう出ちゃってることが多い。
これもうっかりして、トイレに入られちゃうと、トイレの中や義弟の身体は大惨事となる。
まずおむつからこぼれ落ちた便が落ちてる、便座カバーは便だらけになる。
おむつの端に便が残っていても、関係なくおむつを引き上げるので
背中まで便がすり込まれた状態になる。
何度もノックして、やっとトイレから出てきた義弟のおむつ内を確認しようとして
私の手にも便が付着する、こうなるともうお風呂で流すしかない。

排尿は、時々尿意はあるようだけど、ほとんど感覚なく出ちゃってるんだと思う。

介護をしてる方なら、どこでも同じだと思うけど
排泄の処理に始まり、排泄の処理で終る1日。

朝義弟を起こすと同時に、まずシーツの確認をする。
ほぼ毎日おねしょをしてるので、シーツは濡れてる。
厚手のおむつやパッドも使ってみたけど、あまり役に立たなかった。
おねしょシートを敷いてるので、お布団を濡らすことはない。
女性は一ヶ所だけど、男性の場合、寝る格好によって向きが変わるからかな?
と私は思っているのだけど、今日はおねしょしてないとホッとしても
起き上がろうとしながら、ふと動きが止まるとシーツがジワーッと濡れてくる。
その様子を見てると、はあ~今日もか・・・と思ってしまうので
最近はもうおねしょの予防策を考えるのはあきらめて
洗濯すればいいと思うようにしている。

お布団をはがしたときに、あの匂いがするときがある。
口臭のときもあるんだけど、寝てる間に排便する時がある。
3日から1週間に一度の排便だけど、排便が始まると2日から3日くらいかけて出るので
毎朝便の始末しなくちゃいけないとときもある。
排便した状態で、座ってしまうから、お尻は便だらけになる。
おむつを外して、おいなり系からお尻の穴まで拭いてる最中に
「ブ~ッ!」と屁をされる時もあるし、便が出てくることもある。
これを朝からやられると、かなり消耗する。
洗面ハミガキの最中にも排便がある。
洗面所でおむつ交換をしてる時にも、屁をされるし便が出てくることもある。
それが終って、リビングのいつもの場所に座らせるんだけど
買い物を済ませて、ホッとしてる時に限って、また動き出しトイレに行こうとするので
おむつの中を確認すると、また排便がある。
まだ出るかと思って、トイレに座らせても出ない。
が、本人は 「出た」 と言う、けどしばらくするとおむつの中に出ちゃってる。
こういう日は、1日義弟の排便処理に追われるから、排便デーと名付けた。

それでも週3回、デイに通うようになって、ずいぶん楽にはなった。
楽にはなったけど、イライラはする。
家にいるとき、日中はテレビを見せることはない。
計算ドリルやデイでもらった漢字などのプリントや、ケアマネさんが持ってくる
小雑誌を渡しておく。
計算するとか漢字をやるとかはない。
それらを開いて眺めて、閉じて移動させて、ファイルをいじってたり
小雑誌を眺めてたり、鉛筆と消しゴムを触ってたりするか、寝ている。
覚醒してる時は、これにプラス動きが出てくる。

この前も気が付いたら、キッチンのところにつかまって立っていた。

「何してるの?」
「アイス食べようと思って」
「アイスなんて買ってないから、ないよ」
「あるよ」
「ないって、買ってないんだから」
「俺が買ってきたんだよ」
「???いつ???」
「う~ん・・・・・・・10日くらい前、トレッサで買ってきたよ」

一瞬返事に困ってしまった。

「一人で歩けないのに、どうしてアイスを買いに行けるの?お金もないでしょ?」
「えっ?」

と言ったきり固まって、しばらくしたら

「トイレに行こうと思ったんだよ」

って・・・

昨夜は夕食に準備中、私はガスを使っていたからキッチンから離れられない。
ふと見たら、またテーブルにつかまって立ち上がっていた。

「弟くん、一人で立たないで。座って」

火を使ってるから、キッチンから声をかけるしかない。
なんで立ってるのか?聞いても、別に意味はないって言うし

「どうでもいいから、座って!また転びます。座ってください!」
「は~い」

返事だけして座らず、一旦ガスを切って座らせようと思ったら
移動しようとして、結果転んだ。
中腰から転んでるので、コロリンという感じだったから、ケガをしたわけではないけどさ。
寝てることの多い義弟だけど、時々1日覚醒してる時があって
こういう日は、動きがあるから、気が抜けなかったりする。

