。。。家族の選択。。。

2009年8月25日この世を去った義弟の介護の日々。。。         2013年6月30日を持って終了しました。。。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

負けず嫌い?子供返り?

2007.10.31 (Wed) 義弟との日々の出来事

義弟は何か自分が気に入らないことを言われたり、されたりすると
その相手を言い負かしたり、謝らせなければ気が済まない負けず嫌いなところがある。
あんまり良い負けず嫌いではないと思うが・・・
主人が言うには、病気になる前からこういうところはあったそうな。
普段私が言うことを、素直に聞いたりしかたなく動いたりはしているけど
時々こういう一面が出る時がある。

日曜日、5時に起きた私。
トイレに行ったら、なつが大量にチッコもしていたし、うんちもしていた。
ちょうどトイレの電気を点けると、なつのトイレ付近を照らしてくれるので
電気を点けて後片付けをし終わり、女中部屋に戻る時電気を消し忘れたことに気が付いた。
でも義弟がトイレに起きてきたので、ま、いいかと思っていたのだけど
和室から出てくるのに、ふらついてアコーディオンカーテンや襖に身体が当たっているようで
ガタガタと音をさせているの

「あちこちぶつかってないで、しっかり力を入れて歩きなさい。絶対に転ばないでよ」

と声をかけて、女中部屋に戻った。
主人も起きて一服をしていたのだけど、しばらくしたら

「電気が点けっぱなしだよっ!」

と怒鳴る声がした。
要するに、私の失敗を指摘することで優位に立とうとするのだな。
だけど義弟にとっては残念なことに、日曜日は主人がいた。
一瞬主人と目を合わせた後、主人が女中部屋から

「なんだよっ!」

と怒鳴り返した。
義弟は何も言わずそのままトイレに入り、またお布団の中に、その日も朝は起きれず。
でもいつもならリビングに出てきてから、私の失敗のせいでどれほど自分が困るかと言うことを
訳のわからない屁理屈をこねて、グダグダと言い続けるのだけど
その日は主人がいるので、何も言わない。これは義弟の持つ二面性。
主人がいる時には、絶対に何も言わない。逆らわない。
主人が何か言っても、聞いてる振りして返事だけする。
その場をやり過ごせれば、それで終わり。
主人もそれをわかってるから、義弟に何を言っても馬の耳に念仏だと思って何も言わない。
でも主人から言って貰いたい時は、あえて主人の前で説教を始めて

「けんちゃんの目を見て、ちゃんと話を聞きなさい!」

と言って、主人からも言うように仕向ける時もある。

なつの病気がわかってから、我が家の食費はますます節約モードとなっている。
エリー&なつには今まで以上に手がかかっているし、通院などがあると
食事を作れない時もあるので、とうちゃんからもレトルトや冷凍食品を買っておくよう言われた。
なので、昨日の買出しはそれらをメインに。。。と言っても、○○円均一商品ばかりだけどね。
義弟は刺身が大好物、お寿司なんか本当に大好き。
でもお寿司を取る余裕は我が家のはないので、買出しの日はマグロの切り落としが安いので
それを使って『マグロの漬け丼』にする。
彩佳も寿司飯が好きだし、簡単なので買出しの日の夕飯はこれになることが多い。
だけど昨日の買出しでは、いつもは2パック買うマグロの切り落としだけど
1パックを二人分にしようと思った。

昨日はなつの状態が急変したことや、心配なこともあり、夕方面会にも行ったので時間がなかった。
しかも主人は12時半起床だというし、6時過ぎに帰り主人はすぐにお風呂。
私は6時半にご飯が炊き上がるのを待って、義弟の食事の準備をした。
ところがマグロの切り落とし、いつもの半量だから、ごはんの上がなんだか寂しい。
なので、主人のおにぎり用に筋子も買ってあったから、半分漬け丼で半分は筋子丼にした。
私としては、一度で二度美味しいじゃん!と思ったのだけど、これが気に入らなかったらしい。

「なんで漬け丼に筋子が乗ってるんだよっ!」
「マグロだけじゃ少ないでしょ?だから乗せたんだけど」
「なんで筋子なんだよっ!」
「食べないなら、返してくれていいよ」
「どうやって返すんだよっ!」
「いらないなら、食べなくていい!」

主人もお風呂から上がっているし、もううるさい!と思ってしまった。
ツマミ用に冷凍食品をレンジに入れて時間をセットし、ビールを持って女中部屋に引っ込んだ。
食べるものに関しては、嫌いなものや苦手なものは言うように言ってあるし
味付けに関しても、意見は言ってくれた方が次に出すときに考えるからと言ってあるのだけど

「俺は出された物は、文句を言わずに黙って食うから、言えないよ」

なんぞと、しおらしいことを言うけど、時々こういうことがある。物は言いようで

「俺は少なくてもいいから、漬け丼だけにしてほしいな」
「じゃあ、次からそうするから、今日はガマンしてくれる」

と言う具合になるんだけど、最初からああいう言い方をされるとこっちもカチンとくる。
これで終わりかと思ったら、まだ続くんだから、巳年はしつこいじょ。
主人は漬物やするめをツマミに、もう飲み始めていたので、私も一緒に飲んでて
↑の話をしていたのだけど、気が付いてレンジの中身を取りに行った。

「さっきから、ピーピー鳴ってるよっ!」

なんのことを言ってるか、わからず

「何が?」
「さっきからピーピー鳴ってるじゃねえかっ!」
「だから何が?」

耳を澄ましても、私には聞こえない。一瞬義弟の幻聴?腫瘍のせいか?と思ったのだけど

「それだよ。さっきからピーピー鳴ってんだろっ!」

なるほど、時間が来ても扉を開けないと「ピピッ、ピピッ」とお知らせ音が鳴るレンジが
ずっと鳴っていたらしい。
まだつっかかるのかっ!と思って

「こんなの今始まったことじゃないでしょっ!いちいち、うるさいよっ!」

と言ってしまった。
それを聞いてた主人が

「お前もいちいち気にするな。子供と一緒なんだから」
「気にしちゃいないけど、ムカつくんだよ。くだらないことで、つっかかってくるから」

しょうがないと思っても、やっぱり腹は立つもんね。

今朝は12時半起床で、そのまま起きてパソに向かった。
夜中のこういう時間は、私が一人になれる貴重な時間にもなる。
もっとも襖の向こうで、義弟は寝てるのだけどね。

今朝も6時過ぎから目覚ましは鳴ってたけど、7時に和室を開けたら
目覚ましを片手で押さえて大口開けて寝ておった。

「弟くん、7時過ぎた」
「は~い」

と返事はするけど、目を開ける様子はない。

「弟くん、7時過ぎてる!目を開けなきゃまた眠っちゃうでしょ!」
「は~い」

と目は開けるけど、動かない。

「なんのために目覚まし鳴らしてるの?起こしてもらうのが当たり前じゃないんだよっ!」

それでも動かない。

「もう起きてっ!身体を起こしてっ!時間過ぎてるんだから、行動してっ!」

やっと動き出したから、私の方も家事をやり始めた。けどしばらくして、もう一度和室を見たら
寝たままCDウォークマン聞いてるし・・・

「朝から音楽聴いてるんじゃない!時間が過ぎてるんだから、さっさと起きなさい!」
「違うよ」
「何が違うの?」
「電池があるか?調べてたんだよ」
「そんなのはあと!今は早く起きて支度をしなさい」

それでもイヤホンを耳から放さない。

「聞いてるのっ?!それは後で確認すればいいことでしょっ?!
 もう時間が過ぎてるんだよ。遅刻なの!少しは急ぐとかあわてるとか覚えなさいよ!」

これでやっと動き出す。
動き出したはいいけど、今度は洋服を着ながら目が隠れたと同時にまた前にすっ転び
丸めて立てかけてある絨毯を倒し、主人の寝袋を落っことし、近くにあった物の位置が大幅にずれた。
義弟は何かをこぼしたり、落としたりした時に、きちんと元に戻すという作業が出来ない。
お砂糖をこぼしても、とりあえずティッシュとかで拭くだけで、だから後がベタベタしてこぼしたことがわかる。
おちっこを漏らしても同じ、ティッシュで拭くだけで綺麗にはならないってば。
物を倒せば、起こすだけで、そこに放置。

「何をやってるの?しっかりさなさい。だから踏ん張れっていつも言ってるでしょ!
 弟くんはこうやって物を落としても、きちんと元に戻すことが出来ないんだよ。
 ガラスとかだったら、どうするの?それでなつにケガさせたら、なつは死んじゃうんだからね」
「はい」
「自分で意識して、なんでも身体に力を入れて行動しなさいよ」

起きたばかりで覚醒してしてない状態だから、しょうがないと言えばしょうがないけど
しょうがないとあきらめてばかりもいられない。
7時半を過ぎてリビングに出てきて一服、これは大目に見て吸い終ったところで

「もう7時半過ぎてるんだから、暢気にしてないで次の行動に移りなさい」

そう言ったら、コーヒーを入れにキッチンへ。

「コーヒーはあと、今は食事をするかハミガキするかどっちかを先にやるの。
 優先順位が違うよ。また9時までに終わらないでしょ!」
「入れるだけで、飲まないよ」
「だから、飲むときに入れればいいことでしょ。今はその時間がもったいない!
 時間を計算するってことは、何を優先させるかってことも必要なの」
「だから、入れるだけで、飲まないって言ってるだろ」
「飲まないなら、入れる必要がない!先にやるべきことをやってから、コーヒーだよ」

それでもスプーンに手を伸ばしたので

「だからコーヒーはあとって言ってるでしょ!のんびり朝のコーヒーが飲みたいなら
 早く起きなさいよ。人に起こしてもらうのが当たり前と思うな!」

これで、カップ麺を取り出した。義弟の食生活は、カップ麺ばかりだ。
「作ろうか?」と何度も言ったし、健康のことも言ったけど本人が「いい」というのだから
勝手にやらせることにしてるんだけどね。
食事が終わり、お薬を飲んで、まだ片付けもしてないのに、またコーヒーを入れにキッチンへ。

