。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

優しくない介助。。。

2008.07.31 (Thu) 義弟との日々の出来事

そう言えば、先日身体障害の等級変更のために書いてもらった
診断書の中に、義弟の病名が書いてあった。
『悪性脳腫瘍』としか聞いてなかった、義弟の病名だけど

『異型性星細胞腫』

と言う病名らしい。
手術をした病院では、5段階中の4段階と言われ
今の病院では、4段階中の3段階と言われた。
どっちが正しいのかはわからないけど、発症当時はどういう程度だったのか?
腫瘍が出来た部分は、脳の中心近くの右前頭葉。
手術は、脳の中心に近い部分の腫瘍は残し、他は切除。
術後、前頭葉全体に放射線を当てているらしい。

この病名で、検索してみたけど、ピッタリ一致するものがHITしてこなかった。
検索してるうちに、今更これを調べて何の意味があるのかわからなくなってやめた。

過去のことにこだわっても、進歩はない。
結果として、高次脳機能障害というやっかいな障害を背負ってしまい
術後9年目を迎えて、放射線治療の影響で脳全体に萎縮が始まり
身体も脳も、機能低下と言う現実。
この現実に向き合って行くしかない。

日曜日から義弟の状態が悪化した時、もう出来ないとか言ってる場合じゃないと思った。
ほんの少し見えた義弟の切なさや

「恵子ちゃんが死んだら困る」

と言った言葉に、愛はないが情は湧いた。
だから自分に出来る限りの介助をしようと思った。

義弟のせいにするわけではないが、義弟は同じことが続くと、それが当たり前になってしまう。
障害のせいかもしれないし、今の義弟が持ってる他力本願の甘えたのせいかもしれない。
主人にも言われたけど、心のどこかで義弟は私をバカにしてるところもある。
何をしても、何をやっても、許してもらえると思っている。
それは私がそうしてしまったのかもしれないけど、どんなに腹が立っても
どんなに悔しくても、家の中でのことはそれが義弟を許す行為になったとしても
やらざる負えないことだってある。
でもそれが、私に対して母親的に何でも許されると言うことになったんだと思う。

「俺は動けないんだから、やってもらわないと困る」

この言葉から「ん?」と思い始め、体調が良い時は動けるのに
やってもらった方が楽だということを学んでしまい、出来るのに出来ない振りをし
やらなければいけない事を介助させ、自分のやりたいことのためには
ちゃんと自分で身体を動かせる。
面倒くさいこと、やりたくないことには、介助を求めて
自分がやりたいことのためには、自分で動く。
それでも体調の悪い時は、介助が必要なことは私だってわかってる。
だからおむつ替えだって、やってるんだから・・・
なのに今度は、悪ふざけをする。
昨日見ていたら、体調が悪くても、テレビを見たいと思えば
ちゃんと自分で工夫して、テレビのスイッチを入れに行ことする。
もっとも昨日はテレビは見させなかったけど。

自発がないというのは、こういうことなのだろうと思う。
だから本人が興味を持ってるものを利用して、促した方が良いと言われているんだろうな。

どうせ義弟は忘れてしまってるんだから、しょうがないと思って
なんとか自分に折り合いをつけた今日も、また余計なことを言った。

今朝も思考停止状態なのは、看てればわかる。
和室を開けたら、尿の匂いが充満していた。
おねしょもしてるし、声をかけてる最中もおしっこをしたらしく
お布団の上が、見る見る濡れてきた。
今までこんなことはなかったのだけど、どうしてだろうと考えながら

「弟くん、おしっこの匂いがひどいから、まずはおむつを替えて」

何度も義弟に声をかけて、30分後義弟は寝た状態でパジャマのズボンを
膝下まで下ろして、固まった。
目はうつろで、声をかけてる私をジッと見て、うなずきはするが動かない。
完全に思考は停まってる、たぶん私を眺めてると言うところだろう。
とにかく匂いをなんとかしたかったから、おむつは私が替える事にした。
今日はどうしてもガマンが出来なくて、マスクをして手袋をして替えることにした。
おむつを替えていて、わかった。
昨夜、おむつを取り替えてない・・・と言う事は、昨日の朝から取り替えてない。
おむつはグッショリ重たくて、マスクをしていてもわかるほど素晴らしい匂いを放ってた。
いくらなんでも、24時間のおしっこは吸収してくれないよ。

身体を起こして、着替えを用意して、お布団はたたんで
でも私、優しい介護はやめました。
だからって乱暴に扱ってるわけではないけど、言葉は前のような言い方に戻した。
立って歩くには、介助がいる。でも毎日続けてたら、私の腰が持たない。
だから立つのをやめさせて、お尻をズッて移動してもらうことにした。
途中で停車してしまう時もあるけど、その方が歩くよりも早く移動が出来ることがわかった。

立たなければいけないところは、しょうがないけど
部屋の中はもうこれで移動してもらうことにした。
これなら転ぶ心配もないし、階下のお家に迷惑もかけないで済む。

トイレの前まではズッて行って、そこまで行けばつかまるところもある。
そこから立ち上がり、洗面所に入る。
物を持っての移動は無理だから、必要な物は用意しておくことにした。
ボーッとしてしまうから、声かけは必要。
必要最低限の声かけだけに替えることにした。

義弟は立つなと言った私の言葉はすぐ忘れるから、立ち上がろうとするけど

「立たないで。お尻でズッて移動して」

と言う事にした。
筋力はどんどん落ちていくだろうが、私は自分の身体の方が大事。
ハミガキも終わり、髭剃りをクリーナーに入れるところを確認して
アイスコーヒーをテーブルの上に用意して

「出かけます」

と声をかけて、買い物に出かけたが、40分後に戻ったら
和室でお布団を枕にして横になり、グッスリ寝てた。

「ねえ、なんで寝てるの?昼間は起きてるの。夜暗くなってから寝るの。わからない?」

脳みそが寝てるのだから、何を言っても理解はしてないだろう。

「寝てばかりいたら、身体が固まる。関節も固まる。本当に動けなくなるよ。いいの?」
「・・・・・」
「自分で動けなくなって、もう人間やめるって悲しかったんじゃないの?」
「○×人間△□※・・・・・」
「はい?」
「もう人間やめたからいい」
「はあ?もう人間やめたの?だから寝てるの?」
「うん」
「寝たきりになっても、誰かに面倒看てもらえばいいとでも思ってんの?」
「うん」
「あ~、そう。人間やめた人は、コーヒーもいらないね。もうバカバカしくなってきた」

感情的になる私も悪いのかもしれないが、どうしてこうも人の気持ちを逆撫で出来る?
脳みそが動いてないなら、口も動かさなきゃいいのに、なぜ減らず口だけは叩ける?
障害だから、認知症だからって、全部を許せるわけじゃない。
腹が立っても、悔しくても、傷ついても、それをただ自分の胸に押さえ込んでるだけ。
そんなことを言ったところで、義弟はもう忘れてしまってるんだろうけど・・・

「私は、人間をやめた人の世話をする気はない。勝手にすれば」

そう言って、女中部屋に行ったら、ちょうど義弟の会社の同僚のMさんから電話が来た。
今日来たいそうだ。ちょうどいいと思った。
私以外の人と話すことも、義弟の脳を刺激する。

すぐに家の電話にかけなおしてもらい、義弟と話をしてもらった。
電話で話しながら、義弟は寝っ転がったので

「Mさん、ちょっとごめん。弟くん、寝っ転がっちゃダメ!ちゃんと起きて話して」

2時ごろMさんが来ることはわかっているのに、今日もグウグウと寝てばかりの義弟に
今冷たいタオルを渡して、顔を拭くように言った。

「Mちゃんに聞きたいことが、たくさんあるんだ」

と電話で言ってたけど、覚えているのかな?

もうすぐMさんが来る。。。
スポンサーサイト

切り替えて。。。

2008.07.30 (Wed) 義弟との日々の出来事

着替えが終ったあと、お布団をたたもうとして、お布団を持ち上げた拍子に転んだ。
今日は身体が動いてないかもしれない。
だからお布団は私がたたんで、リビングに行くように言った。
食事が終わり、お薬を飲んだことは確認して

「髭剃りとハミガキしちゃいなよ。出かけます」

それだけ言って、10時少し前に父から頼まれた買い物に出かけた。
すぐに主人に電話を入れて

「大変です!大変です!恵子ちゃんの貞操の危機です!」
「はあ~?何言ってんだ?」
「アナタの女房の、操の危機よ」
「お前は、まだそんなの持ってたのか?」
「・・・失礼だな・・・」

私たち夫婦、だいたいがこんな感じの会話が多い。
今朝の話をすると、主人は大きなため息をついて

「お子ちゃまの悪ふざけにも、限度があるよな」

主人は、その後こう言った。

「俺は今は、何がなんでも憲児を家で看るっていうつもりは、さらさらない。
 子供の悪ふざけだとは思うけど、万が一にもお前に対して、何かするなら
 恵子にこういうことをするから、家では看れないって実家に連れて行く。
 だからお前もそういうつもりでいてくれていいから、無理をする必要はない。
 出来ないなら、やらなくていいんだから、無理をなるな」

今までのことを考えれば、エロじじい的な発想ではなく
お子ちゃまの悪ふざけだとわかる。
短期記憶が出来なくなってきてる義弟には、私たちが言った言葉も忘れるが
自分で言ったことも、やったことも、すぐに記憶から失くなる。
だからもう義弟は、自分が何をして私の機嫌が悪くなってるかはわかっていないと思う。
でもやられた方は、そこから気持ちを切り替えて行くのに、時間がかかるのも事実。

このところずっと付き添い介助をしたこともあって、義弟にはそれが構ってもらえると
インプットされたのかもしれない。
双子なのに、ここまで違うのかと思うほど、主人と義弟は持ってるものがまったく違う。
元々が甘えたの義弟だったらしく、元嫁との夫婦関係もお互い
ベッタリと甘えた夫婦だったし、見ていて気分が悪くなるくなるような関係だったもんな。

「そういう部分を刺激したくないと思うから、私は正面から弟くんの介助が出来ないんだよ」
「ま、そうだろうな」
「乳でも触られた日にゃ、悪いけど横っ面張り倒すっちゅうの!」
「いいんじゃね」
「だいたい私の乳は、けんちゃん以外に触らせないんだから」
「ほほ~」
「今なんか、けんちゃんに触られるのも面倒くさいのに」
「ほう~、そう来たか」
「けんちゃんだって、触るのも面倒くさかろうが」
「はい、ごもっともで!」
「ちぇっ!」
「でもよ、お前、もし憲児が何かしてきても、指1本でどうにかなるだろ?」
「そりゃあ、今の弟くんになら腕力では絶対に勝つさ」
「そうだろ、それでいいんだよ」

少し気分はスッキリしたものの、父の買い物を済ませた後
すぐに家に戻る気持ちになれなくて、しばらくトレッサの中をうろついた。
女中部屋に閉じ込めたわんこのことも気になるから、11時半過ぎに家に戻った。

義弟の姿が、リビングにないので、和室をのぞいたら・・・横になって眠ってた。
それを見て、またカッとしてしまった。

「なんで寝てるの!」

説教を垂れてしまったけど、今日はどうやら体調は良くないらしい。
推測するに、髭剃りを取りに行き、和室を出るところで転倒、そのまま眠ったと言う感じ。
昨日もヒゲを剃っていなから、ヒゲもじゃの顔をしてる。

「ヒゲ剃ったの?」
「剃った」
「剃ってないでしょ。ヒゲがボウボウじゃない」
「えっ?そう?」

これ以上言ってもしかたがないけど、今日はどうしても義弟に触れることが出来なかった。

「もうお昼になるんだよ。今日は私は手を出しません。自分でやって」

が、1時間以上和室でボーッとして、まったく動きがない。
今日は思考停止状態らしい。
何度か声かけはしたけど、今日はどうしてもイラついてしまうから
女中部屋に引きこもることにした。
1時過ぎ「ドスン」と音がしたので様子を見たら、トイレの前でまた転んでいた。
ヒゲを剃りに行ったようだけど、転んだ後1時間以上そこに座っていたので

「ずっとそこにいたら、トイレに入れないから、動いて」

そう声をかけたら、髭剃りを持っていつもの場所に移動して
そのまま眠りについてしまった。
なんとか昼夜元に戻したつもりだったけど、これでまた逆転してしまうかもしれないな。
私も今日はどうにも、気持ちの切り替えが不可能。
ここで無理して介助をしても、イライラして怒鳴ってしまうだろうし
私の方が、理性が吹っ飛びかねない。
こういう日は、何もしない、何も見ないに徹しようと思った。
放置することを虐待と言うのなら、それでもいいさ。
出来ない日だってあるんだから・・・

夕方4時半過ぎ、今日はいくらか涼しかったので、早めにわんこのお散歩に出た。
5時半少し前に戻ってきたら、コーヒーを入れていた義弟。
どうやら覚醒したらしい・・・が、その足取りはおぼつかないし
コーヒーもまた、カップに並々とお湯を注いでしまってる。
その足取りで、カップを持って歩けば、こぼすしまた転倒するだろう。
だから何も言わずに、私がカップをテーブルに運んだ。
テーブルの脇に放置してあった、髭剃りを片付けるように言ったら
また和室で転んでたけど、何もしないし、何も言わなかった。
夕飯の支度をしていると

「恵子ちゃん、タバコ吸いたいんだけど」
「今日は、ハミガキが終ってないから、タバコは吸えません」

意地悪と取られようとなんだろうと、構わない。
朝の支度が終らなければ、タバコはダメと言ってあるのだから
そこは徹底することにした。

何も言わなければ、やりたい放題するか、眠ってしまう。
介助すれば、他力本願丸出しになって、甘えたから子供じみた悪ふざけまでする。
私自身、良い加減がわからないし、これだけ長いこと義弟を見てきて
見抜けない私が悪いのか?

6時過ぎに夕食を出し、7時にはお薬も飲み終えた。
お布団を敷かせるのは、無理だと思う。
立ち上がろうとした義弟が転倒した。
黙って見ていたら、もう一度立ち上がろうとしてまた転倒した。
2回目はリビングと和室の柵を倒して、和室にお布団の上に倒れこんだので
もう自力では立ち上がれない。

「同じ格好でグウグウ寝てるから、身体が固まるんだよ」

怒ったところで、義弟は何もわからず、ただ反感を持つだけだ。
しっかり立たせたところで手を離したら、なぜかキッチンに行った。

「キッチンに何しに行くの?」
「手を洗うんだよっ!」
「キッチンは手を洗うところではありません。洗面所に行ってください」
「じゃあ、向こうに行けばいいんだろっ!」

こっちが怒れば、義弟も反抗するだけ。
だからもう返事をしないでいたら

「洗面所って、向こうのことだろっ!」
「そうですよ」

わからないから、聞いてくるんだろう。
その後お布団だけは敷いて置いた。
リビングに戻ってきた義弟が、テレビを点けようとしたので

「まだテレビは見れません。貼り紙読んで、パジャマに着替えるのが先でしょ」

それでもテレビのスイッチを入れようとする。

「だから、テレビはダメ。先に着替えて」

転びそうになったら、手を出す準備をして、様子を見てたら
和室に入って電気を点けようとして、また前のめりに転倒
ちょうど車椅子があったから、そこに手をかけて横に転がった。
手を貸そうと立ち上がったら、義弟が手で来なくていいと言う仕草をした。

「そんなことばかりしてたら、そのうち大怪我して救急車騒ぎになるよ」

介助しない私が悪いのはわかってるけど、来るなと言うのだからしょうがない。

「今日はもう和室で過ごして。ウロウロされたら、気が気じゃないから」

和室でなら、座った状態でお尻をズッて移動している。
それなら転倒する心配もない。
今日はもうパソも落として、女中部屋に入ろう。

何をどうしても、今日は優しい気持ちになれない。

明日から、また気持ちを切り替えて。。。

ゾッとした。。。

2008.07.30 (Wed) 義弟との日々の出来事

今朝もなかなか起き上がれない義弟。
これは体調の良い時でも同じだから、今朝は声かけだけにした。
和室をのぞいた時、キツい尿の匂いがしたのであれ?と思ったら
昨夜取り替えた紙おむつを、和室に置いたままだった。
お漏らしもしてるから、それだけでも匂いはあるのに、紙おむつ放置では
匂いもキツくなるよな。

「弟くん、時間です。起き上がってください」
「は~い」
「力入れて、一気に起き上がらないとダメ!」

肘を付いた状態で、固まってる義弟に何度も声かけ。

「ここから一気に起きるの?」

日・月はこんな問いかけもなかったので、やはり指示を出した方が
行動しやすいのかと思い、手は出さず口だけ出すことにした。
6時過ぎから起こして、起き上がったのは7時少し前。

「弟くん、紙おむつをそこに放置しちゃダメ!おしっこの匂いで和室中臭いよ」
「えっ?そう?」
「弟くんは自分の匂いだから、気が付かないだけ。トイレではわかるんでしょ?」
「そうだけど」
「面倒くさいからって、全部放置しないで。自分の排泄物は自分で片付けて」
「は~い」

まずはおむつを変えるために、動き出した。
が、立ち上がろうとして後ろにひっくり返ったので、今日は介助が必要か?と思った。
ひっくり返った義弟を座らせ、紙おむつを渡して履きかえるように言ったら

「ねえねえ、恵子ちゃん。乳首」

と言いながら、自分の乳首を触って見せた。

「はあ~?乳首がどうしたの?痛いの?」
「ううん、ほら乳首」

こんな年の行ったおばちゃんでも、常に一緒にいる異性だ。
私自身も義弟のそういう部分を刺激したくないから、極力気を付けていたし
彩佳にも、注意するように言ってあったんだけど、本能が動く何かがあったのか?
一瞬身体に鳥肌が立って

「なんだ?このエロじじいは?」

と、ゾッとしてしまった。
単純にふざけただけかもしれないが、下ネタを笑える相手と笑えない相手がいる。
今の義弟が言う下ネタは、笑えないってばよ!
おまけに自分の乳首を触りながら見せるな!痴漢と同じ行為だわい!
私にはなんでも許されると思ってるようだけど、こういうことは絶対無理!

「朝からふざけてんじゃない!そういう元気があるなら、自分で出来るよね」

そう言って、もう義弟に触れることをやめた。
紙おむつを取り替えた後、いつまでも紙おむつ1枚で和室でボーッとしてる義弟に

「いつまでもみっともない格好してんじゃない!早く洋服を着なさい!」

と怒鳴りつけてしまった。
使用済み紙おむつも放置したままなので、いつまでも匂いがキツいから
これは片付けた。

今日も介助放棄する。
時間がかかろうとなんだろうと、勝手にやればいい。
今日は義弟と離れたい。。。

なんだよ!

2008.07.29 (Tue) 義弟との日々の出来事

今日は1日伸ばしにした、なつの診察日だった。
8時半過ぎには、家を出たかったので、それまでには
リビングのいつもの場所に座らせたいと考えた。

6時15分過ぎから義弟を起こして、今日の様子を聞いたらあまり良くないと言った。
が、今日は義弟を介助していて、やけに軽いと感じていた。
おむつを履き返させるにも、身体を支えて脱ぎ履きするよう言ったときも
義弟は自分の足で立ち上がれるようで、支えるのも楽だった。
が、突然予期せぬところで、ふっと力を抜く時があり

「弟くん、力抜かないで!支え切れないから、しっかり最後まで力入れて!」

そう言えば、すぐに軽くなる。
体調はあまり良くないと言ってたけど、いくらか良いのかな?そう思っていた。
義弟も痩せたとは言っても、私より身長もあるし身体も大きい。
その義弟を支えるのだから、エアコンの効いた部屋の中でも
介助をしてるとき、私はつゆだく、汗だく状態になる。

「恵子ちゃん、出来ないから支えて」
「恵子ちゃん、やって」

出来ないのだから、しょうがない。
そう思って、出来るだけの介助をしたのだけど、歩くのにも昨日と違って
指示を出すと、スムーズに足が出てくる。
それでも出来ないという意思表示をするから、こっちもそのつもりで手伝った。

「恵子ちゃん、よく俺を支えられるよね。すごいよな~」
「前はいくら言っても、弟くんやらなかったでしょ?でも今は、がんばってると思うから
 私だって、がんばって支えてるんだよ」
「それって、嫌味?(笑)」
「そうだよ(笑)そんなこと気にしなくていいから、転ばないようにだけ気を付けて」

そんな会話もしつつ、ハミガキが終わり、いつもの場所に座らせアイスコーヒーを出して
なつの病院に出かける準備をしていたら

「恵子ちゃん、タバコちょうだい」
「あれ?また思い出しちゃった?」
「俺は動けないんだからさ~、やってもらわないと困るんだよね」

ここでちょっと、あれ?と思ったけど、時間がなかったのでそのまま出かけることにした。

「弟くん、私がいない時は一人で動かないでよ」
「は~い、動けないよ」
「テレビはダメだよ。本でも読んで、寝ないようにしてね」
「は~い」

そう言って出かけ、帰ってきたのは2時間後。
義弟に様子を見て、ムカッと来たとともに脱力した。
義弟は隠してあったコンセントを探し、コンセントを差し込み、テレビを点けて
和室から自分の好きなビデオかDVDを持ってきてセットし
座椅子に寝っ転がって、腹の上にリモコンを置いて、だらしない格好でテレビを見ていた。

「弟くん、なんでテレビ見てるの?テレビはダメって言ったよね?」
「あ・・・・・」
「それに私がいなくても、自分で動けるじゃん」

そう言ったら、すぐに起き上がって座椅子なしでも、座ることが出来ていた。
今日はなつの病院の後、役所に障害者手帳の等級変更の申請にも行きたかった。
義弟に様子を見て、トイレに行かせて、麦茶でも入れてから、出かけようと思って
家に帰ったら、この有様。

「自分で出来るなら、何でも私に頼らないで。そんなことしてたら、どんどん筋力が落ちる」

11時を過ぎていたので、それだけ言ってすぐに家を出た。
申請を終らせて家に戻ったのは12時過ぎ。
義弟は自分で立ち上がり、何かしようと思っていたところに私が戻った。

「弟くん、今日は座椅子外します。昨日は自分で座ってられないと思ったから
 座椅子を使ったけど、自分で座れるなら座椅子は使わない」
「は~い」
「なんでもかんでも、私がやってくれうると思ったら、大きな間違いだよ。
 体調の悪い日だってあると思うから、出来ないこと、出来な時は手伝うよ。
 でも出来ることは、自分でやって。甘やかすつもりはないからね」
「・・・・・」
「私より弟くんの方が、身体は大きいんだよ。それを支えるのに、平気なわけないでしょ。
 昨夜は背中一面シップ貼ってるんだよ。今日だって、体調が良くないって言うから
 介助したんだよ。なのに私がいなければ出来るってことは、出来るんだよ。
 今日はもう私は、一切手伝いません」

義弟に聞けば、出来ることも出来ないと言ったり、出来もしないことを出来ると言ったり
前からこんなことは、しょっちゅうだったのに、忘れてたよ。
こっちは突然力を抜く義弟のために、腰に負担がかからないよう気を付けていても
やっぱり自分より大きな男の人を支えるのだから、身体へに負担は大きい。

「お前は必死になり過ぎ。たかが介護くらいの気持ちでやれよ。
 ダメだと思ったら、手を離せ。憲児のためにお前が怪我する必要はないの。
 ここでギックリ腰にでもなったら、もっと先に行って辛い思いするのはお前だぞ。
 憲児が怪我したら入院さりゃいいの、お前の身体の方を気をつけろ」

主人にまた、怒られちゃった。
日々の体調に波はあるとは思うけど、これからは朝の状態や
様子を看ながら、介助をすることにしようと決めた。


夕方ケアマネさんから、電話が来た。
役所のMさんとも相談した結果、まずは筋力の回復を考えた方がいいだろうとの事。
寝たきりを防止するためにも、デイケアである程度のリハビリをしながら様子を見て
リハビリセンターで、3ヶ月から半年に一度、高次脳機能障害の機能判断も
してもらいつつ、進めて行ってはどうかと言う事だった。
1件受け入れても良いという施設があるが、階段の昇り降りに時間をかけられないので
階段下での、送り迎えをしてもらいたいとのこと。
まずは義弟の様子を看てから判断したいと言うことで、来週の金曜日
8月8日午後2時の約束をした。
介護認定も、おそらく『要介護2』から『要介護3』の認定が降りるだろうとのこと。

とにかく私は今、少しでも早く義弟と離れる時間を作りたい。
ただそれだけ・・・
そのためにしなくちゃいけない事があるというのなら、その通りに動くだけ・・・

今日はもう義弟の介助は、すべて放棄した。。。

日曜日から。。。

2008.07.29 (Tue) 義弟との日々の出来事

日曜日から、義弟の状態がさらに悪化した。

「今日はなんだか、身体が重い」

朝から様子がおかしいので、聞いてみたらそう言った。
その言葉の通り、自分の身体を自分で支えることが出来てない。
着替えをするのに起こしてみたけど、座っていることが出来ない。
左右の足の位置を工夫すれば、なんとかバランスは保っていられるけど
ちょっと位置がずれると、倒れこんでしまうため
着替えにも、おむつ替えにも介助が必要となった。

「持ち上げるから、自分でおむつ脱ぐんだよ。いい?せ~の」

と掛け声をかけつつ

「おむつ下ろして、そうそう、じゃあ、下ろすよ」

おむつを履く時も、ズボンの脱ぎ履きもこんな具合で進めていく。
立ち上がるのも、一人では出来ない。
もちろん義弟本人も身体に力を入れてるのだけど、自分の身体が支えられない。
歩行に関しては支えながら

「いい?左に体重移動して・・・」

と言いながら、左に身体を寄せて

「右足を前に出す。今度は右に体重移動して・・・」

と言いながら、右に身体を寄せて

「左足を出す」

ところが、右はいくらか動かすことは出来るけど、左側がなかなか出てこない。
しばらく支えながら、休憩も入れつつ

「いい?右に体重移動して、左足を出す。そうそう、その調子ね」

日曜日は主人がいたので、おむつの脱ぎ履きや片付けはやってくれたし
歩く時も、支えるのは主人がやってくれて

「今日の憲児は、あきらかにおかしいよな」

いつもは怒鳴る主人も、介助をしてくれた。
もうスキンシップ的なことは出来ないとか、おむつを替えるのに手袋がどうとか
言ってられないと思った。
義弟が行動したいと言った時は、目が離せなくなったけど
義弟本人は、自分でなんとかしようとするので、最初は見守り
出来ないと意思表示があったり、無理と判断した時は介助することにした。

「どうしてこんな風になっちゃったんだろう?」
「俺もう、人間やめた方がいいな」

今までは、転んでも失敗しても、なんとか自分で出来てたことが
出来なくなったことは、義弟自身もショックなんだろう。
主人にも私にも、介助している時に時々そんなことを言い出した。
だから自分でなんとかやろうとする気持ちも見え始めた。

「無理はしなくていいから、ゆっくり弟くんの出来る範囲でやればいいんだよ。
 一人じゃ怖ければ、ちゃんと見てるから大丈夫。転びそうになったら、すぐ支えられるでしょ」

「お前の出来る範囲でいいんだ。少しは自分でも動かさないと
 本当に動けなくなったら困るだろ」

今までは、出来ないことを理解させてやらせようとしてたけど
ここまで来ると、義弟自身も認めざる負えなくなったんだろうな。
でも、こうなると看てる側も出来ないことを認めざる負えない。
無理にやらせることは、不可能になってしまったと思ったから・・・

昨日の月曜日は、脳外の受診日。
日曜日はお風呂に入れたいと思っていたので、夕方主人に介助を頼んでお風呂に入れた。
お風呂から上がってくると、いくらか動きも良くなったけど
やはり看てないと、本人も不安らしいし危ない。

「弟くん、明日は病院だから今日はもう寝ましょう。8時半に家を出るからね」

そう言ったら、8時過ぎには寝ると言い出して、お布団に入った。

翌日は9時半の予約だったので、8時半には家を出る予定でいた。
なので5時45分から義弟を起こし始めた。

「今日の調子はどう?」
「やっぱり身体が重い。左が重くて・・・」

で、最初から介助することにした。
が、すぐに起き上がらせるのもどうかと思うので、しばらくお布団の上で
声をかけ続けて、義弟が起き上がる仕草をするまで待つことにした。
で、こんな日に限って、おねしょをしてた。

「弟くん、おしっこ漏れちゃってるよ。おねしょしちゃってる」
「えっ?うそっ!」
「お布団カバーも濡れてるし、お洗濯しないといけないから、もう起き上がろうか」
「うん」

で、介助をして起き上がらせ、まずはおむつの交換をした。
横にしておむつ交換もいいのだけど、まずは義弟自身にやらせたい。
なので、支えながら身体を左右に揺らしつつ、おむつを少しずつずらして
脱がせることにした。膝までは下ろせたけど、そこから先が身体が曲がらないので
下ろせない。なので、おむつを足から外し、新しいおむつを膝まで履かせて
その後は自分でやるように言ったのだけど、やはりこれも後ろにひっくり返ってしまうので
腰を上げさせて、私が履かせた。

介助をすれば、時間通りに行動出来る。
食事が終わり、お薬も飲み、洗面所まで連れて行きm、髭剃りをさせた。
「終った」と言うので、見に言ったら、鼻の下のヒゲが剃れてない。
それを指摘ししてもう一度やらせたけど、今度は左半分を残した。
今までは剃り残しもあったけど、それなりに全体を剃ってたんだけど
もしかしたら、物の見え方にも影響が出てるのかもしれないと思った。
ハミガキが終ったあと、トイレに入ったのが7時45分だった。
その間に私の準備を終らせて、車を階段下まで持って来て置いた。
が、8時20分過ぎても出てこないので、声をかけた。

「便秘してて、うんちが出ない」
「でももう病院に行く時間だから、とにかく病院に行こう」
「うん」

5分待って出てこないので

「開けるけどいい?」
「うん」

おむつを上げた状態だったので、ズボンも上げるように言って
とにかくまた洗面所に連れて行き、手を洗うように言った。
流してないトイレを見たら、ちゃんと排便している。

「弟くん、うんち出てるよ」
「えっ?出てる?」
「うん、ちゃんと出てるよ」
「ちょっとしか出てないよ」
「いや、普通に出てるから、便秘はしてないよ」
「そうなの?」

排泄の感覚もないのかな?
私もトイレに入った後、そのまま玄関に連れて行き、靴を履かせて
階段を降り始めたのは、8時半を過ぎたところだった。
この階段を降りるのに、40分以上の時間を費やした。
とにかく足が前に出てくれないから、支えながら後ろから足を蹴飛ばしつつ
左手も手すりをなかなか離さないので、手の位置も指示を出しつつの作業。
3階から2階に降りた踊り場で、義弟が少し休みたいと言ったけど
休む場所はないから、とにかく車まで行こうと励ましつつなんとか降りた。
こっちもつゆだく、汗だく状態だった。
階段から車まで、ちょうどゴミ捨てに来てたYさんが手伝ってくれた。

「ずいぶん衰えちゃったのね」
「うん、昨日からちょっと調子が良くないんだ」

そんな話をして、車に乗り込んだのは9時10分を過ぎていた。
病院では車椅子を使って移動、受付に着いたのが9時半ギリギリだった。
病院が近くで良かった。。。

義弟の様子などを話したけど、術後の放射線治療の影響なので
どうすることも出来ないとの事。
健康診断書に付いては、今週中に書いてくれると言うことになって
レントゲン・尿検査・血液検査をすることになった。

尿検査があることは最初からわかっていたので、Gパンはやめてスウェットにした。
この方が脱ぎ履きが簡単だと思ったからなんだけど、こっちもある程度の覚悟はしてた。
紙コップにおしっこを採らなくちゃいけないのだ。
入院してるわけじゃないから、自分でやらなくちゃいけない。
せっかく採ったおしっこをこぼしちゃったら、意味がない。
採尿のための車椅子用のトイレに一緒に入り、まずは便座に座らせるために
立たせて支えた状態で、自分でおむつをズボンを一緒に脱ぐように言った。
便座に座らせた後、紙コップを渡してやり方を教えると、向こうを見てて言うので
一応向きを変えたけど、その後股の間から紙コップを取り出せず
結局は、膝下までおむつをズボンを下ろして、足を広げさせて
紙コップを股の間から出させたけど、途中で調整することも出来ないから
コップに並々と注がれたオチッコを、半分捨てて検査の窓口に出した。
それからまた義弟を立たせて、おむつとズボンを履かせて車椅子に乗せた。

「あ~、クセぇ~」

義弟も自分でそう思い口に出すのだから、結構な匂いなのです。
実は私、その光景と匂いに、エヅく寸前だったのを必死にガマンした。
今日が終れば、あとは待つ作業だけ・・・今日がんばれば、しばらくは楽になる・・・
自分で自分を励ましつつ、恵子ちゃんはがんばった!

