。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

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ラジオで。。。

2008.10.24 (Fri) 思うこと

ラジオのニッポン放送は、我が家では話題のネタにもなっているし
まだパソコンのことをよく知らない頃、ラジオを聴いては投稿したりして
ラジオ出演もしたことあるし、投稿した記事を読まれたり
プレゼントに応募して当選したりと、一時期ハマっていたこともある。

最近も時々聴いて、時々投稿はしていたけど、そう度々読まれるものでもない。

「ちょっとラジオを聴いてみろ」

この水曜日、主人が早朝に電話をしてきてこう言った。
すぐにラジオを聴くと、ある歌が流れてきた。

「詩の内容をよく聴いてみろよ」
「ん?なにこれ?弟くんのこと?(笑)」
「そう聞こえるだろ?俺は、この歌を聴くと、腹が立つんだ」

ここから書くことはあくまでも、私一個人の独断と偏見での意見です。
受け取り方は、人それぞれ様々だと思うので。。。

主人があまりにもこの歌に激怒していたので、全部の内容を知りたくて検索したら
歌詞の内容がHITしました。
それがこちら↓、興味のある方はご覧ください。
手紙~親愛なる子供たちへ~

義弟は言葉も通じなくなってきているが、どこかで自分は障害者だから
自分は出来ないのだから、看てもらうのは当たり前
やってもらって当たり前的な部分を持っている。
それに不満を感じると、今でも屁理屈や憎まれ口となって言葉に出す。
この歌詞の一部分だけ聴いた時、その義弟と重なってしまった。
でも全部の内容を読んでみて、私の受け取り方は

お前たちを育ててやったのだから、老後の面倒を看るのは当たり前!

そう言ってるように受け取れた。
これから、老人介護の問題が増えていく中での、ラジオでの問題提起だったのかもしれない。
賛否両論、いろいろな意見が投稿されて、読まれていた。

「感動した」
「優しい気持ちになれた」
「介護を経験して、子供に迷惑をかけないようにと思ったが
 もっと子供に、甘えてもいいのかもしれないと思った」

などなど

「子育てと親の介護は、次元が違う」
「おしつけがましい」
「聴きたくない」

などなど、こういう投稿をされてる方は、介護経験者が多かった。
主人とこの歌に関して激論を交わし、投稿してみようと言う事になって
主人の双子の弟の介護をしていることを説明、今の状態等を簡単に書き
私なりの意見も書き、水曜日の日中投稿したら、翌木曜日一部を抜粋して読まれました。

認知症の介護は、優しい気持ちを持ち続けていられる程
生易しい物ではありません。
認知症の介護の大変さを知った今だからこそ、私はこの歌を2度と聴きたくないし
我が子に聞かせたいとも思わない。


前日まで毎日流されていたらしいこの曲、木曜日は流されませんでした。

穏やかな認知の方もいらっしゃるでしょう。。
「ごめんね」「ありがとう」だけは忘れない、認知の方もいらっしゃるでしょう。

でも看る側は疲れます。疲れればイライラもします。
看られる側が、この歌詞のような当たり前的な気持ちを持っていたら
看る側のイライラが、看られる側には不満になることだってある。
それが暴言となることだってある。その暴言に看る側がどれほど傷つくか・・・

介護をする中で、自分を支えてくれる物。
一番大事なのは、家族の理解と協力、思いやりだと思う。
それ以外で、私が義弟を介護しながら、思うこと。
私と義弟の過去の楽しい思い出は、まだ元気な頃に2.3度一緒に旅行したことぐらいで
義弟のことを、まったくと言っていいほど知らない。
私が義弟を知ったのは、我が家に同居してからのことだけだ。
でもバツイチで子供のいる私と、主人との付き合いを主人の両親に
猛反対されていた時、義母と義姉に会うチャンスをくれたのは義弟だった。
義弟が我が家に来たから、なつも我が家に来てくれた。
そして何より、主人の大事な双子の弟。
この3つが、義弟を介護する時、ふと優しい気持ちを取り戻させてくれてもいる。

これが自分の親の介護として考えたとき、それはまさにこの歌の通り
小さかったときのこと、反抗期だった自分、そして子供が生まれてからの
両親との関わりなどなど・・・

だからこの歌、看る側の気持ちとして歌詞を少し替え
タイトル『手紙~親愛なる両親へ~』だったら
私はこの歌に励まされ、優しい気持ちを取り戻すために
何度も聴いた歌だったに違いないと思うと、残念でならない気持ちもする。

お前は何様じゃ!ってことで、勝手な意見を書きました。。。
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約2週間ぶりです。。。

2008.10.23 (Thu) 義弟との日々の出来事

義弟は、普通に話をすると極当たり前の言葉が
どんどんわからなくなってるように思う。
わからないというよりも、言われていることが頭に入らないという感じかな?