「だからコーヒーはあと!テーブルの上片付けて、ハミガキしちゃって。もう8時半になるよ」

これだけ声かけして、今日はやっとこさ8時50分ごろに終了。
朝から戦争だな。。。
たとえば7時に起きてきても、何も言わなければ8時ごろまでコーヒー&一服タイムは続く。
だから声をかけないと、結局は9時には終わらない。
7時に起きてくれば、7時半まではコーヒー&一服タイムをしてもいいと思うけど
本当は7時半からじゃ、義弟だけに任せていたら9時には到底終わらない。
私の方も、こんな風に毎日声かけが出来るわけじゃない。
忙しい時もあれば、気力が沸かないとこもある。

義弟が自分の意思で、スケジュールをこなせる日は来ないんだろうな。



人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o
スポンサーサイト

季節感

2007.10.31 (Wed) 義弟との日々の出来事

昨日はなつの通院日だったのだけど、朝から様子がおかしくなり嘔吐。
病院で検査の結果、発熱していることがわかり再入院となってしまった。
抗がん剤投与も、熱が下がり白血球の数値が上がるまで中止となった。

義弟の方は、朝7時5分過ぎにリビングに出てきたけど、時間に間に合っていないため
またまたお小遣いは没収。
自発がないのだから、朝は起きれないのが当たり前なのかもしれないとも思うけど
普段も朝は起きれない、病院の通院日でさえも予約時間も気にせずあわてることもない。
いつも出かけるときは、主人や私をイライラさせている義弟。
ところが元嫁と会っていた頃は、10時から11時のお迎えの約束でも
何も言わなくても7時前に起床、9時には準備万端整えて携帯片手に待機している。

「ずいぶん早くから、準備して待ってるんだね」

と何度かイヤミを言ったことがあるけど

「だって~、アイツはちゃんとやらないと怒るからさ~」

と笑って答える。
主人も私もその度に怒ってるのにね。
でも、と言うことは、義弟がその気になれば出来るということになる。
義弟自身が、朝起きようと思えば起きれるということでもあると思う。
1000円の罰金と言うペナルティーを与えれば、起きなくちゃと言う意識が働くかと思ったのだけど
今のところ、これの効果はない。
お金が失くても、とりあえずタンス貯金でタバコも買えるし、食べる心配もない。
おむつが失くなっても、失禁に羞恥心がないから、漏らすことも義弟にとっては困ることではない。

今の義弟の楽しみは何かと言うと、タバコを吸いながらコーヒーを飲むこと。
それ以外に楽しいと思えることは、ないように思うし
これ以外に楽しみを見つけようとも思わないようだ。
だから、それだけしかないことに疑問を持つわけでもないし、不満もないようだけど。
「金がない」と言いながら、タバコをカートンで買ってこれるのだから、義弟のタンス貯金は
まだあるのだろうけど、あとどれくらいあるのかは検討がつかない。
主人とこの間

「もし弟くんに、いよいよお金が失くなってタバコも買えなくなったらどうする?」

と言う話しになった。
タバコまで取り上げてしまうのは、可哀想だと思ったから。
で、結果、もしタバコさえ買うお金が失くなったら、1日1箱は渡そうと言うことになった。
結局それでお金が失くなっても困ることはないから、朝も起きれないだろうけど
義弟にお金を持たせると、ロクなことがない。
朝は起こせばいいだけのことだし、お小遣いがほしいなら起きる努力をすればいいだけのこと。
なので、そうすることに決めた。

義弟の季節に対しての感覚は、面白い。
夏は異常に暑がるし、冬は異常に寒がる。
義弟の中では、毎日が気温の記録更新となる。
最初は体温調節がうまく出来てないかと思ったけど、そうではないらしい。
前日が暑かったからから今日も暑い。
この前あの場所に出かけた時、寒くて凍えそうだったから、今日も寒い。
というような判断をするらしい。
代謝が落ちていることも一つの原因だとは思うけど
義弟は今の気温でも家の中では、半袖のポロシャツを着てトレーナーを来て
その上にフリースまで着ている。
冬になれば、半袖のポロシャツが長袖に変わるだけ。
マンションはありがたいことに、冬でもわりとあったかいので暖房費節約で
我が家はあまり暖房器具は使わず、着込んだりひざ掛けとかを使ってしのぐのだけど
今の時期に、毎年これだけ着込むので毎年同じ質問をする。

「ねえ、そんなに今日寒い?今からそんな格好して、真冬はどうするの?」
「そん時はそん時だよ」

と笑ってるんだけど、真冬も同じ格好をしている。
まあ、座っている時は毛布を膝にはかけているのだけどね。
それに義弟の感覚だと、通常の判断ではビックリするような格好をして出かけて行く。
特に春先秋口は、それがひどい。
先日も、前の日は少々寒いと思ったが、それでもトレーナーを来てちょうどいいくらいの気温。
その日義弟は、薄いジャンパーを羽織ってお散歩に出かけた。
翌日はお天気も良く、ポカポカしていたのだけど、前日が寒かったという理由で
なんとダウンジャケットを着込んだ。

「弟くん、ダウンなんか今から着たら冬どうするの?」
「だって~、昨日本当に寒かったんだよ」
「昨日は寒くても、今日はあったかい。お散歩に出たら、汗ばむくらい一生懸命歩けって言ってるでしょ?
 公園の日の当たらないベンチに座って、休んでばかりいるからだよ」
「だって~、寒いのは本当にイヤなんだ」
「だから、最初は寒くたってリハビリと思って、必死に歩けば汗が出る。
 汗が出るくらい歩かなくちゃ、リハビリとは言わないよ」
「そうだけど~」
「それに今の時期にそんなダウン着てたら、おかしいし格好悪い!」
「別に格好悪くたっていいよ」
「だから、人が見たら変な人に見られるし、みっともないって言ってんの。
 老人になると、真夏でも毛糸のセーターを着るって言うけど、それと同じことしてんだよ。
 おじいちゃんじゃないでしょ?弟くんは」
「じゃあ、わかったよ。こっちを着ればいいんだろ」

そう言って、前日と同じ薄いジャンパーを着て出かけて行った。
その日は本当にポカポカ日和で、義弟が着ていた服装だと普通に歩いていても汗ばむくらい。
私が薄手の長袖のTシャツで、汗をかいたくらいの日だもん。
帰ってきた義弟は、今度は半袖のポロシャツ1枚になっていた。
両極端と言うか、なんというか・・・いやはや・・・
今年は毎日の気温の差が激しい年でもあったから、余計にとんちんかんな服装になってしまうみたい。
前日そんな風にポカポカだと、今度は翌日寒いくらいでも半袖のポロシャツ1枚に薄いジャンパーで出かける。
でも薄着で出かけるときは、何も言わないことにしてる。
寒ければ身体を動かせばいいのだから、帰ってきて「寒かった」なんて言おう物なら

「しっかり歩いてない証拠だ!真冬だって汗をかくくらい歩かなくちゃリハビリじゃない!」

と叱ってやるのだ。
眠る時のお布団も、冬用ではないけれど厚手のお布団を使っている。
私達は、もっと薄いお布団を使っているのだけど寒くはない。
だけどすでに長袖長ズボンのパジャマの上に、ダウンベストを着て靴下を履いて寝ている。
寝心地悪いんじゃないかと思うのだけど、これも毎年のこと。

昨日は再入院の決まったなつの面会に行く前

「なっちゅ、がんば!なっちゅ、がんば!」

となんだかニコニコ笑顔で、義弟がつぶやいていた。

「ねえねえ、なっちゅ、ガンバ!って可愛いと思わない?」

・・・・・そんなこと言われて、どう答えろと?
その時点で、転移のことなどで頭の中がいっぱいだったから、申し訳ないがシカトした。
その後もニコニコ笑顔で

「なっちゅ、がんば!なっちゅ、がんば!」

と一人でつぶやいておった。
なつの面会が済んで帰ってきてから、なつの再入院の話をすると

「えっ?また入院?いくらかかるの?」

一瞬ムカっときて、主人を見たら主人もムッとして黙ってしまった。
なつの医療費を出すと言ったから、金額が気になったのだろうけど
結局口ではいろいろ言うけど、その程度の意識しかないんだろう。
義弟がお金を出すと言って、そうさせてもらうとは言ったが、本気で出してもらおうとは思ってない。
主人とは、サラ金に借金してでもなつの病気は絶対克服しようと話している。
私達夫婦にとって、なつは我が家の大事な三女、可愛い我が子と同じなんだもん。

            なつ
発熱しているため、身体に力が入らず、私の腕の中でウツラウツラ。

主治医にも言われたけど、なつには絶対にケガをさせらない。
出血が止まらなくなったり、傷からばい菌が入ればすぐに化膿し
気が付くのが遅れたりしたら、菌が全身に回り命取りになる。
万が一義弟が転んで、なつを下敷きにしてしまったら・・・
自分の失敗は隠そうとする義弟なので、もし私のいない留守にと考えると
もしそんなことがあったとしても、言わない可能性もあるし

「俺じゃない!」

と言い張るのも間違いない。
その万が一は、絶対に起きてはいけない、起こしてはいけないことなんだ。
立ち上がる時など、フラフラっとすると

「転ばないでよ!絶対に家の中で、転ばないでよ!」

と毎回言うのだけど、ここ数日は確かに転んではいない。

「今は転んでないだろ!」
「今は転んでなくても、これから先も絶対転ばない保証が出来るの?」
「いや・・・出来ない」
「だから言ってんの、なつにケガさせたら死んじゃうんだからね」
「・・・・・」
「転ばない保証が出来るくらい、筋力付けてよ」
「は~い」