家に到着して、階段を昇る作業は降りる作業よりも楽だった。
洗面所で手を洗い、いつもの場所に座らせてみたら、義弟も疲れたのだと思う。
座椅子なしでは座っていられないことがわかったので、座椅子に座らせ
その場で、短パンに着替えさせて、アイスコーヒーとタバコも要求したので
用意をして、私も女中部屋に倒れこんだのが、12時近かった。
どうにも検尿シーンが頭から離れず、食事をする気力も湧かない。
そのまましばらく眠ってしまい、それから朝食兼昼食を食べた。
もう身体中痛いし、腕はかったるいし、歯医者が終って帰ってきた主人も
想像はしていたらしく、背中を揉んでくれた後、シップを貼ってくれた。
食事はお弁当を買ってきて、済ませた。

昨日は、介助をしている私に

「恵子ちゃんて、すごいよな。俺を支えるんだから」
「体育会系だから、力はあるからね」
「でも大丈夫?」
「大丈夫だよ。そんなことより、歩くことに集中して」

と言う会話が何度かあった。
夕方、義弟が突然こんなことを言った。

「恵子ちゃんが死んだら、どうしよう」
「はい?なんで私が死んじゃうの?」
「だって、俺を支えたり、俺のことばかりやってるから」
「そんなことで死んだりしません」
「そう?」
「私は弟くんの兄貴の女房だよ。そんな軟に出来てません」
「本当?」
「そんな風に心配してくれるなら、リハビリ施設に行ったら、自分で動けるように
 ちゃんと筋力付けて、がんばって来てください」
「そうだね、わかった」

自分で動けなくなったことが、不安なんだろうと思った。
それでも自分で動こうとするから、私だって気持ちよく手助けしようと思う。
ただ下の世話の時だけは、エヅいてしまいそうになるけど・・・

私は転んでケガをさせちゃいけないと思うから、付きっ切りになってしまう。
ところが昨夜私がお風呂に入るとき、パジャマに着替える義弟を看ててもらおうと
主人に頼んだのだけど、主人は一歩下がって冷静に義弟を看ていた。
お風呂に入る前に、つい口出しをしてしまったのだけど

「俺が看てる時は、お前は気にするな。さっさと風呂入って来い」

そう言われてお風呂に入ったのだけど、義弟の動きはかなり良くなっていたらしい。
主人は時間をかけても、自分で出来ると判断したらしく、その後は放置しろと言った。
私はそこを見てなかったので、つい気になってしまった。

もしかしたら、このままどんどん衰えていくかもしれない。
デイケアなんて言ってられなくなるかもしれない。
そんなことを主人とも話していたせいもある。

だけど、体調には波があるらしいことが、今日わかった。
出来ないと思うから、介助をしたんだけど
今の義弟は本来、他力本願の甘ったれだと言うことを忘れていた。

昨夜は、病院にも行ってるし疲れてるだろうから9時には
お布団に入ったことを確認して、私も就寝となった。

義弟も変わった。。。

2008.07.26 (Sat) 義弟との日々の出来事

昼夜逆転していた義弟だけど、前日の木曜日
リハビリセンターでは居眠りもしたけど、何度も起こして
その後床屋さん、面談と続き、夕方の居眠りもなんとか阻止できたし
寝るときのウォークマンも禁止にしたので、疲れもあっただろうし
夜グッスリ眠れたのだと思う。
昨日の義弟は、朝から少し動きも違った。

いつものように、6時15分ごろ起こしたのだけど
6時半には自分から、起き上がった。

「弟くん、まずはおむつ変えちゃおうか」
「うん」

相変わらず汽笛は鳴らしてるけど、なるべく急かさないよう
でも大きな声で、ゆっくりと話して、動くように促してみた。

「弟くん、おむつ変えちゃおう。わかった?」
「うん」
「じゃあ、パジャマのズボン脱いじゃおうか」
「うん」

そうすると、動き出してズボンを脱ぐ。

「弟くん、おむつ履き変えちゃおう」
「うん」
「おしっこ出ちゃうと困るから、さっさと履き変えちゃおうよ」
「うん」

おむつを履き変えたところで、

「弟くん、Tシャツ着ちゃおうか。いつまでも裸でいたら恥ずかしいよ」
「うん」

見ていたら、前日着たTシャツを出してきた。昨日洗濯に出さなかったんだ。

「弟くん、このTシャツ昨日着てたよね?」
「うん」
「昨日、出かけたけど、どこに行ったか覚えてる?」
「・・・・(しばらく考え込んで)・・・・・R病院」
「うん、その隣のリハビリセンターに行ったね」
「あ~、そうだ」
「その後、どこに行った?」
「えっ?・・・(これまた考え込んだ」
「さっぱりしたんじゃない?」
「・・・・・・えっと・・・・・」
「キレイにしてもらって、気持ち良かったんじゃないの?」
「あ・・・床屋だ」
「そう、床屋さん行って帰りに車椅子で帰ってきたね。覚えてる?」
「うん」
「そしたら、このTシャツはいっぱい汗掻いたでしょ。汚いよね?」
「あ~、そうだね。取り替えた方がいい」
「そうだよね。じゃあ、これは洗濯に出して、こっちのTシャツ着ようか」
「うん」

前日の夕方は思い出せなかったことだけど、昨日の朝は思い出せた。
と言うことは、今日は覚醒してるかもしれないって思った。
Tシャツを広げたところで、パジャマが気になったらしくパジャマを持って固まった。

「弟くん、パジャマは後でいいよ。Tシャツ着ちゃおうか。パジャマ置いて」

そう言ったら、私の顔をジッと見て、パジャマを置くの?って確認するような仕草をした。

「そうパジャマ置いて、Tシャツ着ちゃおう」

今度はTシャツを指で指して、これ?と聞くような仕草をしたので

「そう、Tシャツ着るの。裸でいたら恥ずかしいでしょ。Tシャツ着ちゃおうか」
「うん」

そうすると、すぐにTシャツを来た。

「じゃあ、次はズボン履いちゃおう」
「うん」

ここで私、ちょっとキッチン仕事を片付けていたら、引き出しが開く音がしたので
何してるのかと思って見に行ったら、新しいGパンを出していた。

「弟くん、なんでGパン出した?短パンでいいんじゃないの?」
「やだ!俺はGパンがいい」

家にいる時は、いつも短パンなのになんでだ?と思って、ピンと来た。

「今日は出かけないよ」
「えっ?出かけないの?」
「うん、今日は出かけない。家にいるよ。だから短パンでいいんじゃないの?」
「そうだね」
「じゃあ、Gパン片付けちゃおう」

そう言ったら、Gパンを引き出しにしまったので、短パンを渡して

「これ履いちゃおうか。おむつのままじゃ、格好悪いもんね」
「うん、そうだね」

が、またパジャマに気を取られて手を伸ばしたので

「弟くん、パジャマは後でいいよ。短パン履いちゃおう」

というと、また短パンを持って、これ?って聞くような仕草。

「そう、短パン履いて。おむつのままじゃ格好悪いから」
「そうだね~(笑)」

すぐに履き始めて、腰まで上げるのに寝っ転がろうとしたので

「寝ちゃダメだよ。起き上がるの大変でしょ。膝ついて履こうか」

膝を突いた状態で、またこれでいい?と聞くような顔をしたので

「そう、その方が早く履けるよね」

と、昨日の朝は、こんな調子で着替えを進めたら、7時半過ぎには着替えが終った。

お布団は私がたたむことにした。
もう家でのリハビリは無理だと思うし、転ばれることの方が重大問題に発展する。
介護保険の介護度はわからないけど、『要介護』で認定が降りることはわかったから
リハビリに付いては専門家に任せることにして、通所できるようになるまで
怪我だけはさせないようにした方がいいだろうと思った。

それともう一つ、気が付いたことがある。
昨日の朝の義弟は、私の顔をジッと見てはいちいち確認するような仕草をした。
センターに通う前は、それなりに流れが習慣化されていたから
次に何をすればいいかは、義弟なりになんとなくはつかめていたのだろうと思う。
スケジュールも長い期間、同じ事を繰り返してきたわけだから
時間はともかくも、自分でそれなりにこなすことは出来てたし
たぶんあの頃は、怒るから怒られるからやろうくらいの気持ちで動いてたように思う。
だからきっと、あの頃は怒って怒鳴ってが効いたんだろうな。
でも今は、それが全部吹っ飛んでしまって、しかも情報の伝達も上手く出来なくて
義弟はどうすればいいか、わからなかったのかもしれない。
なのに、私がどこかあきらめきれなくて、同じように怒ったり怒鳴ったりしても
義弟の頭の中では、私の言葉が

「○×△□※・・・」

としか、聞こえてなかったんじゃないかって思った。
だから余計に頭の中では、パニックが起きて真っ白になって、汽笛を鳴らしまくった。
大きな声でゆっくりと話すことと、義弟が私に確認をすることで
今何をしなくちゃいけないか、次に何をすればいいかがわかるから
わりとスムーズに行動出来るようになったのかもしれない。
そんな風に思えてきたし、昨日の義弟はちゃんと脳が起きてたように思う。

「弟くん、着替えが終ったら、ご飯食べちゃおうか」
「うん」

とそのまま、洗面所に向かったので

「なにするの?」
「手、洗うの」
「じゃあ、転ばないように足にしっかり力を入れて歩いてね」
「うん、わかった」

手を洗い終わって、洗面所の鏡を見つめてボーッとしてたので

「終ったの?」
「うん」
「じゃあ、ごはんの支度できてるから、ごはん食べちゃおう」
「うん」

3種類のお薬を、朝は3錠夜は4錠、オブラートに包んで飲ませていたのだけど
前日の夜、様子を見ていて、また一つ気が付いた。
まとめて口の中に放り込んでるけど、どうやら飲み込みが上手く行かず
口の中にいつまでもお薬が残ってしまうらしく、何度もお水を飲んでいた。
そうか、汽笛を鳴らしてることもあるけど、飲み込みも上手く行かなくて
食事の時間もかかるのかもしれないと思った。
食事をしてる義弟に聞いてみた。

「弟くん、お薬オブラートに包んでるけど、飲みづらい?」
「いや~、別に」
「でもいつまでも口の中に残ってるみたいだよね?」
「なんで、恵子ちゃんわかるの?」
「見てればわかるよ」
「うん、なんか残っちゃうんだよね」
「じゃあ、オブラートに包むのやめて、一粒ずつ飲んでみる?」
「うん、その方がいいかもしれない」

ということで、お皿の上にお薬を袋から出して、渡してみたら
この方が、スムーズに飲めているようだった。

「今日はヒゲ剃らなくてもいいんじゃない?」
「なんで?」
「昨日床屋さんで、きれいに剃ってもらったでしょ」
「そうだけど」
「毎日剃らなくていいんじゃないかと思って、でも弟くんが剃りたいならいいけど」
「いや~、俺も毎日はちょっと」
「じゃあ、今日はヒゲ剃りはしないで、ハミガキしちゃおうか」
「うん」

どうしても、他のことに気を取られるので

「弟くん、ハミガキだよ。立って、洗面所行って」
「は~い」

立ち上がった義弟に

「何をするか?わかってる?」
「ハミガキだろ。それくらい俺にだって、わかるよ~(笑)」
「そう(笑)じゃあ、洗面所行って、ハミガキね」
「うん」
「転ばないように気を付けて、足に力入れて歩くんだよ」
「うん」

ハミガキの最中も、様子を見ながら

「弟くん、同じところばかり磨いてちゃダメだよ。反対側も磨いて」
「そうそう、そしたら口あけて奥歯も磨きましょう」
「内側も磨いてね」

そんな風に声をかけると、私をジッと見て確認しながら歯を磨いてた。

「ハミガキ終ったら、コーヒー入れてあげるから、ちゃんと磨いてね」

うなずく義弟を見てから、女中部屋で一息の一服。
そろそろうがいをしてもいいかなと思ったら、うがいをしてたのだけど
終ったら、顔を洗うのを忘れてた。

「顔洗った?」
「あ・・・まだ」
「じゃあ、顔を洗いましょう」

終って、洗面所から出てきた義弟。
テーブルの上にアイスコーヒーを作って出しておいたら、テーブルまで行った義弟は

「恵子ちゃん、スペシャル?」
「そうね」
「恵子ちゃんが入れると、美味しいんだよね~」
「そうなの?」
「何か入ってるの?」
「特別な物は入ってないよ。愛も入ってない」
「えっ?愛は入ってないの?」
「弟くんに、愛があったらおかしいでしょ?私は弟くんの兄貴の嫁さんなんだから」
「あ、そうか」
「そうだよ。弟くんの兄貴と結婚してんだからね」
「そうだよね~(笑)」

こんな風に対応してるから、すっかりお子ちゃまだな~。

昨日は覚醒してる様子なので、1日の過ごし方を考えてみた。
脳を鍛える大人の読本は、もう読みつくしてるのはわかってるし
何か興味の引く物はないかと考えて、私の持ってる本を読ませてみようかと思った。

「弟くんさ、1日そこでボーッとしててもしょうがないし、眠ってばかりでもしょうがないじゃん」
「うん」
「弟くんの持ってる本も全部読んじゃったんでしょ?」
「うん、もう飽きた」
「だよね~、シドニーシェルダンって知ってる?」
「知らない」
「外国の有名な作家なんだよ」

元々、高級志向ブランド志向のある義弟だから、有名なというところに興味を持った様子。

「有名なの?」
「うん、私は好きで結構持ってるんだけど、読んでみる?」
「うん、読んでみる」

というので、『陰謀の日(上)』という本を渡してみた。

「へえ~、こんな人がいるんだ」
「私は好きなんだ。面白いと思うよ」
「ふ~ん」

と言いながら本を開いたので、私は買い物に出かけた。
帰ってきて、片づけを始めていると

「恵子ちゃん、この本面白いよ」
「そう?良かったね」
「次が読みたくなっちゃってさ~」
「あわてなくていいから、じっくり読んでください」

本当に読んでるのかな?と思って、様子を見てたら
ちゃんと活字を目で追ってるし、ページもめくってる。
読書中!
読書中の義弟でごじゃります。

興味を持ったのなら、しばらくこの本を読めるかな?
それにおまけも付いてきた。
私にとっては大事な本だから、あまり折り目とかは付けてほしくないので
しおりを渡そうと思ったけど見当たらない。

「いいよ、恵子ちゃん。俺ページを覚えてるようにする。これも練習だろ?」
「そうだけど、忘れちゃうといけないから、このメモ挟んどこうか」
「でも練習にならないな~」
「これを挟んでおけば、自分で記憶と合ってるか確認が出来るじゃん」
「あ、そうか。そうしましょう」

実際には、ページの確認はしないと思うけど
そう自分から考えたことに意味があるんだと思う。
本を読んでると眠くなるのは仕方が無い。
でも昨日の義弟は、グッスリ眠ると言うのではなく、ちょっとうつぶして眠っては
起きるとまた本を開いて、ちゃんと活字を追っていた。
夕方5時近くに居眠りを始めたので

「弟くん、こんな時間に寝ちゃダメだよ」
「寝てないよ」
「だって、今うつぶしてたよ」
「寝てないよ。でも誤解される行為はしたな」
「うん、そうだね。がんばって起きてて。昼間は起きてる。夜は寝るだよ」
「こんな時間に寝ちゃったら、また夜眠れなくなっちゃうからな」

そう言った15分後、また寝てたけどね。

「弟くん、起きてないと」
「あ・・・そうだよね」

しばらくしたら

「ねえ、恵子ちゃん。タバコ盆どうしたっけ?」
「あれ?思い出しちゃった?」
「えっ?」
「ずっと忘れてたでしょ?思い出しちゃったの?」
「なんだよな~(笑)」

木曜日の朝から、まったくタバコのことを言わなかった義弟。
あれほど好きなタバコの記憶が、失くなっていたようなので
あえて私の方からは何も言わず、このまま禁煙につながればと思ったけど
2日目の夕方になって、ふと思い出したのだろう。

帰ってきた主人に、昨日の様子を話しながら
いつか義弟の記憶から、主人も私もいなくなる日が来るのかなって考えたら
ちょっと寂しくなった。

6時になって、テレビを見たいと言ったので、昨日は食事の支度が出来るまで
テレビを見ることを許した。
その後は、忘れたりやってないこともあったけど、9時ごろには自分から

「もう寝る」

と言って、就寝となった。

私の手間は、かなり増えた。
でも対応を変えたことで、義弟の様子もかなり変わった。
毎日これが続くとは限らないだろうけど、今はこの対応の仕方が最善策なのだと思う。

今朝の義弟にも、昨日と同じ対応している。
朝なかなか起き上がれない義弟に

「弟くん、もう6時半過ぎたよ。起き上がらないと」
「力入れて、がんばって起き上がって」

何度も声をかけ続けていたら、義弟自身も起き上がろうと一生懸命だった。
目覚ましが鳴らなかったことが、気になるらしく

「目覚ましが鳴らなかった」「電池がないのかもしれない」

とやたらと、時計を触るので

「後で私が電池を入れ替えとくから、今は着替えを先にしちゃおうか」

と何度も声をかけた。
今朝の食事をしてるところ見ていて、また気が付いた。
どうやら、お腹がいっぱいになると、食べることに飽きるというか
食べることに興味がなくなるらしい。
食事の量も考えて出した方がいいかもしれないな。

「終った?」
「うん」
「じゃあ、今日はヒゲ剃った方がいいんじゃない?」
「うん、カビが生えたみたいだ」
「なるほど、うん、カビが生えてる」
「恵子ちゃんまで言うか(笑)」
「弟くんが言ったから、言ったんだよ。早くカビ剃っちゃおう(笑)」
「(笑い)」
「はい、立って。ヒゲ剃り取りに行こうか」

ヒゲ剃りを持って和室から出てくるところで、転倒して膝をすりむいた義弟が

「バレーボールで使ってる、ニイパッドしておこうかな?」

そう言ったので、なるほどその方が怪我が少なくていいかもしれない。
洗面所に行ったけど、トイレに行きたくなったようで、トイレに入ったら
ヒゲ剃りも洗面ハミガキも終ったと思い違いをしてしまった。

「弟くん、まだヒゲ剃ってないよ」
「あれ?もう終ったんじゃない?」
「先にトイレ入ったでしょ?鏡見てごらん。まだカビが生えたままだよ」
「カビって言うか(笑)」
「弟くんが言ったんだよ」
「そうだけどさ~(笑)俺は順番があるから、まだハミガキもしてないな」
「そうだよ。まずはヒゲを剃っちゃおうか」
「うん」

ハミガキも声かけをした後、しばらく出てこないので様子を見に行ったら
ありゃま、今日は眠くなっちゃてるのかな?

「弟くん、そこは寝るとこじゃないよ。うがいしてください」
「あ、はい」

もうすぐハミガキが終る。
アイスコーヒーを入れてあげるかな。。。

床屋に行ってスッキリ!
床屋さんに行ってスッキリの義弟。
昨日は、こんな笑顔で過ごせました!

見方を変えられた。。。

2008.07.25 (Fri) 義弟との日々の出来事

昨日は6時過ぎから、義弟を起こし始めた。

「弟くん、今日は病院。間に合わなくなるから、起きて」
「弟くん、起き上がって。今日は病院です」

お弁当や義弟の朝食を作りながら、何度か声をかけしたけどダメ。
キッチン仕事を片付けてから、お布団から絨毯の上に転がして
お布団をたたみ、義弟の身体を起こした。

「弟くん、今日は病院に行くの。間に合わなくなるから、着替えましょう」
「うん」

いつもイラついて、つい怒ってしまうけど、昨日は大きな声でゆっくりと
義弟の顔を見ながら、促すように言ってみた。
義弟は、そうやって声をかけると、私の顔をジッと見て返事をする。
返事はするが、今度は私を見たままで動かない。

「弟くん、私を見てても先に進まない。動きましょう、わかった?」
「うん」
「着替えるんだよ、わかった?動いて」
「うん」

と、動き出すが、他に注意が向いてしまったり、動きが止まったり
何度も同じように声かけしてたら、パジャマを全部脱いで
ついでにおむつも脱いじゃって、スッポンポンの状態でいつまでも座ってる。

「弟くん、早くおむつ履いちゃおう。昨日みたいにおしっこが出ちゃったら、大変だよ」
「うん」

返事はすれど、足におむつを引っ掛けたまま固まってる。
フローリングの上なら、まだ拭き取れば済む話だけど
和室の絨毯の上で漏らされたら、困ってしまう。

「弟くん、おむつ履いて」

何度か声かけたけど、一向に動かないので、これはもうしょうがないと思って
手袋をはめて、おむつを履かせることにした。
この前は、手で大事なところを隠してたけど、今回はもう丸出し状態。
本人はニヤニヤ笑って、なすがままだった。
着替えを用意して、手元に置いて

「弟くん、Tシャツ着て。聞いてる?Tシャツ着るんだよ」
「うん」
「Tシャツ着たら、今度はズボン履いて。ズボン履くの、わかる?」
「うん」

様子を見ながら、こんな風に声かけをしてみた。
なんとなく義弟を動かすためには、どうすればいいかがわかってきた。
でも昨日は、悠長に構えてられなかった。
10時には家を出発したかったので、9時には支度を終らせてトイレにも座らせなくちゃだ。
なんとか9時過ぎに準備は整い、麦茶を一杯飲ませて

「ちょっと出かけてくるから、麦茶を飲んだらトイレに入ってね」

そう声をかけて、車をマンション内まで持ってきて、10分後に戻ったら眠ってた。

「弟くん、寝ちゃダメなの。今日は病院だから、トイレに入ってきて」

9時20分過ぎにトイレに入ったけど。長時間入るだろうろ予測はしてたので
9時45分過ぎに

「弟くん、もう出かけます。トイレから出てきてください」

そう声をかけて、そのまま玄関に行かせて、10時過ぎには家を出た。
難関は階段だと思ってたけど、階段はまだつかまるところがあるし
私もズボンの後ろをしっかりつかんで、前に出ない左足を
時々蹴飛ばしながら、なんとか階段は降りた。
リハビリセンターに行く前に、少し歩かせてみようと思ったのだけど
つかまるところがない外では、一人で歩くのは不可能だった。
ズボンの後ろを持ってるだけでは、支えきれない。
ズボンの後ろを持ちながら、脇に手を入れて支えたけど
これじゃあ、間違いなく私も一緒に転倒する。
なので1階の他所のお宅のベランダの鉄柱につかまらせ

「手を離すよ。しっかり立ってて。車持ってくるから。いい、手離すよ」
「うん」

車を持ってきたら、ちょうどYさんが通りかかり、手伝ってくれた。

「顔つきまで変わっちゃって、ずいぶん衰えちゃったわね」
「うん、なんかあっと言う間だった」

そんな会話をして、病院に出発。
病院の車椅子を借りてきて、駐車場から待合室に向かった。
待ってる時間も義弟は眠ってしまう。
今日起こしておけば、昼夜逆転が直るかもしれないと思い

「弟くん、寝ちゃダメ。先生と話せなくなっちゃうよ」
「起きて、眠っちゃダメ」

背中を叩いたり、腕を叩いたりしながら、なんとか起こしておいた。
11時半近くになって呼ばれて、診察室へ。
少し話をした後、手すりのあるところに行き、立ち上がりや歩き方をチェック。

「3級は確実だけど、つかまれば立てるから、2級はどうかな?って感じ」

覚醒してればまだしっかりするけど、眠いところを起こしてるから
なおさら力が入らないから、支えがないとフラフラするので、2級は微妙らしい。

月曜日に隣の病院、脳外を受診する話をしたら、その日に間に合うように
診断書を作ってくれることになり、電話をくれることになった。
12時半には会計も終わり、駐車場へ。
ここでふと思いついて、義弟を床屋に連れて行くことにした。
髪も伸び放題だし、ヒゲもちゃんと剃れてないし、本当に病人臭かったしね。

「ママ、今空いてる?」
「昨日はごめんね。病院終ったの?」
「うん、今終って空いてたら、弟くんの頭坊主にして」
「今なら、大丈夫よ」

何度も義弟を連れ出すのは、私がしんどいし
この後、役所のMさんとの面談もあるから、このまま起こしておけば
夜しっかり寝てくれるかもしれない。
ママも支えるのを手伝ってくれて、お店の中に入り、ママに任せて
車を駐車場に置いて、おむつが無いのを思い出して、ちょっと買い物を済ませて
車椅子を持ってお店に戻ったら、頭を洗ってもらってた。
起き上がって、ドライヤーをかけてもらってる義弟に

「弟くん、ヒゲも剃ってもらってスッキリしたでしょ?」
「うん」
「なんだか、もじゃもじゃの頭だったもんね」
「この人、ちょっと黙らせて」
「何言ってんの。でもほら、格好良くなったよ」(ママ)
「うん(ニコニコ)」

髪もさっぱりして、ヒゲも綺麗に剃ってもらって、私の方までスッキリしたよ。
お店から出るときは、出かけてたママの息子くんが戻っていたので
段差のところを車椅子で下ろしてくれた。

マンションの階段は、義弟の足で昇ってもらうしかない。
でも降りる時よりは、楽だった。
家に戻ったのは2時少し前、すぐに着替えるように言って昼食を出した。
食べ終わって3時過ぎ、役所のMさんは遅れるかもしれないと言ってた通り
3時半近くに来たので、ちょうど良かった。

1時間ほどの面談のあと、どうれくらいの介護度なるか聞いてみた。

「介護1は間違いないと思うんだ。言えば出来るって言うのは、出来るって判断させれるから。
 でも身体の衰えがひどいから、これがどう判断されるかなんだよね。
 判定員が厳しいか、甘いかでも違うから、なんとも言えないところだけど
 ケアマネさんには聞かれたら、とりあえず介護1で動いてみてって言っておいて」

父も『要介護1』の認定をもらってるけど、これだけ手のかかる義弟も同じなの?
まだ認定が降りてきたわけじゃないけど、同じ介護度でもこれほどの差があるのか。

いつもは眠ってる時間に、起こされていたわけだから
4時半過ぎから、居眠りが始まった。

「弟くん、こんな時間に寝ちゃダメ。ガマンして。昼間は起きてて、夜眠るの」

と言っても、眠い物は眠いよな。
わんこのお散歩まで、夕飯の準備をしながら

「弟くん、今日はどこ行ったっけ?」
「・・・・・」
「じゃあ、今日女の人が来たけど、名前はなんて言った?」
「・・・・・」
「Mさんだよ。忘れちゃった?」
「あ~・・・・・」
「Mさん、何しに来たって言ってた?」
「・・・・・」

こんな風に今日の出来事を聞いてみたけど、脳みそは寝てるから
さっぱり思い出せないでいた。
それでもなんとか起こしておいて、わんこのお散歩に出かけ
帰ってきたときは、一応起きてたので、すぐに夕飯の準備をして出したのが6時半近く。
お薬を飲み終わって、もう8時になるので

「弟くん、お薬飲んだら、パジャマに着替えて」
「うん」
「立ち上がって、和室に行きましょう」
「うん」

何度か声かけをして、立ち上がった義弟は、和室に行ってなぜか窓を開けた。

「なんで窓を開けてるの?」
「おむつを片付けないと」
「まだおむつ、履き変えてないよ」
「えっ?(下を見て)あ~、そうか」
「履き変えてから、窓を開けましょう。エアコン点いてるから」
「うん、そうだね」
「じゃあ、早く窓閉めて。まずはパジャヤに着替えましょう」
「うん」

が、今度は和室から出てきた。

「どうしたの?」
「先に顔を洗おうかと思って」
「うん、でも和室にいるんだから、先にパジャマに着替えようか?その方が効率的だよ」
「あ、そうか(笑)さすが、恵子ちゃん」
「そう?じゃあ、早くパジャマに着替えちゃおうか」
「うん」

これでやっと着替えが始まった。
そんな風に対応してたら、少しわかってきた。
やらせようと思って、こっちも声を荒げて攻撃的になるから
義弟もわけがわからずイラついて、攻撃的になるのかもしれない。
大きな声で、ゆっくりと話して、否定はせずでもこっちの方が良いよと言えば
それなりに納得して、動き出す。
ただ動き出すまで、私の顔をジッと見てなかなか動かないし、動き出しても
これでいい?って、いつも聞いてるような仕草をする。

父は老いては子に従え状態、ちょっと怒ると自分を責めて萎縮するから
ヘタに怒ったり出来ないんだけど、施設での話を聞いたりしてると
子供に戻ってる部分も見えてきて、ちょっと可愛いと思ったりする。

これが不思議な物で、前日ママを慰めたりしながら
自分にも置き換えたりして、見方を変えて、対応の仕方を変えたら
義弟もなんだか素直で、おまけにニコニコ笑顔で行動したりする。
義弟のことが、可愛い老人に見えたりするのだから、不思議な物だ。
同世代の男性としか見れなかったし、子供と思うことは不可能だったけど
なぜか老人として見たら、私の気持ちが違ってきた。
私の中で、義弟の見方を変えることが出来た瞬間かもしれない。

寝るばかりに準備が整ったのは、9時を過ぎていた。
私の方も、この時間にはもうヘトヘトだった。

「弟くん、もう9時過ぎたよ。今日は出かけたから、もう寝ましょう」
「うん」

動き出すまでには時間がかかったけど、9時半過ぎには和室の電気も消えた。
私も主人との晩酌中に、いつの間にか眠ってしまい
気が付いたときは、主人が片づけを全部終らせてくれて寝ようとするところだった。