今週の火曜日、デイに行く日の朝。
この日も朝から排便があり、便意があったようなんだけど
トイレに座らせる時間がなかった。

「弟くん、トイレは施設でします。フリースを着てください」

フリースを渡して、私も準備に追われていた。
音がして見にいくと、フリースに右手だけ通して立ち上がってる。

「立たないで!ちゃんとフリースを着てください」

と座らせるんだけど、「は~い」と返事だけして、また立ち上がる。
これを何度も繰り返したので、ついイラッとして

「座って着てって何度も言ってるでしょ!」

って、ちょっと乱暴に椅子に座らせたら、ちゃんと座れてないかったようで
転げ落ちてしまい、落ちる時に洗面台に左アゴをぶつけてしまった。
こうなると、今度はこっちが落ち込む。
義弟はもうふてくされてしまったし、こっちの気分はブルーに入る。
もしかすると腫れてくるかもしれないので、職員さんにぶつけたを話したら
うっかり涙がこぼれた。

「お義姉さん、大丈夫ですよ。よくあることですから、落ち込まなくて大丈夫」

そう励まされた。

今日はデイに行く日。
今朝も、フリースを着るのにバトルになった。
洋服を着る時、義弟は左袖を通すことを忘れることが多い。
今朝も左袖を通さずに、ファスナーを上げてしまう。

「弟くん、左袖を通してから、ファスナーをします。左袖を通しましょう」

ファスナーを外して、左袖を通すように言うんだけど
またファスナーをして、隙間から左手首だけ出してる。

「だから、弟くん。ファスナーは後、左手を袖に通しましょう」
「は~い」

が、またファスナーをする。
これまた何度も同じことを繰り返す。

「弟くん、左手を袖に通します。わかる?」
「わかってるよっ!」
「わかってるのに、なんで先にファスナーしちゃうの?」
「わかってるからいいんだよ」
「良くないの!左袖を先に通してください」

で、またファスナーを外して、袖を通すように言ってるところに電話が来た。
電話が終って、様子を見たらまたファスナーをしてる。

「だからね、弟くん!左手を先に通すの、わかる?」
「わかってるよっ!これには理由があるんだよっ!」
「どんな理由があるの?教えて」
「えっと・・・ファスナーを先にしないと、出かけるときファスナーが出来なくなるんだよ」
「じゃあ、左袖はいつ通すの?」
「出かけるとき、こうやって隠せばいいんだろっ!」

ファスナーの隙間から出してた左手首を、フリースの中にしまった。
それで着たことになるのか?
こいうやり取りを笑って過ごせるほど、私に気持ちのゆとりはない。
もう電話が来たから、玄関に移動しなくちゃいけない。

「なんだかよくわかんないけど、電話が来ました。玄関に行きます」

で、結局介助して、フリースを着せて、今日もニコニコと出かけて行った。
朝から私とバトルすると、施設での職員さんの優しさがありがたいだろうね。

さてさて、買い物に出かけて、午後からは呆けてようっと!

ショートステイ。。。

2008.11.09 (Sun) 義弟との日々の出来事

2週間以上も放置という状態になってしまい、すいませんo( _ _ )o

yukariさん、何度もコメントいただいてるのに
お返事もできないままで、本当に申し訳ないです。

義弟のことを書く前に、我が家の三女愛娘のなつのことを少し・・・

実は、↓の【ラジオで。。。】の記事を書いた直後
なつの目の異常に気が付き、翌日の夕方には
なつは両目の視力を失ってしまいました。
検査の結果、リンパ腫が目に転移。
そして、視力を失くしてから4日後の10月29日主人が帰るのを待って
午後7時15頃、なつは私達夫婦の腕の中で息を引き取りました。
思い出すのは、目が見えなくなった後のなつのことばかり・・・
なつはもうお骨になってしまったけど、確かにこの部屋になつはいた。
先週の今頃は・・・って考えると、涙が溢れてどうにもならない。
幸いなことに、我が家にはエリーがいる。
この子のために、泣いてばかりではいけないと思う。
エリーに対する愛情も、今まで以上に膨れ上がる中で
ヒシヒシを寂しさも湧いてきて、自分が引きこもってしまうんじゃないかとも思った。

このままじゃいけないと思って、ペットショップを数件回って
コーギーの子犬に逢いに出かけたけど、めぐり合うことは出来ず
思い切って部屋の模様替えをすることにした。

リビングと和室を義弟が使っていたので、私たちは物置として使っていた6畳近い部屋を
女中部屋と称して、セミダブルのお布団が敷ける程度のスペースを作り
寝室兼居間代わりとして使っていた。
窓も半分つぶれていたので、昼間でも暗かった。
今となっては、義弟が寝るのは和室、日中はリビングで過ごさせることで
昼夜の区別をつけさせていたけど、結果としては日中も寝ていることが多い。
主人とも相談をして、リビングと和室にかなりの荷物やタンスを移動して
女中部屋を広く使えるように、私一人2日かかりで模様替えをした。