この返事はわかってない返事。とりあえずしといた返事。
だからなつをおいて、私が出かけなければいけないときの対策を
早いうちに考えておかなければいけないと思う。



人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

ルール違反

2007.10.29 (Mon) 義弟との日々の出来事

昨日義弟がお散歩から戻ってくる頃に、主人がトラック整備に会社に出かけた。

「そろそろ帰ってくる頃だと思うけど、もし会ったらもう1周するように言ってね」

1時間外に出てても、30分以上は休憩してるのはわかってるから
少しでも筋力を付けさせるには、少しでも長く歩かせるしか方法がない。

主人は万が一、家の中で義弟が転んでなつにケガをさせたら
その時はぶっ飛ばして、実家に行ってもらうと言ってるけど、その万が一が起きてからでは遅い。
万が一は、絶対に起こしてはいけないこと。
だから何かしら理由をつけては、少しでも長い時間歩かせるようにしたい。

主人が出かけてすぐ、主人から携帯に電話が来た。

「今憲児に会ったから、もう1周するようには言ったけど、行ったかどうかはわからねえぞ」

と話してるところに、義弟が帰って来た。

「けんちゃんにもう1周回れって、言われたんじゃないの?」
「えっ?言われてないよ」
「今けんちゃんから電話が来たけど?」
「だって~、もう1時間10分も歩いたんだよ」
「1時間10分って、休憩もしてたんでしょ?」
「そうだけど・・・」
「けんちゃんがもし家に帰ったら、追い出せって電話が来たよ」
「じゃあ、もう一回行ってくるよ」

主人に言われると、素直に聞くんだよな。
私が言う時は、もっとキツく言わないとダメだけど・・・

昨日は日曜日。
日曜日は夕方の5時半から、主人も見ている【GT】と言う車のレースの番組がある。
その番組でも使われるコースが筑波にあるのだけど
義弟は若い頃、筑波に行って走ってきたことも何度もある。
主人も車は好きだけど、主人はコンポを自分で取り付けたり
カローラに積んであるウーハーは、ピッタリな箱が見つからなかったので
自分でサイズを測って、作ってしまったりもするし
内装を自分で飾ったり、外装もパーツ類を取り寄せて自分で取り付けたり
オイル交換やブレーキパッドの交換など、整備したりするのも好き。
一方義弟は、そういうことは専門家に任せて、ひたすら走るのが好き。
共通してるのは、車のレースを観戦することかな。
なので、【GT】をやってる時だけは、一緒にテレビを見て会話をすることもあって
主人と義弟はほとんど会話を交わすことがないけど、唯一コミュニケーションが取れる番組でもある。
そういうことも含めて、日曜日だけは5時半からテレビを点けて良いことになった。
と言うか、本当は日曜日はテレビ解禁にしたのだけど
義弟がそういう行動をしたので、5時半からにしたと言う方が正しいかな?

先日叔父の訃報で日曜日に私が長野に行ってた時
主人は夜勤明けで昼間は寝てたし、何も言う人がいなかったから
1日テレビを見て過ごし、翌日も私が何も言わなかったら
ノートも何もやらず、2日サボった結果、日にちも曜日までもわからなくなった。
この時に、1日でもサボれば、こういう結果になるんだと言うことがわかったから
やっぱり日曜日も同じペースを保った方がいい思ったんだ。

ところが昨日の日曜日、主人が夕方のお散歩に間に合わなかったので
私だけでお散歩に出て、家に戻ったのが5時5分過ぎ。
義弟は一服しながら、テレビを見ていた。
おそらく私が出かけて、すぐにテレビを点けたんだと思う。
たかが5分、たかが30分と思っても、時計を見ることが出来ない義弟には
そこをきちんとしなければ、これでいいと思って、どんどんだらしなくなって行く。
これは今まで、さんざん経験してきたことだし、「またか」と思った瞬間に頭に血が昇った。

「ねえ、またやってるの?」
「えっ?」

と言ったきり、開き直ってテーブルに肘を着いて、タバコをプカ~っとやった。

「またやってるの?って聞いてるんだけど」
「・・・・・」
「時計見てるの?」
「見てるよっ!わかってるよっ!」
「わかっててやってるわけ?」
「だってっ!見たいんだからしょうがないだろっ!」

これで私、久々にブチっと切れました。

「何子供の言い訳してんだよっ!」
「・・・・・」
「ルールは守ってくれって、何度同じこと言わせるんだっ!」

これでテレビを消すために、立ち上がった。

「ルールが守れないなら、日曜日も6時までテレビ見せないよ」

テレビを消した義弟は立ったまま、私の話を一応聞き始めた。

「なんで?教えてよ。なんでルールが守れないの?なんで約束を破るの?教えて?」
「・・・・・」
「見たいからとか、やりたいからとかって、子供の言い訳じゃん。なんか理由があるなら教えて?」

そう聞いたところで、理由があるはずもない。
子供と同じだから見たいから見てるだけで、バレなきゃいいやだけどうまく隠すことも出来ないだけ。

「なんでそのスケジュールを作ったか覚えてる?全部理由があるって説明したよね?」
「うん」
「時計を見間違えたとか時間を見なかったとか言うなら、わかる気もするけど
 わかっててやるなんて質が悪いよ」
「・・・・・」
「これをやったら、恵子ちゃんに怒られるとか、考えないの?それとも私の言うことなんかどうでもいい?」
「いや、そんなことはないけど・・・」
「もう少しいろんなこと考えて行動しなよ。テレビ見て、ボケーっと過ごしてたら本当にボケちゃうよ。
 弟くんはさ、1日でもこういうことをサボれば、日にちも曜日さえもわからなくなるんだよ。
 何か伝えても、忘れちゃうんだよ。メモを取ったって、それを見ることも忘れる時があるんだよ」
「・・・・・」
「これだけ毎日嫌なことを私に言われてるのに、少しは考えようとしないの?
 何をやるのにも、考えろって言ってるじゃん。考えるってことを、自分が意識しなくちゃ
 どんどん頭が退化してっちゃうんだよ。それでいいの?」
「ううん・・・ごめんなさい」
「なんでこういうルールを作った?なんて説明した?」

とこれまた聞いたところで覚えてるはずもなく・・・
張り紙の内容を変えるたびに、その都度説明をしてきてるのだけど。

起床は7時。
本当は6時にしたいところだけど、冬は6時と言えばまだ暗い。
暗いうちに起きれるはずもなく、我が家に来たときは7時には起きていたし、子供だって7時には起きる。
9時までに、食事洗面ハミガキは終わらせる。
これは義弟の会社の通常の出勤時間に合わせた時間。
義弟に言わせると、工場長クラスは7時半出勤なんだって。
だったら、それに合わせて5時起床にしましょうか?と聞いたら、イヤだと言った。
で、通常他の人は9時から仕事をしているのだから、9時にはいつでも出かけられるように
ということで、9時までに終わらせるようにした。
10時のお散歩は、準備も整って今日の目標も立てたところで身体を動かす。
帰ってきたら、目標達成に向けて本を読む。
仕事中に昼寝をしてる奴はいないのだから、昼寝は禁止。
3時のお散歩は、夏場はもう少し遅くしてるけど、冬場はまだ日が当たっているうちに。
テレビは6時から。
テレビを禁止したのは、テレビはただ眺めてボーッと過ごしてしまうけど
本を読んで感想文を書く方が、少しでも考えることが出来ると思ったから。
6時に設定したのは、通常仕事が5時で終わって、帰ってくればこれくらいの時間になるだろうから。
でも義弟に言わせると、工場長クラスは定時では帰れないんだって。
だったらテレビ見てる時間はないねと言ったら、それは困ると言っていた。
夜10時就寝は、朝7時に起きれないから。

「全部理由があって、このスケジュール作ったんでしょ?」
「うん」
「だけど弟くんはこのルールを、まだ1度も全部守ったことないんだよ。朝だって起きれないし
 昼間は寝てるし、時間だって守れない。いつも私が声かけてるんじゃん。
 見たいから、やりたいからって、弟くんのしたいようにしてたら、どんどんだらしなくなっちゃうじゃない。
 テレビばっかり見てボーッとしてたら、どんどん物忘れしていくんだよ。それでもいいの?」
「いや・・・」
「だからルールを作ったんでしょ?だから約束事は守りましょうって言ってるんでしょ?」
「うん」
「何をするのも、少し考えて行動して!常に常に考えて、ルールはきちんと守る努力をして!」
「わかった」

わかってるのかどうかはわからないけど、最後の方は意識して私の目を見ながら
素直に返事をしておった。 
こんな風に言った時、義弟の様子で聞いてるか聞いてないかはわかる。
いい加減に聞いてる時と、神妙に聞く努力をしてる時は、表情が違うから。
昨日は、一応真剣に聞いてたみたいだから、そこでやめておいた。
今朝も相変わらず起きれず、7時に和室を開けたらまだ寝てたけど
そのせいか?今日はいくらか時計を気にしてたように思う。

「時計見てるの?」

って何度か声かけはしたけどね。
今日は午前のお散歩から戻った義弟が話しかけてきた。

「ねえねえ、恵子ちゃん。あそこの犬知ってる?」
「あそこと言われても、どこのこと?」
「名前は忘れちゃったんだけど、ビーグルみたいな犬で毛が長い犬だよ」

場所のこと聞いてるのに、わんこの特徴かよ!

「ビーグルみたいな犬?」
「金木犀がいっぱいあるところの奥の家だよ」

・・・って、また場所に戻るんかい!