「ごはん食べた?」
「食ったよ」
「ありがとう」

そのまま主人と一緒に、眠ってしまった。。。

ご近所のママ。。。

2008.07.24 (Thu) 思うこと

同じマンションに床屋兼美容院をやってるママから
10時少し前に、泣きながら電話が入った。
ママも私のことをママと呼ぶ。

「ママ、私サブ連れて家を飛び出して来ちゃった、もうどうしたらいいかわからないの」
「どこにいるの?すぐに行くから」

帰ってきたばかりの主人も、

「俺は適当に済ませておくから、行ってこい」

って言ってくれた。
サブちゃんというのは、一緒に暮らしてるシーズー犬。
すぐに家を出て、ママと会ったら、泣きじゃくっていた。

「ママ、ごめんね。パパが帰ってるのに。サブを置いて来れなくて連れて出てきたの。
 もう私どうしたらいいかわからなくて、ママしか話せる人がいなかったの。ごめんね」
「私は大丈夫だよ。どうしたの?何があったの?」
「ママ、私どうすればいい?もうどうすればいいかわからないの」

って、ただただ背中をさすりながら、抱きしめてあげるしか出来なかった。

ママはパパの親と同居をしている。
パパの父親がいた頃は、おばあちゃんも仕事をしていたし、パパも仕事をしていた。
おばあちゃんは仕事があるからと言う理由で、自分の夫の介護は一切せず
ママが今の仕事をしながら、おじいちゃんの介護をし最後も看取ったそうだ。
その後、パパもガンを患いそれ以来仕事せず、お店の経理と言うことで
家で好きなことをして過ごしている。

趣味で絵を書いたり、一眼レフのデジカメで写真を撮って歩いたり
我が家のわんこの絵を書いてくれたこともあるし、写真も上手に撮ってくれたりするけど
私に言わせれば、ママにおんぶにダッコして悠々自適な
ヒモ暮らしをしてるようにしか見えない。

3年前からおばあちゃんは認知症と診断されたんだけど、徘徊もあって本当に大変。
もちろん徘徊していなくなれば、パパも一緒には探してるけどね。
それと同時に糖尿病もわかったし、パパも高血圧と診断されて
糖尿の気があることもわかって、ママはおばあちゃんの病院、パパの病院
自分だって足が痛くて、病院に行きたいとか思っても、おばあちゃんとパパが優先。
仕事の合間をぬっては家に戻って、カロリー計算をした食事を作ったり
おばあちゃんの面倒も、全部ママが看て、家事もこなしてた。
パパは夕方になると洗濯を取り込んで、たたんでくれてはいたらしいけど
それくらいやってもバチは当たらないよね。
ママには息子が二人いて、息子たちには

「ママはおばあちゃんとパパの家政婦じゃないんだから、もう離婚して楽になれば」

と言われていたらしい。
でもママは後ろ向きになるのは好かないから、いつも前向きに考えようって
これが自分の宿命なんだと言い聞かせて、パパの親だから一生懸命面倒を看て
おばあちゃんのことが済んだら、それから夫婦二人で
のんびり過ごせればいいと思ってやってきたって。

生活を支えているのはママだし、客商売の仕事だから簡単に休むわけにも行かない。
救いだったのは、一緒にお店をやってるのがママの次男くんだったことだと思う。
ママ指名のお客さんじゃなければ、お店を任せて動くことが出来たからね。

今年に入ってから、おばあちゃんは下の方もダメになって
厚手のおむつは嫌がるようで、おねしょも毎日のよう。
私も義弟の下の世話は出てきてから、それまで以上に疲労感を感じるようになってたから
仕事をしながらのママにとっては、もっと大変だったと思う。

おばあちゃんは、毎日デイサービスに出かけてるんだけど
送り出すときも、お迎えの時も、ママは家に戻って
おばあちゃんの世話をして、また仕事に戻ると言う生活をもう3年以上続けてた。
パパがいるんだし自分の親のことなんだから、少しは手伝えばいいのにって思ってた。
だけどここ数日、朝サブちゃんをお散歩させてるパパの姿は見てたから
少し手伝うようになったのかなって思ってた。
ママに聞いたら、おばあちゃんが目を離せない状態だから
サブちゃんのお散歩は行ってくれって、頼んだんだって聞いていた。

だけど、ママにだって限界はある。
徘徊があるって、本当に大変だもん。
ちょっと目を離した隙に外に出られちゃっえば、帰ってこれないこともある。
だから限界を迎える前に、老人ホームのような施設にお願いした方がいいんじゃないかと
思ったママは、ちゃんとパパにも相談をして、施設を探し始めてたんだよね。
でも施設に預けると言うことは、パパにとっては納得の出来ることではなかったらしい。
それはずっとママも感じていたらしいけど、何も手伝わないパパに自分の親だと言うだけで
口を出す権利はないと私は思っていたから、その方がいいよって勧めていた。
そうは言っても、今はそういう施設も順番待ちだし、高額な費用もかかる。
なるべく安いところを探そうと思えば、そう簡単には見つからない。
いろいろな資料を取り寄せて、検討している最中だった。

おばあちゃんは月に一度、ショートステイにも行っている。
ママにだって、おばあちゃんと離れる時間は必要。
それは私も今、本当に実感してること。
今の状態の義弟じゃ、もう実家に預けることも不可能だからね。

今回おばあちゃんの介護保険の更新で、『要介護4』になった。
ショートステイも今までは、3泊4日だったけど、今回初めて9泊10日お願い出来たんだって。
久しぶりに夫婦水入らずで、ゆっくり過ごせるってママはすごく楽しみにしてたらしい。
その気持ちは私だってよくわかるし、すごく大事な必要な時間でもあると思う。

だけど出かける日、朝一番でママ指名のお客さんが入ってしまい
しかもその電話を、たまたま店にいたパパが取って
出かける日の朝だけど、用意はするからおばあちゃんおことはお願いねと言うことで
予約を受けてたそうだ。
前日の火曜日、床屋さんは休日。
その休みを潰して、おばあちゃんが出かけるための買い物をして、準備も整えて

「この二つのかばんを、持たせてくれればいいからね」

朝食も食べさせて、パパの昼食の準備もして、お店に出かけた。
でも認知症のお年寄りにありがちで、出かけるときになってあ~だこ~だと
ダダをこねたり、せっかく作った荷物を出してしまったり

「Sさん(ママのこと)が、言ってたから」
「Sさんが、こうしなさいって」

たぶんおばあちゃんにしてみたら、ママがいないことで不安にもなったのだと思う。
おばあちゃんの言ってることが、本当にママが言ったとは限らないんだけど
パパに対して、結構なダダをこねたらしく、パパも大変だったのだろうと思う。
本当に施設の方にバトンタッチするまでは戦争だと思うし、その日の朝もそうだったらしい。
普通ならここで、ママの大変さをパパが思いやるべきところ。
ところがパパはそのイライラを、ママにぶつけてしまったんじゃないかと思う。
それだけパパは、ママに甘えきってる証拠だと私は思う。
ママにしてみれば、今日からしばらく夫婦水入らずで過ごせると楽しみに帰ったところで

「お前は、俺のおふくろと店とどっちが大事なんだ!」

と始まったそうだ。

「俺は朝、本当に大変だったんだぞ。準備をしたんなら、客なんかキャンセルして
 おふくろを最後まで見て、送り出すのが当たり前だろ!」
「だって仕事なんだからしょうがないでしょ」
「そうやって、すぐお前は仕事に逃げるんだ。今までいろいろやってたのだって
 おふくろを施設に入れるために、やってただけなんだろ」

もちろんママだって、言い返したから大喧嘩になった。

「食わしてるの、私でしょ!」

喉元まで出かかったこの言葉、これは絶対に言ってはいけないと思って、言えなかったって。
もっといろいろなやり取りはあったけど、ママにはどうしても許せない言葉を
パパは言っちゃったんだよね。

「結局お前は、おふくろも俺も邪魔なんだろ。
 だったら、おふくろは俺が面倒見るから、お前は出て行け!」

パパの母親だと思うから一生懸命やってきたのに、労いの言葉一つなく当たり前と言われ
自分よりも親が大事だと言われたことが、悔しくて情けなくてもう何も出来ないって。
今まではこうやって飛び出すことがあっても、なんとか自分で折り合いを付けて
家に戻っていたけど、もう同じ空気を吸うことさえイヤで、涙がどうしても止まらないって。
車があったから主人が帰ってるのはわかってたけど。私ならきっと気持ちを
わかってくれるんじゃないかって、話を聞いてもらいたくて電話をくれたらしい。

「うちに来る?泊まっていってもいいよ」
「ううん、パパがいるのに悪いから。お店に行こう」

それからママのお店に場所を移して、ビールを飲みながら話を聞いた。
話してる間中、ママの目からポロポロと涙が溢れてきて止まらない。
ママだって、きっと限界を超えてたんだと思う。
仕事をしてるわけじゃなく、家にいてママの大変さを見てきたはずのパパが
一番ママを理解して、労いの言葉はなくても、行動や態度でいくらでも現すことは出来るのに
自分は何もしないで、当たり前とか、ママより親を取るとか、そんな言葉は
決して言ってはいけないし、おかしいよ。

介護って、経験のある人にしかわからないことがたくさんある。
「出来ない」って思っても、やらなきゃいけないことだってある。
主人だって、仕事仕事で家にいないから、本当のところはまだわかってないと思う。
でもありがたいことに、主人は義弟より私を大事に思ってくれる。
「ありがとう」とか「悪いな」とか、そんな言葉は一切言ったことはない。でも

「お前だから、憲児との生活は成り立ってる」

とか、今日も、義弟を病院に連れて行くことで話をしてたら

「階段降りる時、お前も手すりをつかんでろよ。もし支えきれないと思ったら
 構わないから、手を離せ。憲児がケガしたら入院させりゃ済むことだけど
 お前も一緒に落ちたらシャレにならねえし、憲児をかばってお前がケガをする必要もねえ」

そう言った。
ここのところは、私が精神的に参っているのを知ってるから、主人の起きる時間に
私が起きれなくても、文句は言わない。
それだけのことでも、どうにかこうにか出来るんだよね。

なのに、邪魔にしてるって・・・しかも、逆に責められてしまったら

「じゃあ、アンタがやりなさいよ」

ってなるのは、当たり前のことだ。

「もう、何にもしたくないの。どっかに消えてしまいたい。サブだけは離せないから
 一緒に連れて行くけど、もう帰りたくないし顔も見たくない」

何も聞かなくたって、誰が見てもパパは何してるんだろうって思うよ。
でもママはパパの立場を考えて、私以外の人には家庭の事情はほとんど話さない。
おばあちゃんが認知症なのは、徘徊があるからみんな知ってるけど
パパが仕事をしてないことは、ママの口から言ったことはないけど
昼間から、スポーツセンターに出かけたりしてれば、わかることだよ。

「アンタの言ってることはおかしいよ。他の人に聞いてみな」
「それはお前がみんなに言ってるからだろ」

限界を超えても、必死でがんばって、がんばりすぎてるママを
一番わかってほしいパパに、理解されない苦しさ、辛さ・・・
主人だって、私の大変さは理解していても、本当の介護の大変さを
理解しきれていないこともあるから、理不尽さを感じてしまうことだってある。
でもこれが当たり前とは思っていないから、私だってなんとかやっている。

「離婚するってパパが言うから、それでもいいよって言ったら
 ほらな、それがお前の本音だろ。お前は自分だけが楽になって
 俺とおふくろを捨てるんだろ。そういつもりでやってきたんだろって」

もうパパの方は、ただただわがままを言ってるだけにしか思えない。
2時間近く話を聞いて、泣いて泣いてそれでも涙があふれてくるママの目はもう真っ赤。

「ママ、がんばり過ぎだよ。自分がガマンすればとか、自分がやればいいとか
 だからパパが何でもママがやってくれるって、甘えるてアグラかいちゃってるんだよ。
 離婚はともかくも、別居は勧めるよ。パパにおばあちゃんの面倒看させなきゃダメだよ。
 ママも、出来ないことは出来ないって、言葉に出して言わなくちゃ。
 出来なくたって、やらなきゃいけないことはやるんだもん。だから大変なんだし
 出来ないってことを、パパに伝えなくちゃ。パパの協力がなければ出来ないって」
「えっ?出来ない?」
「そうだよ。出来ないって言わなくちゃダメだよ。無理してやっちゃうから
 パパが出来ると思っちゃうんだよ。ママは出て行かない、離婚はしないって思ってるから
 出て行けとか簡単に言えるんだよ。現実問題、仕事もしてないのに
 おばあちゃん抱えて、どうやって生活するのよ。ママに甘え切ってるから言うんだよ。
 もう出来ないって何もしないで、パパがやるって言ったんだからやらせればいいんだよ」
「出来ないって言えばいいんだ。離婚すると思ったら、何もしなければいいんだね」
「そうだよ、ママ。私も旦那に、出来ないことは出来ないって言ってるよ。
 でもやらなきゃいけないことだってあるじゃん。だから大変なんだしさ。
 今日帰ったてからは、がんばらないことをがんばって、ね、そうして」

それからしばらくして、ママの涙が止まった。

「ママは優しいから、明日になったらまた同じことしちゃダメだよ」
「ううん、もうしない。ママの言ってくれた出来ないってこと、ちゃんと頭に入ったから」
「そうだよ、出来ないことは出来ないって言わなくちゃ」
「もう何もしたくないもん。やりたくない。だから、何もしない」
「そうそう、離婚はいつでも出来るから、パパにやらせよう」
「うん、もう大丈夫。ありがとう、ママ」

実はこの時点で、私もう地球が回り始めてた。
何しろ主人が帰ってくる前に、チーズ一個食べてビールを2本飲んでた。
主人が帰って、これから晩酌と言うところですきっ腹状態。
その後、ママとビール3本開けちゃったら、グルグルしちゃった。

「パパがいるのに、こんな時間までごめんね。パパは大丈夫かな?」
「勝手にやってると思うから、大丈夫だよ。ママは明日平気なの?」
「朝一でお客さんが入ってる」
「じゃあ、もう帰って寝よう」

ママもロレツが回ってないから、かなり酔ってたと思う。

「ママ、ありがとう」
「ううん、がんばらないをがんばってね、ママ、絶対だよ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」

家に戻ったのは、1時近くだったけど、主人が気が付いて

「ママどうだった?」
「もうボロボロだった」

と話しながら、寝てしまったらしい。

誰の介護でも同じだと思うけど、夫婦揃っていての介護なら
お互いのお互いへの、気遣い、思いやり、労わりの気持ちは絶対必要だと思う。
毎日が大変なほどに、ちょっとした気遣いで救われることはたくさんある。
自分の親だから、その状態を受け入れるのに時間がかかるのはしょうがないけど
聞きたくないとかって突き放されたら、看てる方がつぶれるのは時間の問題。
看てる方はその状態をちゃんと報告して、対処の仕方だって一緒に考えて
現実を受け入れて、一緒に苦労しなくちゃいけないんだよ。

私も、今の義弟の現実を受け入れなくちゃいけないんだな。。。

今朝は気が付いたら、主人が出かけるところだった。

「何時?」
「5時になるぞ」
「ヤバッ!」

って、起き上がったら・・・あったま痛ぇ~・・・
今日はハードな1日なのに、まずはエリーのお散歩だ。
飲んだのはビールだけだから、お散歩で汗を掻いたら頭痛は治った。

家に戻って6時過ぎ、戦闘開始となった。。。

ここまで・・・

2008.07.23 (Wed) 義弟との日々の出来事

お風呂に入れと言ったあと、15分くらいトイレに入ってた義弟。
パジャマなどの準備をしながら、パソコンに向かってる私に給湯器のスイッチを入れろと言った。
もうすでに私にやってもらうのが、当たり前化してきてしまっている。

「和室で人にやれとか言ってないで、さっさと洗面所に行ってから言ってよ」
「俺はここで気になるんだよ」

昼間は電池が切れてたけど、覚醒してきたら今度は攻撃的になたてる。

「昼間は起きてられるようになってから、口答えしてくれ!」

これだけ覚醒してれば、大丈夫だな。

洗面所に消えたのが、4時15分過ぎ。
カーテンの隙間から見える義弟の動きがないので

「ボーッとしてないで、早く入ってよ」
「うるせえな」
「さんざん眠ってたから、口だけは達者になったようだね」
「○×△□※・・・」
「何言ってるかわからない!はっきりしゃべれるようになってから文句言ってくれ!」

寝てばっかりいたかと思ったら、目が覚めれば今度は文句か。
なんだかムカムカしてしまう。

「とにかく、早くお風呂に入ってよ」

で、女中部屋で一服してたのだけど、なかなかシャワーを出す音がしない。
けど、しばらくしたら洗面所から、トレイの前に義弟が出てきた。

「なんだ?」

と思った次の瞬間に、ポタポタポタポタポタ・・・・

「えっ?」

Tシャツの下から、おチンチンの先が見えてて、さらにおしっこまで出てた。
義弟はその場に立ったまま、様子を眺めてた。

「何やってるの?」
「出ちゃった」
「出ちゃったって・・・」

私の方が呆気に取られてしまった。
おしっこと思ってから、出ちゃうまでに数秒しかないってことなんだ。
しかも出ちゃったおしっこを踏んずけて、トイレに入ろうとしたので

「お風呂に入って。そのまま流せばいいから!」
「は~い」
「こういうときはトイレじゃなくて、お風呂に入りなさい。流せば済むことだから」
「うん」
「おむつは最後に脱いで、脱いだらすぐお風呂に入るの」
「最後に脱いだよ」
「Tシャツ着てるでしょ?」
「えっ?あ~そうか」
「とにかくお風呂に入って。Tシャツは脱いで入るのよ」

Tシャツを脱いだ義弟は素っ裸のまま、今度は除湿機に気を取られて何かやってるし・・・

「余計なことしなくていいから、早くお風呂に入って。拭かなくちゃいけないから」

お風呂に入ったのを確認して、洗面所を見たら洗面所もビショビショだ。
手袋をしてわんこのオチッコシートで、まずはオチッコを吸収して
それからオレンジXを吹き付けて拭き上げた。

拭きながらちょっと泣けてきた・・・もうここまでになってしまったんだ・・・
本当に、本当に、もう介護の世界なんだ。
もう覚悟を決めよう、出来ないとか言ってる場合じゃないんだ、きっと・・・

昼夜逆転してたって、徘徊するわけじゃないんだからいいじゃないか。
口答えしようと、文句を言おうと、私だって負けてないんだからいいじゃないか。
本当に、本当に、もうダメなんだ。。。

さらに悪化?

2008.07.23 (Wed) 義弟との日々の出来事

昨日の疲れが出たのか?今日はまた休眠状態の義弟。
日々に波があるとは思うけど、今日の状態はまた悪化したと言う感じがする。

朝起こしても起きないのはいつものことだ。
明日はリハビリセンターの受診日でもあるから、そのことも言いながら
何度も声かけしたけど、とにかく起き上がらない。
あっちにゴロゴロ、こっちにゴロゴロ。
起き上がるためにつかむところを探すというより、とにかく寝ていたいだけだと思われる。
でも動けと言われるから、あっち向きこっち向きして、向きを変えるだけでまた眠ってしまう。
明日のこともあるから、今日は実力行使に出てみた。
とにかくお布団から起き上がらせ、先にお布団はたたんでしまった。
汽笛。。。
が、ここからまた動きは止まってしまった。

そう言えば昨日、介護用品の中にベッドがあるのを見て、ベッドを使いたいと言った。
もちろん今後それも考えてはいるけど、起き上がれずに
あっちへこっちへ転がるから、ベッドじゃ転落する恐れもある。
半分ぐらい起き上がって、バタッと横になったりもするから
柵にぶつかることも考えたら、逆に危ない。
自分でやらせようと思ったら、まだお布団の方が危険は少ないと思う。

「起き上がるって行為は、ベッドでも布団でも同じことですよ」
「そうなの?」

ケアマネさんに言われてたけど、今ひとつ理解はしてない。
車椅子だって持ってるのに、介護用品からも借りたいと言い出した。

「なんで?」
「いや、2台持ってたら格好良いなと思って」

車椅子を2台持つことが格好良い?どういう判断をしたんだろうか?

「車椅子は2台必要ないですね。持っているのであれば、対象にはなりませんよ」

ケアマネさんはそんな風に言ってた。

8時半にすぐに脳外に電話。
介護保険を使うために、健康診断書を書いてもらいたいことを話すと
健康診断としてレントゲン・尿検査や血液検査をすると実費になると言われた。
担当医と話して、どうするかを相談した方がいいから早めの予約を取って
受診するように言われたので、予約センターに連絡したら
7月28日9時半が空いてると言われたので、その時間で予約を入れた。
それから役所のMさんに電話。
ケアマネさんとの話で、身体障害の等級変更をして
『自立支援法』の申請をした方がいいと言われた話をしたら
Mさんもそれを考えていて、明日提案しようと思っていたって。
こうなったら、取れるものは全部取っておけば、何かの時に役立つかもと思い
精神障害のことも聞いたら、身体障害で3級以上取れれば
受けられるサービス内容に、それほど変わりがないそうな。
だから明日受診した時、何級くらいになりそうか聞いてきてほしいと言われた。

今日の反応もかなり鈍い。
9時になって支度が整ったので、朝食の準備とお薬を出して
何度もキャンセルしまくった歯医者に、今日こそは行くことにした。

「弟くん、食べたら薬飲んでひげ剃ってハミガキするんだよ」
「はい」

で、10時半過ぎに帰ってきたら眠ってた。
私が帰ってきたことには気が付いて起きたけど、今日は目もうつろだし動きも相当鈍い。
とにかくヒゲを剃るように言ったのだけど、和室に髭剃りを取りに行って

「恵子ちゃん、俺まだヒゲ剃ってないんだっけ?」
「剃ってないよ」
「剃ったような気がするけど」
「剃ってないよ。ごはん食べて薬飲んだら、寝ちゃったんでしょ?」
「・・・・・そうだっけ?」

ヒゲを剃った後、髭剃りを片付けて、トイレから30分以上出てこない。

「弟くん、トイレは寝る場所じゃないよ。用が済んだら出て来て」

そう言ったら出てきたけど、今度はハミガキを忘れて、キッチンに向かった。

「弟くん、ハミガキしてないよ」
「そうだっけ?」
「髭剃り片付けて、トイレに入ったんだよね?」
「あ~、そうか・・・」

が、洗面所に行って電気を点けて、しばし汽笛を鳴らして電気を消した。

「弟くん、そこに何しに行ったの?」
「えっ?なんだっけ?」
「ハミガキが終ってないんでしょ。ハミガキしなさい」
「あ、そうだ」

が、洗面所にある椅子に座ろうとしたので

「弟くん、ハミガキ。座っちゃダメなの。ハミガキして」
「あ~」

で、ハミガキを持って椅子に座ったのだけど、しばらくして様子を見に行ったら
ハブラシを口に入れて、両手はブラリと下げて眠ってた。

「弟くん、そこは寝るところじゃないよ。ハミガキして、手を動かさないとハミガキできないよ」

こうなると、怒るどころじゃない。
耳の遠い老人に話すように、大きな声でゆっくりと言い聞かせるように
話すのだけど、義弟は私をジッと見てるだけで動かない。

「弟くん、聞こえてる?しっかりして!ハミガキするの。歯を磨くのよ」
「あ~、うん」

今日はこんな状態。。。何をどう言っても、反応は鈍いし
どこを見てるかわからない目つきをしてる。

昨日ケアマネさんに、昼夜逆転してるからどこかで戻さないと
デイケアに通うにも大変だからと義弟に言ってたけど
義弟が自力で戻すことなんて出来るわけがない。
どうやったら戻すことが出来るんだ?

もし昨日ケアマネさんと会話をしただけで、こうなってしまったのだとしたら
センターに通った時と同じように、身体を動かすリハビリをすることで
さらに状態は悪化することも想像できる。
もちろん逆も考えられるから、試してみないとわからないけど
一応このことも、ケアマネさんに言っておこうと思って、電話をした。
ケアマネさんも忙しいから、今は外出中とのこと。
時間が出来たら、電話をしてほしいと伝えおいた。

「弟くん、同じところばかり磨いてないで、反対も磨いて。わかる?」
「うん」

と返事はするけど、目は開いていられず、眠ろうとしてしまう。

「弟くん、そこで寝ちゃダメなの。ハミガキしてるんだから」
「うん」
「同じところだけじゃなくて、反対側も磨いて」
「うん」

そんなやり取りをしてるところに、ケアマネさんから電話が来た。

今日の状態も話しながら、もしかすると悪化する場合もあるから
デイケアがダメだった場合、デイサービスにすぐ切り替えてもらえるよう
その対策も考えておいてほしいことも伝えた。
ケアマネさんが試してみたいと言う話は、今までの私の経験から無理だと思う。
でも寝たきりは防止したいと思うから、もしかしたら私以外の人と接し
専門家が義弟と、カウンセリングをしながらスケジュールも立てるらしいので
何かやる気意欲みたいな物が、出てくるかもしれないと言う期待もある。
ケアマネさんもある程度のことはわかっているようだけど
本当のところはまだ見えてないとも思われる。
もちろんそれは追々わかってはくると思うんだけど、ケアマネさんが言うには
そういう意味からも、義弟が落ち着ける場所を見つけるには
1ケ所通っただけではダメだろうから、受け入れ先が
すぐに見つかるかどうかが、わからないと言うことらしい。

電話が終って、様子を見に行ったら、ハブラシを反対側に移動させてはいたけど
持ったまま、固まってた。

「弟くん、ハブラシは動かさないと磨けないよ。動かして」

私をジッと見たまま、ハブラシを動かしてはいるけど、磨いたとは言えない。
が、ハミガキはそこで終了となり、ブクブクペーを始めた。
音がしなくなったので、また様子をみたら、椅子に座って眠ってる。

「弟くん、そこは眠る場所じゃないの。リビングで座って」

そう言ったら、キッチンに向かいながら

「○×△□※・・・・・」

まったく何を言ってるかわからない。
ただ口から空気が漏れてるようなしゃべり方。

「姿勢を良くして、お腹に力入れて話して」
「麦茶飲んでもいい?」
「どうぞ」

と言ったものの、義弟はまたカウンターにつかまったまま、その場足踏みが始まり
先に進むことが出来ないし、この状態で麦茶を自分で入れさせたら
とんでもないことが起こりそうだから

「弟くん、麦茶入れて持ってくから、リビングに行って座って」
「うん」

と、私の顔をジッと見たまま、動きが止まった。

「弟くん、そこに止まっちゃダメ。動いて」
「うん」

少しずつ移動して、座る位置までほんの数mつかまる場所がない。
前のめりに転ばれるのが心配なので、近くで様子を見ていたら
なんとかテーブルに手を着いて止まった。
テーブルに手を着いたまま、その場足踏みが始まったので

「弟くん、考えて。ちゃんと力入れてないと、またひっくり返るよ。しっかりして!」

と言ってる間に、ひっくり返った。
危ない物はないからいいけど、今日はまったくダメだ。
麦茶を入れて出したら

「氷がない」

文句は言うのか!
氷を入れて出したら、一口飲んで二口目を口につけたまま
コップを斜めにして持って、固まった。

「弟くん、飲むか、コップを置くか、どっちかにしなさい」

と言ったら、二口目を飲んで、コップを置いて、頭をゴンとテーブルに付けて
切れた・・・
電池が切れた。。。

思考停止状態だから、タバコのことも忘れるらしく
最近は2日に1箱で済んでいる。
でも昨日ケアマネさんに

「俺は絶対タバコはやめない!」

と宣言してたな。

もう一つ思い出した。
義弟の左足のくるぶしの辺りは、いわゆる床ヅレのように真っ黒になっている。
左は感覚が鈍いから、同じ格好をしていると血流も悪くなるし
床ヅレみたいになるから、動かなさくちゃダメだという事は何度も言って来た。
けど、言ってやるはずもないし、主人は痛い思いをするのは憲児だから放っておけと言うし
そのままにしてたのだけど、義弟が昨日ケアマネさんにその足を見せて聞いていた。
やはりかなり悪化した床ヅレ状態らしい。
気をつけないと、ここから感染症を起こして肺血症なったりするから
同じ姿勢はやめて、少しでも身体を動かすようにと言われていた。
同じ状態で1日中座ってるから、お尻にも何か出来てるかもしれないことは伝えたけど
私がそれを確認することは出来ないことも伝えた。
あとでこの話を主人にしたら、日曜日義弟がお風呂に入った時
いつものように2時間近くかかったのだけど、途中から出たり入ったりしてると主人が言った。
それからしばらくして、ガタンと言う音で様子を見に行ったら、洗面所で倒れていた。
だから主人に様子を見てくれるよう頼んだら、どうやらお風呂から出ようとして
足を引っ掛けて転んだらしいのだけど、その後またお風呂に入りシャワーを流してた。
その時に主人が見たらしいのだけど、尾てい骨のあたりも真っ黒だったと言ってた。
ずっと座った状態でいるから、尾てい骨部分の血流も悪くなってるんだろうな。
これらを改善する方法は、今のところ私にはどうすればいいかわからない。

時間に間に合わなければ、おむつは替えるという話をしてたら

「この人はね、俺のおむつを替えるのに手袋するような人なんだよ。ひどいでしょ」

そうケアマネさんに訴えてたけど

「イヤなら、時間に間に合うように自分でちゃんと着替えてよ」

ケアマネさんの前でも、言うときゃ言いますよ。
これはやるけど、私には義弟に口を開けさせてハミガキをすると言うことは出来ない。
出来ないものは、出来ない。やれと言われても、これは出来ない。
なぜと言われてもわからないけど、出来ないんだからしょうがない。
義弟の身体をマッサージしたりすれば、床ヅレもいくらかの予防になるのかもしれない。
でも私には、スキンシップ的な作業は出来ない。出来ない物は出来ないのだ。
おむつ替えだって、本当はしたくない。
だから手袋をしなくちゃ出来ないんだから、しょうがないじゃないか。
次はマスクもしたいと思っているし、出来ないけどやらなきゃ困るからやってるだけだ。

やっと3時過ぎて、タバコの話も出てきたので、いくらか覚醒してきたらしい。
明日は病院だから、そろそろお風呂に入るよう言ったらトイレに入って出てこない。
お風呂だって、一緒に入ってなんて到底無理な話だ。
外見はおじいちゃんみたいで、頭の中は3歳児だとわかっていても
私にとって義弟は、あくまでも主人の弟で同世代の男性でしかない。
これからは、私に出来ないことだって増えてくる。
でもやらなくちゃいけないこともあるんだろうな。
だから自分に無理して行動するのだから、どこまで自分が耐えられるかってことでもある。

主人にも言ったけど、ケアマネさんにも

「私にとって、介護虐待、介護殺人は他人事じゃない。
 いつどのタイミングで、自分の理性が吹っ飛ぶかなんて、想像も出来ない。
 だからそうならないために、早い段階で離れる時間がほしいんです」

だから、なるべく早くいろいろな手続きを終らせておきたい。
少々キツいスケジュールでも、ここを乗り越えたらきっと楽になる道が開けるはず。

だけどこんな調子で、明日11時の予約は大丈夫か?
朝からまた気合を入れて、行動しなくちゃだ。。。

ケアマネさん来訪。。。

2008.07.23 (Wed) 義弟との日々の出来事

昨日は、まず朝一で役所に電話をした。
役所からの面談日の電話が来てなかったので、それを聞いてみた。
折り返すと言うことで待っていたら、センターを紹介してくれたMさんから電話が来た。

「ごめ~ん!面談に行くの私なんだけど、ちょっと忙しくて・・・」
「Mさんが担当なの?良かった~」

義弟の通っている病院は、いつも意見書が届くのが遅いんだって。

「でもすぐ書いてくれるって言ってたよ」
「じゃあ、もう届いてるかも。まだ確認してなくて、ごめんね」

Mさんなら、ある程度義弟の様子も知ってるし、センターでのことも知ってるし
少し気持ちが楽になった。

「Aさんとこなら、行かなくても書類書けるんだけどさ~」
「だったら、来たことにして書いてくれてもいいけど」
「いや、そうは行かないのよね」
「そうだろうね~(笑)あの時より、もっとひどいし」
「そうなの?」