「弟くん、パジャマの上を脱ぎましょう」
「は~い」

と返事をしながら、やってることはゴミ拾い。

「弟くん、パジャマの上を脱ぐんです」
「は~い」

と返事をして、今度は敷いてあるタオルをいじりだす。
着替えは見守りがあれば、時間はかかっても自分で出来ることなので
なんとかやってもらいたいと思うから、見守り続けている。
朝は着替える洋服、夜はパジャマを義弟の近くに置いておくと
そちらに気を取られてしまうので、私がそれを持ち脱いだら渡すというやり方にしたのだけど

「なんでパジャマをそっちに持ってくんだよ」
「洋服を脱いだら、渡します」
「どうしてそういうことをするかな~」
「だから脱いだら、一つずつ渡すから、先に脱いでください」
「こっちに寄こせよ」
「だから、脱いだら渡すから、先にズボンを脱ぎなさい」
「・・・・・」
「ズボンを脱ぎます」
「・・・・・」

今度はカーテンが気になって、いじりだす。
私もずっと義弟に付き添っていられない時もある。
キッチン仕事をしながら、洗濯物を干しながら、様子を看てるのだけど
うっかりすると、一度脱ぎかけたパジャマの上をまた着てしまったり
着替える服を渡すタイミングを外すと、一度脱いだ服をまた着てしまってたり
履き替えたおむつを、また脱いでいたり・・・
カーテンを開けたり閉めたり、タオルに付いているわんこの毛を拾い続けたり
何度声かけしても、行動できない時は介助してしまう。
特にデイに出かける日は、時間との勝負になる。
早めに起こして、それなりに行動できる時も極稀にあるけれど
毎回時間ギリギリになってしまう。

夕方のわんこのお散歩の時は、無駄だとわかっていても必ず

「弟くん、私がいないときは動かないでね。そこに座っててよ」

何度も言い聞かせて出かけるのだけど、戻るとそこにいない時がある。

「何をやってるの?」
「・・・・・テレビ・・・・・」
「テレビは壊れてるから、点かないって言ったでしょ」
「えっ?そうなの?」
「何度も言ってますよ」
「・・・・・ゴミ拾ったり・・・・・」
「ゴミは拾わなくていいです」

わんこの毛や糸くずなど、目に付いた物を拾っては、別のところに投げたり
テーブルの上に集めては、また下に落としたり・・・
先日は、パジャマに着替えた後、自分の引き出しを開けようとするので

「引き出しは、片付けたから、勝手に開けないでください」
「明日は会社に行くから、準備しなくちゃ」
「会社に行くの?」
「だってⅠ家(私の旧姓)と合併するんだろ?」
「Ⅰ家と合併?」
「Ⅰ家とA家(今の姓)が合併するから、会社に行かないと」
「そうなんだ。会社に行くなら、今日は早く寝なくちゃね」
「うん」

・・・って、主人と私の結婚式のことを思い出して、仕事がごっちゃになったのか?
思わず噴出してしまいそうになって、女中部屋で主人と笑ってしまった。

憎まれ口も相変わらずだ。
言葉が通じなくなるというのは、やっかいなことだと思う。
何度同じことを言っても、義弟の頭の中には入っていかない。
この前のデイに行く時、家事に追われてちょいと忙しかった。
洗面所に移動するように言って、様子を看ながら

「立ったら転びます。お尻で移動して」

と声をかけ続け、急いで今やってることを終らせていた。
が、なつが横になってるその脇で立ち上がろうとしたので、こっちがあわてた。
今のなつに、機敏さはないし、食べてないので、力もない。