「金木犀?どこのこと言ってる?よくわからないんだけど?」

そう言ったら、着替え始めて何も言わなくなったので、そのまま放置。
手を洗って座って、しばらくしたら

「恵子ちゃん、ちょっとこれ見て。地図書いたから」

帰ってきてめずらしくノート開いて、何か書いてるなと思ったら地図か。
見てみると、書いてある地図で場所はわかったのだけど、余計な情報ばかりで
肝心なところがよくわからない。

「ここがヒデさんの家?」
「ううん、ヒデさんとこはもっとこっち」
「ん?じゃあ、ここは水道屋さんで道路挟んで畑があるでしょ?1本道が足りなくない?」
「えっ?ちょっと待って・・・・・」

しばらく考え込んでたので、待ってたら

「えっと・・・畑って?」
「ここに金木犀があって、道路があって、畑があるでしょ?その向こうの道路を入って
 上がったところが、ヒデさん家だよ。よく思い出して」

本当はこの時点で、どこのわんこのことを言ってるかわかったのだけど
考えて思い出させることの方が大事だからね。
これまたしばらく考え込んでたけど

「あ、そうか。そうそう、それでこの道を入って、ここから1軒2軒目くらいの家だよ」
「あ~、ビーグルってキャバリアちゃんね。黒と白で目がクリっとした子」
「そうそう、茶色も少し入ってるよ」
「そうだっけ?」
「あの子がさ~、エリーちゃんの匂いがするらしくて、俺の足にパコパコすんだよ」
「前に脱走した時もエリーがヒート中で、追いかけられたことがあるわ」
「そうなんだ~、でも可愛いよな~」

ふう~、たまに話し相手するのもいいけど、思い出させるのに苦労するわい。。。

人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

もう少しやってみるか・・・

2007.10.28 (Sun) 義弟との日々の出来事

義弟の毎日は相変わらず。
朝7時起床とは言ってるけど、布団をたたみ身支度を整えリビングに出てくる時間が7時ということ。
だから遅くとも6時半には起きて、行動を始めないと7時には出て来れない。
7時に和室を開けると、起きて行動が始まっている時もあれば、まだお布団の中で
グッスリ眠っている時もある。
だから1日1000円のお小遣いもまだもらえない。

25日は義弟のお給料日なのだけど、その日は7時10分前に起きてきて話しかけてきた。

「恵子ちゃん、今日俺の給料日なんだけど、小遣いは?」
「給料日は関係ないでしょ。朝起きれないんだから、お小遣いはもらえないでしょ?」
「えっ?あ・・・小遣いと言う前に、朝起きろと?」
「そういうことですね」
「はいはい、わかりました」

この小遣い制の意味を、まだ理解出来てないのかな?

「朝ちゃんと起きてくれば、30日からはもらえるよ。でも起きれなければどんどん先に延びるけど」
「は~い」

と言った翌日も、7時ギリギリにリビングに出てきたけど、起きてこれたのはこの2日間だけ。
土曜日からは、また和室を開けるとまだお布団の中で起こすことになる。
目覚ましは毎朝6時ごろから鳴ってるんだけどね。

お給料日義弟が午後のお散歩に出た後、おむつが無くなっていることに気が付いた。
無くなる前に言うように何度も言ってるけど、無くなってこちらが言い出すまで何も言わない。
おパンツにすればいいと思ってるんだけど、お漏らしした時にきちんと処理が出来ないから
それではこちらの手間がかかってしまう。
お腹を壊せば、うんちくんも漏らしてしまったことがあるからこれはキツいし辛い。
だからおむつを外されるのは、私としても困るんだ。
なのでお散歩から戻った義弟に言った。

「弟くん、おむつ無いけどなんで言わないの?」
「いや~、本当は今日買おうと思ったけど、金がないからさ」
「おむつは必要なものだから、これについてはお小遣い前払いするから
 無くなる前に言うように言ったでしょ?」
「そんなこと言われたっけ?」
「何度も言ってるよ。今おむつ履いてるの?」
「履いてるよ」
「それが使えなくなったら、どうするの?」
「「いや、だから今日は取り替えられないなと思って・・・」
「今日はって?明日はどうするつもりだったの?」
「・・・・・」
「タバコをカートンで買うお金があるなら、先におむつを買ってこいって何度言った?」
「あ~、そうだよね~」

しばらくこういうことがなかったから、忘れちゃったんだな。

「忘れちゃうならメモに書いておいて。おむつは無くなる前に必ず言うこと」
「は~い」

書くまで言い続けたので、一応『各位様語録集』に書いていた。
翌日2000円を渡して、雨が降っていたけど必ずおむつを買ってくるよう念を押してなつの病院に向かった。
私が帰ってきて買ってなかったら、買いに行かせるからねって言っておいたから出かけたようだ。

「2000円渡したから、11月2日までお小遣いはないよ。起きれなければもっと先に延びます。
 ノートでもなんでも、書いておいてね。私だって忘れるかもしれないからね」

そう言ったら、ノートに書いていたけど忘れるだろうな。
夜の就寝時間も、10時20分前からカウントダウンをする。

「弟くん、もう10時20分前だよ。寝る準備しなさい」
「は~い」

返事はするけど、行動は起こさない。

「弟くん、10時15分前!もう動きなさい」
「は~い」

これも返事はするけど、動かない。

「10分前!いい加減に動きなさい!テレビ消すよ!」
「は~い」

これでやっと立ち上がっても、テレビを見ながらお布団を敷いたりするから
どうやったって、10時の就寝に間に合わない。
結果、私の方がぶちきれて怒鳴ることになる。

「朝は起きれない。昼間は居眠りしてる。夜はいくら声かけても動かないってどういうことよ?
 その張り紙に書いてあるルールは守って生活してって、何度も言ってるでしょっ!」

感情的になる方もおかしいけど、ついイラッとして言ってしまう。

昼間はテレビを禁止にしているが、食事中もテレビは禁止にしている。
テレビに見入ってしまって手が止まったり、ながら食いをしてこぼしたりするし
そんな食べ方だから、食事に1時間以上もかけてしまうから。
義弟には夕方、6時半から7時の間に夕食を出している。
先日の一人暮らしをすると騒いだ後から、食事をした後の食器洗いや
義弟が使った食器類については、自分で洗わせることにした。
一人暮らしが出来ると言う事は、なんでも一人で出来るもん!と言うことだし
これも指先のリハビリにつながるし、何より私も楽になる。
ところが食事が終わるとまず一服、食器はそのままにお薬のためのお水をキッチンに汲みに行く。
その時に食器を片付けて洗ってしまえばいいと思うのだけど、まずはお水。
そしてテレビを点けてから、お薬の箱を取りに行き、座って一服タイムとなる。
ここからがまた長い・・・
テレビに見入ってしまって、お薬を飲むのも食後1時間過ぎることもあるし
それから食器を洗ったりするので、私達の方が後から晩酌が始まって
食事が終わっても、まだ食器を洗ってないことが続いたので
その後は、食事が終わって食器を洗いお薬を飲み終わるまで
テレビは点けてはいけないに変更し、その日『各位様語録集』にも書くまで言い続けた。
それから5日経つけれど、毎日言っててもまだ食事が終わるとテレビを点けてしまう。
習慣化させるには、もう少し時間がかかるだろうな。

なつの病気がわかって、退院してきてから義弟には今まで以上に厳しく筋力を付けるよう言っている。

「家の中では、絶対に転ばないで!なつにケガさせたら大変なことになるんだから」

現在白血球が下がり免疫力も低下、抗がん剤の副作用が出てきたらしく
今までのような元気も無くなっているので、すばしっこさもなくなった。
義弟がフラついただけでも、さっと逃げてたなつだけど、今は顔だけ起こして様子を見る。
もし義弟が転んでなつを下敷きにしてしまったら、命取りになる可能性もあるからだ。
なつの病気のことも、今ひとつ理解が出来てない。

木曜日の夜嘔吐があったなつ。
その後主人が床を拭いたりしながら、赤黒い液体を見つけた。

「おい、これなんだ?なつじゃないよな?」

私はエリーが子宮蓄膿症のために出血したかも?と思い、主人はなつが血を吐いたと思った。

「なんかどす黒い色してるよな」

義弟も食器を片付けながら、そこに立って一緒に見ていた。
主人がそれを指で取り、匂いを嗅いだら・・・納豆の匂いがしたそうな。
その日義弟に納豆を出したから、食器を下げる時にこぼしたらしい。
しかもこぼしたことに、義弟は気が付いてないと言うことだ。
ここから主人が怒鳴り出した。

「なつがこんなしょっぱいもん食ったらどうすんだ!しっかり持ってしっかり歩けよ!」

その後もかなり怒っていたけど、義弟は笑っておった。

金曜日夕方まで点滴を受けたなつは、その夜から土曜日の夕方まで絶食絶飲だった。
空腹はガマンできたようだけど、喉の渇きはガマンできないようで、何度も催促してたけど
ガマンさせるしかない。
その中で、7時に起きれなかった義弟は、10時前からまた居眠りをしだした。

「弟くん、なつは昨日から飲まず食わずでガマンしてるんだよ!
 10時間以上も寝てる弟くんが、どうして眠ることをガマンできないの?!」

そう怒鳴ってしまった。
外は台風が来てたらしく雨が降っていたけど、テレビを見てなかったので
台風が来てたことを知らなかった私。小降りになっていたので

「なつに恥ずかしいと思うなら、雨が降ってたって歩いてきなさいよ」
「は~い」

10時半過ぎに、傘を持って出かけて行った。
11時過ぎた頃、雨の降り方がひどくなったので、まあそれなりにがんばってるんだし
帰ってくればいいのになと思いながら、外の様子を見たりしていた。
ところが12時なっても、12時半過ぎても帰ってこない。。。
なるほどヒデさんのところに逃げ込んだか・・・
雨降りでズボンのすそだってびっしょりにして、人の家に上がりこんだわけね。
心配して損した気分になった。。。1時過ぎて帰って来た義弟に