と、このところの義弟の様子を話した。
リハビリセンターで身体の障害度の変更もする予定だけど
変更はしておいた方がいいかどうかも聞いてみた。
今義弟を連れて歩くと言うことが、私にとってはかなりしんどい作業だ。
時間に間に合わせるためには、実力行使もしなくちゃいけないし。
Mさんは、一度に二つのことを進めると義弟が混乱するんじゃないかと言ってた。
まずはお義姉さんが楽になることが先決だから
介護保険でどこかの施設に通いながら様子を見て、それから身体の障害度の
変更をしても遅くないんじゃないかって言われた。

でも義弟が混乱することはないと思う。
たぶん義弟自身、自分の置かれている状況をわかってないし
リハビリセンターに連れて行っても、言われたままに動き
聞かれた事にはその時思ったことを答えてるだけで、何をしに来てるのかもわかってない。
精神障害のこともそうだけど、これらの手帳を持つことで
どんなメリットがあるかを知りたいところなんだよね。
とりあえずは先延ばしにしてもいいのかな?と思いつつ
リハビリセンターの予約日でもあったけど、面談日は7月24日午後3時にした。

「もしかしたら、遅れるかもしれないけど、その時は許して」
「いいよ。私ももう少し考えるけど、午前中リハビリセンターに行くかもしれないから」

等級変更をどうしようか?悩みつつ、ケアマネさんにも聞いてみようと思った。

昨日の義弟も、朝から着替えてお布団をたたむまでに3時間かかった。
着替え。。。
着替えるにしても、何にしても、こんな風にいちいち寝っこ転がってしまう。
ズボンを履こうとしてるけど、すぐに足が入ればまだいい。
こんな状態では、足がなかなか入らず腹筋があるわけでもないから
結局疲れて、義弟に言わせると小休止となるけど、大休止になる。
うっかり声をかけ忘れれば眠ってしまう場合もある。
先日はおむつを履き替える時に、スッポンポンでこの状態。
疲れて小休止になればすべてが丸見え、そこに声をかけると
寝っころがった状態で、こちらを見上げるからなんとも無様な格好となる。
時間がかかっても、なんとか自分でやらせたいと思えば、しょうがないのかもしれないけどね。

でも着替えが終って、食事を始める頃には、覚醒してきたように見えた。
前日は声をかけても、なんだか無反応に近い状態だったけど
昨日は反応の仕方も良かった。
義弟には朝から、午後にはケアマネさんが来ることは伝えてあった。

「ケアマネさんって?」
「介護保険を申請したから、面談に来るの」
「あ~、この前のと一緒か」

センターに通う前に、役所のMさんが来た時のことを言ってるらしいけど
説明してもわからないだろうから、特別それに答えなかった。
覚醒してるようでも、時間の経過はわかっていないし、汽笛も鳴る。
それでも30分ほど早く、11時少し前にハミガキも終った。
が、その後テーブルにうつぶして眠ることはなかったけど、タバコとも言わず
コーヒーも入れず、座ったまま1時過ぎまでボーッとしてた。

抗がん治療をしてるなつの抜け毛がひどいため、出かける前に掃除機をかけた。
出かける準備をしてる間に、義弟はコーヒーを入れたのだけど
カップに並々とお湯を注いでしまう。
何度注意してもこれも直らないのだけど、覚醒してるようでも足取りはおぼつかない。
注意をしても相変わらず笑ってるから、私がカップをテーブルの上に移動した。
父の所に2時の約束なので、2時15分前に家を出るとき

「ちょっとジイジのところに行って来るけど、3時にケアマネさんが来るからね」
「は~い」

父の方は、いつもと変わらずの訪問。
施設のでのことや普段の生活のこと、やってみた方がいいこと注意することなどなど
義弟のこともあるので、いつもより早く30分ほどで終了。
そのまま義弟の様子を話しながら、我が家に向かった。

玄関を開けて部屋に入ると、義弟は眠っていたらしく
テーブルにうつぶした状態で、ケアマネさんに挨拶してやっと顔を上げた。

名刺をもらったのだけど、その名刺に義弟の興味を引くマークが入っていた。

「介護保険に付いての、説明をさせていただいていいですか?」
「はい」

と義弟は返事をしたので、ケアマネさんは説明を始めたけど
義弟は名刺に付いてるⅠSOか何かのマークに目が行っていて話を聞いておらず
ケアマネさんが話してる途中で

「いや~、このマークはさ~、憧れだったんだよね」

とまったく違う話を始めた。
こういうことには慣れている様子で、話を合わせていたけど
これじゃあ、話はいつまでも終らないので、口を挟んだ。

「弟くん、今は名刺を見ない。Tさんが説明してるんだから、それを聞いて」

そう言って、名刺を見えないところに片付けた。
ケアマネさんは義弟に聞いているので、私は口を挟まないようにした。
が、義弟の話していることは今のことではなく、センターに通う前
私が立てたスケジュールで行動してた時のことを話しているし
かなり前の話しだったり、これは義弟に限ってかもしれないが
口では達者な事を言いまくる。
朝は6時半なら起きれるとか、新聞を見れば日付を確認できるとか
それが出来てるなら、介護保険の申請なんかしないってばというようなことを
いとも簡単に出来るような言い方をする。

いろいろと義弟と話した後、ケアマネさんが言うには
まずは義弟自身が、自分で言ったことを実行させる事から始めてみたいのだそうだ。
義弟の意見を聞き、私から聞いた義弟の状態とを考えてプランを立てるらしい。
まずは寝たきりを防ぐために、身体の方のリハビリを重視して
デイサービスではなく、デイケアの施設を探してみるって。
デイケアの施設は、身体のリハビリを中心にして、身体を動かすこと
そこにゲームを組み込んだり、楽しみながらのリハビリになるらしい。
もちろん介護保険での施設なので、おむつをしていてもいいし
発作についても対処してくれるらしい。
まずはその施設に通い、身体の機能が回復もしくは維持出来るようなプランにするらしい。

私の希望としては、まずは自分が楽になりたいから週に3日通えること。
お風呂もきちんと洗えているかわからないから、お風呂にも入れること。
ハミガキも同じところしか磨いてないと思うから、口腔ケアもしてもらいたい。

これらも含めて看てくれる施設もあるそうで、週3日同じ施設に通えるように
探してくれることになった。
義弟のやる気、意欲を引き出せればと言うことらしいけど
私には無理だと思われる。
一応その話もしたんだけど、一度や二度話したくらいでは
高次脳機能障害がどんな物かは見えてこないと思う。

それと身体障害の等級変更は、した方がいいと言われた。
介護保険で賄えない部分を、身体障害の等級によって補える部分があるそうだ。
等級変更をしたところで、『自立支援法』も申請しておいた方がいいと言われた。

それとデイケアに通うためには、健康診断書が必要になるらしい。
これは用紙をもらったのだけど、まずは担当医に聞いて書いてもらった方がいいのだけど
尿検査や血液検査、レントゲンも撮ってもらわなくていけないので
早めに受診するよう言われた。
これまた、義弟を連れ出さなくてはいけない作業だな~。

3時少し前に来て、終ったのは5時を過ぎていた。

時間がかかっても、何度も忍耐強く声かけをすれば自分で出来ることは
出来ると判断されるので、記憶障害や身体の衰えなどで判断されるだろうと言われた。

ケアマネさんと役所のMさんも、知り合いみたいなのでこれも話が早い。
『自立支援法』に付いては、Mさんに聞いて早めに申請をするように言われた。

とにかく、ケアマネさんとの面談は終了。

昨夜はいろいろと考えてしまった。
昨日はいくらか覚醒はしていたし、緊張感もあるから身体の動きも良かった。
家の中と外とでは、歩き方も全然違う。
寝たきりは困るから、身体のリハビリをしてもらえるなら、まずはそこからと言うのも
納得出来るんだけど、センターに通った時のように、またドドっと悪くなる可能性もある。
そういうことも説明しておいた方がいいかもしれないとも思った。

今日は、Mさんに連絡することと、脳外に電話して『健康診断書』について
どうすればいいか聞いて、それからケアマネさんにも電話してみよう。

電池が切れた。。。

2008.07.21 (Mon) 義弟との日々の出来事

土曜日、便秘だった義弟。
前回もそうだったけど、便秘の後は要注意だったのを忘れてた。

私には高校時代からの悪友がいる。
3年前に乳がんを患い、部分切除していて今も仕事をしながら闘病中だ。
コイツとは今では、数年に1度しか会うことはないけど
数ヶ月に1度、電話で連絡を取っている。
そろそろ電話をしてみようかなと考えていると、電話が来たり
こっちが思いついて電話をすると、ヤツもかけようかと思ってたなどと言う。
土曜日も買い物をしながら、帰ったら電話してみようかなと思っていた。
家に戻って、荷物を降ろしたところで電話が鳴った。

「もしもし」
「あ~、アタシ。今平気?」
「大丈夫だけど、アタシも電話しようと思ってたとこだ」
「ゲッ!あ~ヤダヤダ!アンタとのこのくされ縁」
「そりゃ、アタシのセリフだよ!あ、ちょっと待って!弟くん、髭剃りとハミガキしちゃいなさい!」
「電話したとたんに、それかよ!で?その後どうなの?」

と言う会話から始まった。
前回電話で話したのが、4月ごろ。
ヤツにも彩佳より、一つ上の息子がいて大学生だ。
20歳になると年金がかかるけど、学生の間は免除になることをヤツから聞いて
その手続きに行ったついでに、福祉課に行って、センターに通うことになったことから話した。
人間の脳ってすごいけど、そこを傷つけてしまったら怖いと言う話になった。
親の介護のこと、自分が認知症になってしまったら、子共は当てにしないなどなど
いろいろ話した最後に

「これから先も長いって覚悟しときなよ。若いから心臓だって強いだろうし。
 アンタは昔っから物事必死になっちゃうけど、旦那の弟との同居を受け入れただけで
 アンタは100点満点なの。本当は、以上!でも良いってことだよ」
「うそ!じゃあ、今のアタシは200点満点ってこと?(笑)」
「バァ~カ!でもさ、こうしなくちゃとか、こうしてあげなくちゃとか考えないで、下の世話だって
 やらなきゃいけないときだけやればいいし、何かをやらせなくちゃって気負わないで
 勝手にやらせておけばいいんじゃね」
「そうなんだけどさ、弟くんがどうとかじゃなくて、けんちゃんの気持ちを考えるとさ」
「まあね、うちのかあちゃんも双子だから、かあちゃん見てれば双子の気持ちはわかるよ。
 だから、余計に情けないって思うんだろうけど、けんちゃんだっていいって言ってんなら
 それでいいじゃん。これからの方が長いかもしれないんだからさ」

そうか・・・義弟と同居しただけで、私100点満点もらえてるんだ。
そう考えたら、少し気持ちも楽になった。
電話を切ったのが、12時30分過ぎ。
電話をしながら、何度か声かけを続けていたけど、義弟はまた長いことトイレに入っていた。
買い物したものを片付けながら、いつものように自分の朝食兼昼食を準備して
さあ食べようと思い、それを持って女中部屋に行こうとしたとき義弟がトイレから出てきた。
その手には、大便を漏らした紙おむつが・・・

「また漏らしちゃったの?」
「うん」
「ちゃんとお尻拭いたの?」
「うん」

すごい匂いを放っていたので、食べるのは後回しとなり
すぐにビニールを渡して、それに入れるように言ってトイレの確認をした。
便座カバーにも大便が付いてる、本当にお尻拭けてるのかな?
でも、私にはまだ義弟のズボンを下ろして、お尻を確認する勇気も根性もない。
義弟は紙おむつをビニールに入れて、そこに放置したので

「ベランダのビニール袋に入れて。部屋の中がすごい匂いだよ」

その後、そのまま履いてたズボンを脱いで紙おむつを履き、新しいズボンに履き替えた。
履いてたズボンは、トイレで紙おむつを脱いだ時に大便を付けてしまった様子。
洗面所で便座カバーと一緒に、手洗いするように言って、トイレ掃除をした。
食事をしようと思ってたけど、申し訳ないが匂いにエヅイてしまって
すっかり食欲が失くなってしまい、自分が落ち着くまで食べるのはやめた。

そこに主人から電話が来て、↑の話をすると

「今日はトレッサにお好み焼きでも食いに行くか」

と夕飯は、外で食べることになった。
義弟には、そうめんと冷しゃぶサラダを作って出し、寝る準備が整う頃に
主人が帰ってきたので、それから出かけた。
主人が、気分転換を考えてくれたのだと思う。

昨日の朝も、義弟はいつものように変わりはない。
が、主人も一緒に声かけをしてくれた。と言っても、主人は私よりもっとキツいけど。
お布団をたたみ終わった義弟は、靴下を履いていたのだけど
履き終っているのに、また靴下を出した。

「弟くん、靴下履いてるのにどうしてまた一足靴下出したの?」
「だって、どうせ俺は向こうにしばらくいるんだろ?」
「えっ?向こうってどこ?」

と聞いてから、なぜか実家に行く気になってるなと気が付いた。

「じゃあ、今日は墓参りだけかよ」
「今日は実家には行きませんよ」
「えっ?そうなの?」
「実家に行くって、誰に聞いたの?」
「えっ?・・・誰も言ってない・・・(笑)」
「もう9時過ぎてるんだよ。実家に行くのに、こんな時間までモタモタしてませんよ」
「あ、そうか」

義弟がやっとリビングに出てきたのは、9時半を過ぎていた。
主人がいるから、わんこも女中部屋にいたので、昨日は義弟に朝食の準備もさせた。

「そこにあるおにぎり、食べて」

と声をかけて、洗濯物を干そうと和室に行って、絨毯の上の茶色いシミに気が付いた。
履いてたズボンに大便が付いたということは、お尻が綺麗に拭けてるわけがない。
私もよく考えればわかることだったのに、自分がエヅイてしまったことでうっかりした。
履き替えるときに絨毯の上に座ったので、お尻に付いてた大便を
絨毯で拭いてしまったと言うところだろう。

「弟くん、昨日うんち漏らして、本当にお尻綺麗に拭けたの?絨毯にうんちが付いてるよ」
「えっ?そう?」

怒ったところで始まらない。すぐにオレンジX片手に、絨毯を拭いて除菌スプレーもした。
わんこの匂いや除菌のために買って置いたものが、こういうところで役立つとは・・・
絨毯を拭き終わっても、義弟はまだキッチンに行く途中で
カウンターの上に乗っている、茶筒と紅茶の入った缶をケースから出していた。

「弟くん、何やってるの?それは茶筒でしょ?」
「・・・・・いや~(笑)この中に食い物が入ってるんじゃないかと思って」
「それは茶筒、お茶っぱが入ってるの。お茶っぱは食べれません」
「そうなの?食べる物が入ってるんじゃないの?」

どう返事をすればいいのか?ここまでキチャッてるのか?
判断が付かずにいたら、義弟はニヤニヤと笑いながら茶筒を開けようとした。
中蓋が付いてる物じゃないから、このままやらせておいたら
どう考えても、お茶っぱをぶちまける。
私の顔を見て、ニヤニヤ笑ってるということは、ふざけてるなと判断した。

「これは茶筒。お茶っぱは朝ごはんになりません。私にうんちの処理をさせてるのに
 朝から弟くんの冗談に付き合ってるヒマはありません。さっさとごはん食べてください」

早口で言っても伝わらないことは、もうわかってるから
ゆっくりと大きな声で言いながら、茶筒を取り上げた。

これからは大便を漏らしたら、シャワーでお尻を洗うようにした方がいいな。
問題行動というよりも、本人はきちんとやってるつもりらしいから
あきらめるしかないだろうな。
記憶のすり替えも、時々起きてるみたいだし、まともに相手にしてたら
いけないと言う事なんだろう。

ダメなものは、ダメ!

理由を説明してもわからないから、ここだけはハッキリと言う事にして
後は、私の判断で手を出すことにした。

「お前はおかしいんだぞ」「ボケてるってわかってるのか?」

と、昨日は主人が何度も言ってたけど、義弟はわかってない。
どこかで認めさせて、なんとかしたいと思うから、指摘しちゃうんだよね。
私だって、まだ義弟の出来ないを指摘することがある。

今日はなつの診察日。
8時半過ぎてリビングに出てきて、おにぎりを食べ始めた義弟に

朝食を食べる。食べたら薬を飲む。薬を飲んだら、ヒゲそり洗面ハミガキをする。
ここまで終らなければ、コーヒーもタバコも禁止!


大きな文字で書いた紙を渡して

「なつの病院に行ってくるから、これ読んでハミガキまで終らせておいてね」

そう言って、家を出た。
戻ったのが10時半過ぎ、義弟は座ってボーッとしてた。
テーブルの上にお椀だけ残っていて、後は流しまで運んだらしいけど
テーブルと座布団がずれていたので

「転んだの?」
「うん」
「ヒゲは剃ったの?」
「うん」
「ハミガキはしたの?」
「うん」

が、顔を見ればヒゲを剃ってないことはわかるし、ハミガキもしてないのもわかる。

「ヒゲも剃ってないし、ハミガキもしてないでしょ?忘れちゃったの?」
「・・・・・」
「ヒゲも剃らない、歯も磨かないんじゃ、汚いオヤジになっちゃうよ。いいの?」
「・・・・・」
「やるべきことが終らなくちゃ、やりたいことも出来ないよね?」
「うん」

立ち上がるところを確認して、今度は買い物に出た。
帰ってきたら、また座ってボーッとしてた。

「ヒゲそりとハミガキ、終ったの?」
「うん」
「終ってないでしょ」
「○×・・・なんだよ」
「えっ?」
「ダメなんだよ」

どうやら今日は完全に電池が切れた状態らしい。
思考回路も動いてないようだし、動くのもかったるいようだ。
だからと言って私には、義弟のヒゲを剃り、歯を磨いてやることは出来ない。
どこかへ出かけるわけじゃないし、もういいや、今日はこのまま眠らせてしまおう。
やらせようと思ったら、こっちがおかしくなってしまいそうだもん。

本当にもう介護に意識を向けた方が、お互いに穏やかになれそうな気がする。

電池切れ。。。
このところは、ずっとこんな風に眠っている。
ケツッペタが痛いと言ってるから、もしかしたら床ずれのような物も出来てるかもしれない。
横にしてもいいと言われたけど、どうしてもそこまでを許すことが出来ない。
本当に寝たきりになってしまいそうなんだもん。

明日は、ケママネさんが来る日だ。
ケアマネさんは、義弟を見てどんな反応をするかな?

気になるのは。。。

2008.07.19 (Sat) 義弟との日々の出来事

今週中に役所から、面談の連絡が来ると言われていたけど来なかった。
リハビリセンターからも、後日連絡すると言われていたのだけど・・・

義弟がセンターに通っていた最後の日に、忘れ物をしていた。
ずっと気になってはいたけど、なかなか取りに行くことも出来ずにいた。
木曜日、駅の方に用事があったので、お茶菓子を持って訪ねてみたけど
所長さんは出張中で、不在だった。
連絡してから、行けば良かったのだけどね。
で、その日の夕方お電話をいただいた。

「お土産までいただいてしまって」
「いろいろご迷惑おかけしましたから、差し入れと言う事でみなさんで食べてください」

義弟の毎日の様子や、介護保険を申請したことなどなど話して
リハビリセンターのWさんからも、まだ連絡がないことを話した。

「Wさんもわからないことだらけみたいですね」

義弟のような症状の人って、めずらしいのだろうか?

「お義姉さんは、大丈夫ですか?」
「今は気持ちの切り替えをしてると言う感じですね」
「とにかく身体にはくれぐれも気をつけてくださいね」

15分ほどで、電話を切った。
そしたら、翌日になってWさんから電話が来た。

身体の障害の等級変更は可能なので、もう一度受診すれば変更出来るとの事。
なので一応変更しておこうと思い

7月24日 11時

で予約を入れた。

精神障害に関しては、介護保険を申請してるので、診断書の内容が
変わってしまうと問題が出てくるので、高次脳ではなく若年性認知症として申請すれば
問題ないだろうとのこと。
後は介護保険をうまく利用して、少しでも私の負担を軽く出来るようにした方がいいと
いろいろアドバイスを受けた。
今の義弟の状態を話したけど、結果としてリハビリセンターで出来ることは
ここまでなんだろうね。
高次脳としては、どうなのか?知りたいところだったけど
こうなってくると、もう知る必要もないのかもしれない。

来週早々に、役所に電話して、面談の件も聞いてみよう。
頼みの綱は、ケアマネさんってところか。。。

義弟が朝、トイレに入ると30分以上出てこない。
排便だと思うけど、それだけ長く入っていても出ないみたいだ。
『酸化マグネシウム』も飲んでる様子がないから、このお薬の事を忘れてるかもしれない。
身体もまったく動かしてないのだから、便秘にもなるよな。
おまけに便を出す筋力もないから、長いこと座っていても出てこないんだろうね。
もう少し様子を見て、『酸化マグネシウム』を飲むように言ってみるかな。。。

義弟が良くなるとは思ってない。
だからこれから、どう対応すればいいのか?
気になるのは、そこだけだな。。。

参ったね~。。。

2008.07.19 (Sat) 義弟との日々の出来事

このところの義弟は、日中ほとんど寝ている。

「眠いなら、身体を動かしなさい」

最初はそんな風に、怒って起こしたりもしたけど
直後にはもう居眠りが始まる。
義弟の様子を観察してたら、目を開けていることが出来ない様子。

「寝てばかりいたら、身体が固まるよ」

元々自分から、身体を動かそうとしないから、こんなことを言っても無駄だとは思う。
結局は大好きなコーヒーもタバコも欲しいと言わず、昼食も食べず
洗面ハミガキが終った11時半ごろから、夕方までグウグウと寝ている。
そんで、夕方5時6時ごろから覚醒してくる。

このまま日中寝かせておいていいのか?起こして何かやらせた方がいいのか?
ちょっと考えてしまったので、父の通っている施設の親しくなった介護福祉士さんに
聞いてみたら、昼間寝てしまって夜寝ないで何かしてしまったり徘徊があると言うなら
昼間なるべく起こして、夜寝るようにした方がいいけど、夜も寝てくれるなら
寝かせておいてもいいんじゃないかと、横にして寝かせてもいいけど
寝てばかかりだと、やはり身体が固まってくるので、関節の曲げ伸ばしをした方がいいそうだ。

「それって、私がやらなきゃダメだよね?」
「自分ではやれって言ってもやらないでしょ?」
「そうなんだよね~」
「まったく歩けないわけじゃない?」
「転ぶ時もあるけど、一応自分で立つし歩くよ」
「だったらまだいいけど、自力で立てなくなってきたら、やった方がいいよ」

施設にもずっと寝てばかりのご老人がいるそうだけど、家で寝てると
テレビの一方的な情報だったり、静かなところで寝ている場合が多いけど
施設に来れば、人の会話や笑い声が、寝ていても脳に刺激を与えているんだって。
とにかく早くケアマネさんと相談して、どこか施設に通えるようにして
外からの刺激も与えた方がいいって言われた。

最近は身体のリハビリの一環としてやらせていた、食器洗いもやめさせた。
何しろ自分の身体を支えるのがやっと、どこかにつかまってないと歩けないのだから
食器を持たせて転ばれても困る。
だから食事は私がテーブルまで運び、片付けも私がやることにした。
この方がはるかに事は早く済むけど、身体を動かす行為がまた一つ減ったことになる。
お昼も食べるように言っても、食べずに寝てるので
夕飯を6時ごろには出すようにした。

「えっ?もうごはん?タバコ吸いたいんだけど」

なんて、反応が返ってくる。

「昼間グウグウ寝てばかりいるからだよ。もう夕飯の時間。今は夕方だよ。先に食べて」

結局この後も、寝る準備が終る頃には9時近くなるので
テレビを見る時間も、結果的にタバコを吸う時間もなかったりする。

我が家は夜も早いが、朝も早い。
夜7時8時に帰ってきたときでも、主人は夜中の1時に起きて仕事に行くし
私も4時から4時半には起きて、行動開始となる。
だから主人は、早ければ9時遅くても10時には寝るし、私も主人に合わせて布団に入る。
主人はリビングの電気が点いてると寝れないと言うし
義弟の就寝時間も10時とはなってるけど、9時くらいから寝るように言うことになる。

認知症の診断が降りたとは言え、若年性認知症とか
老人のなる認知症とは、少し違うように思う。
義弟は徘徊があるわけでもなく、昼間それだけ寝ていても、寝ろと言われれば
お布団に入り、電気を消してウォークマンでCDを聴いてるらしい。
主人が出かける時間帯は、もう寝ているけど
もしかすると、12時ごろまでは音楽を聴いて起きてるかもしれないが
夜寝なくて困ることはない。

昼間グウグウと寝てしまうようになってからは、義弟が日中行動することがないので
毎日生活してる中で困ることは少なくなったけど、参ったな~と思うことはある。

リビングで座っていれば、女中部屋にいても何をしてるかがわかるけど
和室に入ってしまったりして、私の視界から消えると
何をしてるのかが気になるから、様子を見る。
転んで骨折なんてことになったら、それこそ寝たきりの生活になってしまうから
そこだけは注意しようと思うから、義弟が動き出すとその行動を観察する。

「眠いなら身体を動かせば」

言ってもしょうがないと思っても、時々そんな声かけはする。
最初座った状態で、伸びらしき仕草をするけど

「立ち上がりなさい。じゃなきゃ、目は覚めないよ」

そう言って、立ち上がると必ずトイレに入る。
で、トイレで居眠りしてるらしく、20分過ぎて出てこないと声をかける。

「トイレは寝るところじゃない!」

この前はすぐに出てきたけど、和室に入って行った。
何してるのか見に行ったら、新しい紙おむつを横に置き、半ズボンを膝まで下げて
寝っ転がった状態だった、紙おむつの前のところが黄色くシミになっていたから
履き替えるのかと思って、女中部屋に戻った。
いい加減時間が過ぎても和室から出てこないので、もう一度様子を見に行ったら
さっきと同じ状態で、寝てた・・・

「弟くん!なんでそんな格好で寝てるの!みっともないでしょ!早く履き替えなさい!」

と言ったら、そのままズボンを履いて起き上がり、新しいおむつは元の場所に戻した。

「おむつ取り替えるんじゃないの?」
「やっぱりいいや」
「いいやって、おしっこ出ちゃったんでしょ?」
「そうだけど、いいや」
「あ、そう」

1回2回のおしっこなら、しっかり吸収してくれるけど、気持ち悪くないのか?
朝は着替えてる途中で、いろいろなものに気を取られる。
それは本棚の中の本だったり、ウォークマンだったり、CDだったり・・・
気を取られるのはしょうがないけど、これまたおむつ履き替え中に気を取られることが多い。
パジャマも脱いで、スッポンポンの状態で、おむつを膝まであげた状態で
絨毯の上に座って、ウォークマンをいじってたりする。

「さっさとおむつ取替えちゃいなさいよ」

そう声をかけて、しばらくして振り向いてもまだ同じ。

「弟くん!ウォークマンはあと!おむつを替えて履きなさい」
「は~い」

で、またしばらくして見ると、おむつは少し上まで上がっているけどまだ同じ。
今朝はもっと驚いた。
これまたスッポンポンで、仰向けに寝っ転がっておむつを履き替えてるんだけど
寝っ転がったままだから、おむつに足を通せず丸出し状態でいるので

「弟くん、こっちからチンチン丸見えだよ。恥ずかしくないの?起き上がって履きなさい」

何度も同じ事を言ったのだけど、起き上がる気配なし。

「その状態で、彩佳が起きてきたらどうするの?20歳の女の子にその格好見せるの?」

そう言ったら、手を振って「いや、いや」と言う仕草。

「だったら、起き上がりなさい!チンチンまで丸見えだって言ってるでしょ!」

それでもしばらく寝っ転がったまま、その状態は続く。
昨夜彩佳は友達のところに泊まってるからいないのだけど、そう言えば少しは
羞恥心が出てくるかと思ったけど、あまり効果はないみたいだ。
ただ見ていて、情けない。しょうがないと思っても、情けない。

「起き上がれって言ってるの。そんな格好じゃ、いつまでもおむつは履けない!」

やっと起き上がっても、またそこで汽笛が鳴り始める。

「弟くん!いつまでもチンチンを出してるな!早く履いちゃいなさい!」

私がおむつを交換した時、手で前を隠してたから恥ずかしいって気持ちは
まだ残ってるかと思ったけど、状況によるらしい。
まったく隠そうともしないし、何度かの怒鳴ってるときも
私の顔を寝っ転がったまま丸見え状態で、見上げながら
おむつを手で上げようとはしてるけど、足が通ってないのだから上がるはずもなく

「私の顔を見てても、おむつは履けないの!起き上がって履きなさい!」

何度も何度も言って、やっと起き上がって履いていた。

家の中にいる分には、義弟のペースで過ごせばいいと思えるようになってきたし
前のように、リハビリさせなくちゃ的な気負いも失せた。
毎日決まった時間までに、何かをやらせようと思ったら、私が手を出してしまえばいいことだ。
でも時間をかければ、自分で出来ることを私が手を出してしまえば
義弟はずっとやってもらえると思ってしまう。
私だって、毎朝義弟のおむつを替えなくてはいけないことになる。
病院に行くとか、実家に行くとか、出かけるときはしょうがないとしても
普段は、出来るだけ自分のことは、自分でやらせたい。

けどさ~、スッポンポンでいつまでもいられるのは弱ってしまうよ~。

食事の様子もずいぶん変わった。
前からこぼしてしまう時もあったけど、今はそれがひどくなった。
箸で口元に持って行くけど、ボーッとしてるからこぼしたことに気が付かない。
が、一度気が付くと今度は食べる事をやめて、ティッシュでいつまでもテーブルを拭く。

「弟くん、後で雑巾で拭くから、先に食べて」
「ティッシュで拭いても綺麗にならないから、先に食べちゃって」

食べてる時も何度か声をかけるんだけど、気が付くとやってる。
米粒はティッシュで拭かれても、テーブルになすりつけるだけだから
後がカピカピして、取りづらくなるだけなんだよね。
いくら言っても、ニヤニヤと笑いながらいつまでもやってるし
怒ってもしょうがないと思うから、ティッシュを取り上げてしまう。

双子の自分の弟が、こんな状態になってしまったこと
主人の気持ちを考えると、切なくなる時があるんだけど
主人にしてみれば、自分の兄弟だから、言いたいことを言う。
私の話もよく聞いてくれるし、毎回のように私が声かけしたり怒ったりしているのを見ているし
時には主人が言ってくれるときもあるけど、昨夜私が女中部屋に一服しに言った時に
主人があえて、義弟に言ってみたらしい。

「お前さ、自分がボケてるってことわかってんのか?」
「はあ~?(笑)」
「何するにもボーッとして、物事すぐ忘れるし、お前ボケてんだぞ」
「俺は、ボケちゃいねえよ」

そう答えが返ってきて、もう話すのをやめたそうだ。

「認知症だって弟くんにハッキリ言っても、たぶん自覚はないだろうし
 理解も出来てないと思うから、言ってもダメだよ。
 困ったことは言うしかないけど、言っても同じこと繰り返すから
 こっちで予防策を考えて行くしかないんだと思うよ」