「立たないでって言ってるでしょ!なつが横にいるのに、転んだらどうするの?!」

と怒鳴って、手が濡れたままだったけど、そのまま介助して洗面所に連れて行った。
座らせてからの第一声が

「俺はもう、ヒゲの剃り方も、ハミガキの仕方も忘れた」
「あ~そう。じゃあ、ヒゲも剃らなくていいし、歯も磨かなくていいです」

久々にお子ちゃまのケンカ勃発だ。

「俺はもうどんどん何も出来なくなるんだよ」
「出来なくなるってわかってるなら、出来るように努力してください」
「俺は出来ないんだから、やってもらわなくちゃダメなんだよ」
「出来ないことを偉そうに言わないでください。やってもらって当たり前じゃないんだよ」
「出来ないんだから、しょうがねえだろっ!」

この日は頭が冴えていたらしい。
と言うか、こういうときだけはしっかりと言い返してくるんだよな。

「悪いけど、私は弟くんの母親でも女房でもありません。弟くんの、兄貴の嫁です。
 やってもらって当たり前と思ってる人を助けようという気にはなれません」
「あ~そうですかっ!」
「靴下の履き方くらい覚えてますか?靴下を履いてください」

そう言って、靴下を渡すと靴下は履いていた。
しばらくボーッとしてたけど、ハミガキくらいはさせないと口臭がきつい。

「ハミガキもしないで、出かけるの?臭いよ」
「ハミガキくらいするよ」

そう言って、ハミガキを始めた。
ヒゲはデイでお風呂の時にお願いしようと思い、そのままそこで待つように言った。
電話が来て、リフトの準備や出かける支度をしてる最中に

「恵子ちゃん、ヒゲ剃りたいんだけどシェーバー取って」
「もう時間がありません。ヒゲの剃り方忘れたんじゃないの?」
「髭剃りくらいできるよ~(笑)」

もうさっき自分が言ったことは忘れてるんだな。

季節は秋、これから冬になると、明るくなるのも遅くなる。
義弟を起こす前に、どうしてわんこのお散歩に出たいから
戻ってから起こすことになるので、どうしても7時ごろになってしまう。
木曜日のデイは近いので、迎えの時間が30分遅いから
7時でも間に合うのだけど、火曜日と土曜日は7時ではギリギリになってしまう。
結局良い方法が見つからず、洗面所で待たせているのだけど
何度もお水を出しては手を洗ったり、電気を点けたり消したり
立ち上がって移動しようとしたりと、まあ忙しく動いてくれる。
今日は出かける日、イライラしても始まらない。
あともう少し、あともう少しと自分に言い聞かせて、やっと送り出す。

認知って、こういうものなんだろうな。
やらなきゃいけないこと、やってもらいたいことは、なかなか出来ないけど
やらなくていいこと、やってもらっては困ることばかりに
せっせと精を出してくれて、余計な手間を増やしてくれる。

「憲児は長生きするぞ。だってストレスがねえもん。下手すりゃこっちが先だ」

もちろん怒られたり、主人は時々イラつくと手を挙げてしまう時があるから
その一瞬はストレスを感じるかもしれないけど、すぐに忘れて笑っていたりする。
一日ボーッとしてるか、寝てるか、気になったことにはせっせと精を出すけど
こちらがやってもらいことがなかなか出来ない時は、全部介助してもらえる。
時間になれば、食べる物は出てくるしね。
食べることを忘れないうちは、生きていけるんだろうな。
脳腫瘍は、活動休止中。
身体も老化してるのだから、進行も遅いかもしれない。

ま、先のことを考えてもしょうがない。
今目の前の現実を、一つずつ処理してくしかないよな。


なつは今のところ、安定してると言えるかな。
先週の月曜日には、首のしこりがパンパンに膨れ上がり
呼吸もやっとで獣医さんも厳しい状態と思うほど、なつの状態は悪かったけど
火曜日なって、なぜか首のしこりが小さくなり始めて、呼吸を確保することが出来ている。
不思議な現象に、獣医さんも首を傾げるほど・・・
食べたいと言う意欲はあるようだけど、食べたい物が見つからず
今は高カロリーの栄養チューブを、数種類混ぜ込んだ物を
スポイドで口に含ませて、日に数回飲ませ、それで生きてるようなものだ。
うんちくんもユルユルなので、毎回お尻を洗ったり
ダッコをして、外をグルリと歩いてきたりしています。
口から物を食べてないわりには、身体は動くようで家の中では走ったりもする。
でもフラついているときもあったり、グフグフと苦しそうな時もあったり
ちょっとした変化にも、一喜一憂している毎日です。
とにかく口から何か食べて欲しいと、試行錯誤してるところ。