「またヒデさんのところに行ったの?」
「うん、だって~この雨は台風が来てるからなんだよ」
「そうなの?私は知らないけど、それをどこで知ったの?」
「ヒデさんのところで、テレビ見たから」
「ヒデさんのところに行く前は知らなかったんでしょ。
 雨が降ってるからヒデさんとこ行っちゃおうって、リハビリで出かけたんじゃないの?」
「・・・・・」
「雨が降り出したから帰ってくればいいのにって心配してたけど、ガッカリだよ」

そんなことを言ったところで、義弟には「そんなの関係ねえ~」なんだよな。
着替え終わった義弟が

「これ、しょびしょびだよ」

と言ったけど、私はパソコンに向かっていたのでそのまま

「しょびしょびってなに?」
「ズボンがびしょびしょってこと」
「だったら、普通にしゃべってください」

業界用語でとんねるずのタカさんが、よく言葉をひっくり返して笑い話にしてるけど
義弟もこういうのにかぶれているところがあって、「ワイハ」って言葉は今でも使う。
だけどね、なんでもひっくり返せばいいってもんじゃないんでない?
笑い話で使うならまだしも、真剣に使うな~と思ってしまうんだな。

今朝も起きてこれなかった義弟が、8時近いのにまだ一服&コーヒータイムをしているので

「もいう8時だよ。暢気にしてないで、時計見てもう動き出しなさいって」
「は~い」

と返事したまま、まだタバコを吸ってる。

「それでも動かないの?」
「・・・・・」

はい、それでも動かない。

「これだけ言っても動かないの?私の言ってることはどうでもいいと思ってるんでしょ?」
「うん・・・・・・・・いや、そうじゃなくて・・・・・」

聞いてないで返事をしたか?はたまた本音が出たってところでしょうか。。。

義弟のリハビリは、もうあきらめかけていたんだ。
もういいや、何も言うのやめよう。だけどお散歩だけは出てもらいましょう。
外で休もうが何してようが、それも気にするのはやめよう。
そう思っていたのだけど、なつが病気になって転ばれたら困ると思ったら
また口うるさくなっちゃった。

「おかあさん、アタチがケガしないよう弟くんのリハビリもう少しがんばって!」

そんな風に言われてるような気がする。
無理しない程度に、もう少しやってみるかなって思った。
と言っても、口うるさい鬼兄嫁になるだけなんだけどね。。。



人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

やっと。。。

2007.10.24 (Wed) 義弟との日々の出来事

落ち着いてきました。
先週の火曜日に『多中心型リンパ腫』と診断され、翌水曜日から抗がん剤治療が始まった愛犬なつ。
点滴用の針を刺されることを拒否して、暴れたために鎮静剤を注射されたために
食欲はあるもののグッタリとした様子に、最初の2日は涙涙の毎日でしたが
金曜日からは、面会時10分ほどのお散歩も許され、何も変わらないなつに
気持ちも少しずつ落ち着き、経過も良好と言うことで日曜日の夜には退院。
週2日通院で血液検査をしながら、抗がん剤投与のため1日病院に預けなくていけませんが
それ以外は、ガンなのに無茶苦茶元気ななつに励まされ
私達夫婦にも、やっと笑いが戻ってきました。
また家に残されたエリーの方も、なつのいない寂しさからか体調を崩しているように見てたため
すべての健康診断を行ったところ、今のところ特別問題はなく
なつのいない間、エリーの笑顔や仕草にずいぶんと癒されました。

たかが犬と言われればそれまでですが、私達夫婦にとってなくてはならない存在。
家族として、我が子同様の子供たちです。
なつには犬の寿命といわれる10歳までは生き抜いてほしいと願っている毎日です。

なつの病気を診断されてからの1週間。
午前と午後と面会に行ったり、エリーへの気遣い等もあったりと
義弟への声かけだけはしてきましたが、留守にしている時間も多く
この1週間は、義弟のペースで生活してしまったように思う。

義弟にもなつの病気のことなど、主人が説明していたけど
あまり理解は出来てないように思う。

「今日はなつ、帰ってこないの?」

入院治療だと話してあるはずだけど、当初は面会の度に聞いてきた。
ついイラっとして、怒鳴ってしまうこともあった。


朝も相変わらず起きれず、毎朝起こすことから始まって
お散歩もふと気が付いて時計を見ると、1時間に満たずに帰ってくる。
朝テレビのコンセントは隠してしまうので、昼間テレビを見て過ごすことはなかったけど
テーブルにうつぶして寝ていることの方が多く
夕方コンセントを戻しておくと、6時になる前からテレビを見てしまったり
夜勤仕事が一段落していて、主人も毎日帰ってきていたけど
夜中の出勤だったので、私達の方が先に就寝時間となるけど
10時を過ぎてふと目を覚ますと、まだテレビを見ているということも何度もあった。
その度につい怒ってしまうけど、我が家のルールは1週間ですっかり崩れてしまった。

やっぱり口うるさい程の声かけ運動は、大事なんだと言うことを実感した。

なつの入院中、義弟も義弟なりになつの心配をしていたようだ。
午前のお散歩に行く前に

「恵子ちゃん、今日もなつのとこ行くの?」
「行きますよ」
「いいな~」

と言いながら、お散歩に出て行く。
帰ってくると「どうだった?」と聞いてきたりもしていた。
少し仏心も出て、面会に連れて行ってもいいかな?とも思ったけど
なつの入院しているところは、ゲージがいくつも並んでいて
他にも猫や犬が入院していて、点滴など治療に使っているものが
ゲージにぶる下がっていてとても狭いスペース。
そんな場所に連れて行って、転ばれでもしたら大変なことになるので
義弟の面会はやめることにした。

なつの入院中、夜中に「ガサガサン、ドスン!」と言う音で目が覚めると

「夜中に何やってんだ!しっかり力入れて歩け!下の家に迷惑だろ!」

先に起きた主人の怒鳴り声がした。
義弟がトイレに起きてきて、アコーディオンカーテンを開ける前に転んだらしく
いきなりアコーディオンカーテンが飛び出して、義弟が転がってきたらしい。
一服してるところに戻ってきて怒鳴っていた主人だけど、その光景が可笑しかったらしく

「いきなり憲児が転がってきてビックリしたよ。またカーテン壊したぞ。もうボロボロだ」

と笑いながら言っていた。
何度注意するよう言っても、同じことを繰返すので
新しいものに取り替えて、また壊されれば余計に腹が立つ。
壊れているものなら、しょうがないで済むもんね。
主人が出かけた後、またアコーディオンカーテンの修理をした。

なつの退院が決まった日、義弟の方から聞いてきた。

「恵子ちゃん、なつが退院してきたら注意することは?」
「食事のこととお薬だけだけど、なつに絶対ケガをさせないよう言われてるから
 弟くんが転んで、万が一にもなつにケガをさせたら命取りになるからね。
 家の中で転ばないよう、しっかり筋力付けてください、これだけは言っておく」
「は~い」

これもどこまでわかっているかは疑問だ。。。
でもこれからはなつを口実に、筋力を付けるように言ってみよう。
朝が起きれないので、お小遣いも実家から戻ってから一度も渡していない。
にもかかわらず、なぜかタバコをまたカートンで買ってくるんだよね。
金がないとは言うけど、まだタンス貯金を持っているのか?
毎朝灰皿の吸殻を捨てるように言ってるのだけど、今朝気が付いて捨てるように言うと

「いや、しけもくする予定があるから捨てられないんだ」

まだ数箱残っているようだけど、それが最後になるのかな?
タバコぐらいはと思っているのだけど、今後はどうしようかな?

月曜日、またまた義弟がこんなことを言い出した。

「ねえ恵子ちゃん。なつの治療費いくらかかってるの?」
「たぶんこれからは1回に2万くらい」
「その治療費俺が払うよ。だから株解約しよう?」

私はそのままに受け取って

「じゃあ、ありがたくなつのために使わせてもらうね。でも株価を見ないと解約できないよ」

今義弟の持っている株の値は低迷してるんだ。
だから今解約したら、大損になる。
その後もやたらと株価を気にして、会社にまで電話をすると言い出したので
ネットで調べて、見せることにした。

「ね?だから今は解約できないでしょ?」
「まあな・・・」

その後主人にその話をしたら

「お前もバカだね。確かになつのためにいくらか出そうと思ってるかもしれないよ。
 でもなつを口実にして、株を現金化しようとしてるだけだよ」

あれま、そういうこと?ちょっと嬉しかったのにな。
昨日はなつを病院に1日預けて、抗がん剤投与。
夕方迎えに行き、帰ってくるとまたなつの治療費のことを聞いてきた。
ちょうど主人もいたので

「けんちゃん、弟くんが株を解約してなつの治療費だしてくれるって」
「そうか、でも株価が上がってからの解約だぞ」

そう言うと

「でも早く現金にした方がいいんじゃないの?」

言葉どおり受け取るべきか?ただ現金化したいためなのか?
本当のところはわからない。
どちらにしても、解約はまだまだ先の話だ。

ラブラドールの魅力にはまっていた私達夫婦は、2頭目もラブしか考えてなかったから。

「コーギーも可愛いんだよね」

義弟が我が家に来て、この一言がなかったら、なつは我が家の家族にはなっていなかった。
義弟の悪いところを、なつが吸い取ってくれてるのかも・・・
そんな話を主人ともしている。
私が昔飼っていたマルチーズのレオ、私と一緒に暮らしていたけど
左耳の悪かった母の死期が近づいた頃から、レオの左耳の毛がごっそり抜けたことがあった。
母の初七日が過ぎる頃に気が付いて、レオが何かを伝えようとしたんじゃないかと
父や弟と話したこともあったんだ。

「なつだって、抗がん剤治療してるのに1時間歩くんだよ。なつの恥ずかしいでしょ」
「また居眠りして!今なつは抗がん剤を投与してがんばってるんだよ。弟くんもがんばりなさい」

昨日辺りから、そう言っている。

義弟は昔から、悪運に強い男と言われてきたらしい。
手術をしなければ1ヶ月、手術をしても再発すれば2年と言われていた。
でももうすぐ8年目を迎える。我が家で奇跡が起きてるんだよね。

なつも強運の持ち主。
何もしなければ100日、抗がん剤治療をしても再発すれば1年と言われている。
なつにだって、きっと奇跡は起きる。

そんな風に思う今日この頃なのです。


人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

我が家の緊急事態!