義弟だって、病気になりたくてなったわけじゃない。
手術を決めた時だって、義弟にここまでの時間が残されているとは思わなかったし
こんな状態になっていくとは、想像も出来なかった。

病気になった後、1年9ヶ月で別居そのまま離婚。
我が家に来て、何もせず義弟の好きなように過ごして3年。
それから障害がわかって、出来ないとわかっていても社会復帰を目標にして
リハビリすること3年。
そして今、脳腫瘍に倒れてから9年目に入って、今度は介護の段階に。

主人とは、彩佳を連れての子連れ再婚の私。
義弟が倒れた翌年の5月に入籍して、その半年後には義弟との同居が始まった。
主人と私の結婚生活は、義弟のための生活と言っても過言じゃないと思う。

人生日々修行だと思ってるけど、まだまだ人間が練れていないってことなのかな?
それでも考えてしまうよ。
いつまでこの生活が続くんだろうって。。。

義弟の状態。。。

2008.07.16 (Wed) 義弟との日々の出来事

センターを辞めてから、テレビの横の貼り紙もテーブルの上に置いておいた
ファイルも捨ててしまった。
とりあえず最初は、時間とかは関係なく、義弟のペースで過ごさせることで
もしかしたら、回復してくるかもしれないと思ったからだ。
でも予想に反してと言うか、想像通りと言うか・・・義弟の状態は、悪化していった。

一番驚いたのが、身体と言うか足腰の衰え。
家の中では、常につかまるところを探して歩き、つかまるところがないときは
数cmずつ右足からずらして左足を引きずり進むと言う感じ。
どこかにつかまっている時でも、同じように歩いてと言うか、進んでいると言うか。
このところは、立ち上がったのを確認した直後、ちょっと目を離したところで
後ろに倒れていたり、和室ではつかまるところがないので、注意して見てるのだけど
大丈夫だなと思って目を離すと、いきなりリビングに倒れこんで来たりする。
おそらくつかまる場所を見つけて、手を伸ばすのだろうが、まだつかまる前に
そこに頼るから、足が着いて行かずに前に転ぶのだと思われる。
先日は洗面所でハミガキが終わり、顔を拭いたタオルをタオル掛けに
かけようとしている義弟を見て、キッチンに向かった次の瞬間に「ガタ、ガタン」と音がして
洗面所からトイレの前に、倒れこんできた。
バランス感覚が失われているのだろうが、どういう状態で倒れるのかがわからないから
万が一、そこにわんこが寝てたらと思うと、義弟が動く時は注意が必要になってくる。
でも不思議なことに、これも夕方からはいくらか良くなってくる。
つかまって歩くのは変わらないけど

「しっかり力を入れて歩きなさい」

と声をかけると、わりとしっかり歩幅も出して歩けたりする。
でも一人で外に出して、リハビリとして歩かせることは不可能だと思う。

次に出来なくなったことが、声かけがあればなんとか時間通りに出来てたことが
声かけをしても出来なくなった。
とにかくボーッと汽笛を鳴らしてる時間が、とてつもなく増えた。

起きる→着替える(おむつを替える)→お布団をたたむ→朝食→お薬を飲む
→髭剃り→洗面ハミガキ

ここまでを終える頃には、11時から11時半になってしまう。
これも何度も声かけもしてるし、ついイラッとして怒鳴ってる時もあるけど
言われた瞬間は動くけど、すぐにボーッと汽笛を鳴らしてしまう。
おむつ1枚の姿で、ボーッとしてるので

「いつまでそんな格好でボーッとしてるの?早く着ちゃいなさい」

と言えば、Tシャツを取る。取るけど、取ってまたボーッとする。

「早くTシャツを着ちゃいなさい」

で、Tシャツを着てまたボーッとする。
一時が万事、こんな風に物事が進んでいくので、私もずっと付いて見てるわけにも行かず
気が付くと、着替えるだけで、2時間が過ぎてたりする。

こんな調子なので、ここにコーヒーを飲んだり、タバコを吸ったりなんて時間を入れたら
洗面ハミガキが終るのは、午後になってしまうから、終るまで禁止にした。
和室でタバコを吸ってることがわかってからは、夜タバコを没収してるので
洗面ハミガキが終ってから、渡すようにしているけど、一つ終るたびに

「ねえ、タバコは?」「恵子ちゃん、タバコちょうだい」

と言ってみたり、まっすぐキッチンに行き、コーヒーカップを取るので

「コーヒーはまだ。先にハミガキでしょ」

などと声をかけると

「一杯だけ飲ませて」
「ダメ!コーヒー飲んで、のんきにしてたらハミガキが終るの午後にんなっちゃうでしょ」

そんな会話も毎朝のようだ。
さらに一つ終った後、次に自分が何をすればいいのかわからなくなるときもあるらしく
立ったまま、和室を見てみたり、張り紙を見たりしてるようだけど
それでもわからない様子だと

「次は髭剃りだよ」

と声をかけたりもする。

朝の支度が済んだ後は、あまり口を出さないようにしている。
寝ていれば

「眠いなら身体を動かしなさい」

ただボーッとしていれば

「ボーッとしてないで、何かしたら?」

と声かけはするけど、前のようにリハビリ!リハビリ!と言う気持ちが私に失くなったようだ。
ただ義弟のペースで1日を過ごしていると、本当にだらしのない生活になってしまうので
朝だけは9時までに、洗面ハミガキまでは自分で出来るようになってもらいたいと思う。
病院に行くにしても、どこかに出かけるにしても、9時くらいまでに終ってくれれば
それに合わせて、予約を取ったり約束をしたりすればいいし
もしもどこかの施設に通えるようになったら、9時前後にはお迎えが来るから
私が手を出さなくても、なんとかなりそうな気がするんだよね。
ただ今問題なのは、朝の支度の最中に、やらなきゃいけないことよりも
義弟の目に写った物、ふと思いついたことなどがあると、そっちに気を取られて
やるべきことがおろそかになったり、中途半端のまま終ってしまったりすることだ。

「一度に二つのことをしないの。一つ片付けてから、次のことをしなさい」

と声かけはするけど、同じことを繰り返してる。

それから記憶障害。
短期記憶に関しては、かなり難しくなってきた。

「これを片付けて」「これをやっちゃって」

などなど、私が声をかけるのだけど、立ち上がるだけで忘れるらしく
また座ってしまったり、まったく違うことをしてるときもある。
それと奇妙な行動もする。
着替えの最中、意味もなくクリーニングしている髭剃りのスイッチを入れてみたり
髭剃りが終ってハミガキをしなくちゃいけないのに、洗面所から出てきて

「何してるの?」
「暑いから」

と、わけのわかならないことを言ってみたり・・・
それにどうしてこうも、やってはいけないこと、やられたら困ることばかりやってしまうのか?
それがこの障害でもあるのかな?って気もするけど、困り果てる時だってある。

先日のリハビリセンターで、脳外のM先生を見たと言った時もあったけど
仕事から帰った主人に、「おかえり」もなく突然

「そろそろCの仕事の終る時間だな」

と話かけてきたらしい。
Cさんというのは、主人と義弟の中学時代からの友達で時々電話をくれたりするけど
今年に入ってからは、まだ一度もないんだけど、突然思い出したのかな?

「夢と現実が一緒になってるんじゃねえか?」

と主人が言っていた。

お薬に関しても、問題が出てしまった。
センターに通うようになってから、お薬は私が管理しているのだけど
出されたお薬は飲むようになったのだけど、時間短縮も兼ねて
食べたものを流しに持ってきたら、お水も用意しておきカウンターの上に置いたお薬を
その場で飲むように言っていた。
袋から出す時に薬を落としてしまうので、カウンターの上でお薬を出せば
カウンターの上に落ちるんだから、下に落ちることはないでしょと何度も言っていたけど
常に確認してたわけじゃなかった。
で、この前わんこのお水の中に、白い粒を発見。
最初は何かわからず、すぐにお水は取り替えたのだけど、2回目キッチンで
またしても白い粒を発見して、気が付いた。
義弟がお薬を落として、探せなかったってことだ。
もしも、このお薬をわんこが舐めてしまったらと考えるとゾッとするし
しかも落としたことを言わないのだから、お薬も飲んでないことになる。
なので、3種類のお薬をオブラートに包んで、渡すことにした。

先週末には

「ねえ、恵子ちゃん。テーブルの上にあったファイルどこにやった?ずっと探してるんだけど」

探してるところは見た事ないけど、これも突然思い出したのだと思う。
貼り紙とファイルを捨てる時に

「このスケジュールはもう意味がないから捨てるよ。自分でよく考えて行動してね」

そう言って、義弟の目の前ではがして捨てたのだけど、それはもう忘れたのだろう。
自分で考えて行動するはずもないけど、その時は義弟のペースでと思ったからね。

「ずっと探してたって、今思い出したんじゃないの?」
「違うよ!ずっと探してたんだよ」
「じゃあ、もっと早く言ってくれればいいいのに。はがしてから1週間以上経つけど?」
「えっ?そうだけど・・・」

で、このときふと思いついた。
やっぱり言葉だけじゃなく、視覚に訴えることも必要じゃないかって。
それで前のようなスケジュールではなく、もっと簡単なスケジュールに変えて
またテレビの横に貼り紙をして、ファイルをテーブルの上に置いてみた。

弟くんが守る1日のスケジュール

午前6時 起床!
午前7時までに リビングに出てくる!
朝食→薬を飲む→ヒゲ剃り→洗面ハミガキ(順番を変えない)
ここまでを 午前9時までに 終らせること!
洗面ハミガキが終るまで、コーヒーもタバコも禁止!
日付の確認をする!いちいち考えて行動してください!
今の弟くんは、一人で外を歩くことは無理です!
つかまらなくても歩けるように、腹筋背筋や足上げなど
家で出来る運動を毎日やってください。
昼寝はしない!
眠くなったら、姿勢を良くして深呼吸、身体を動かして目を覚ます。
6時まではテレビは点けないこと!
夕食→薬を飲む→パジャマに着替える→布団を敷く→目薬を点す
ここまでを8時半までに終らせたら、テレビを点けても良い。
午後10時 リビングの電気を消して、就寝!

一度に二つのことをしない!
一つ出したら、それを片付けてから、次のことをすること!

出かけるとき、時間に間に合わなければ、私がおむつを外します!
それがイヤなら、自分で出来るよう行動してください。


自分から読むかどうかは別だけど

「貼り紙(ファイル)読んでるの?書いてあるでしょ」

と声かけをすると、一応ファイルを見たりしている。
昨夜夕食を食べている時、義弟が話しかけてきた。

「恵子ちゃん、ご、って書けばいいだろ」
「ご、って何?」
「だから、ふたつ、じゃなくて、ご、って書けばいいだろ」
「ごめん、何言ってるかわかならい。ご、って何よ」
「だから~、二つのことじゃなくて、五つって書けばいいだろ。俺には絶対出来ないんだから」

要するに、一度に二つのことをしない・・・ではなく・・・一度に五つのことをしない・・・に
変えた方が、俺には絶対に出来ないことだからいいんじゃないのと言うのだ。

「二つのことだって出来ないのに、五つに変える意味がわからないけど?」
「アハハハ~」

笑い話だったのでございましょうか?

そう言えば昨夜も、食事の準備をしているとき、テーブルを拭くふきんを
私がガス台の横に置いてて、うっかり焦がしてしまった。
焦がしてしまったけど、端をほんの少し焦がしただけなので、そのまま義弟に
テーブルを拭くように言って、渡した。

「恵子ちゃん、これどうしたの?」
「あ~、今ガス台の横に置いてて、焦がしちゃったの」
「ふ~ん、焦がしちゃったんだ~(笑)」
「そう!焦がしたの!」
「へえ~、焦がしたんだ~(ニヤニヤ)」
「・・・・・」

焦がした場所をいつまでも触って、ニヤニヤしながらちっともテーブルを拭かない。

「ねえ、なんで焦がしちゃったの?」
「・・・・・」
「恵子ちゃんでも、焦がすんだ~、へえ~(ニヤニヤ)」
「いつまでの人の失敗を笑ってないで、さっさと拭いて食事しちゃって」

時々こんなことをするんだよな。
今朝も、お布団をたたんでる途中でトイレに行き、お布団のことを忘れて
朝食の準備入ったので

「弟くん、お布団まだたたんでないでしょ」
「えっ?あ~、そうだった」
「一つ片付けてから、次のことでしょ。いちいち考えて行動しなさいよ」
「は~い」
「まったく、ちょっと違うことすると、すぐ忘れっちゃうんだから」
「へえ~、忘れっちゃうね~、忘れっちゃうか~」

小さい「つ」を入れたことが、気になったらしいけど、これまたいつまでも言ってるから

「いつまでもくだらないこと言ってないで、さっさとお布団たたみなさい」

と怒鳴ることになってしまった。
で、次に義弟が取った行動に、ちょっとビックリした。
お布団たたんだ後、今度はウォークマンが気になったらしくいつまでもいじっているので

「ウォークマンはあと!早く次の行動に移りなさい」

と声をかけたら、髭剃りを持ってきた。

「髭剃りじゃないでしょ。ごはんが先。まだごはん食べてないでしょ」
「えっ?」

そう言って、カウンターの上を見た義弟は

「あれ?俺ごはんまだ食べてないんだっけ?」

これには、ちとビックリした。
食事をしたのに食べてないと言うのは、よく聞く話しだけど
食べてないのに、食べたと勘違いする逆バージョンあるんだな。
朝食の準備をしたことで、食べたと勘違いしちゃったのかな?
お腹は空いてないってことなのか?
やっぱり朝の支度の順番は変えずに、時間をかけて習慣化させていった方がいいんだろうな。

社会復帰のためのリハビリから介護へ、気持ちの切り替えがなかなか出来ずにいたけど
認知症と診断されて、介護保険を申請したことで
いくらかの切り替えは出来てきてるように思う。
だからと言って、何でも手を出す気にはならない。
家にいる間は、時間がかかっても自分でやらせて行こうと思う。

役所の面談の件で、早ければ今日当たりに連絡が来ると言ってたな。
本当は、今日9時半から歯医者だったのだけど
どうしても出かける気力が起きないから、来週に変えてもらった。

10時半を過ぎるけど、義弟はまだハミガキの真っ最中。
髭剃りを片付けて、リビングに座る頃には11時を過ぎるだろうな。

なんだか、身体がしんどいんだよな。
今日もまた、のんびり過ごしてしまおうかな。
なんだかグータラ主婦みたいでイヤなんだけど、思うように身体が動かないよ。。。

怒涛の1日。。。

2008.07.15 (Tue) 義弟との日々の出来事

先週末、マンションの管理会社から電話が来て
またまた下のお家で、同じ場所での水漏れがあるとのこと。
もう一度点検をしたいから、また彩佳の部屋のクローゼットの中の
配管を見たいって連絡が来た。
しかも月曜日来たいって言われても、義弟となつの病院が重なってるし
朝も8時には家を出発したいから、クローゼットの中を出しておく時間があるかどうか?
最初は断ったのだけど、下の家に9時半に行き、その後我が家に来るというので
予定では11時前後には、家に帰れる予定でいたから
鍵を開けておくので、勝手に入って点検を始めておいてもらうことにした。

週末、いつもの生理痛で絶不調だった私。
土曜日は、とにかく用事を早めに済ませて身体を休めることを優先した。
日曜日は、私の母の命日が過ぎてることに気が付いて、父も誘ったけど
行かないというので、主人と二人でお墓参りを済ませ、ずっと気になってた
お墓の住所変更も済ませることが出来た。
家に戻って、主人に買い物にも付き合ってもらい、その後は二人で
ゴロゴロの日曜日となった。

そして昨日、4時少し前に起床、怒涛の1日の始まりになった。
まずは義弟の朝食用におにぎりをこさえ、彩佳はお弁当なしだったので
キッチン仕事を済ませた後、エリーのお散歩出かけた。
わんこの世話を終らせて、義弟を起こし始めたのが6時15分過ぎ。
何度も声かけはしたけど、なかなか起き上がらず6時45分が過ぎた頃
やっと起き上がったことを確認して、今度は彩佳に女中部屋で寝るよう言って
クローゼットの中身を出した。水道工事担当者あてに

「時間がなく全部を出すことが出来ませんでした。邪魔でしたら、適当に出してください。
 リビングに義弟がいますが、脳に障害を持っているため、説明しても理解できず
 また伝言も無理なので、挨拶程度で済ませてください。
 11時ごろには戻りますが、何かあったら携帯に連絡ください」

と貼り紙をして、携帯の電話番号を書いておいた。
7時半ごろ、義弟の様子を見たけど、まだパジャマのまま座ってボーッとしてる。
なので、義弟にも置手紙をすることにした。

「出かけます。朝食を食べたら、先に髭剃りハミガキをしておくように。
 帰ってきたら、お薬を渡します。水道工事の方が勝手に入ってくるけど
 話はしてあるので、余計な事は言わないように」

それから私自身の準備を整え、水道工事が入るので、エリーは女中部屋に閉じ込めて
8時15分前になつのお散歩をしてから、病院へ向かった。
10時ごろに検査結果を聞きに来ると話をして、なつを預けて
義弟の病院に到着したのが8時半ギリギリ。
9時前に診察室に入ることが出来た。
結果、認知症の診断書を書いてくれることになった。
会計が終ったのが、9時半過ぎ。
リハビリセンターのWさんに連絡したけど、電話中だったり席を外してたりと
なかなか連絡が取れず、なので先に役所に行くことにした。
父の時で一度経験しているけど、申請してから認定が下りるまで1ヶ月以上かかる。
早めに行動して起いた方が良いと思ったので、その足で役所に向かった。

幸いなことに、前に担当してくれた方だったので、話は早く済み
申請自体はすぐに出来たけど、60歳で交付される介護保険証は
60歳前に申請すると、同時に保険証を作成するのだけど
窓口が別なために、登録されるまでにしばらく時間がかかってしまった。
催促してくれたけど、まだ時間がかかるというので、先になつの病院へ。

経過としては良好とは言えないが、もう一度同じお薬で抗がん治療をして
3週間後の様子で、また考えることになった。
夕方7時近くのお迎えになるかもしれないと話して、10時半過ぎに病院を出た。
女中部屋に閉じ込めたエリーも気になるし、義弟も朝食は食べただろうと思い
お薬も渡さなくていけないし、水道工事の方も気になったので
一旦家に戻ってみた。

水道の方は、彩佳の部屋の配管ではなく、トイレお風呂の方の配管からの
水漏れらしく、そちらの点検の最中だった。
彩佳の部屋のエアコンを入れてあったけど、窓を開けての作業だったので
エリーのいる女中部屋が蒸し暑い。
とりあえず扇風機を回して、暑さをしのぐようにして、今度は義弟の様子を見た。
ちょうど洗面所も水道工事の方が点検していたので、ハミガキが出来ないのはわかるが
食べた物はテーブルの上に置いたまま、ボーッとしていたらしい。
和室を見たら、お布団は敷きっぱなし、紙おむつは放置したまま。
先に置手紙に気が付いて、朝食を食べたのかな?

「なんでお布団片付けてないの?おむつも置きっぱなしだよ」
「えっ?あ~・・・」
「また出かけるけど、帰ってくるまでにやっておいてよ」
「えっ?じゃあ、タバコちょうだいよ」
「お布団もたたんでないのに、タバコは渡せません」
「え~っ!」

そう言ってたけど、そのまま出かけて役所に向かった。
主人と義弟が双子だったために、手違いがあったらしく主人の名前で登録してしまい
直してしていたために、時間がかかったらしい。
午前中に病院に届けたいからと話したら、すぐに意見書をプリントアウトしてくれた。
それを持って病院に着いたのが、11時15分過ぎ。
「初老期における認知症」という言葉を意見書の中に書いてほしいことを
メモに書いて渡せば、その場で終ることだけど、直接先生に伝えた方が
自分も安心できるので、もう一度話したいことを説明して待つことにした。

うっかり携帯の電源を切り忘れていたために、携帯が鳴ってしまった。
あわてて場所を移動して出てみたら、管理会社の方からだった。
工事は終わったそうで、いろいろ説明されたけど、ちっとも頭に入らない。
でもクローゼットとトイレに開けた穴の修繕が出来ていないと言うのはわかった。
夕方在宅していてもらえれば、夕方もう一度うかがうと言われたけど
エリーのお散歩もあるし、なつのお迎えもあるので、出かけることを話すと
夕方もう一度連絡するとのことで、電話を切った。
大家さんにだって、報告をしなくてはいけないから、詳しく話を聞かなくちゃ思ったのだけど
とにかく今は義弟のことを済ませなくてはいけないから、夕方の電話でまた聞くことにした。

午前の予約の方が優先のために、終ってから呼ばれたので時間は1時近くなっていた。
駐車場を出たところで、リハビリセンターのWさんに連絡。
やっとお話することが出来て、M先生からの手紙を届けに行き
後日連絡をくれることになって、家に戻ったのが1時半過ぎ。

女中部屋の暑さが心配で、エリーのことが一番気になったけど
窓も閉まっていたし、女中部屋も冷えていたので一安心。
すぐに解放して、おやつをあげた。

義弟の様子を見たら、なんとまだお布団も片付けてないし、おむつも放置したまま。
お薬飲んだら、忘れちゃったのかな?
自分の座っている真後ろなのに、座る時に視界に入ってこないんだろうか?
顔を見てもひげは剃った形跡もないし、この分じゃハミガキもしたかどうかわからない。

「弟くん、まだお布団片付けてないじゃん。おむつだってそのままだよ」
「タバコくれよ」
「お布団もたたんでないのに、タバコは渡せないって言ったでしょ」
「え~っ!」
「弟くんの頭の中は、タバコと寝ることしかないの?」
「うん(笑)」

こっちは朝から何も食べずに行動してるから、相手にするのもうんざりしてしまった。
朝は洗濯をする時間がなかったので、洗濯機を回してから

「トレッサ行ってくる」
「タバコくれよ」
「だからお布団たたんで、和室を片付けておいて」

そう言って、買い物に出かけた。
この時間になってしまうと、食欲も湧いてこない。でも食べなくちゃ。
酢飯なら入るかと思い、安いチラシ寿司を買って帰った。
買い物をして帰っても、まだ和室に移動したところ。
声をかけて、やっとたたんだけど端に寄せたという感じだ・・・
そうか、出来ないと思えばいいのか・・・そう思って、私がたたみ直した。

それからすぐに、ケアマネさんに電話を入れた。
外出中ということで、3時半過ぎに折り返し電話をくれることになった。

まずは食事をしてから、洗濯物を干して、ホッと一息ついたのが3時近く。
ちょっと横になったら、30分ほど眠ってしまった。
前日の日曜日、義弟にお風呂に入るよう言い忘れたしまったので
昨日は4時過ぎにお風呂に入るように声をかけた。
義弟がやっとお風呂に入ったのが、4時半過ぎ。
夕飯の準備をしながら、ケアマネさんにもう一度電話をしたら
帰ってきてすぐにまた出かけてしまったらしく、6時ごろの帰社予定だとか。
携帯に電話をもらえるよう話して、夕飯の準備が終って
暑かったけど、お天気も怪しくなってきたので
早めのショートコースでエリーのお散歩に出ることにした。
お散歩に出てすぐ、ケアマネさんから電話。
電話を切ってすぐに、今度は水道工事の担当者から電話。
修繕は明日になるとのこと。

「えっ?じゃあ荷物は片付けられないの?」

と聞いたら、配管側の修繕が済んでないので、反対側は入れてもいいとのこと。
工事の様子もきちんと聞きたかったし、とりあえずは彩佳の寝る場所も確保できそうなので
翌日9時の約束をして、電話を切った。

エリーのお散歩が終って、家にもどたっときもまだ義弟はお風呂に入ってた。
6時過ぎになつのお迎え。帰ってきたら、ちょうど主人も帰ってきたところ。
わんこの世話を主人に頼んで、彩佳の部屋の片付けを済ませ
主人がお風呂に入ってる間に、義弟に食事を出してるところに彩佳も帰宅。
主人に続けて私もお風呂に入り、すぐに彩佳もお風呂。
食事&晩酌準備が整って、やっと落ち着いたのが8時を過ぎていた。

昨日はパソコンを開く元気もなく、肉体的というより精神的に疲れてしまった。
ちょっと横になったら、いつの間にか寝てしまったらしく
9時半過ぎに横で寝てしまっている主人を起こし、食事をさせて
10時過ぎに就寝となった。
主人はまた1時には起きて出かけたけど、私はまったく気が付かず。

怒涛の1日が終了となった。。。

脳外診察その他。。。

2008.07.14 (Mon) 義弟の病院・病気と症状

まずは、義弟の診察結果やその他について。。。

義弟は連れて行かずに、リハビリセンターのⅠ先生のお手紙を渡して
センターに通い始めてからのこと、現在の義弟の状態などを説明した。
ここ最近の義弟は、起きてから夕方まではとにかくボーッとしているか寝ているか
夕方4時5時ごろになって、冴えてくるらしく、動きもいくらか良くなるし
言えばそれなりに動いてくれる。
また水頭症であるかないかで、その後のリハビリセンターでの対応も決まると思うことも伝えた。
そう言ったことも説明して、私だけで話を聞くことにした。
以下は、脳外担当医M先生のお話。

脳室が少し大きいと、水頭症と思われる先生も多いが
憲児さんの場合、確かに脳室は通常よりも大きく水も溜まっているが
水頭症と診断するほどのことではない。
確かに今の状態でも水を抜くことは出来るし、水頭症と診断出来るほどになり
水を抜くことで症状が劇的に改善される場合もあるが
憲児さんの場合、残念ながら水を抜いても改善される見込みはない。
術後放射線治療をしているが、このときかなり強い放射線を当てている。
腫瘍の出来た部分が前頭葉だったので、前頭葉に放射線を強く当てており
放射線治療とお薬が効いてることもあり、脳腫瘍としては再発もなく安定している。
が、前頭葉に放射線が当たっていることで、前頭葉に受けたダメージが大きく
その影響が今になって、出てきていると思われる。
自発もなくやる気もなく、ボーッとしてるのも、このためだと思われる。
センターに通うことで情報量が増え、一時的に衰えたとも言えるが
これが通う前の状態まで、回復してくるかどうかはわからない。
そう言ったことから、萎縮も含めて認知症の症状が強くなってきたと考えられる。


とのことだった。
まずは水頭症ではなく、また水頭症になったとして
手術をしても意味がないということはわかった。

「放射線治療のせいで、脳が萎縮してるんですよね?
 それによって、認知症だと言う診断書は書いてもらえますか?」
「ん?どうしてですか?」
「介護保険を申請したいと思ってるんですけど」

そう言うと、先生はすぐに

「わかりました。意見書が回ってきたら、すぐに書いて送り返します。
 意見書の書き方にもよると思うけど、審査するのは役所ですが
 おそらく今の憲児さんの状態なら、認定されるでしょう。
 リハビリセンターの先生にも、今言ったようにお返事を書いておきますので」

そう言ってくださった。その言葉に少しホッとした。
次回の診察日、9月1日は一緒に連れてきた方がいいかどうかを聞いたら

「それはお義姉さんに任せます。お義姉さんがよく看てくれてるので、お話を聞けば
 憲児さんの状態はわかりますから、その時の様子でどちらでもいいですよ」

帰り際

「ありがとうございました。よろしくお願いします」

って頭を下げたら

「お義姉さん、何かあったら何でも相談に乗りますから、いつでもいらしてくださいね」

そう言ってくれた。
役所の人も担当医も、なんだか冷たい対応ばかりだと思っていたけど
ここに来て、こんな言葉をかけてくださる方が増えて来た。
この言葉って、それだけでなんとなく気持ちをやわらげてくれるな。

会計を済ませて、すぐにリハビリセンターに連絡したけど、その後も
担当のWさんとなかなか連絡がつかず、午後一に連絡することにした。

その足で、役所に行き、介護保険の申請もした。
申請してから、認定が降りるまで、1ヶ月以上かかるのだから
早めに申請しておいた方がいい。
役所の担当のMさんがいなかったので、違う人だったけど
Mさんの前に話を聞いてくれた方で、私のことを覚えていてくれたから
話もスムーズに出来て、すぐに申請書の作成が出来た。
その時に、センターの所長さんから精神障害として申請すれば2級が降りるんじゃないかと
言われたけど、介護保険とダブルで申請してもいいものかどうかを聞いてみた。

「介護保険と精神障害とでは、サービス内容が違ってるところもある。
 そちらも申請して認定が降りれば、介護保険ではないサービスを受けられる場合もあるから
 時間があれば、そちらの担当と変わるから話を聞いてみた方がいい」

そう言われたけど、昨日は本当に忙しくて時間がなかったので
後日改めて話を聞くことにした。
今週中には、役所から面談日をいつにするかの連絡が行くと言われた。

43歳という年齢から、特定疾患であるという診断がないと介護保険の認定が
下りないそうな・・

「意見書の中に必ず、初老期における認知症という言葉を入れてもらえるよう
 担当医に話しておいてください」

そう言われたので、今度は意見書を持って病院に行き、メモをつけて渡そうかとも
思ったけど、直接話しておいた方が安心だと思って、待つことにした。

「なるほど、その言葉がキーワードになるんだね。わかりました。
 お待たせしちゃってごめんなさいね。すぐに書いて送っときますから」

そう言ってくれた。
病院を出る頃には、時間は1時過ぎ。
リハビリセンターに連絡を入れたら、Wさんと話すことができたので
お返事を届けに、そのままリハビリセンターに向かった。
現段階で水頭症と診断できないこと、お水を抜いても改善の見込みがないことを話し
認知症として意見書を書いてくれるそうなので、介護保険の申請もして
今後精神障害の申請もする予定でいること、身体に付いても身体障害の等級変更が
可能であれば、そちらも変更したいことを伝えると

「Ⅰ先生と一緒に、このお手紙を拝見させていただいて、今後どうするかを
 相談させていただき、後日連絡をします」

というお返事をいただいて、帰ってきた。

家にもどって、すぐに父のケアマネさんの会社に連絡。
担当の方と話してみようと思ったけど、外出中と言われたので
事情を説明したら、父と同じ方が担当できるとのこと。
なので、折り返し連絡をもらうことにした。

夕方、エリーのお散歩中に電話が来た。
今まで父の面談の時に、義弟の様子を話していたので
だいたいのことは知ってくれている。

「僕では力不足かもしれませんが、僕でいいんですか?」

と逆に聞かれてしまった。
ケアマネさんが言うには、排泄に問題がある時点で、父よりも介護度は高い。
また高次脳であることも含めて考えると、受け入れてくれる施設も少なく
それに加えて、義弟の意思も関わってくる。
父の時のように、1回でここと決まるかどうかわからないので
すぐに対応できるかどうかは、わからないとのことだった。
認定が降りるのは、8月下旬か9月頭と考えておいた方がいい言われ
とにかく義弟さんにお会いしてみないと、どう対応すべきかもわからないので
今週は時間が取れないため、来週父の面談の後
その足で我が家にも来てくれることになった。