なつを亡くしたばかりだけど、これならいつでも子犬を迎えられる。
最初の頃はコーギーはなつだけでいいと思っていたけど
その気持ちは、なつの状態が悪化してから少しずつ変わった。
なつのことを忘れることは絶対にないけど、同じ犬種を迎えたら
その子を通して、なつの思い出を常に語ることが出来て常に思い出すことが出来る。
そう考えたら、もう一度コーギーを家族に迎えたくなった。
なつの治療費のこと、彩佳の大学の学費、義弟の通所費用と
出費が重なっているので、いつ子犬を迎えられるかはわからないけど
そう思えたら、少し気持ちが軽くなった。

わんこを亡くして、もう2度とこんな別れはしたくないと
わんこと暮らすことをやめてしまう人もいる。
なつを亡くしたことは悲しいけど、なつはそれ以上の物を遺してくれた。
わんこのいない生活は、やっぱり考えられない。
なつを亡くして、エリーオンリーになってしまうことも怖い。
多頭飼いを経験していると、なにか物足りない感じもする。
最後に目が見えなくなって、不安な思いをさせて、息を引き取る寸前まで
苦しませてしまって、そればかりを思い出してしまうけど
そうじゃなく、同犬種を迎えることで、なつの子犬の頃のこと
なつのクセや仕草を、その子を通して楽しく思い出すことの方が
なつは喜ぶんじゃないかと思えるようになってきている。

そんな2週間でしたが、義弟の介護に休みはありません。
いつものようにデイに通っていたし、家での介護も続いていたけど
なつが息を引き取った日は、デイには行かない日でした。

なつの最後の時が近づいている中で、義弟に食事だけ出した後は
もうなつのそばから離れられなくなり、私はなつの両前足をしっかり握り
主人はずっと、背中からお腹の辺りをなぜ続け、なつの名前を大声で呼んでいた。
最後の瞬間、なつは今まで聞いたことのない鳴き声で
「クゥ~、クゥ~、クゥ~」と3回くらい鳴いて、大きく後ろにのけぞった。
そのなつを私がしっかり抱え込んだ瞬間、なつの息は止まってしまった。
その後も口をパクパクと2回、主人がなぜていたお腹がポコポコと2回動いて
なつの動きは完全に止まってしまったけど、その後も私達夫婦は
なつの名前も泣き叫んでいたから、その声は部屋中に聞こえていたと思う。

どれくらいその時間を過ごしたかわからないけど、義弟の食事も終わり
ふと見ると、こちらの様子を伺ってるように見えた。
義弟にお薬を出し、親しい方やマンションのペットの会、ご近所さんに連絡を取った。
主人に義弟の寝る支度を頼み、すぐにお別れに来てくれると言う方もいらしたので
なつをきれいにしようと抱き上げたら、なつの最後のおしっこが私の太ももの辺りにジワ~ッと。
今もその暖かさは、私の太ももに残っている。
うんちくんもきれいに拭き取り、ハウスの中に眠らせる準備をした。

「弟くん、なつのこと聞いてきた?」
「なにも」
「教えなくていいの?」
「わざわざ知らせることねえよ。憲児が聞いてきたら言えばいい」

あれだけ絶叫していた私たちの声にも、真っ赤に泣きはらした主人の顔を見ても
お骨を抱えて戻った時も、義弟は何も聞いてこなかったし
なつがいなくなったことにも気が付いてないのか?
今でも、なつのことはまったく口にしない。
エリーよりも可愛がっていたなつだったけど、なつがリンパ腫になったことも
忘れてしまっていたし、エリーとごっちゃになっているときもあった。
目が見えなくなり、それでもトイレに行こうと音と匂いと肉球の感触と全身の感覚を使って
フラフラと歩くなつを見て

「なつぅ~、お前はいつも元気だな~」

と言ったり、寝ているエリーを見て

「エリーちゃんの病気、大丈夫なのか?」

と主人に聞いたこともあったらしい。

週3回の通所、家にいるときはほとんどを寝て過ごしているし
エリーも女中部屋にいることが多いから、エリーの存在さえも忘れかけているような気がする。

昨日から、義弟の2泊3日初のショートステイ。

「弟くん、明日から2泊3日で施設に泊まるからね」
「泊まり?」
「そう泊まり」
「へえ~、カッコイイ~♪」

そんな反応を見せた義弟。
ショートステイの初日は、家族同伴で来るように指示があった。
朝10時20分過ぎにお迎えが来たので、私は後ろから車で着いて行った。

到着後、大きくてきれいな建物にちょっと驚いた。
想像していたよりも、明るくて、フロアも広々としていた。
デイケアのフロアとショートステイのフロアは、別になっていたけど
義弟と同年代の方もいらっしゃると言うことで、少し安心もした。
その後受付で説明を受けて、簡単な健康診断を受けた。