2007.10.18 (Thu) 義弟との日々の出来事

まずは義弟の日々のことから・・・

先週金曜日の夜、母の弟叔父の訃報が飛び込んだ。
このために日曜日は、長野に行くことになった。
義弟の毎日は、相変わらずなのだけど
日曜日は主人も夜勤明けで戻り、私はそれと入れ違いに早朝5時半に家を出た。
主人はお風呂に入り、一杯飲んだ後食事をして日中は眠るのが夜勤明けの行動パターン。
なので、義弟にとっては何も言われない1日となる。
帰って来たのは、夜11時半過ぎ。
ノートの確認をすると、何も書いていない。
朝出る時にテレビのコンセントは抜いたけど、帰りが何時になるかわからないので
いつものようにコンセントは隠さず、目に付かないように外しておいたけど
おそらくテレビを見て、1日過ごしたということがわかる。
主人は3時起きの4時前に出勤したようだったけど、起きることが出来なかったけど
5時過ぎには、わんこたちに起こされお散歩に出かけた。

この日の朝も義弟は起きられず、7時に起こす。
起きてきて落ち付いたところで

「弟くんは昨日何をやってたの?ノートに何も書いてないよね?またテレビ見てたんでしょ?」
「うん・・・ハッキリ言ってテレビ見てた」

正直に話すのはいいけど、開き直るな!

「そうやっていないと、やっちゃいけないってことをやるんだよね。なんで?」
「なんでと言われても・・・」

そりゃあ、返事にも困るだろうね。
前日の疲れが残っていることで、少々イラッとしてしまい

「やっちゃいけないってことは隠れてやるし、やってくれと頼んだことは
 メモしないから忘れるし、なのに口だけは達者のこと言うから人を怒らせるんだよ」

そう言ってしまったけど、義弟はニヤニヤと笑っているだけだった。
過ぎてしまったことを怒ったところで、何の解決にもならない。

「張り紙毎朝ちゃんと見て、ルールはしっかり守ってよ!」
「は~い」

毎度のことながら、お返事だけはいいんだな。
あとで主人に聞いたことだが、朝も主人が食事をしようと思っていた8時半頃
キッチンに立っている主人をジッと見つめていたらしい。
主人は「見てるな~」と思いながら、女中部屋で食事を取り
食器をキッチンに持ってくると、義弟はまたお布団の中で眠っていたそうだ。
時間はすで9時を過ぎていたために、この時ばかりは

「いつまで寝てるんだっ!起きろっ!」

と怒鳴りつけたそうだ。
その後女中部屋で主人は眠ってしまたので、義弟はテレビを見放題だったんだな。

長野の告別式は、先に出棺となりお骨で告別式をする。
母は7人兄弟、1人行方不明の叔父がいるのだけど
今回の叔父の訃報により、私の母も含めて5人がこの世を去ってしまい
長男の叔父が一人だけになってしまった。
母はもちろんだけど、叔父の時も叔母の時もお通夜から告別式、出棺から火葬場まで
最後まで見送りをしてきたのだけど、今回だけは弟の仕事の関係などから事情が許さず
15日の出棺から告別式には参列することが出来ず、お通夜にだけ参列してきた。
なので15日は疲れもあったけど、1日空を見つめたりして過ごしてしまった。

「時計見てるの?」

この声かけだけは今も続けているのだけど
言わないとお散歩時間は30分以上ずれてくる。
とにかくお散歩に出てくれればいいのだけどね。
居眠りも相変わらずで、寝ているのを見ると

「眠いなら、身体を動かしなよ」

とこれも変わらず声かけ運動。
15日は本も読んでいたし、夕方にはノートを開いてエンピツを持っていたのを見たのだけど
翌日、ノートの確認をすると何も書いていなかった。
おそらく考えてる途中で他のことに気を取られて、書いた気になったのではないかな。
2日続けて何も書いていないので、これは言わなくてはいけないだろうと思い
家事をやりながら言うタイミングを見ていた。
義弟はノートを開いて何か考えているのか?ボーッとしてるのか?
そろそろ話そうかと思っていると、義弟の方から話しかけてきた。

「ねえ恵子ちゃん、くだらないこと聞いていい?」
「なに?」
「今日は、何月何日だっけ?」
「・・・・・本当にくだらないよ。曜日は?曜日もわからない?」
「うん、考えれば考えるほどわからなくなる」

なるほど、ノートは10月13日(土)で終わっている。
時間の感覚がないから、それから何日経っているかもわからない。
だから余計に混乱するのだろうね。
ここから説教が始まった。

「だからテレビ見てボーッと過ごすなって、いつも言ってるんでしょ!
 いないからいいやで、日曜日テレビ見て過ごして、月曜日も何もやらないで
 毎朝日にちの確認を必ずしなさい!って、何度言ってるの?
 本を読んで感想文書くことだって、ただボーッと過ごすんじゃなくて
 考える時間も大事だからでしょ!そうやってサボるから、日にちさえわからなくなるんだよ」

義弟に日にちを思い出せと言うのは、酷な話だ。
なので、日にちと曜日を教えて、しっかりノートに書くように言った。
これが火曜日の出来事。
その後も、義弟の毎日は変わらず、声かけ運動も一応変わらずに続けている。

そして、我が家の緊急事態。
10月5日は、我が家の愛犬コーギーなつの6歳のお誕生日。
この少し前、なつのお腹に手に触れる程度のふくらみを見つけていた。
元々ヘルニア気味だったので、ヘルニアが出てしまったのかもしれないと軽く考えていた。
それから数週間後、叔父の訃報が入る少し前の時間、立った状態でなつのお腹に触れると
親指大のしこりがあることに気が付いた。
でもなつはいつもと変わらず元気で、食欲もあるので
そろそろ血液検査や健康診断に連れて行こうと考えていた矢先に叔父の訃報。
主人にしこりの話をしようと思っていたのに、叔父の方を優先し忘れてしまった。
月曜日はまんじりともせず過ごし、夜になってなつのしこりのことを思い出し
もう一度触れてみると、やっぱりしこりはある。
心配になり、翌火曜日いつもの買出しの後、病院に連れて行った。
最初は乳線腫か乳がんかもと言われたが、触診で首や足にもしこりがあることがわかった。
軽い麻酔をかけて、全部のしこりの細胞を取りレントゲン等の結果
背骨の裏側にも、腫瘍があることがわかった。
そして『多中心型リンパ腫』と言う病名が判明した。
リンパ腫はすべて悪性、リンパ腺のある場所ならどこにでも腫瘍が出来るそうだ。
このまま何もしなければ100日程度と、余命宣告をされてしまった。
我が家にとって、わんこの存在は大きい。
抗がん剤治療をすれば、完治はないが寛解と言う時期を長く保てれば
いつもと変わらずに生活が出来ると言われ、抗がん剤治療をすることになった。
火曜日の晩は連れて帰り、一晩を我が家で過ごした。
水曜日昨日から入院、お昼から抗がん剤投与が始まっている。
まだ病名が判明してから日も浅いので、主人も私も打ちのめされてしまっている。
何をしても、何を話しても、こうして書き込みをしていても
涙ばかりあふれてしまい困っている。

毎日午前は10時、午後は3時に面会に出かけているけど
自分の精神状態に、現在自信がありません。
しばらく更新が滞ると思いますが、なつが落ち着くまで時間をください。



人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

帰ってきてから・・・

2007.10.12 (Fri) 義弟との日々の出来事

7日に無事帰って来た義弟。
後頭部の傷もかさぶたになっていた。
一昨日、消毒液はないかと聞いてきたのでどうしたのか聞くと
実家で何かをまたごうとして足が引っかかったそうで、その時に生爪をはがしたと言っていた。
だいたいの想像は付くのだけど、生爪はがしたって言ってわりには痛がる様子もない。
これも痛みの伝達がうまく行ってないせいなのかな?
実家に行くと帰りは必ず缶コーヒーを1ケース、義父に買ってもらうらしく
持って帰ってくるのだけど、義弟の荷物は自分で運ばせているので
まずはカバンを持って上がり、その後缶コーヒーを持って5階まで昇っていた。
途中何度もケースを落っことしていたけど、自分で持って上がった。

実家では夜は好きな時間まで起きていたようだし、朝は8時半過ぎに義父が
起こしていたらしい。お昼寝もしていたようだ。
こちらに帰ってきてからは、まだ1度も7時に起きてくることが出来ず毎日起こしている。
今週は出かけることが多かった私。
月曜日は主人がいたけど、友達とわんこのお店に出かける約束をしていたので私だけ外出した。
雨も降ったり止んだりのお天気だったけど、午前も午後も30分ほどお散歩に出たと言っていた。

「1時間歩くよう言ってくれればいいのに」
「今さら何言っても、それほど変わりはないよ」

まあ、言われればそうなのだけどさ。
火曜日の午後のお散歩は、2時半過ぎに出かけて30分で帰って来た。

「まだ30分でしょ?」
「1時間歩いたよ」
「何時に出かけたの?」

と聞くと答えられず、もう一度追い出した。
朝のお散歩は10時に声かけをしないとダメだし、午後のお散歩は2時半に前に出かける。
なので、スケジュール表をもう一度読むように言い

「自分の都合で行動しちゃダメ!スケジュール表を見て考えて行動して」

少しでも考えると言う作業をさせないと、痴呆が進むんじゃないかと思う。
素人考えだから、あまり効果は期待してないけどね。
こちらに戻ってからのお散歩は、私が見ている限りではほぼピッタリ1時間で帰ってくる。