まずは介護保険を申請できたことで、ホッとしたけど
一難去ってまた一難ってところだな。

今日は、とにかく怒涛の1日だった。
その様子は、また明日・・・

反復作業。。。

2008.07.11 (Fri) 義弟との日々の出来事

いつものことながら、昨日のことを反復作業している丑年の私です。

「憲児さんは、今一番やりたいことは何ですか?」
「ん~~~・・・サー○×△□※・・・」
「えっ?」
「サーキ○×△□※・・・」
「弟くん、腹に力入れてしっかり話さないと、何を言ってるかわからないでしょ」(私)
「サーキ○×△□※・・・」
「下を向いてボソボソしゃべらない。ちゃんと顔上げて、しっかり話さなきゃ
 弟くんの思ってることだって、相手に伝わらないんだよ」(私)
「サーキット」
「えっ?サーキット?」
「あ~、サーキット、車の運転ですね」(私)
「あ~そういうこと。車の運転好きなんですか?」
「好きですね~。昔はコースに出て・・・」

好きなことを話し始めると、わりとハッキリしゃべるのだけど
これから先も車の運転だけは、出来ないからな。

「車の運転じゃなくて、会社に復帰することとかは考えない?」
「・・・・・あ~そうだよね~、まずは会社に復帰することだよね~(笑)」
「まだ会社に籍はあるのかな?」
「うん」
「たまには顔を出すことなんてある?」
「全然ない」
「でも年に一度は会社に行くよね?」(私)
「えっ?行かないよ」
「行ってるでしょ。毎年1月に会社に行くでしょ?」(私)
「えっ?そうだっけ?」
「忘れちゃった?今年も1月に行ったよ」(私)
「・・・・・」
「健康診断で行くでしょ?」(私)
「あ~そうだ、そうだ、そうだった」

そんな会話もあった。

Wさんやリハビリ専門のⅠ先生と話してる時

「義弟には、ハッキリとこのままじゃ寝たきりになると言ってますので」

と話したあと、義弟の目の前で『高次脳』と言う言葉も先生が出してたし
水頭症のことや認知症のことも話したけど、義弟は下を向いたまま
話しを聞いてるのか?どうかもわからない状態だった。

「今もお義姉さんがやってらした、声かけはこれからもやっていった方がいいと思いますが
 お話を聞いてても、家庭でのリハビリは限界ですから、M先生の診察を早急に受けて
 次の方法を探して行きましょう」

こんな話しをしたので、義弟の頭の中にM先生のことが残ったのかもしれない。
その後義弟は診察室から出て、しばらくWさんとⅠ先生と話したのだけど
家に帰ってきてから、義弟が

「ねえ、恵子ちゃん。今日M先生と話したの?」
「えっ?今日行った病院は脳外じゃないよ」
「だって隣でしょ?つながってるんじゃないの?」
「つながってないよ。隣同士でも全然違う病院だよ」
「でもずっと診察室から出てこなかっただろ。M先生と話してたんじゃなにの?」
「違うよ。全然違う病院なんだから、M先生がいるわけないでしょ」
「だってM先生がいただろ?」
「いないよ。診察室で弟くんも話した先生と話してたんだよ」
「だって、M先生を見たんだけどな」
「それは他人の空似じゃないの。M先生はいなかったよ」

M先生に似た人もいなかったと思うけど、幻覚まで出てきてるのか?
隣同士の病院だってことはわかってるみたいだから、M先生の話が出て
脳外の病院と勘違いした?
でも何を話したかはまったく聞いてこなかったし、一緒にいて話した内容に付いても
何も聞いてくることはなかった。

義弟の様子をずっと見ていたWさん。

「お義姉さんも大変だとは思いますけど、普段はご本人のペースでやっていても
 時間に間に合わない時は、あまり深く考えずに手を出してしまっていいと思いますよ。
 これからどこかに通うにしても、時間で動かなくちゃいけなくなりますからね」

そう言われて、帰ってきた。

朝の準備が終るまでは、タバコ・コーヒーはダメ。
起きて着替える→布団をたたむ→朝食→薬を飲む→髭剃り→洗面ハミガキ
夕食→薬を飲む→洗面→パジャマに着替える→お布団を敷く
食事のあとは、使った食器類を流しに入れる。日中テレビは見ない。

これだけは、そのまま続けさせている。
キッチンの水栓は取り替えたばかり、今まで使った食器も洗うよう言ってたのだけど
義弟が洗い物のとき、蛇口の部分に捕まってバランスを取ったりしてるんじゃないか?
上下させて水を出したり止めたりする蛇口部分に、毎回義弟の体重をかけていたら
これも水漏れの原因になってたんじゃないか?と、主人が言うので
リハビリを兼ねてやらせていたことだけど、ここに来てそれをやらせても
あまり意味もないと思うし、それよりも水栓を壊されることの方が困るので
キッチンの水栓には触らせないことにした。

義弟が我が家に来て、細かい物から思い出の品まで
壊された物は数知れない。

昨夜主人は夜勤、義弟は9時前に就寝となったので
私はまだパソコンに向かっていた。
いつものように、夜はタバコを没収しようと思ってタバコ盆を見たら箱がない。

「弟くん、タバコどうした?どうして和室に持っていくの?」
「えっ?俺知らない」
「知らないわけないでしょ。弟くんのタバコなだから。どこにやったの?」
「だって~、朝起きるといつもタバコがないから」
「それは私が没収してるからでしょ。和室でタバコを吸うから、没収されちゃったんでしょ?」
「吸わないんだから、持ってたっていいだろ」
「それが屁理屈って言うんだよ。吸わないなら、和室に持って行く必要もない!」
「いいじゃねえか」
「良くない!布団の上でタバコを吸って、火事にでもなったらどうするのよ」
「吸わねえんだから、いいだろっ!」
「信用できない!今までやっちゃいけないってことを、隠れて何度やった?
 弟くんの言うことは、信用できない。火事になってからじゃ遅い。タバコ出して」
「どこに置いたっけな~?」

本当に忘れたのか?とぼけてるだけなのか?

「朝だって、タバコを吸ってたら30分でも1時間でもボーッとしちゃうじゃない。
 だからハミガキが終るまで、タバコはダメって言ったんでしょ。
 朝タバコがなくなって、ハミガキが終ればちゃんと渡してるはずです」
「・・・・・」

結局義弟のカラーボックスの奥の方に、隠してあった。
こういう知恵だけは使えるんだよ、だから困るんだ。

水頭症と診断され、水を抜くと言っても、入院手術となるわけで
今の我が家に、その入院手術費用を出せるだけの余裕がない。
保険や税金で戻ってくると言われても、先払いしなくてはいけないのだからね。
今さらだけど紛失と言うか、盗難と言うか、義弟の不注意で失くしたキャッシュカードで
持って行かれた130万円が、惜しくて悔しくてしょうがないよ。

今朝も6時15分過ぎから起こした。
めずらしくいつもよりは早く起き上がったけど、そのあとはいつもと同じ。
やっと朝食を食べ始めたのは、9時を過ぎていた。

今日は家にいるだけだから、あまり気にせず好きなようにやらせておこう。。。

リハセン受診。。。

2008.07.10 (Thu) 義弟の病院・病気と症状

9時15分過ぎ、義弟を待合室の椅子に座らせ受付を済ませた。
到着してから、トイレと言われても困るし、予想外の行動に対応できるように
早めに家を出れるよう行動したので、10時の予約時間よりかなり早く到着した。

デレーっとした格好でソファーに座っているので

「きちんと座りなさい」

と何度も声をかけたけど、起き上がるだけで腰を上げようともせず
そのうちにソファーに肘を付き、横になったような状態で居眠りが始まった。
10時まで待つ間、私は本を持って行ってたので、読書の時間に当て
義弟の様子を見ながら、時間までを過ごした。

名前を呼ばれて、Wさんが出てきた。
足取りがおぼつかないので、車椅子を借りたいけどまずは状態を見て欲しいことを伝えた。
それまで居眠りをしていた義弟だから、ボーッとしているし身体に力が入るはずもない。
Wさんが義弟に声をかけてくれたけど、デレーッとしまま話を聞いてるので

「きちんと身体を起こして!人の話を聞く態度じゃない!」

と、怒鳴りつけると、一応身体は起こした。
その後相談窓口の椅子に移動しましょうと言われ、立ち上がったものの
足を一歩踏み出して、転倒してしまい、車椅子を借りた。

「憲児さんは、今困ってることはありますか?」
「ん~~~・・・・・夜尿症ですかね」
「夜尿症・・・昼間は大丈夫なの?」
「昼間は大丈夫ですけど、夜はダメなんですよね」
「そう・・・仕事はどんな仕事だったのかな?」
「えっと・・・製造係長と言うのがあって・・・」

と話し始めた内容が、どんどんそれ始めて終った。
なので、私の方から補足を入れた。

「いや、製造係長じゃなくて、工場長でした。だから管理職ですね」
「あ・・・そうなんだ」

会社の場所や、どんな仕事だったかなどなど、聞かれていたけど
話は全部違うところにずれていくので、時々聞かれたことの答えを私が答えた。

「憲児さんは、これからどうしたいって思ってる?」
「ん~~~・・・・・やっぱり~、この身体をどうにかしたいですね」
「そうね~、自分で歩けなくなっちゃったら困るものね」
「俺はやってるつもりなんだけど、兄貴も義姉さんもやってないって言うんだよな~」
「とにかく、リハビリ専門の先生に診てもらいましょうね」

で、その後少しWさんに聞かれた。

「夜尿症だけって言ってるけど、昼間は本当に大丈夫なの?」
「いや、昼間もダメですよ」
「だよね~・・・」

他にもいろいろ話、カルテを作るので待つように言われ
今度は診察室の前に移動して、1時間近く待たされた。
その間、義弟はまた車椅子に座って居眠りを始めたので

「弟くん、寝てばっかりいたら先生に何か言われても
 またボーッとしちゃうでしょ。しっかり起きてなさいよ」

何度かそう声をかけて、寝ないように注意した。
リハビリ専門の先生は、よく見るとんかちのような物で
義弟の肘や膝を叩いたり、関節の具合を見たり、車椅子から立ち上がらせ
歩く姿を見たりしていた。
最初の時よりもしっかりと歩けていることに、Wさんがビックリしてた。

「みんなに見られてるから、緊張してるんだと思いますよ」
「なるほどね~」

車椅子があると、それに頼ってしまったり、誰かがやってくれると思うと自分では動かない。

「弟くん、車椅子に頼らない。まだ座れる状態じゃない。しっかり力入れて!」
「頼ってないで、自分で動きなさい!」
「人と話しをする時はちゃんと相手を見なさい。下を向いてたら、何言ってるかわからない」
「腹に力入れてしゃべるの。ちゃんと話さないと弟くんの思ってることが相手に伝わらない」

などなど、時々私が義弟を怒鳴りつけたりした。

「憲児さん、今日は何月何日かわかる?」
「6月・・・6月・・・あ・・・6月9日」
「おしいな~、もう7月に入ってるんだよ」
「あ・・・そうだ、そうだ、7月だ」

その他にもいろいろやり取りがあり、一旦義弟を診察室から出して話しをした。

「お義姉さんがやっている声かけはすごく大事ですが、やっぱり家でのリハビリは
 ここが限界でしょう。ここ1ヶ月ほどで急激にと言うのが気になるので・・・」

と言うことで、以下のような言われた。

ここ1ヶ月くらいで、急に身体の衰えや認知症の症状が進んだことが気になる。
MRⅠ画像を見ても、確かに萎縮も確認できるが
脳室に通常よりも大きな空洞が見られることから、水頭症の可能性がある。
水頭症の場合、水を抜くことで症状が改善する場合があるので
その部分に付いては脳外の先生の診断が必要となる。
水を抜いても症状の改善は不可能と診断されれば、そこからまたリハビリを考えるし
身体の障害の等級変更も可能となってくる。
なので、現段階ではまず脳外の診断を早急に受けて
その結果で、今後のことを決めて行きたい。


と言うことだった。

リハビリ専門の先生と、Wさんと話してる時に
今の義弟をこのままただ生きながらえさせることに、意味があると思えず
我が家は治療に付いても、デモタールも拒否していることも伝えた。

会計を待ってる間、Wさんが脳外の診察を受けるときに
聞いておくことを二つメモしてくれた。

まず一つ目は、水頭症だった場合、治療が可能か?
水を抜くことで改善する見込みがあるか?を聞くこと。

治療が可能であるにも関わらず、治療をしないということになると
身体的な障害として、等級の変更は不可能となる。
治療しても改善が見込めないのであれば、等級変更する。
等級変更は、今日診てくれた先生が診断してくれるとのこと。

等級変更が出来れば、障害者自立支援法による支援を受けられるので
障害デイサービスやヘルパーを利用することが出来る。

二つ目は、脳萎縮による認知症と診断が出来るか?
認知症と診断が出るのであれば、介護保険適用となるので
父と同じデイケアや、ヘルパーを頼める。

病院の予約センターではなく、脳外の外来に直接電話を入れて
水頭症の疑いがあるから、早急に診察をしてもらいたいと連絡するように言われた。

帰り道運転をしながら、ふと思い出した。
そう言えば、前に父の担当医に義弟のことを相談した時
水頭症のことを言われて、担当医に聞いた覚えがある。
あの時、手術することの意味もわからず、経済的なこともあり
手術はしないと言ったような・・・・・???

とにかく家に戻って、すぐに脳外の外来に連絡してみた。
今日は担当のM先生は、手術日で外来にいないと言われ
電話に出た方に、水頭症のことなど事情を説明すると
M先生と話して、折り返し連絡をくれることになった。

しばらくして連絡が入った。

「M先生は、そのことをわかってらしたようで、月曜日が診察日なので
 11時までに外来に来てもらえますか?予約が出来ないので、待ってもらうようになります」

そう言われて、とにかく月曜日行くことにした。

「やっぱり予約が出来るので、時間は何時ごろがいいですか?」

しばらくして、また電話が来て、月曜日の8時半で予約を入れた。
BLOGを遡る気力もないし、とにかくM先生と話しをしてみようと思った。

んで、しばらくして気が付いた。。。
今日もそうだけど、今日は本当は父もⅠ先生の診察日だったんだよね。
リハビリセンターの予約を入れてから、そのことに気が付いて変更したら
9月24日まで予約が取れないと言われけど、K先生の方は月一で診てもらってるし
お薬ももらってるし、緊急じゃないから9月の予約を入れることにした。

そして、今回はなつの診察日とあたる。
抗がん治療がある日は、9時から10時の間には連れてくるよう言われているし
次の月曜日は、結果によって抗がん治療になる日。
とりあえず、なつの担当医に電話をして事情を話したら
本当は9時からだけど、8時過ぎに病院に行ってるから
その時間に連れてくれば、そのまま預かってるくれるとのこと。

私の方がキャパシティーオーバーを起こしてて
最近忘れ物が多くて、やんなっちゃう。
決まってから思い出して、後処理に追われてるんだからバカだ。

水頭症のことを聞いたとき、なんて言われたんだか思い出そうとしてるんだけど
まったく思い出せない。
月曜日の診察の時に、聞けばいいや。

帰りがけトイレに立ち寄った私。
そういえば、義弟は一度もトイレに行ってない。
行くように言おうと思って、トイレから出たらWさんが車椅子用のトイレに
連れて来てくれていた。
トイレを済ませ、リハビリセンターの入り口で、車椅子を降りるように言ったら
すでにズボンの一部が濡れていた。
出かけたときは、トイレに行くよう声をかけなくちゃダメだな。

義弟を連れて歩くって、本当に大変。
今日はクタクタだぁ~。。。

受診日の朝

2008.07.10 (Thu) 義弟との日々の出来事

一昨日から、病院に行く日にこんなことをしてたら間に合わなくなるから
起こしても行動が始まらなかったら、私は行動に出るよと何度も伝えた。
センターの所長さんが、忙しいところを連絡してくれてリハビリセンターの
予約を取ることが出来たんだから、寝坊してキャンセルしましたなんて言えないよと
何度も何度も、伝えてあった。
昨日の夜も、寝る前に同じように

「所長の顔をつぶすことになるんだよ。起きなかったらというより、動かなかったら
 私は遠慮なく、おむつをはがすからね」

こう言った後、義弟の言った言葉

「恵子ちゃんは、よっぽど所長が好きなんだね」
「好きとか嫌いじゃないよ!お世話になってる人でしょ、その人の顔を潰して平気なの!」
「・・・・・」

まったく、この思考回路にはズッコケルだけならまだ笑えるけど
笑えない時があるから、やんなっちゃう。

今朝は、4時起床で、私は行動開始。
彩佳のお弁当と、義弟の朝食用のおにぎりをこさえてから
まずはエリーのお散歩に出発、続けてなつを連れ出し
6時過ぎには、わんこの世話を終了。
わんこの世話を始める前に、まず義弟を起こすことから始めた。
世話が終る少し前、2回目に声をかけても、動く気配なし。
私だって、義弟のおむつに手をかけることに、ためらいだってある。
まずは水を飲んで、気合を入れて、行動に移した。

「弟くん、もう待てないから、やるよ!」

そう声をかけたら、義弟ときたら、仰向けになって自分から
パジャマのボタンに手をかけた。
???最初からやってもらうつもりだったの???

「私は優しい介助はしないから。優しくやったら、弟くんは
 やってもらって当たり前になるもんね。時間に間に合わせるために介助するだけ。
 こうされるのがイヤなら、次からはボーっとしてないで、自分でさっさと行動してください」

まずは背中に手を入れて、グイっと起こし、パジャマの上を脱がせてポロシャツをかぶせ
そのまま後ろにドンと押して寝かせ、パジャマのズボンとおむつを一気に脱がした。
アンモニア臭がツ~ンと鼻を突いたために、つい

「くさっ!」

と言ってしまった。

「自分でやるから」

この言葉は出てこない。なすがままだった。
新しいおむつを足に通し引き上げようとしたら、義弟は大事なところを手で隠していた。
恥ずかしいと思うなら、どうして自分でやろうと思わないんだ?
そのままGパンを履かせて、身体を起こしたところで立ち上がるように言った。

「早く立って、リビングに行って座ってて」

じゅうたんの上で、ボーっとしてる義弟に何度か声をかけながら
布団をたたんで、朝食の準備をした。

「早くこっちに来て」

座って食事をし始めたのは、6時半過ぎ。まずは予定通り。
食事は急がせると、お腹が壊れたりするから、義弟のペースで食べさせたい。
洗濯物を干しながら様子を見て、食事に集中してないと思ったときだけ、声をかけた。
7時15分過ぎに、食事終了。すぐに薬を出して、飲むように言う。
家事を済ませながら、自分の準備もしなくちゃならない。

「薬飲み終ったの?」
「うん」
「飲み終わったなら、ボーっとしてないで、髭剃りでしょ」

が、向きを変えてまたしてもポリポリボーッ!が始まるので
手を出して、立たせることにしたのだけど、ここで私も立たせたところで
うっかり手を離してしまったら、そのまま義弟が私のいる後ろに倒れこんできた。

「しっかり身体に力を入れなさいよ」

と言いながら、あわてて支えて

「力入れないさいよ。手を離すからね」

あとは、義弟が自分でやるしかない。
何度も声かけをして、やっと髭剃りの音がし始めて私も少し一息入れたのが
7時30分過ぎだった。
髭剃りの音が終って、女中部屋で一服したあと様子を見たら
洗面所の椅子に座って、口にハブラシを入れたままボーッとしてるので
またまた声かけ、ブクブクペーをした音がしてたのに、なかなか洗面所から
出てこないので様子を見たら、また椅子に座ってボーッ!

「弟くん、私もハミガキしたいの。待ってるんだよ。そんなとこでボーッとしてないで」

髭剃りを片付け終ったのが、8時過ぎ。
タバコを1本だけ渡して、一服し終わった8時10分過ぎにトイレに入るように言った。
8時25分過ぎても出てこないで、ここで声かけ。
8時半を過ぎて出てきたので、そのまま準備をさせて玄関に行くように言ってから
トイレに入り、8時40分過ぎには玄関を出た。

1週間ほど、外に出なかった義弟。
家の中と外では、歩き方が違うのはわかっていたけど
ここまでひどくなってるとは思わなかった。
父はパーキンソン症候群だけど、パーキンソン病になると前かがみになり
チョコチョコとした歩き方になって、前のめりに転んじゃうんだけど
義弟の歩き方は、まさにその歩き方。
父は多少前かがみにはなってるけど、まだここまでの症状は出ていない。
なんでそんなに急いで歩くって言うくらい、足はチョコチョコとしか小刻みに動くけど
進まないので身体が先に行ってしまい、転びそうになるを後ろから支える。
車が来るのを確認するのはいいけど、そっちに気を取られてまた転びそうになったりする。
これでは一人で、外を歩かせるのは不可能だ。

助手席には、ETCの機械があり何度も足で触っては、誤作動させてしまうことから
義弟は後部座席に乗せているのだけど、車に乗るのも一苦労。
先に腰を下ろしてから、足を乗せればいいと何度も説明するんだけど
わからないようで、まずは頭から乗り込み手を着いて向きを変え腰を下ろす。
なんとも狭苦しい感じで座り、足を動かすのだけど、これもドアに足がひっかかり
なかなか入れることが出来ない。
自分で足を動かすのではなく、手で足を入れようとするからなおややこしい。
手を出すのは簡単だけど、時間に余裕があったので、自分でやらせた。

病院の駐車場に到着したのが、9時10分過ぎ。
階段脇に止めて、昇ってすぐのところが入り口になっていた。
車から降りるのも一苦労、降りたあともドアにつかまって頼っていて
そこから離れようとしないので、声をかける。
とにかく、足取りはおぼつかない。
待合室の椅子に座らせて、相談窓口に声をかけ予約時間まで待った。

この時点で、車椅子を借りようとは思っていたけど、まずは義弟の状態を
見てもらった方がいいと思った。
場所を移動しようと立ち上がって、そのまま転びリハビリセンターでは
ずっと車椅子を利用した。

家に戻ったのは、1時半近く。
こっちの方が、クタクタになってしまった。

診察内容は、次に書くことにしよう。。。

困ったこと。。。

2008.07.09 (Wed) 義弟との日々の出来事

さっき書き忘れた。。。

「ねえ、弟くん。センターに行けなくなって、ずっと家の中で過ごしてるけど
 なんか困ったな~とか、どうしようかな~とかって思ったことある?」
「ん~~~???別にない」
「・・・・・そうなんだ」
「あ、一つあった」
「なに?」
「ここを追い出されたら、どうしようかな~って思った」
「はい?」
「だからここを追い出されたら、次はどこに行こうかな~って」
「・・・・・」

参ったね。。。そこに行っちゃうのか。。。

「あのね、弟くんを追い出すことなんて出来ないんだよ。
 もしも追い出したとしても、引き取りに来てくださいって連絡が来ちゃうの、わかる?」
「・・・・・(首をかしげる)」
「次はどこに行こうかな~って、誰のところに行くの?」
「いや、一人暮らししようかと思って」
「一人で外出も出来ないのに、なんで一人暮らしが出来るの?立つのもやっとなのに」
「・・・・・車が」
「車なんか運転できるわけないでしょ!黙ってればずーっとボーっとしてるのに
 運転中にボーっとして、小学生の列にでも突っ込んだらどうするのよ」
「・・・・・(またしても首かしげ)」
「だから弟くんは、考えてることの的が外れてるって言われるんだよ。
そんなことよりも、歩いてても転んじゃってどうしようとか、立てなくなってきちゃって
 困ったなとか、そういうことは考えないの?」
「・・・・・(またまた首をかしげる)」
「家の中で、よく転んでるけど、それは困らないの?」
「・・・・・別に・・・・・」
「弟くんさ、恵子ちゃんは怒っても怒鳴っても、結局何でもしてくれるって思ってない?」
「うん、思ってる(笑)」
「なるほど、そういうことを笑って言って、なんでも人に頼ってる人が、どうして
 一人暮らしが出来るの?一人じゃ何も出来ないってことですけど」
「そうだね~」
「このままじゃ、本当に寝たきりになっちゃうね」
「えっ?」
「なんでも私に頼ってるけど、私におむつを替えてもらうようになってもいいんだねってことだよ」
「やだ」
「やだって言ったって、なんでもやってくれると思ってるんでしょ。
 転んだりすることに、困ってないんでしょ。いずれ立つことも出来なくなるかもしれないじゃん」
「・・・・・(首をかしげる)」
「だからね、弟くんは自分をわかってないって言うの」

言ってもわからないだろうと思っても、言ってしまうんだよね。

「お前も懲りずに、言うね~」

主人にまた言われた。

今日はチラシ商品を買うために、近くのホームセンターに主人と出かけた。
9時15分過ぎ、義弟は薬を飲み終わったところ。

「ちょっと出かけるけど、コップは流しに入れといていいから、ハミガキしちゃいなよ」
「タバコちょうだい」
「まだタバコは吸えないでしょ。ハミガキ終ってないんだから」

そう言って出かける前に、ちょっと歯ブラシの位置を確認しておいた。
10時20分過ぎに帰ってきて確認したら、まったく動いてない。
義弟は窓を開けて、何かやってた。

「ハミガキ終ったの?」
「・・・・・まだ」(覚えていただけ、まだいいか)
「何やってたの?」
「おむつ取り替えてた」

・・・・・おむつ取り替えるのに、1時間?
たぶんしばらくは座って、ボーっとしてたんだろうな。

「なんでハミガキしないの?これじゃあ、明日時間に間に合わないじゃん」
「あ~、そうだね~」
「なんでもいいから、とにかくハミガキしなさい」

そう言った後、今度は本を出してきた。

「本はあと!ハミガキしなさいって言ってるの」

その後は、本を持ったままそこに立って、ボーっ!

「動かなければ、先に進まない。ハミガキしなさいって」

で、本を片付けて・・・・・トイレに入った。
しかもすでに20分以上出てこない。
排便してるのかもしれないし、催促したところで出てくるはずもない。

いくら私が着替えを手伝っても、こんなことで明日大丈夫かな?

義弟は困ったことがないようだけど、私は困ったことだらけだ。。。

どうなるかな?

2008.07.09 (Wed) 義弟との日々の出来事

リハビリセンター受診の日も、なんとか自力で支度ができるように
あの手この手を使ってみるものの、義弟の朝の準備は相変わらず。

月・火と主人が、トラック車検のためお休みで家にいた。
部品が揃わなかったようで、今日も昼間は休みとなって家にいる。
この3日間の義弟の様子を見ていた主人に

「センターに通ってる時、私がどれだけ朝大変だったか、わかる?」
「あ~」
「ただ家にいるだけならいいよ。でも出かけなくちゃいけない時は、のんきなことしてられないって」
「そうだよな~」

リハビリセンター受診に必要な『診療情報提供書』と『MRⅠ画像』を
昨日脳外に取りに行きながら、リハビリセンターの場所も確認してきたけど
駐車場の入り口が、今ひとつわからず帰ってきた。
義弟を歩かせて行くとなると、家から駐車場までの時間や
リハビリセンターの駐車場からのことも考えると、8時半には
義弟を玄関から出さないと、間に合わないかもしれない。

どうなるかは、明日になってみなくちゃわからないけど
義弟の予想外の行動も含めて、シュミレーションは完了済みだ。

「明日のために、今日予行練習しようかな?」

と主人に言ったら

「明日になれば、イヤでもやらなきゃいけないんだ。だったら、今日は放っておけ。
 もうしょうがねえよ。言っても無駄なんだから」

まあ、そういうことだな。

今朝の義弟の一コマ。。。
6時に起こして、着替えて、お布団をたたむ。
ここまでの状態になる頃には、8時を過ぎていて
そして、このあとも声をかけるまで、ずっとここに座ってボーっとしてるけど
手は身体のどこかを、いつもポリポリと掻いている。
朝の一コマ

場所が移動するだけで、長いことこの状態でボーっとしてるけど
なぜか手だけは、頭だったり、身体だったり、足だったり、常にどこかをポリポリと掻く。
声をかけた瞬間だけ、少し動く場合もあるけど
ただ放っておけば、30分近くこのままでいる時もある。
2時間くらいお風呂に入っているけど、おそらくどこを洗ってるかわからなくなって
同じところばかりを洗っているんじゃないかな?
だから痒くもなってくるのかもしれない。
このところのハミガキの様子を見ていても、椅子に座ってボーっと磨いてる。
磨いてると言うか、口の中に歯ブラシを入れてるだけと言う感じかな。
歯ブラシを動かしていても、同じところしか磨いてないから
いつもじゃないけど、これも声をかける時がある。

時々、義弟の汽笛を鳴らしてる姿を見ると
いったい何を考え、何を思い、毎日を過ごしているのかな?
と、考えてしまうときがある。
この視線の先にあるものを、見ているのか?いないのか?
頭の中は、ただ真っ白の状態なのかな?
経過がまったくわかっていない義弟は、自分がその状態で
どれだけの時間を過ごしているかってことに、自覚はない。

「弟くん、明日のこの時間にはもう家を出る時間なんだよ。さっさと動いて
 もっともっと早く終らせなくちゃ、私におむつを取替えられちゃうんだよ。
 それでもいいの?」
「やだ!」
「やだって言われても、時間に間に合わなきゃやるよ。
 センターの所長さんが忙しいのに、わざわざ連絡してくれて予約が取れたんだよ。
 弟くんが起きれなくて遅刻して、予約時間に間に合いませんでしたって言える?」
「あ~、そうだよね~」
「時間に間に合わないと思ったら、私がおむつ取り替えるからね。いいの?」
「やだ!」

そうは言うけど、義弟の行動は何一つ変わらない。
やだと言われても、しょうがないよな~。

明日は、どこまでの診察を受けられて、どこまでの診断が下されるんだろう?