手術をしても余命2年と言われた義弟が、今年で9年目。
しかも脳腫瘍としては、安定している。これは奇跡としか言えないと思う。
なつのしこりが小さくなったのも、なぜかわからず不思議な現象。
我が家に、第二の奇跡が起きてくれればいいと、楽観視は出来ない中で
少し期待も持ちつつ、毎日を過ごしています。

そのような状態なので、不定期な更新になると思います。

**********************************************************

yukariさん♪
コメント返し出来なくて、ごめんなさい。
今はこんな毎日を送っています。

しばらく。。。

2008.10.11 (Sat) 義弟との日々の出来事

義弟は今週から、火・木・土の週3回通所が始まりました。
そのせいか、家で動きが出始めてしまったため
立とうとすることも多くなり、外に出ることは出来ないけど
家の中を移動していることも多くなってきました。
家の中だけのことなので、見守りをしていますが
私が外出してる時に、動くことが多くなってしまい
少々困ったりもしています。

8日にケマネさんが来たのですが、義弟もケアマネさんに慣れてきたらしく
ケアマネさんの問いかけにも、反応が鈍くなり始め、返事もせず
目が泳いでるときもあり

「次の更新は、介護4になるかもしれませんね」

と言われました。
義弟の場合は、今後がどのようになっていくかが想像できませんが
悪くなることはあっても、良くなる見込みはないために
ケアマネさんからも、家での介護は限界があると言われ
また限界が来てからでは遅いということもあるので
特養老人ホームの申込みだけでもしておいたらどうかと提案されました。

というのも、来年4~5月に新しく開所する施設があるそうで
今申し込んで、もし受け入れとなったとしても来年の夏ごろになるとのこと。
既存の特養だと、数年待ちの場合もあるので、申し込みだけしておけば
その時の状態で、もう少し家で看るということでも構わないらしい。

「憲児さんの場合、来年の夏には寝たきりになってる可能性もありますよね」

家で限界を向かえてから、特養に入所となると面会もなく
預けっぱなしの場合もあるらしい。
そうなる前に入所出来れば、看る側も優しい気持ちで接することが出来ると思うと
ケアマネさんからの提案だった。

「けんちゃんは自分の手元に置いときたいんじゃないの?」
「まあ、そうだけど・・・」
「いいの?申し込んでも?」
「実際問題お前が看てるわけだから、お前の負担を軽くすることが優先だろ」

もちろん経済的なことも関係してくるのだけど、主人と話合い
申し込むことにしました。
義弟の障害者年金の認定が降りるかどうかも関係してくるけど
申し込んでおかないと話にもならないし、ある意味保険にもなるかな。
我が家だけで費用を負担するのではなく、義父や義姉にも頼んで
少しで足してもらってもいいかもしれないと言い出している。

どうなるかはわからないけど、少し気持ち的に楽になった。

今週から、なつの状態が悪くなってしまいました。
出来る限り、ずっとそばに付いててやりたいと思っているので
しばらくネットはお休みさせていただきます。

yukariさん、サトシさん。
コメント返しが出来ず申しわけありません。
いろいろなことが落ち着いたら、また復活してきますので
これからもよろしくお願いします。

進行。。。

2008.10.04 (Sat) 義弟との日々の出来事

義弟の認知症状は、徐々に進んでいるように思う。
今年の6月までは、時間がかかっても自分のことは自分で出来ていたのに
わずか3ヶ月ほどで、ここまで進んでしまうとは誰が想像してただろう。
こちらの方は、その進行に着いて行けずにあたふたしてしまって
その都度、どう対策を取ればいいかを考えながらの毎日だ。

排泄に関してが一番の問題になっているのだけど、ここ最近
おむつを外してしまうときがあり、さらにおむつを履かないでズボンを履く。
私のいるときにやるなら、注意のしようもあるけど
夜中やわんこのお散歩、用事があってちょっと出かけてるときにやられると
うっかり気が付かないときもあるので、排尿は垂れ流しになってしまう。
おむつの中にも、よく手を突っ込んでいる時があり、その手の臭いを嗅いでる時もある。
今はまだ排尿だけだからいいけど、排便した時にやられたらと思うと悲しくなる。