「時計見てるの?」

動きがない時は、お散歩の時間の10分前に声をかけるから
ほぼスケジュール通りに出かけるので、午前は11時頃午後は4時頃には帰ってくる。
スケジュールの時間は頭に入ってるようだから、自分が実際に出かけた時間ではなく
スケジュールの時間を目安に帰ってくるらしい。
なので出かけるのが遅くなっても、同じ時間に帰ってくるのでそういう時は
もう一度追い出すことにしている。

やりっぱなし出しっぱなしが目に付くので、気が付くと注意をする。
言えばすぐに行動している。
私の方も今週は忙しかったせいもあって、前ほど口うるさく言うこともなかった。

義弟の毎日は変わらない。
朝も起こしているし、声かけをしないと時間通りに行動も出来ない。
相変わらずお昼寝もしているし、何も言わなければタバコ&缶コーヒーで
いつまでもボーッとしている。
夜も言わないと10時過ぎてもテレビを見ているので、声かけをしている。
眠ってしまうのはしょうがないと担当医も言っていたから、これに関しても
多少の諦めがついた。

義弟の中で重要と判断されたことは、言わなくても自分から行動するけれど
こちらから何かをやらせようと思ったら、毎日何度も同じことを言い続け
習慣化させるしか方法がない。
でも義弟の中で重要と判断されない物は、何度言っても出来ない。
要するに、通常で言うリハビリと言う作業は義弟の中で重要視されないので
これをやらせようと思うと、私の方が磨り減ってしまう。
なので日常、生活する上で困ることに関してだけ言うことにした。

『テレビは見ない。本を読んで感想文を書く』

テレビはコンセントを抜いて隠しているので、昼間は見ることが出来ない。
あえて義弟の座った位置から、コンセントの場所が見えるようにしている。
コンセントが入っていれば、私がいない時は間違いなくテレビを見ているから
これを防止するための対策だな。
朝洗面ハミガキが終わると、本を選んで持ってくるのでこれは習慣化されたみたい。
感想文は私がチェックしていることはわかっているので、一応やっていると言う感じ。
でも感想文を書くときは多少なりとも考えているみたい。
これだけが唯一義弟のリハビリになっているような気がする。
私の方ももうこれだけでいいやと言う気持ちになっている。

義弟が寝たきりなった場合の覚悟なんて、到底できないけどやるしかない。
いろんなことを考えていたけど、結論から言うとこういうことなんだろうな。
父のことも重なっていたので、なんだかうまく気持ちの整理が付かないや。



人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

Ⅰ先生の診察日

2007.10.11 (Thu) 父の看護日誌

今日はⅠ先生の診察日。
診察室に入っていくと

「お、歩き方はいいね~」

とニコニコと話しかけてくれた。
検便のこと、便秘薬をもらったこと、K先生にお腹の触診をしてもらい心配ないと言われたこと
来月血液検査をすることなどなどを伝える。
便秘についても、パーキンソンのお薬と筋力の低下で踏ん張る力が低下していることが原因のようだ。

「固いのかな?」
「最初だけ固くて、後は普通に出るんだよ」
「お腹が張るとかはない?」
「別に~」
「だったら、お腹が張るとか不快感があるときだけ便秘薬を使えばいいよ」

私が言ったことと同じこと言われてるよ( ̄m ̄*)

「動作が鈍くなっちゃってるんだけど、これはしょうがないんだよね」

と父が聞いた。
パーキンソンなのだからしょうがないのだけど、お薬で少しは改善できることもあるらしい。
身体を軽く出来るようなお薬もあるらしいのだな。
身体が重くて動けないというのなら、お薬によって改善が出来るらしい。
お薬に頼るか?運動するか?
このどちらかの選択になるけれど、父の場合は時間がかかっても
自分で何でもできるし、身体が重くて動けないというわけではないので
お薬の頼るよりも運動して、身体を動かすことの方がいいだろうと言われた。

「今年は平成何年かな?」
「19年」
「お、即答したね・・・えっと(カルテを見て)・・・前は記憶がダメだったんだよな。
 覚えてる?前に3つの言葉覚えてってやったけど、忘れちゃったでしょ?」
「うん、覚えてるよ」
「もう1回やってみようか。。。梅・犬・自動車」
「うん、梅・犬・自動車、梅・犬・自動車」
「覚えててよ、後で聞くからね」
「梅・犬・自動車」
「じゃあね、ふじのやまを逆さまに言えるかな?」
「えっ?ふじのやまを逆さま?また難しいな」
「うん、ふじのやまね」

しばらく考え込んだ父だけど

「・・・・・ま・や・・・・・のじふ?」
「そう、すごいな。じゃあ、さっきの3つの言葉なんだっけ?」
「今それを考えてたんだよ・・・えっと・・・なんだっけな?」

これまたしばらく考えてたけど

「梅となんとかと自動車だよな」
「お~、すごいね~」
「真ん中のが忘れちゃったんだよな・・・いも?」
「いもじゃないけど、最初にいが付くよ」
「・・・・・わかんねえ」
「でもすごいな。前より良くなってるよ。学習能力があるんだな。
 これはね、すごいことなんだよ。70歳80歳になるとね、後退することはあっても
 進歩するって言うのは、なかなか難しいことなんだからね」
「また先生、俺そんなこと言われたら、みんなに自慢しちゃうよ」
「自慢しちゃう(笑)うん、自慢して良いことだよ。じゃあ、今日は何月何日かな?」
「10月11日木曜日」
「お~、素晴らしいな~」

デイサービスでのことも話したのだけど、やはり施設に通っていることが
良い方向に向かっているらしい。

「みんなに○○さんは、パッパと動けていいな~って言われるんだよ」
「施設に来てる人の中で、一番元気がいいみたいなんですよね」(私)
「そうか、じゃあやっぱり身体を動かしてた方がいいな」

褒められた父は、今日はご機嫌さんだった。

次回診察日 2008年2月7日 8:30

その後施設まで送る車中で

「もうみんな来てるかな?」

これまたご機嫌さんの父。
はあ~、これで父の方は一安心だ~。



人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

K先生の診察日

2007.10.10 (Wed) 父の看護日誌

結局施設でも排便のなかった父。
先週はこの検便が気になって、毎日聞くのが日課になってしまったよ。

「出そうで出ないんだよ」
「もうすぐ出るからよ」

・・・って、それって思いっきり便秘じゃないんかい?
8日の夕方になって、やっと検便が取れたという返事がもらえた。
2回のところ1回しか取れなかったけど、まあしょうがない。

9日病院に行くまでの車の中で、父がしきりにお腹をなで回しているので

「お腹張ってるんじゃないの?」
「いや・・・そんなことないよ」

そう言って手を放したけど、今度は病院の待合室でお腹をなで回してるし・・・

「やっぱりお腹が張ってるんじゃないの?」
「うん、まあな・・・」
「便秘のお薬もらっておこうね」
「いや、薬はな~」

って、そういうことか。。。
便秘の薬を飲んだら、飲まないと出なくなるのがイヤなんだな。

「毎日飲まなくていいんだよ。お腹が張ったときとか
 出そうなのに出ない時だけ、飲めばいいんだから」
「そうだけどよ」

で、診察の時に事情説明をするとK先生に聞かれた父は

「最初だけ固いんだよ。出ちゃえば普通に出るんだけどね」

お腹を触診した先生は

「お腹が固くなってるわけじゃないから、心配はないけど便秘のお薬出しときましょう」

と言うことで

ラキソベロン 夜寝る前にコップの水に2~10滴垂らして飲む

と言う、便秘薬を頂いた。
これは義弟も使ってたことのある便秘薬。
何度も説明して、今夜使ってみると言ってたけど今朝聞いたらまだ使ってないそうな。

「お腹張ってんじゃないの?」
「うん、まあな」
「毎日使わなくていいんだから、飲んで1回すっきりしたら?」
「そうだな」

で、夕方もう一度聞いてみたら

「別にお腹張ってないよ」

はい?治っちゃったのか?

「すっきりしてるよ」
「でも出てないんでしょ?」
「うん」
「だったら1回物は試しで使ってごらんよ」
「今夜飲んでみるよ」

抵抗があるんだろうけど、10日もすっきり出ないなんてこっちが気になるよ。
だけど本人がどうしても苦しくなれば、そのうち飲むでしょ。
検便も1回分でもいいとのことで、検査に出してきた。

私はパーキンソンの症状として、便秘があるのかと思っていたけど
そうではなく、飲んでいるお薬の副作用で便秘があるのだそうだ。
本人が苦しくなく、お腹も固くないので心配ないそうだけど
とりあえず、便秘薬をもらっておけば安心ってとこかな。
一緒に住んでるわけじゃないから、父がどれくらいの周期で排便してるかわからないもんね。
それにまだ下の世話にはなりたくないらしく、ちょっと嫌がるから
排便に関しては、これにて終了!