しょうがないよな。。。

2008.07.07 (Mon) 義弟との日々の出来事

土曜日の朝ここを書いた時、日中テレビを見ないと言う習慣だけは
残っているようだと書いたけど、どうやらこれもスイッチが切り替わったらしい。

買い物に行こうと準備をしていて、気が付くと
テレビの前をうろうろしている義弟がいた。
昼間はテレビのスイッチを抜くというのが、私の習慣になっていて
時にはコンセントを隠して行く事もある。
土曜日は別に隠してもいなかったけど、コンセントを見つけることができなかったらしい。

「何してるの?」
「テレビ見ようかと思って・・・」
「どうして?」
「えっ?」
「日中はテレビは見ちゃいけないんじゃないの?」
「そうだっけ?」

アジャパ・・・(古っ)・・・と言う感じだった。
が、ここで許せばずっとになるから、やっぱり今まで通りで行くことにした。
コンセントを隠せば、強制的に見れないことになる。

なつが病気になってからは、オチッコの様子を診なくちゃいけないので
オチッコシートは替えなくていいから、触らないでと言い続けて
これもまったくしなかったのに、昨日突然またやり始めた。
私が気が付いたとき、シートを捨てて新しいシートを敷いてるところだった。

「なつのシートは片付けなくていいって言ったよね?」
「そうだっけ?」
「おしっこの状態を見てるから、触らないでって言ったでしょ?」
「あ~、そうだね~」
「これからは触らないでね」

と言った後、義弟は新しく敷いてくれたシートをたたんで元の場所にしまったらしい。
そこまで見てなかったけど、主人が見たときシートがないので敷いていたら

「恵子ちゃんが、触るなって言ってたぞ」

と言ったようで、主人がまた説明してたけど、わかっていないようだというので
これは理由を説明するより、とにかく触るなと伝えた方がいいので、横の壁に貼り紙をした。

キッチンの水栓も先日交換した時、高いお金を出して交換したので
大事に使って行こうと思い、触ってほしくない部分を何度も説明してやらずにいたのに
これまた昨日から、突然余計なところを触るようになってしまった。
リハビリの一環で、使った食器は洗うように言ってたけど
これも、もうやらせるのはやめることにした。

昨日今日の義弟の朝の様子を見ていて思った。
義弟に出来ることは、時間がかかっても自分でやらせながら
同時に何度でも声かけをして、なんとか時間に間に合わせられればと思っていたけど
どう考えても決まった時間までに、ことを進めて行く事は不可能だと思った。

朝起きたとき、どうしてもボーっとするのはわかるけど
今までは何度も言わなくちゃいけなくても、言えばやったし出来ていた。
昨日の朝気が付いたことだけど、どうやら私の言ってることも雑音でしかないようだ。

朝6時に起きるように声をかけた。
毎度のことながら「起きて!」「動いて」を何度も言ったのだけど
あっちに転がり、こっちに転がり、起き上がる気配もなく

「腰が痛いから、ちょっと待って」

と言うのだけど、30分そのままでしかも黙っていれば眠ってしまう。

「10時の予約なんだから、9時前には家を出なくちゃいけないの。
 早く起きて行動しなければ、時間に間に合わないでしょ」

何度説明しても、腕枕をした状態で返事だけしている。
ここでふと気が付いた・・・こっちはだんだんイライラしてヒートアップしてくるが
義弟は私の顔を眺めてるだけで、聞いてないというか聞こえてないってことに気が付いた。
きっと義弟が視覚として捕らえているものは、なんだかわからないけど
怒って怒鳴ってるおばちゃんが目の前にいるけで、私の声は雑音としてしか
捕らえてないんじゃないかと思えてきた。
このままでは起き上がらないと思い、母親が小学生くらいの子供が起きないと
布団を持ち上げて転がして起こす作戦をやってみた。
相手は55kgの大の男だから、こっちも力がいるけど

「おっきっなっさっいっ!」

と力づくで起こして、やっと起き上がったのが、7時近く。
お布団はそのまま私がたたみ、とにかく着替えろと声をかけ続けて
やっとリビングに出てきたときは、9時近く。
その頃には、こっちがヘトヘトだ。
朝食のおにぎりも

「ボーっとしてないで食べることに集中して」

と声をかけていかないと、手に持ったまま固まってたり、いつまでも噛んでいたり
結局、洗面ハミガキが終ったのは11時近くだった。
このあとも、テレビを見ようとしてたけど、禁止した。

今朝はもっとひどい。
同じく6時から声をかけ始め、お布団から転がし作戦もしたけど
起き上がることすら出来なかった。
どうやら力が入らない様子・・・手を貸すことは簡単だけど
どうにか自分で、そして時間に間に合うような行動をしてもらいたいと思った。
起き上がったと思って、ホッとした次に見たらまた絨毯の上に転がってる。

「今起きてたのに、なんで寝てるの?」
「小休止」

このあと、また私がヒートアップしたことは想像できると思うけど
今日もまったく昨日と同じ状態で、いくら何をどう説明しても
まったく動じることなく、ずっと絨毯の上に寝っ転がってなかなか動かなかった。

「この調子じゃ、予約の時間には間に合わないからさ。
 私が手伝おうか?着替えもおむつ変えも、私が手伝うよ」

そう言ったら、起き上がり、手でいいと言う合図だけした。

「いやなら、早く着替えて。9時までには、ハミガキまで終らせないと間に合わないんだよ」

が、結局このあとも同じで、私はなつの病院があったので
あとのことは主人に任せて、9時15分前に家を出発した。
帰ってきたのは11時近く、義弟はコーヒーを飲んでいた。

「ハミガキ終ったの?」

と聞くと、うなずいたけど、主人に聞いたらやってないと言う。

「本当にハミガキしたの?よく思い出して」
「した」
「けんちゃんがしてないってよ」
「えっ?・・・・・(首をかしげた)」

主人が説明したけど、義弟はよくわからず、やってないことは確かだと思うので
それからハミガキをするように言った。

短期記憶に関しては、絶望的になってきた気がする。
声をかけても出来なくなってきてることも、進行してきてるってことなのかな。

出かけるときに限って、予想外のことをし始めたりしでかしてくれるのが義弟だ。
だとしたら、病院の予約時間に間に合わせようと思ったら
8時には洗面ハミガキまで終らせて、トイレにもじっくり座らせないと
もう出かけるよって時になって、トイレに入られたらもうアウトだ。

「今日は病院だから」

と言って、自分でやってくれるなら、それでいいけど
朝の様子でこれはダメだと判断したら、もう私が着替えさせおむつも替えて
食事まで持って行こう。
食事は自分で食べてもらうしかないけど、これにも1時間近くかけるのだから。

いくら介護・介助に気持ちを切り替えたつもりでも
時間をかければ出来ることだし、ここまでやることに、まだ私自身にも抵抗があったし
義弟にだってプライドがあるだろう思ったけど、そんなことは言ってられなくなった。
家にいる時は、朝の準備に午前中いっぱいかけたっていいよ。
自分で出来ることはやってもらうけど、病院の時や出かける時は
私が介助するしか方法はないってことだ。

当日どうなるかはわからないけど、しょうがないよな。。。

今日の義弟は、12時過ぎてタバコをくれと言ってきたので渡した。
同時に昼食を食べるように言って食べ終わり、2時近くから場所を移動して
和室で汽笛を鳴らしていた。
CDウォークマンをいじってたなと思ったら、またしてもボーっとして
リビングに戻り、ティッシュの箱の裏をずっと眺めている。
その後は本当に何もしない、足のかさぶたをいじってみたり
タバコを吸って窓の外を眺めてみたり、あとは一点を見つめてボーっとして
本当に、ただそこに座ってるだけ。。。

身体を動かせとか、本を読めとか、もう言ってもしょうがないような気がしてやめた。
リハビリセンターで、家での過ごし方も教えてくれるようなことも言ってたけど
すぐに教えてくれるわけでもないだろうし・・・

とにかくは私が、義弟の出来ないをしっかり受け入れなくちゃだ。。。

ご近所さんの協力。。。

2008.07.06 (Sun) 思うこと

義弟と同居してから、ご近所さんのありがたみと言うのを
本当に身に沁みて感じている。

子供が小さい頃なら、ご近所さんでママ友達とかも出来るけど
子供が大きくなって引っ越したり、仕事をしていたりすると
家と会社の行き来だけで、休日ともなれば
身体を休めることや家事が優先されるから、外に出ることもほとんどない。
だからあまりご近所さんとの付き合いも、なかったし出来なかったけど
このマンションに越して、わんこと一緒に暮らすようになって
仕事をしていた時期もあったけど、わんこのお散歩で外に出るようになってから
ご近所さんとの付き合いもそれなりに始まった。

わんこを連れてる人でも、そうじゃない人でも
世間話から始まって、だんだんとお互いのことを話したり
しばらく見かけないと、どうしたのかな?ってお互いに心配になったり
そんな付き合いの中で、自分に合う人合わない人もわかってくるし
挨拶だけで終る人もいれば、深い付き合いになっていく人もいる。
ちょっとした立ち話が、結構気持ちを癒してくれたりするし
お互い些細なことでも、助けてもらったりちょっと手伝ったり
こういうご近所さん付き合いが、本当はすごく大事なことなんだってことを
義弟と暮らし始めてから、実感している。

もしろん親切な人ばかりではない、こちらが良い印象を持ってない人は
向こうだってこちらを良く思ってない場合が多いし、話や様子で
引いていく人だっているし、逆に大きなお世話的な人だっている。

義弟のことも最初の頃は、わからなかったご近所さん。
義弟も我が家に来たばかりの頃は、まだ今よりは足腰もしっかりしてたし
話すことは達者なことを言うし、少し話したぐらいじゃこの障害はわからない。
24時間一緒にいた私だって、3年間ずっと?マークを飛ばしてたんだから。
障害がわかってからは、元々懇意にしてたり、仲の良かった人には話していたけど
わかってくれるか?理解してもらえるかは別の話。
でも話さなければ、他の人にはわからないし理解もしてもらえない。
だから私は、義弟が関わった人、ご迷惑をおかけした人には必ず説明をした。
こういう障害を持っていて、担当医から筋力を付けるように言われていてなどなど
その時必要なことや言うべきことは、お礼の言葉と一緒に伝えることにした。
面倒だと思う人は引くだろうし、協力してくれる人は協力してくれるし
それをするとこうなって、もっとご迷惑をかけますからやめてくださいとハッキリと言う。
何度か説明しても、同じように関わってくる人には、義弟とその人の関係に口は出さないと
割り切って行くことにした。
だいたいがしばらくして、向こうから引いてしまい、挨拶程度の付き合いに変わっていく。
それもしょうがないと思う。

今の義弟は、一目瞭然。
見ただけで、どこかおかしいとわかるようになってしまったから
関わりたくないと思う人は、寄ってこないし、声もかけてこない。
それまで関わってきてた人でも、引いてしまった人もいる。
でも月日は、義弟のことや我が家の事情を理解してくれる人も増えて
助けてくる人も増えてきた。

高次脳機能障害は、認知症と似た症状もある。
もし家族にこういう障害や、認知症を患うお年寄りが出てしまったら
恥ずかしがったりしないで、隠そうとしないで
ご近所さんに理解を求めて、協力してもらえることも大事だと思う。
連絡をもらえるようにするだけでもいいと思うし、もし出来るならちょっと声をかけてもらったり
本当に些細なことで、ずいぶんと助かることだってある。
何しろ、ちょっと目を離した隙にとか、知らぬ間に行動に出る事だってあるし
いつもピッタリとくっついているわけには行かないんだもん。

同じマンションに住む、床屋兼美容室をやっていて、懇意にしているママ。
ママはパパのお母さんと同居しており、おばあちゃんは認知症と診断されて
介護保険では【要介護2】と認定されている。

お金から始まって、食事のこと、結局徘徊したことで、すぐ受診をして
認知症だと診断されてから、3年ぐらい過ぎるかな。
少しずつだけど、確実に進行してきている。

おばあちゃんは、デイサービスに毎日通っていて
月に一度、3泊4日でショートステイにも行っている。
外で行き会うと、笑って挨拶をして、可愛らしいおばあちゃんに見えるけど
家では、かなりキツいおばあちゃんで、息子のパパが何か言うと
怒って物を投げたりする、ひっぱたく時もあるらしい。
もちろん、ママにだって暴言を吐くことだってある。
ママも疲れてくると、普段流せることでも深く傷付くことだってある。

「ママならわかってくれると思うけど・・・」

って、私の顔を見て泣いたことも、何度だってある。
これはお互い様のことなんだけど。。。

高齢化社会と言われている今、高次脳だって医療の発展と共にどんどん増えている。
気が付いてない人や、知らない人がどれだけいるんだろう?
今は他人事でも、自分には降りかかって来ないと言う確信なんてどこにもない。
『老々介護』『認々介護』が、これからどんどん増えて行く。
その中で、その子供たちは知りませんでは済まない。
長男であること、長男の嫁であることの意識も薄くなってきている時代に
長男じゃないから長男の嫁じゃないからとか、嫁に出たからとか、知らん顔は出来なくなる。
経済的に余裕のある家族なら、どこでも探して施設に入れることだって選択肢に
出来るかもしれないけど、経済的に余裕のない家族は自分たちでどうにかする
どうにかしていくしかない。
何かの援助を受けようと思ったら、自分が行動していかなくてはいけないし
必ずしも援助が受けられるとは限らない。
でもそこもあきらめたら、それで終わりになる。
結果として、『介護虐待』『介護殺人』が増える。
私だって、紙一重だと思う。いつどこで、自分の理性が吹っ飛ぶかなんてわからないもの。
そうなりたくないと思ったら、何か自分が楽になれる方法はないかと模索するしかない。
それだって、他人は当てに出来ないし、自分が動くしか方法はない。
国なんか当てに出来ないけど、経済的に余裕がなければ公的援助を受けるしかない。
だから国を当てにするしかないけど、何かしてくれるのを待っていたって
現実はどんどん進んでいくから、待ったなし!だ。
その中で、どうすればいいかを探して行かなくてはいけない。

【がんばらない介護】

自分が楽に介護をしましょうってことだと思うけど、専門的な助けを求めようとすれば
お金がかかる。
公的なところでなんとかと思えば、時間がかかる。
だからきっと、あれ?と思ったときから動き出さないと追い詰められていく人もいるだろうな。

家族の中に、認知症や義弟のような症状の高次脳機能障害を背負ってしまったら
その生活の中で、ご近所さんの協力は本当に大きいと私は思う。
そしてそれも【がんばらない介護】の一つじゃないかと私は思う。

もし高次脳で義弟のような症状の人が、一人暮らしだったら
知らぬ間に亡くなっていたなんてことも増えるだろうな。
担当医が言ってたけど

「もし一人暮らしをしていたら、とっくに寝たきりになってたでしょうね。
 何かを行ってくれる人が近くにいるだけで、全然違いますから」

って・・・
こういう場合だって、もし普段からその方にご近所さんとの付き合いがあれば
何か手立てがあるかもしれない。


先日も、わんこのお散歩が終わりマンション近くまで戻って来た時
ママのところのおばあちゃんが一人で歩いていた。

「こんにちわ~、おばあちゃんどこ行くの?」
「こんにちわ。ちょっとお散歩」

で、すぐにママに電話を入れた。

「おばあちゃん、お散歩だって歩いてたけど、ママわかってる?」
「うん、お散歩行くって言うから、まだ明るいしいいかなと思ったんだけど
 今様子を見に行くとこ」
「酒屋さんの方に、まっすぐ歩いて行ったよ」
「ありがと、行ってみる」
「なんかあったら、手伝うから言ってね」

と、1時間後携帯が鳴った。

「ママ、おばあちゃんどの辺で見たって言ったっけ?」
「見つからないの?」
「うん、この前も3時間探したんだ」
「ほら鉄塔のとこ左に行って、酒屋さんに向かって歩いてたよ」
「あの後すぐに行ったんだけど、もういなかったんだよね」
「どっか路地ににでも入っちゃったかな?」
「そうかもしれない。前にもそういうことあったから」
「今火を使ってるから、終らせて私も行くよ」
「いや、パパも息子も探してるから、もし見つからなかったらまた電話する」
「わかった。遠慮しないで言ってね」

で、20分くらい過ぎて、見つかったと電話が入った。
徘徊してしまうと、それこそこ近所さんの目は必要になると思う。
義弟のように、『緊急連絡先カード』を持ち歩かせるのも一つの方法だけど
これだって、うっかりすると持って行ってないことだってある。
義弟だって、外に一人で出していつけいれん発作が起きるかわからないし
転んでケガをしたのもしょっちゅうで、ご近所さんや通りすがりの方に助けていただいた。
家のことを理解してくれてるご近所さんとの、ちょっとした立ち話が
気持ちを楽にしてくれることだってある。

「私には・・・俺には・・・出来ない」

とハッキリ拒絶することは悪いことじゃない。
出来ない物は、出来ないと断ればいい。
でも拒絶、拒否が出来ないことだってある。

どうしたって、自分たちが背負わなくていけない場合
ご近所さんの協力は、大きな支えになることは間違いないと私は思う。。。

介護、介助。。。

2008.07.05 (Sat) 義弟との日々の出来事

自称『懲りない女』の、新しい挑戦が始まった。

な~んて、かっこいい話ではないけれど
介護の世界は、初めて挑戦することだからね。
今までは介護と言うより、教える人みたいな意識の方が強かったと思うから
出来ないことに腹も立ったし、出来るようにしようとしてたし。
でも介護、介助って言うのは、出来ないことを受け入れて
出来ない部分をフォローするってことだと思うから、そういう意味では
気持ちも楽になったように思う。
なにしろ今まで、私にはこれが出来なかったわけだからね。

今までは、言葉で説明したり、テレビの横にスケジュールを貼り紙をして
それを読んで、行動するようにいい続けてきた。
あまり効果はなかったように思うけど、同じ視覚に訴えると言うことで
やっては困ることを、数ヶ所に貼り紙することにした。
たとえばこちらの2枚
貼り紙1     貼り紙2

このゴミ箱は、我が家の中央に位置する。
前はここにおむつを捨てていたけど、湿気の多いこの時期
風向きによっては、部屋中に匂いが漂ってしまう。
なので、ビニール袋に入れてベランダに出すように言った。
これもずっと出来てたことだけど、今回出来なくなったことの一つ。
なぜかまた、ここに捨ててしまうので、貼り紙をした。
それと、洗面所で働いてくれてる除湿機くん。
スイッチを切ってもいいんだけど、その後必ず点け忘れるので
触るなと何度も言って来たけど、ダメなので、これも貼り紙をした。

気が付いた時に、こういう貼り紙を増やす方法を取ってみようと思う。

朝の準備に、午前中いっぱいかけてたんじゃ、病院に行く時だって
他に用事が出来た時だって、困る話。
とにかく朝の準備が整うまでは、しっかりと声かけすることで、とりあえずは
9時前後には終らせることを目標に、あとは好きに過ごさせてみようと考えた。
義弟に時計を見て行動しろと言うのは不可能。
いくら義弟のペースでと言っても、朝の準備くらいはケツを叩くことにしよう。

今朝は起こした時から、声をかけ続けている。

「朝はみんな眠いの。眠くてもみんな仕事に行くんだよ。体動かして」
「まだ寝てるの。起き上がって、着替えて」

またここから始めた。
今までもそうだけど、とにかく他の事に気を取られることが多い上に
絨毯の上に座ったまま、すぐにボーっとして、固まる。
義弟は寝るときに、ウォークマンでCDを聞きながら寝ているのだけど
気が付くとウォークマンをいじっていて、先に進まない。
なので、これは見えないところに移動して・・・と、お布団に一歩踏み込んで気が付いた。

「弟くん、おねしょしてるよ」
「うん」
「うんって、わかってるなら絨毯の上に座ってないで立って、早く着替えて」
「そうだよね~、絨毯が湿っちゃうよね~(笑)」
「笑ってる場合じゃないの!わかってるなら、早く立ちなさい!!パジャマも洗濯でしょ」

で、シーツを剥がしたりしてる私の前で、おむつを脱ぎ始めちゃう。
昨日から、夕方にはおむつチェックも始めたんだよね。
おむつの中におしっこをしちゃうから、漏れてからじゃ遅い。
ズボンや座布団を濡らす前に取り替えれば、それで済む話。
義弟を立たせて、まさか前からおむつを確認は出来ないよね。
想像するだけで、おかしなことになる(≧m≦)
なので、お尻から私が触れられる範囲までで確認することにした。
お尻までゼリー状になってるのが確認できれば、取替え時期ってことで。
昨日は触った感じでは弱冠ゼリー状にはなってるけど、本人は漏らしてないと言うし
まだこれくらいなら、外に漏れる心配もないだろうと思って、そのままにしたんだけど
いくらおむつの確認でも、母親でもない、女房でもない女に、お尻触られたら

「何すんだよ!」

とかって言うのが、本来の反応だと思うんだけど

「ねえ~、漏れてないでしょ~(笑)」

と笑うんだから、こっちも照れないで済むってもんだ。

「3歳の子供だって、おかあさんおしっこ出たって教えるよ。しちゃったことわからないの?」
「いや、濡れてるのはわかってるけど」
「だったら、言ってよ。洗濯だってしなくちゃいけないんだから」
「は~い(笑)」

もう排泄に関しては、ダメでごじゃるな~。
まだ自分で取り替えてくれるだけ、よし!としようじゃないか!

声かけの甲斐あって、今朝は7時45分過ぎから食事開始。
でも、20分過ぎて、まだおにぎり3口から4口程度しか食べてない。

「弟くん、他所見てボーっとしない。おにぎりに集中して、食べることに集中するの!」

身体もそう言われたけど、今までのスケジュールだって3日間やってない。
1日サボれば、取り戻すのに3日かかるって言われたんだよね。
今日から始めて、今日から出来るはずがないってもんだ。

義弟の娯楽って何かな?って考えると、ほとんど何もない。
テレビを見ることは、娯楽になるのかもしれないし、時々ビデオやDVDを
見たいときもあるみたいだけど、日中はテレビを見ないってことだけは
そのまま習慣付いているみたいだから、節約も考えてこれは続行するこにした。
昼間テレビやビデオ、DVDを見ていても、本を読むにしても
結局は、いつの間にか寝ているんだから、同じだし。。。

足がしびれて立てないと言うので、お薬は準備して
食べた物は私が洗ったけど、コップは自分で洗うように言った。
キッチンに辿り着くのに、何分かけると言う速度。
それもそのはず、本人は進んでるつもりなんだろうけど
こっちから見てると、横に揺れながらその場足踏みをしてるだけ。
数センチずつ歩を進めるんだけど、進んでないってば!

「弟くん、いつまでそこで横揺れすてるの?」

つい言っちゃうんだよな。
こういう風に見えるよって、義弟のマネをするんだけど本人は笑っておしまい。

義弟の後姿

昨日お昼近くに、やっと洗面ハミガキが終った義弟の後姿を、女中部屋から撮影。
この後、座布団に座るために、横揺れしつつ少しずつ移動して
テーブルに手を着いて座った後、後ろにひっくり返っておりました。

過去の義弟の怪我の経歴は・・・
左手骨折1回、あばら骨亀裂骨折1回、鼻血ブー1回、頭部顔面裂傷数回
手足や背中、肩などに、裂傷あざは数知れず
この数週間の間に、何度転んだかわからないから、新しいアザや傷もまた増えた。
知らない人が見たら、介護虐待かと取られるじゃないかと思う程
義弟の身体は、傷だらけだよ。
これだけ痛い思いをしてても、身体の機能を回復させようと言う意思は
出てこないんだから、これも素人の私には不可能だよね。

昨日、めずらしく外に出ようと着替え始めた義弟に

「もう一人で外には出れないでしょ?」
「どうして?」
「どこかにつかまってなくちゃ歩けないのに、外で転んだらまた人様に迷惑かけるじゃない」
「じゃあ、運動はどうするんだよ?」
「家の中でも出来る運動は、いくらでもあるよ。腹筋背筋足上げだってあるし」
「そうだね」

そして、また着替えて座って、しばらくしたら居眠りしてた。

30度近くまで上がった昨日だけど、まだスウェットを履いている義弟。
2時過ぎになって、短パンに履き変えてたんだけど
夕方になってまた違う短パンに履き変えた。
こんな風に、次から次に着替えたりする時がある。
昨日はなんで履き変えたのか聞いたら、最初に履いてた奴は
長くて暑いからなんだって。

それなりに理由はあるんだけど、履き変えた方は数センチ確かに短いけど
生地は厚みがあって、最初に履いて奴の方のは生地が薄くて
座ってる時、裾をちょっとまくれば済むことで、ほとんど変わりないがないと
私は思うのだけどね。。。
が、これも黙ってると、3.4枚出てきてしまうので
履き変えたら、脱いだ物は洗濯出すように言った。
これも様子を見て、また貼り紙だな。

転ぶの覚悟で、外に出すのもいいけど、身体に付いては
リハビリセンターの機能評価というのを待つことにした。

すべてが出来なくなったわけではない。
出来ないと判断した時点で、私が手を出すけれど
家の中でやってきたことは、そのまま続けてやらせて行こうと思う。。。

今朝は10時に洗面ハミガキまで終了!上出来じゃん!
後は好きにしてくれ~っ!

3日間の義弟。。。

2008.07.04 (Fri) 義弟との日々の出来事

水曜日にセンターに行けなくなって、家で過ごして3日目。
この3日間を見ていて、家での過ごし方をどうしようか?と考えている。

まず朝の準備。

起きる→着替える→お布団をたたむ→朝食→薬を飲む→髭剃り→洗面ハミガキ

午前6時半から、起こし始めるのだけど、動き出すのは7時に近い。
身体を起こしたところで、もう声かけをやめて様子を看てるのだけど

「ボーっとしてないで、動きなさい」
「順番が違う。本じゃなくて、まずはごはん食べて」
「食事に集中して、こぼしてるよ」

などなど、行動が止まったり、今までと違う行動をした時だけ、声をかける。
が、義弟のペースで進めて行くと、この作業に午前中いっぱいかかり、早くても11時過ぎ。

で、次に何をするかと言うと・・・・・・・・・・・寝る・・・・・・・・・・・・
急がせるわけでもなく、怒って怒鳴ってるわけでもないのに、疲れちゃうのか?
でも、思い出したことがある。
まだリハビリを始める前、義弟の好きなように過ごさせて来た時は
毎日がこんなだったんだ。
朝は9時10時まで寝ていたし、その頃はベッドだったから布団の上げ下げもなく
食事だって、私が準備してたから着替えて座るだけで良かったわけだし
洗面ハミガキが終るのは午後一あたり。
その後は、タバコが欲しければ出かける程度で、後は座椅子を倒して横になって
お腹の上にリモコン置いて、ひどい時はタバコ盆も乗せて、横になったまま吸ってたっけ。
さすがにタバコはやめてくれって言ったけど・・・
テレビを見ながら、寝たり起きたり、食事中もテレビを見てたから
1時間以上の時間をかけて、食事をしたんだっけ。
起き上がるとき、立ち上がるときは、タバコかトイレか食事、お風呂、コーヒーを飲みたいとき
買い物があるときは、外にも行ってたけど、それ以外は横になったまま過ごしてたんだ。
そして夕食が終る頃から、起き上がったままでテレビを見始めて
11時12時ごろまで見てたんだな~。
要するに、あの頃に戻ってしまっただけのことか?
あの頃は、まだ足腰しっかりして多分、まだ良かったのかもしれけど。。。

「朝から自分が何したか?思い出してごらん。寝てばっかりいたら、寝たきりと同じだよ」
「そうだよね~」
「立って、少し身体を動かせば?」
「うん・・・・・」

と言った、15分後にはまた寝てる。
私も見てると、ついイラっとするし、怒ってしまう。
家で義弟のペースで過ごして、もし前に戻るなら疲れから来たものかもしれない。
でも3日目になって、足腰はさらに弱ってきてるんだよな。
まったくと言っていいほど、身体を動かしてないんだもんね。
もう一人で外に出すことは出来ないけど、家の中では介助なしで動いてもらいたい。
だからあえて、あまり手助けはしてないし、見ないように
女中部屋にいることが多いけど、本を開いてその上にうつぶして
ほとんどの時間を寝て過ごしてる。

そう言えば、センターに通うことで食事の改善が出来たと思っていたんだけど

「朝はおにぎり作って、置いておくから、それを食べて」

と木曜日の朝、言ったら

「え~っ!カップ麺ないの?」
「カップ麺がいいなら、好きな物をどうぞ」

・・・って、どこまでカップ麺が好きなんだ?
結局おにぎりを食べていたけど、お昼はあるものを適当に食べるように言った。
が、朝の準備に午前中を使い、その後は寝てしまう。
お腹が空いたと気が付くのが、どうやら3時前後らしく、それからカップ麺を食べ始める。
日付もさっぱりわからなくなっているけど、時間もなにもない。
昨日からお昼に声をかけようと思っていて、私の方も忘れた。

昼間グウグウと寝ているせいか?リズムが狂ってるからなのか?
夜の9時ごろから目が冴えてくるらしい。
寝る準備が整うまでは、やっぱりテレビは見せられないけど
9時半くらいでも、準備が整うとテレビを点けようとするので

「もう寝る時間だから、テレビはダメ!」

と言って女中部屋に戻って、私が寝てしまうと、見てしまい遅くまで起きていたりする。
10時就寝も守られていないので、昨夜は強制的に和室に送り込んだのだけど
今朝になって、和室でタバコを吸っていることがわかった。
今までも、やってるかも?と思っていたので、時々和室に置いてある
携帯灰皿をチェックして、注意をしてた。
布団の上でタバコなんて、うっかりすれば火事を起こすことだってありえる話。
実際テーブルに座っていても、敷いてある絨毯を焦がしているのだから
危なくて目の届かないところでは、吸わせられない。
水曜日に義弟が出かけた後、携帯灰皿をチェックしたとき何も入っていなかった。

タバコもコーヒーもダメと言っても、朝の準備に午前中いっぱいかけてるから
朝、義弟が起きてくる前にタバコ盆は、テレビボードの上に移動する。
ここに一服タイムを入れたら、朝の準備がお昼過ぎまでかかってしまうからね。
で、今朝はちょっと出かける用事があったので、タバコを隠しておいた。
黙っていると、テレビボードの上のタバコ盆を取りに行こうとするから
いなければ絶対にやることはわかってる。だから隠した。
おそらく昨日の夜、自分がタバコを買いに行った事は忘れてるんだと思う。
和室で吸う用に、タバコの箱を置いてあったらしく、帰ってきたら
タバコ盆の上に空の箱が乗っていた。

「なんで、ここにタバコの箱があるの?」
「えっ?」
「今朝なかったのに、なんでタバコの箱があるの?って聞いてるの」
「和室に空の箱があったから、置いたんだよ」
「タバコはダメって言ってるのに、吸おうと思ったんだよね?」
「えっ?持ってきただけだよ」
「なんで和室にタバコを持ってくの?」
「空なんだからいいだろっ!」
「空でも入ってても、和室にタバコは必要ないでしょ?」
「入ってないんだから、いいじゃねえかっ!」

で、その後、携帯灰皿をチェックしたら、3本入っていた。

「和室でタバコ吸っちゃダメだって、何度も言ったよね?火事になると困るって」
「吸ってねえよ」

もう何を言っても「やってない」「吸ってない」としか言わないとわかってるから
私が寝るとき、タバコは没収することに決めた。

家の中では、どこかにつかまってないと、安定して歩けなくなっている。
杖を使ったらどうかな?って、考えた。
でも雨が降りそうだから、傘を持っていくように言った日は
必ず傘をどこかに忘れるか、壊して帰ってきた。
傘は弱いから壊れてしまうけど、杖ならどうだろうって思ったけど
おそらく杖に頼ってしまうだろうし、よろめいた時にバランスが取れないから
やっぱり転ぶだろうと想像できるし、手に物を持つのを嫌がるから
やっぱりどこかに忘れてくるだろうな。

じゃあ、手押し車はどうかと考えてみた。
これは想像するだけで、笑ってしまった。
絶対に、ドリフのコントになってしまうだろう。
手押し車に頼れば、手押し車は前に進む。
その速さに足が追いつかずに、そのまま前のめりに転ぶオチだろうね。

じゃあ、付き添って歩かせる?
今の私に、そこまでの気力もないし、義弟もイヤがると思う。
きっと文句言いっぱなしだと思うし、途中でもう帰ると言い出すだろう。

水曜日センターに行けず、ゴミ置き場の壁につかまって立っているのを
見つけてくれた、同じマンションのYさんと昨日会った。

「あれからどうした?義弟さん」
「もう一人では外に出してないんだけどね・・・」

とタバコを買いに行って、転んだ話しをした。
あの日、ゴミ置き場の壁につかまって後ろにのけぞって立っている義弟を
見つけてくれたYさん。

「お義姉さん、呼んでくるから、待ってて」
「いや・・・怒られるからいい・・・」
「そこでそうやってずっと立ってるのと、迎えに来てもらうのと、どっちがいいの?」

とちょっと、大きな声で怒ってくれたらしい。
それで、リュックを持って呼びに来てくれて、先に戻ってくれたのだけど
他の方と両脇を抱えて歩かせようとしたけど、ちょこちょこヨタヨタで
女二人では、とてもじゃないが支えきれず、そのまま待ってくれたそうだ。