今週デイサービスの体験入所をしてきて、来週からは
デイケアが火曜日と土曜日、デイサービスが木曜日と週3回に通所が決まった。
今週は、1日おきに出かけたせいか?家にいるときに動きがあって困った。

火曜日には、なつの状態が悪化してしまい、急遽病院に連れて行き
抗がん治療をすることになり、義弟がデイから戻り食事をさせた後
着替えを終らせてから、なつのお迎えに行くことにした。
かわいそうだとは思ったけど、和室に閉じ込めるような形を取り
さらにキッチンに入れないよう柵もして

「弟くん、ちょっと出かけるけど和室にいてね、和室から出ちゃダメだよ。
 一人で立たないこと、わかった?和室から出ないでね」

そう何度も言い聞かせたけど、覚えてるはずもなく
家に戻ると、案の定和室から出て柵もどかして、つかまって立っていた。

「なんで、立ってるの?一人で立っちゃダメって言ったでしょ?」

抗がん治療をしてきてるので、なつの世話を先に済ませてる間に転倒。
また身体にアザが出来てしまった。
 
昨日は夕方、お散歩から戻ってビックリ!
リビングでスウェットを脱ぎ、おむつも脱いで、フルチン状態でいた。
しかもその状態で動いたらしく、絨毯の上におしっこまで・・・
私のお気に入りのラブの絨毯・・・敷いてた私が悪いのだけど・・・

「なんで、おむつ脱いでるの?」
「○×□△※・・・」

何を言ってるかわからなかったけど

「おむつは脱いじゃいけないの!絨毯の上にしちゃってるじゃないの!」
「あ~そうだね~(笑)」

おむつも履かずに、スウェットを履こうとするので

「おむつを履いてから、ズボンを履きましょう」

義弟が動き出すと、本当に目が離せなくなってきた。

今日もデイの日。
8時半から40分くらいに電話が来るので、それに合わせて支度が終るようにして
洗面所の椅子に座って、電話が来るまで待つように言っている。
今日も8時半少し前に終ったので、そこで待つように言って私の方も準備をしていた。
と、水道を出す音がする。

「弟くん、用もないのに水道は出しません。座って待ってて」
「は~い」

と、今度はガタガタと音がする。
あわてて見に行ったら、今度はトイレのドアに手をかけてる。
便意があるのかもしれないけど、今トイレに座られたら間に合わない。

「弟くん、トイレは施設に行ってから入ります。洗面所で座って待ってるの。わかった?」
「は~い」

椅子に座らせて、また準備に取り掛かると、また水道が出る。

「弟くん、立ち上がらない。水道も出しません。座ってて」
「は~い」

で、また水道が出る・・・これを何度か繰り返しているところに、電話が来た。
電話で話してる最中に、また立ち上がりトイレの前に出てくる。

「弟くん、一人で立ち上がらない。転んだらまたケガするでしょ。座って待ってて!」
「座って?」
「そう、さっきから座っててって何度も言ってるでしょ?トイレには入りません」
「は~い」
「座っててよ。もう電話が来たから出かけます。座って待っててください」
「は~い」

玄関に行き、階段用リフトの準備をして戻ってみたらいない。
トイレに入ってるし・・・鍵をかけられたら、もうアウトだ・・・すぐにドアを開けて

「トイレには入りません。もう出かけます。ここで待ってて」

私の準備が出来てないから、あわてて準備をして玄関に移動させた。
朝の動きとしては、電話が来るまで洗面所の椅子に座っててくれるのが
一番楽なやり方だけど、違う方法を考えた方がいいかもしれないな~。

少し早いと思ったけど、天気も良いので日向ぼっこも兼ねて
早めに下に降りて、バスを待つことにした。

それでも昼間、義弟を気にしなくてはいいのは気持ちがとっても楽だ。
11月に続いて、12月は4泊5日でショートステイの決まった。

義弟の方は、少し見通しが付いてきたところで
なつの状態が悪化し、おそらくは内臓転移だと思われます。
水曜日の点滴治療を最後に、抗がん治療も痛い注射も嫌いなお薬も全部やめて
緩和ケアに入りました。
我が子同様のなつ、我が家の三女なつに残された時間は少ないようです。
気持ちの整理もなかなか付かないところではありますが
このような状態の中で、更新も滞りがちになるかと思いますが
これからも、よろしくお願いしますo( _ _ )o

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プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

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