「Aさ~ん、ちょっと立ってこのベッドに移りましょう」

さすがにプロだ。
義弟のペースで、ゆっくりと動くように指示を出してたけど
義弟はボーッとしていて、やってくれるのを待っている。
これを家で私がやっていたら

「ボーッとしてないで、この足を動かしなさい!」

大きな声を出し、足をポンポンと叩いているところだ。
最初は黙って見ていたけど、我慢しきれず

「弟くん、左足を動かしましょう。ボーッとしてやってくれるの待ってちゃダメなの」

つい言ってしまった。
その後は、ジッと私の顔を見つめ始めた義弟に

「私の顔を見ててもダメ。ちゃんと話を聞いて」

そう言うと、職員さんが

「お義姉さんの顔見てると、安心するんじゃないの?」

と言って下さったけど、そうなんだろうか?
その後も職員さんの誘導は、本当に優しい。

「弟くん、ここはいいね~。みんな優しいから、居心地がいいんじゃないの?」
「そうなんだよね~」
「家にいたら、私に怒られてばっかりだもんね」
「ここはいいよ~」

とニコニコ笑顔で言う物だから、その場にいた職員さんみんな笑っていた。

「Aさん、そろそろお昼ご飯だけど、先に食べちゃおうか?」
「いや~、まだそれほどでも・・・」
「でも弟くん、朝バターロール2個とコーンスープしか飲んでないよ」
「あ、そっか~・・・じゃあ、食べようかな」

よく認知の方は、食事をしたことを忘れてまた食べたがると聞くけど
義弟の場合は、お腹が減ると言う感覚があまりないらしい。
が、出されれば好き嫌いなく食べるが、そのおかずが自分の好みでなかったり
食べる意欲がなくなると、遊び食いが始まるので、そのことも伝えた。
朝晩のお薬についても、包装したままだと出す時に落として失くしてしまったり
まとめて口に入れると、いつまでも口の中で転がしていることも伝え
小皿に移して一粒ずつ飲むよう指示を出してもらえるようお願いした。
万が一お薬を落としてしまった場合も、極端に言えば3日お薬を飲み忘れても
問題はないと担当医に言われているので、飲めなくても良いことも伝える。

それから義弟が泊まる部屋に案内されて、持ってきた衣類の確認。
肌着だけは毎晩取り替えてもらい、洋服は2日に一度着替えていることも伝える。
お風呂は火曜日と金曜日なので、今回はお風呂はなし。
火曜日が通所日なので、その時に入ることになる。
寝かせておけば、1日中寝てしまうが、それでも夜も寝る。
足が丈夫だったら徘徊したかもと思ったりもしたけど
おそらく何度か目は覚めているとは思うけど、週3回の通所が始まってからは
夜中に動くことはなくなったことも伝えた。
日中はリハビリも行ってくれて、ゲームなど娯楽もあるということで
お昼寝時間を作った方がいいかとも聞かれたけど、日中は起こしておいた方が
夜はグッスリ眠ってくれると思うと伝えると、日中はなるべく起こして
夜は睡眠を優先させ、夜中のおむつ交換はせず
朝7時前後には起こして、トイレに誘導してくれることになった。
義弟が「トイレに行きたい」と言った時は、排便の時であることも伝えたが
日中は時間でトイレに誘導し、本人が行きたがったときも連れて行ってくれるそうだ。

食事は、8時・12時・18時の3回。10時にコーヒーと3時におやつが出るんだって。

最後に、施設のケアマネさん、理学療法士さんからの説明を受けて終わりとなる。
これで義弟とは別れることになるので、食事をしている義弟を見たら
両隣におばあちゃんが座って、一緒に食事をしていたのだけど
これがまた、すっかり溶け込んでいることにも驚いた。

「弟くん、私帰るからね。月曜日までここで泊まりだよ」
「うん、わかった」

食事をしながら返事をしたんだけど、その食事の内容も素晴らしい。
私の拙い料理を食べてるより、栄養もしっかりしてるんだし
職員さんは、義弟のペースに合わせて気長に対応してくれるし
やる方だってとっても優しいし、こりゃ義弟にとっては快適だと思った。

家にいるよりも、かなり充実した1日を過ごせるし
義弟も楽しいと言ってるのだから、それが一番だ。
契約も交わして、次回のショートステイは12月6日から10日まで
6日は土曜日なので、通常通り9時前後のお迎えになる。

身体の方はずいぶんと楽になったけど、まだなつのいない生活に慣れていない。
今だって、ふとしたことでなつを思い出しては、泣けてしまう。

そんなわけで、この状況に慣れるまで、もう少し時間がかかりそうです。。。

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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