「おんぶしてこうか?」

と、もう一人の人が言ったらしいけど

「無理に決まってるじゃない。5階よ」

と言う会話もあったらしい。で、私が到着して

「身体に力入れなさい!足にも力入れるの!」

などなど、怒鳴りつけながら車椅子に乗せ、階段を昇ったわけだけど

「私たちが支えてた時は、動けないし、全然歩けなかったのに、Aさんが来たら
 それなりに足も動かすし、階段も昇っていくんだもん。ビックリしちゃった」
「優しくしてもらうと、甘えて頼るから、自分で何もしなくなっちゃうんだよね。
 私はやらないと、怒鳴りつけるからさ」
「なるほどね~、でもこれから何かあったときは、わかったわ」
「いっつもYさんに見つけてもらっててさ、本当に助けてもらっててごめんね~」
「いいのよ~、たまたま私が見つけてるだけなんだから」

そんな会話をした。
そんなことから、もしかして自分では思考回路がつながらないけど
外からの声かけで、つながって行動することが出来るってことかと思った。
言われればやる、言われれば出来るってことは、そういうことだよな。

・ 意欲・発動性の低下
 自分では何もしようとはしないで、他人に言われないと物事ができないようなボーとした状態。


で、これを思い出した。そういうことだ。。。
が、義弟の場合これも優しく言ってたんじゃダメで、かなりキツく言わなくていけない。

食事をしてるときの義弟も、食べながらボーっとしてるからこぼしまくっている。
で、食べてる途中で、こぼしてることに気が付くと、今度はそれをティッシュで
ずっと拭いている。
多少の説教や、文句は垂れたけど、やっぱりこのままじゃいけないよな。
ある程度の決まりごとは作っておかないと、どんどんだらしなくなっていく。

私の方も、ある程度吹っ切れてきたと言うか、介護ということに覚悟を決めたと言うか・・・
リハビリと考えるから、出来ないことにイラ付いてしまうんだよね。
3日間の義弟を見てきて、今まで出来るようになって欲しいと願って
「リハビリ、リハビリ」と思ってきたけど、これは介助であり介護であると
切り替えればいいんでないって、思えてきた。

明日から、朝だけでも声かけ運動は再開してみるか。。。

思うこと。。。

2008.07.03 (Thu) 思うこと

義弟が脳腫瘍に倒れた時、まだ結婚をしていた。
手術をして退院する時、当時の担当医に

「もし次に入院することになったら、もうどこの病院でも同じですよ」

そう言われて、自宅近くの病院に転院を勧められた。
でも義弟のお嫁さんは、続けてその病院で診てもらうことを選択した。
けど、緊急時に備えて、自分の父親が胃がんで入院してた病院を選び
月に一度、そこでインターフェロンを投与してもらいながら
2.3ヶ月に一度、手術をした病院に通院した。
倒れて1年8ヵ月後に別居となり、そのまま離婚。
我が家の住人になってからも、しばらくはその病院に通い
緊急時の受け入れ先として、今通っている病院を選び
インターフェロン投与もお願いしたけど、この病院では
ここまで長くインターフェロンを投与したことがないから、出来ないと断られ
当時の担当医が、インターフェロンを中止にしたけど
通院した時、時々投与をしていた。
でもやっぱり同じことを言われ、転院を勧められていた。
通院にも渋滞にハマレれば、片道2時間かかるときもある。
今通院している病院は、車で15分ほどのところで、渋滞もない。
今後のことを考えたら、近い方がいいに決まってるので
2003年の暮れ、今の病院に転院することに決めた。

何しろ手術をした病院では、常に明日はないと言うような言い方をされていたから
もう治療法はないと思っていたし、主人もこれ以上の延命治療に
意味があるとは思えないと言っていたので、最初から延命治療に関しては
拒否することは伝えてあった。
脳に水がたまっているけど、これを取り除く手術をするためには
患者に告知が必要と言われたこともあったけど
この手術にも告知にも、主人が拒否を示した。
その時言われたことは

「緊急時の受け入れは可能ですが、治療をしないのであれば
 3ヶ月くらいで、次の病院を探してもらうことになります」

そう言われた。
担当医が変わって、『デモタール』の話があったときも
発病前の憲児に戻ってくれるなら、どんなことをしてもその薬を使うけど
今の状態の憲児を生きながらえさせて、何の意味があるかわからない。
病気になる前の憲児が今の自分を見たら

「殺してくれ!」

と言うはずだ。
主人も私も同意見だったので、『デモタール』に関しても拒否をしたけど

「今は使う必要性がないけど、何かあったとき、また検討してみては?」

と言われて、そのままになった。

思えば、今の病院では最初から、再発した時の治療は拒否している。
治療を考えた上でのリハビリなら、もしかしたら担当医も
もっと何か助言してくれたのかもしれない。。。なんて思ったりもする。。。
転院して、今の担当医で二人目だけど
最初の担当医も、今の担当医も、私の愚痴でも何でもよく聞いてくれる。
高次脳がわかった時、なにか専門のリハビリを受けるところはないか訪ねたら

「専門的にリハビリを受けようと思ったら、高額な医療費がかかりますよ」

そう言われた。
だから我が家では無理だと思って、私の足りない頭と身体を使うことにした。

「こういうリハビリをしてるけど、いいんでしょうか?」

と聞けば

「良いことだと思いますよ」

と言ってくれるし

「こういう状態は、どういうことですか?」

と聞けば

「こういうことだと思います」

と教えてくれる。
けど、こちらが義弟の情報を提供しなければ、特別なことは何もなく

「変わりありません」

で、診察は終了となる。
憲児の立つ姿、歩く姿を見せて、どうなのか聞けば

「もっと筋力を付けないと、寝たきりになりますよ」

だから私が手取り足取り教えながら、スイミングにも通った。

スイミングに通うことも、今回のセンターに通うことも担当医は反対しなかったし
しないだろうとも思ってた。
でもさ、よくよく考えてみれば、治療を拒否してるのに、リハビリも何もないだろと
思われてもしょうがないかもしれない。。。なんてことも思う。
だからそれ以上の助言もなかったとしても、しょうがないことなんだろう。

手術をした病院では、数回【再発】と言う言葉を聞いた。
再発すれば早いと言われて、何度も緊張感を持ったけど
結局何事もなく、次の診察では変化なしと言われた。
今の病院に転院してからも、何かおかしい、いつもと違うと思って
診察の時に話して、一番早いところでMRⅠ検査の予約を入れて
検査をしても、いつも安定していると言われた。

今回も3月に実家に預けた後、義弟の身体の衰えにはビックリして
もしかして腫瘍が動き出したのでは?と思ったけど
6月のMRⅠの結果は、前回と変わりなし安定してると言われ
筋力のせいだと言われた。

何度もこんなことを経験してるから、今の義弟は確かに異常だと思うけど
脳外科に診てもらっても、同じ返事しかないだろうと思ってしまう。

だから、セカンドオピニオンではないけど、違った角度から診てもらえれば
何か他の原因が見つかるのではないかと思うんだな。

昨日今日と、ずっと家の中で過ごしている義弟。
昨夜は主人も夜勤明けで、また1時起床だったことから8時半には就寝。
電気の消えた女中部屋で、携帯いじりながら起きてたけど
私も9時頃には寝てしまったようだ。
寝てしまう少し前にトイレに行った時、まだ寝る準備も始まっていなかった義弟。
その時一応声はかけたけど、想像するに私の行ったとおりに行動したとしても
終るのは9時半を過ぎてたと思う。

「明日もけんちゃんは1時起きだから、準備が終ったら寝なさいよ」

そう言っておいたけど、1時半に起きて来たとき、テーブルの上に
ルパンのビデオが2本置いてあり、抜いてあったテレビのコンセントも入ってた。
10時に寝てはいないだろうし、昼間寝ていたのだから
ビデオを見ていて時計を見るはずもないから、結構遅くまで起きていたと想像できる。

だからと言って、家にいて義弟のペースで過ごさせようと思っても
いつまでも朝、寝ていてもらっても困る。
だから朝だけは、6時半から起こすことにした。
そこから声かけしても、動き出すのは7時ごろからになるだろうし。
何度起こしても動き出さないので、朝から結局説教を垂れてしまった。

やっと起き出して行動開始となったので、そこからはもう義弟のペースでいいと思い
もちろんすべて終るまでは、タバコもコーヒーも禁止して後は黙って見ていた。
洗面ハミガキが終わったのは、もう11時を過ぎていた。
そして本を開いたところ確認して、女中部屋で一服。
トイレに行ったら。。。。。。。。。。。寝てた。。。。。。。。。。。

女というのは、しつこい、執念深い、あきらめが悪い。
もうリハビリに意味がないとわかっていても、結局自分に降りかかってくるだろう
面倒なことを、どうにか避けられないか?もう少し先に出来ないか?
自分が楽しようと思うから、結局また説教してしまう。

が、この15分後にはまた寝ていた。
この状態で行ったら、たぶんリハビリセンターを受診する頃には
歩くには支えが必要になってくるだろうし、車椅子も必要になるだろうな。
今日はトレイに入ったところを、2回ほどしか見てないので
夕方おむつチェックもした。

少し前、タバコを買いにいくと言うので、少しは歩かせてみようと思って出してみた。
ちょうどお店の帰りに遭遇した、同じマンションの床屋兼美容室をやっているママから連絡。

「転んで、膝から血を流してるよ。今そこの角曲がって買いに行ったからね。
 中にはあんな状態の人を、一人で外に出してって言う人もいるから、あんまり遅かったら
 様子見に行ってみて。ママのことはわかってるから、一応連絡だけね」

そうか・・・客商売のママの耳には、そういう話も入ってるのかもしれない。
だから隠れて様子を見に行った。
タバコ屋さんから戻ってくるのを確認して、角々で待って、階段下で待ってたら
同じマンションのOさんが、義弟の前を歩いて先に来た。

「今来るわよ。大丈夫?って聞いたら、大丈夫だって。転んだみたいよ」
「うん、連絡もらった。ありがとう」

マンション内に入ってきたのを確認して、先に家に戻った。

「また転んだんでしょ。足見せて」
「なんで知ってんの?」
「だから私のご近所さん情報、なめるなって言ってるでしょ」
「まったくよ~、外でヘタなことできねえな~」
「外でヘタなことばっかりしてるから、ご近所さんが連絡くれるんじゃない」
「うるせえな~」
「うるせえな~じゃないよ。そのご近所さんに、いつも助けられてるんじゃないの」
「まあ、そうだけどね」

わかってくれる人はわかってくれる。
誰に何を言われたって、どうでもいい。
これしか方法が見つからないのだから・・・

おむつを取り替える時、お尻丸出し状態で、またひっくり返る。
家の中なら、転ぼうがなんだろうがいいや。
家の中だけは、自分のことはそれなりに出来てれば、それでいいのかもしれないな。
外に出るときは、介助が必要になってもしょうがない。

とにかく、リハビリセンターの判断を待つことにしよう。。。

**********************************************

ずーっとROMしてました さん
愚痴吐きばかりの、拙いBLOGを読んでくださりありがとうございます。
お礼の言葉を、どこで伝えればいいのかわからず
ここに書かせていただきます。

おっしゃる通りだと思います。
わかっていながら、つい怒ってしまう私です。
人間が練れていない証拠ですね(* ̄ー ̄)>てへ
上記のような理由から、セカンドオピニオンとして
リハビリセンターを受診しようと思っています。

助言とそして私の身体までお気遣いいただき、本当にありがとうございました。

通所は無理と判断。。。

2008.07.02 (Wed) 義弟との日々の出来事

昨日は、私もキャパシティーオーバーでひどい状態だった。
それこそ、自分が次に何をするか?わからなくなってしまったような
そんな感じがした。
で、途中から義弟をすっぱり見ないことにした。
女中部屋にこもり、録画してあったドラマやお笑い番組を見て
頭の中を空っぽにしようと思った。

一応今日のこともあるから、10時には義弟を就寝させたけど。

その後も、お笑いを見て笑って1時近くに私も眠りについたけど
老人体質の私、4時過ぎには目覚ましがなくとも、目が覚める。
そこから、私の1日が始まる。

今朝は6時10分前から義弟の目覚ましが鳴り出したので、そこからスタート。
義弟にしか出来ないことだけをやらせながら、それこそ5分置きに声かけをし
なんとか9時の出発に間に合った。

朝私の見た限りでは、足の状態も悪くないと思っていた。
リュックを背負う時、フラついたので

「足に力を入れなさい!」

と言えば、ちゃんと立っていられたし、大丈夫だろうと思って送り出した。

ところが、9時半過ぎになって、同じマンションのYさんがピンポン。

「ゴミ置き場のところで、つかまったまま歩けなくなってるわよ」

そう言って、義弟のリュックを玄関に置いて、先にまた降りてくれた。
また軽い発作が起きてるのかと思い、車椅子を持って私も降りた。
ゴミ置き場の壁につかまって、それをマンションのお掃除のおばさんに支えられ
ボーっと立ってる義弟がいた。
どうやら炎天下の中、30分程そこにつかまって立ってたらしい。
移動するように言うと、なるほど確かに足取りはおぼつかない。

「足に力入れて!女ばかりなんだから、支えきれないよ」

そう怒鳴りつけたら、それなりに力は入るけど
車椅子を見たとたんに、まだ座る体勢になってないところで、力を抜きそうになるから

「まだ力抜いちゃダメ!みんな一緒に転んじゃうでしょ!」

怒鳴りつけながら、車椅子に座らせたけど、きちんと座ることが出来ないので
Yさんに車椅子を押さえてもらい、後ろから抱えあげて座らせたら、同じマンションのOさんに

「どうやって座らせるのかと思ったけど、やっぱり慣れてるわね」

って褒められたのか?(^m^*)

たぶん正面からしっかりと抱き上げたり、脇を支える時でも
もっと身体を密着させて、抱え挙げたり支えたりすれば
もっと楽に介助はできるということはわかってる。
でも、親でもない、夫でもない人、私は看護婦でも介護士でもないし
義弟はきっと何も考えちゃいないだろうけど、おばちゃんにはどうしても
主人ではない人に、正面からは特に身体を密着させて介助することが出来ず
いつも後ろから抱えて、脇から支える時も、腕を頼りにしてしまうんだよね。
でも本当に介護が必要になってきたら、そんなことも言ってられないんだろうな。

階段下まで車椅子を持って行くと、義弟はすぐに立ち上がった。
この時点で「ん?」とは思った。
右は手すり左を私が抱えて、昇り始めたのだけど
発作が起きてる時なら、私の腕にずっしりと重さがのしかかってくるはずなんだけど
それほどでもない・・・2階を過ぎたところで、手を離してみたら普通に昇ってる。

「弟くん、もしかして荷物を持ってるから歩けなくなったの?」
「たぶんそうだと思う。だって~、今日のリュック重いんだも~ん」

中身はずっと同じ。チノパン1枚、紙おむつ1枚、連絡帳とお弁当。
これを持ったら歩けない、転んでしまうと言うなら、もう通所は不可能だ。
玄関に入り、座って靴を脱いだところを確認して、センターに連絡し
とりあえず、今朝のことを話して、今日は休むことにした。
近所を歩いてて転んだとか、発作を起こしたとかなら、すぐに迎えにも行けるけど
バスの中やまた駅内で転んだりしたら、たくさんの人に迷惑をかけることになる。
とにかく主人と連絡を取ろうと思った。

義弟の様子を見たら、玄関で汽笛を鳴らしてた。

「弟くん、早く部屋に入って。車椅子も持ってこなくちゃいけないんだから」

荷物を持つとフラフラすると言いながら、リュックを持ってリビングに行こうとするので

「荷物は置いといていいよ。転ぶでしょ」

と、和室に入るなり、転んだ。
どうやら、持続して意識して力を入れてることが出来ないようだ。
だからフッと力を抜いた瞬間、フラフラっとして転倒するという感じ。
自分の身体を支えるのも、不可能になりつつあるように感じる。
筋力だけの問題ではないように思えてきた。

主人から電話が来たので、話をした。
手術をしてくれた担当医は、

手術をしても2年。
でも2年のうち、半年くらいでボーっとした状態が続き寝たきりになるでしょう。


そう言ってた。
今の担当医には

筋力をつけていかないと、寝たきりになりますよ

そう言われた。
2年と言われた命だけど、今年で9年目を迎えている。
もしかすると、手術をしてくれた担当医が言ってた状態になりつつあるのかもしれない。
3月に実家に預けたあとの義弟の衰えには驚いたけど
たまたまセンターに通うことと重なっただけで、このところの義弟の身体の
衰え方は尋常じゃない。
いくら情報処理が上手く出来なくても、身体までこんな風に衰えていくものなのかな?

が、どちらにしても、もうセンターに通所することは無理だと判断した。
センターのO所長さんのおかげで、リハビリセンターで10日に受診することが
出来るようになっているので、それまではもう家に置いておくことにした。
スケジュールに沿って行動させようとか、筋力をつけさせようとか
もう私には限界だし、そのリハビリになんの意味もないように思う。

また少し光が見えたような気もしたけど、やはり介護というところで
私は覚悟して行った方が、楽になれるような気もする。

「時計見てるの?」「時間だよ、動いて」「足を引きずらない」

などなど、いろいろなことを言ってきたけど、これからはもう無駄な気がする。

とにかく10日に受診して、リハビリセンターでの機能評価や身体の評価をしてもらい
リハビリをすれば、高次脳としても身体の機能としても、回復改善されるのか?
または、どういう障害者手帳が受けられるか?それによって、公的な場所で
受け入れてもらえる場所はあるのか?
そこから考えるしかないだろうと、主人と話し合った。

「もう外に出なくていいから、そこにいてね。転んだらまた人に迷惑かけるし
 リュックを持ったら歩けないんじゃ、センターにももう行けないでしょ。
 10日にリハビリセンターを受診するから、それまで家にいてもらうしかないよね」

義弟は返事もしなかったけど、その後私はお買い物に行って帰ってきたら
午前中は、ゆったりとコーヒー&一服を楽しみながら、汽笛を鳴らしており
12時少し前にお弁当を食べ、2時ごろキッチンに行くと
本を出してきてその上で居眠り真っ最中で、お弁当箱を流しに放置してあったので

「食べた物は、洗いましょうね」
「えっ?洗ってない?」

と、洗ったかどうかもわからなくなっており、その後も居眠り。
一応怒られると思うらしく、私の気配に気が付けば起きようとはしてたけど
本はだしてあるだけで、眺めては汽笛を鳴らしてると言う感じ。
その後コーヒーを入れるところ見てたけど、コーヒーを入れたカップを持って
歩くことさえままならない。

「こぼさないでよ」

と声をかけたんだけど、身体に足が着いて行ってない。
でも言われたものだから、意識はしてるので、なんとかテーブルまで持って行き
前かがみになってテーブルに置いたところで、危うくそのまま前のめりに転ぶところ。
テーブルに手を着くことが出来たから良かったけど、顔面着地するところだ。

これだけ言って、これだけの状態で、こんなにいろいろあって
私以外の人に迷惑をかけて、所長さんもいろいろ言ってくださったようだけど
本人の記憶には、ほとんど留まっていることはなく
どうにかしよう、何かやろうと言う意思は出てこない。

もうリハビリはあきらめた。
どこでもいいから、日中預かってくれる場所があってほしい。
今はそれだけだ。。。

がんばれ、私!

2008.07.01 (Tue) 義弟との日々の出来事

わんこのお散歩に出たものの、ちょっと心配にもなったので
お散歩の後半で、バス停まで行ったりして、様子を見たりもした。

家に戻ってみたら、帰っていて着替えが終ったところだった。
バス停を一つ先まで、乗り越してしまったらしい。

「キツかった~」
「しょうがないよね、自分の不注意だから」

そう言った後、わんこにごはんを与えたのだけど
お散歩中、エリーがひどい下痢をしていた。
先週末から、少しゆるくはなっていたのだけど
このところなつのことばかりだったので、ストレスも溜めてるかもと思いつつ
様子を看てたのだけど、今日の下痢はちょっとおかしい。

とにかく連絡帳をチェックしてから、病院に電話しようと思った。
連絡帳を見ると、今日は午後2時過ぎ小便を漏らしたと書いてあった。

今後のことは、機能評価をしてから、ゆっくりと考えて行きましょう。

そう書かれていた。
リハビリセンターで診断が下りるまでは、通所して良いと言うことだと思った。
自立を目的としたセンターで、家では私がやっていたことけど
ここまで人任せにしていいのか?って、そんな気がした。

「弟くん、おしっこ漏らしたの?」
「うん」
「またやっちゃったの?」
「俺はもう緩んでるから、しょうがないんだよ」
「しょうがないって、後始末をまた所長にやってもらったんでしょ?」
「いや、今日は違う人がやってくれたからいいんだ」
「いいんだって何?やってもらって当たり前じゃないんだよ」
「そんなこと言ってねえだろっ!」
「何偉そうに言ってんの!自分の排泄物を人に処理してもらってて、偉そうなこと言うな!」

とにかく汚れた物を洗い、紙おむつを処理するように言ってから病院に電話をした。
やはり違う病気や菌などがあるといけないので、受診するように言われた。
今はなつも感染症を起こしやすい時だし、エリーに何かあったら我が家は崩壊だ。

今日は義弟のお風呂の日でもある。
先週の金曜日だって、面倒くさがって入ってない。
家にいるだけならいいけど、センターに行ってるわけだし
今日こそはお風呂に入ってもらいたい。
今日は主人も夜勤で帰らないと言っていたので、手抜きをしてお弁当を買ってあった。
お弁当箱を洗い始めたし、私も早く出たかったので、病院に行く準備をして

「今日はお風呂の日だからね。お弁当箱を洗い終わったら、すぐにご飯食べるんだよ。
 じゃないと、またお風呂に入れなくなるからね。わかった?」
「うん」
「何度も言うけど、洗い終わったらもうチンしていくから、必ず食べてよ。
 お風呂の日なんだからね。食べないと間に合わないからね」
「うん」

目の前で、レンジに入れてセットし

「すぐに食べてよ。絶対に食べてよ」
「うん」

何度も言って、6時過ぎに家を出てエリーを病院に連れて行った。
全部診てもらったけど、とりあえず問題はなし。
下痢止めのお薬で様子を看て、5日後改善されなければもう一度受診となった。

ホッとして、7時10分過ぎ家に戻ってみたら、義弟はまだ食事をしておらず
コーヒーを飲みながら、一服の最中。
遅くても8時にはお風呂に入らないと、10時就寝に間に合わない。
義弟は最近、お風呂に入ると1時間半から2時間かけるのだから・・・
食事にだって、30分から1時間かける。
それを見たら、カッとしてしまった。

「なんでご飯食べてないの?なんでコーヒーなんか飲んでんの?
 どうして?どうして言われたことを守ってくれないの?」
「・・・・・」
「明日のことも考えて、弟くんの代わりに時計見て、早く寝て身体を休められるよう
 考えて言ってることだよ。どうして言われたことを守れないの?」
「・・・・・」
「明日のこと考えたら、もうお風呂に入れないじゃん。今からご飯食べたら、8時過ぎるじゃん」
「・・・・・」
「言われたことを守ってくれるだけでいいって、いつも言ってるじゃん。
 それが人に迷惑をかけないことだよって、言ってるじゃん。
 やりたいことが先じゃなくて、やらなきゃいけないことが先だって、何度も言ってるじゃん」
「・・・・・」
「今日もお風呂ダメだよ」
「は~い」

ここだけ返事か・・・なんだか泣けてきた・・・
ふと洗面所を見たら、まだ汚物も片付けてない。

「洗面所なにこれ?何やってんのよ」

涙声になってしまった。

「情けなくて涙が出るよ。どうして、私の言うことを聞いてくれないの?どうして?」

そう言ってたら、なつが足元に飛びついてきて、ダッコを要求してきた。
抱き上げたら、肩に顔を乗せてジッとしてた。エリーも足元に来て、お座り。
私が泣き出したことを心配したんだと思う。

「おかあさん、またやっちゃったね」

なつを抱いて、エリーをなぜてたら
そこにセンターの所長さんから、電話が入った。
たぶん、お漏らしのことを私が気にすると思って、連絡をくれたのだと思う。

「明日もいつも通り、家を出してくださいね」

そんな言葉を聞いたら、そのまま涙がこぼれて話せなくなってしまった。

「お義姉さん、どうしました?大丈夫ですか?何があったんですか?」

義弟もキャパシティーオーバーかもしれないが、私も同じなんだと思う。
ここのところ、立て続けにいろいろ起き過ぎてると思う。
予想外の、想定外のことをしてくれるのが義弟なのだ。
もう少し軽く見て、「しょうがね!しょうがね!」と思えばいいのだ。
ただ他人に迷惑をかけてしまうと言うところで、私の気持ちが動揺してしまう。
介護と言う現場なら、また気持ちも違うのだろうと思うけど
成人の下の世話と言うのは、本当に大変だもの。

主人が帰っていれば、また違ったのだろうけど
所長さんの声を聞いたとたん、気が抜けてしまった。
話しをしてるうちに、少し気持ちが落ち着いた。
今まで、主人に相談しながら、いろいろやってきたけど
我が家の稼ぎ手は主人しかいないから、どうしても仕事優先だ。
義弟のことは、結局私が一人で向き合ってきた。
少し人任せにしてもいいんだって思ったら、弱くなっちゃったのかな?

少しでも早く終らせて、とにかく身体を休ませようと思って行動してるのだけど
義弟はもうどこ吹く風だ。

もう少し、もう少ししたら、リハビリセンターで診断してもらえる。
そしたら、きっと何かが変わるはず。
悪いことばかりは、続かないって・・・がんばれ、私!

最初から。。。

2008.07.01 (Tue) 義弟との日々の出来事

昨日Wさんとの話し中で、考えられることが3つと言った。
そのうちの、キャパシティオーバーじゃないかということ。
どうも義弟には、それが一番ピッタリのような気がした。
情報処理が上手く出来ず、思考停止状態。だからボーっとする。

家での対応の仕方を、リハビリセンターではどういう風に言うのかも
ちょっぴり楽しみでもある。
本などに書いてあるようなことだったら、もうすでにやっていることだし
違う何かがあるかもしれないし、素人私では気がつけなかったこともあるかもしれない。

Wさんと話して、O所長さんと話したあと、あきらめていた私だけど
家では、もう一度最初から取り組んでみようと思った。
帰ってきてからの行動はそのままにして、朝の行動を私がフォローを入れることにした。

今日は父の病院があったので、8時前に家を出なくてはいけない。
なんとかそこまでに、ハミガキを始めたことは確認して出かけたい。
今朝は6時15分前に起こすことにした。

「弟くん、もう起きて行動開始して」

2度3度と声をかけても、起きる気配なし。

「弟くん、起きて!聞こえてるんでしょ?」
「だって、まだ目覚まし鳴ってない」
「弟くんの目覚ましじゃ、間に合わないから言ってるの。早く起きて」

お布団の上で、あっち向きこっち向き、おむつを触ってみたりと
なかなか行動に移らず、動き出すまで言い続けた。
で、6時5分過ぎに起きて来たと思ったら、今度はトイレから10分以上出てこない。

「お腹下ってるの?」
「○×△□※・・・」
「何言ってるか、わからない」
「お腹が痛いの!」

センターで大便を漏らしてからは、こっちの方が神経質になってしまってる。
20分以上かかって、トイレから出てきた義弟。
確認をしたら、普通に排便しただけ。
その部分の筋力も落ちてるから、踏ん張る力も弱く時間がかかるのだろう。
手を洗って、またトイレをのぞいてるので

「何やってんの?」
「別に」
「またうんち漏らしちゃったの?」
「違うよ」
「じゃあ、なんでトイレを確認したの?」
「なんだって、いいだろ!うるせえな~」
「偉そうな口聞く前に、やることやってから言え!」

また怒鳴っちゃった。
と、今度は洗面所を仕切ってある、カーテンを開ける。

「なんでカーテン開けるの?それはしちゃいけないことでしょ。閉めてよ」

おそらく無意識にそういう行動を取ってるのだと思う。
単純にカーテンが閉まってるのが目に付いて、開けただけ。
こういうところが、摩訶不思議なところだ。

「早く着替えて」

何度も声をかけるも、汽笛は鳴り続けるので、30分以上の時間がかかった。
おにぎりも2個作っていたが、少し大きめのを1個にした。
とにかく食べる時間もかかる。これまた

「もう飲み込みなさい」

と、洗濯物を干しながら、様子を見ては何度も声かけ。

お布団を上げたり朝食準備片付け、今まで身体のリハビリの一環としてやってたことは
全部私の方でやることにして

トイレ・着替え・薬を飲む・髭剃り・ハミガキ

これだけをやらせることにした。
帰ってきてからは、少々時間がかかってもいいけどね。
だけど、今度はやらなくていいこと、やってはいけないこと、やられたら困ることをやり始める。
一度開けた窓を、また閉めてしまったり、今必要のないものを出してみたり
そのたびに、声をかけてやめさせて、次の行動を促す。

なんとか出かけるまでに、ハミガキが始まった。
タイマーが8時40分に鳴るようにセットをして

「私がいないからって、のんきにタバコ吸ってちゃダメだからね」
 これが鳴ったら、準備して出かけるんだよ。わかった?」
「は~い」

そう言って、彩佳にも声をかけて、家を出発した。

10時少し前に帰宅。
タイマーを見たら、8分50秒残して止まってた。
と言うことは、8時半ごろ出た?と思って、一応センターに電話で確認。
9時50分ごろ到着したのとのこと。
最近足がおぼつかないから、歩くのにかなり時間がかかってるんだな。
帰ってくる時間も、遅くなってるし・・・
と思ってるところに、彩佳からメール。

「弟くん、8時半ごろ出かけたよ」

電話しても出なかったのに、もっと早くメールしろっちゅうの。

主人が昨日、歯医者に行く時帰ってくる義弟を見かけたそうだ。
少し歩いては、電柱につかまって立ち止まり
また少し歩いては、手すりにつかまって立ち止まっていたらしい。

「あれじゃあ、時間がかかるわな」

なるほどね・・・身体的な機能が衰えているのは、何が原因してるんだろうな?

とにかくこれでホッと一息、今度は脳外科に連絡して書類のことを頼んだ。
9日までには、M先生も書いてくれるだろうとのこと。
9日に一応電話で確認をしてから、取りに来るように言われた。
Wさん、午前中は出張と言うことで、午後一で電話をすることになってたけど
私がうっかりして、気が付いたのは3時。
会議中ということで、必ず伝言するから言うことで、お願いして予約はそのままとなった。

今日は義弟のお風呂の日。
センターに通所するようになってからは、毎日入れてやりたいところだけど
最近の義弟のお風呂の時間は、1時間半必要となってる。
たぶんこの状態じゃ、2時間になるかもしれない。
それを考えると、水道代が怖いことになるので、やっぱり週2回で行くしかない。
お風呂の日は、すべてを早めに進めて行かないと、10時就寝は無理となる。

娯楽として、少しでもテレビを見る時間を作ってやりたいと思うところだけど
今の状態では、到底無理だ。
テレビを見ちゃったら、何もしなくなっちゃうもんな。

最初の頃は、4時半過ぎには帰ってきたけど
今日は5時を過ぎても帰ってこないぞ。
どっかで転んでなきゃいいけど・・・

待ってられないから、お散歩に出よう。
わんこのお散歩が終ってからが、闘いだ!

 | HOME |  »

プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

最近のコメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。