次回は、血液検査もするということで
13日に血液検査 20日に診察となった。

明日11日は、今度はⅠ先生の診察日だ。
その後、また施設まで送迎だな。

なんだかバタバタと忙しくて、なかなか更新も出来ず。。。





人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

父の検便

2007.10.03 (Wed) 父の看護日誌

来週の火曜日は、月に一度のK先生の診察日。
3月の体重測定の時より、4kgちょっと体重が落ちたので検便を取るよう言われている。

去年訃報があった時、久しぶりに着た礼服はズボンの前が止まらないので
ゴムを使って止め、上着やYシャツはなんとか着れたので、ほんの1時間くらいのことだからと
とリあえずで着せて参列した。
その後ズボンは伸ばしたのだけど、それでも止まらず
礼服自体を新調しないとダメかなと思っていたけど、まだ買いに行くことも出来ないでいた。
先日また訃報が入り、少し早めに父の部屋に行き確認したら
伸ばしたズボンはゆるくなっていたようだし、上着やYシャツも、ピッタリと言う感じ。
またもう少し、痩せてきてるのかもしれないって思ってたんだよな。

前回の検便の時、とうとう取ることが出来ず見送りになったが
今回は体重が減っているから、念のためと言うことでもなんとか検査をしてもらいたい。
前回の時もそうだけど

「取れないって、どういうこと?」

そう聞いても、今ひとつ要領を得ないんだよな。

「出ないんだよ」
「出ないって、1週間も出ないことないでしょ?」
「そうだよ。3日4日に一度は出てるさ」
「じゃあ出てるのに、なんで取れないの?」
「出ないんだよ」

ヾ(・_・; オイオイ
これじゃあ、義弟と話してるのと一緒だよ(≧▼≦;)
主人とも話すけどこういう場合、義弟の言うことと父の言うことがよく似てるんだよな。

和式のトイレならそのまま取れるのだろうけど、洋式ってこういうとき困る。
9月の末から、検便のことを説明して毎日のように声かけはしてるんだけど

「出ないんだよ」

って、相変わらずの返事。
声かけを始めてから、すでに5日くらい経ってるぞ!
父の部屋のトイレは、縦に長く広い。
なのでそこに新聞紙を用意しておいて、排便の時はまず新聞紙の上でするように言ってある。
実際トイレに新聞紙と、検便の検査の袋も用意してあるから
私の言ってることはわかってるんだと思う。
通常2回取らなくてはいけないところだけど、1回分でもいいから持ってくるよう言われている。
今回はせめて1回分だけでも、検査に出したい。

「食べてる量が少ないから、出ないのかな?」

一緒に生活してるわけじゃないから、毎日どんな物を食べてるかわからないもんな。
時々私が持って行く食事には、なるべくお野菜系や食物繊維を取り入れてはいるけど
パーキンソンの場合、便秘症にもなると言われている。
毎日ではなく3日4日に1度の排便でも、お腹が張るとか便が固いとかじゃなく
普通に排便ができるのであれば、便秘とは言わないそうだ。

明日は、デイサービスの日。さっきわんこのお散歩の時にも検便の話をした。

「向こうで出る時もある?」
「あるよ」
「じゃあ、向こうでも取れるように持って行った方がいいよ。電話しておくからさ」
「う~ん・・・」

さすがにトイレを見られるのはイヤなんだろうな。

「別にトイレの監視を頼むわけじゃないってば」
「そうか・・・来週は病院だから、連絡帳に休むって書かないと」

来週の火曜日はK先生の診察日だけど、木曜日Ⅰ先生の診察日になる。
Ⅰ先生の診察日はいつも木曜日なので、予約時間を朝一番にしてもらって
いつも診察が終わると、私が施設まで送り届けているので
月曜日は祝日でお休みだから、明日持って行けるよう連絡帳に書いて父に渡してある。

「えっ?お休みするの?いつも私が送ってるでしょ?連絡帳にそう書いちゃったよ」
「そうだけど、行くの?」
「なに?行きたくないの?なんかイヤなことでもあるの?」
「いや、そうじゃないけどさ」
「お昼までかかっちゃえば休むけど、10時までには行けるんだからいいじゃない?」
「そうだけど・・・」
「病院が終わって送って行くことなんか、なんでもないんだよ。ついでなんだから」
「そうか・・・いや、みんながよう、Ⅰさんは足腰丈夫だな~って言うんだよ。
 俺は毎日犬の散歩に言ってるからだよ~っていうんだけどさ、みんながうらやましがるんだよ」

そこから、ニコニコ笑顔で施設での話しになった。
なるほどね、私に気を遣ってるんだ。
何も娘に気を遣わなくともいいのにさ。

見た目はそれほど変化を感じられないけど、ふっくら豆タヌキが父なのに
これ以上痩せてしまったら、痩せた父を見るのは辛いよ。
とにかく検便、内臓に異常がなければ私が安心できる。
自分の安心のためだもん。
1回分だけでもいいからなんとかしないと、今週が勝負だな。
明日なんとか施設で出てくれればいいんだけど・・・



人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

お薬の在庫

2007.10.03 (Wed) 義弟の病院・病気と症状

現在義弟の腫瘍が動いていないのは、今飲んでいるお薬が効いているということらしい。
下の『2007年10月1日 診察日』に書き忘れたから、ここに書いておこう。
今後痴呆症と同じ症状は、少しずつ進んでいくと言われた。
2004年末から2005年初頭にかけて、厚生労働省主導で
行政用語が「痴呆症」から「認知症」に変更になったそうだけど
担当医は、痴呆症と言ってたな。

認知症の記憶障害と高次脳機能障害の記憶障害の違いは。。。
認知症の人は、自分が自分であることも忘れるが
高次脳機能障害の人は、自分が自分であることは忘れない。
それだけの違いらしいけど難しいね・・・
その違いに今後、どんな利点があって、どんな弊害が生まれてくるのか?
今はまだまったく想像が出来ないよ。


我が家には、義弟のお薬用の箱がある。
普段は持ち歩くことも出来るように、小さな小分けが出来る箱に
義弟が自分で数日分を入れて、保管している。
それとは別に和室の棚に、袋でお薬ごとに分けて入れてある大きな箱がある。
小さな箱にお薬が無くなると、義弟自身が大きな箱から数日分を移している。
前はお薬をもらってくると袋ごと、書棚の中に無造作に置かれていたのを
きちんと整理して、在庫がわかるようにした。

「ちゃんとお薬の在庫確認して、たくさんあるものはもらわないようにしないとダメなんだよ」

そう言って、大きなお薬の箱をこさえたのだけど
考えてみれば、義弟には無理なことを言っていたんだよね。

今回は私が、月曜日に病院に行き、お薬をもらってきた。
最初は義弟が帰ってきたら、整理させようと思っていたのだけど
ふと思い立って、お薬の在庫の確認をしてみたのだけど参ったね~。

月曜日もらってきてるのが90日分。
それ以外で、現在箱の中にあるのが

カルバマゼピン(テクグレトール)120日分
ラデン(ザンタック) 155日分
フェノバール 186日分

酸化マグネシウムに関しては、1年分以上ある。
これは便秘のためにもらってて、飲んだり飲まなかったりしてるから

「カマはしばらくもらわなくていいよ」

って言ってあったんだけど、私も今回気にしなかったもんな。
また90日分もらってきてるし・・・

確か2005年の1月の下旬、1日に3回のけいれん発作を起こしたことから
テグレトールを1日2錠増やしたのだけど、よくよく話を聞いてみたら
お昼に飲むフェノバールを、我が家に来てからの約3年間飲んでいなかったことがわかり

「処方されお薬は、きちんと飲んでいると思っての判断をしています。
 むやみにお薬を増やしても意味がありませんから、きちんと飲むように」

って当時の担当医に怒られたことがあるんだよな。
その時にお薬の在庫も確認して、1週間ほどの在庫になるようにして
調整をしたんだけど、なぜ今こんなに在庫があるんだ?
朝晩はしっかりお薬の箱を持ってきて、飲んでるのを確認してるし
お昼のフェノバールはこっそり飲んでるつもりらしいけど、毎回これも飲んでるの知ってるし
実は全部のお薬を飲んでないとか?そんなバカな・・・

診察日が3ヶ月置きになってるけど、時々2ヶ月くらいでMRⅠ検査が入る時があったけど
それでも90日分でお薬が出ていたような気がする。
そのせいかな?・・・にしても、多すぎるよ。

とにかく次回、先生にも話してしばらくお薬の処方はいらないな。
今日はお休みだけど調剤薬局にも電話して、お薬の消費期限を聞いてみなくちゃ。

お薬だって無料じゃない。
在庫は、今後私が見ていくことにしなくちゃダメだ!


人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

診察日

2007.10.02 (Tue) 義弟の病院・病気と症状

今日は義弟の診察日。
義弟は実家に預ける時、診察日と重なることもわかっていたけど
今回はMRⅠがないので、私だけで行くことにしていた。
最初に入院して手術をしてくれた担当医も、家から近いと言うことで転院したこちらの担当医も
そして去年担当医が大学に戻ると言う理由で、変わった今の担当医も
義弟の話しも、私の話もゆっくりと聞いてくれて、わかりやすく説明もしてくれる。
父の担当医もそうだけど、担当医には恵まれていると思っている。
今の担当医は、時々実家に預けていることも知っているので今回もそのことを伝えた。

まずは、私の方から聞きたいことを伝える。

ここ3ヶ月ほどで、目に見えて筋力が落ちてしまったこと。
その原因として、朝晩の1時間歩くようにお散歩に出しているが
本人は1時間外に出かけていればいいと思っているようで
途中休憩を入れているために、正味30分も歩いていないことがわかったこと。
スイミングも(事情を話した上で)やめてしまったこと。
義弟には自発がないために声かけをしているけれど、見ていないとやってなかったり
やってはいけないことを、やってしまったりがあること。
今月に入ってからは失禁も増え、転ぶ回数も増えたこと。
毎回同じ場所で転ぶにも関わらず、注意することがないこと。
朝になって突然「部屋探しに行く」と言い出したり
知り合いの家から会社に電話してしまったりすること。
明日にでも仕事復帰出来る、一人暮らしも出来ると思い込んでいること。
去年から1日の行動記録をノートに書かせ、時計を見るよう心がけさせようとしたが
書いている内容がいい加減になり、仕事に復帰すれば出来るようになると言い張り
結果行動記録を書く必要はないからやめるというので、やめさせてしまったこと。
現在は夕方6時まで、テレビを見ることを禁止し『脳を鍛える大人の読本』と言う本を読ませて
感想文を書かせているが、見てないと眠ってしまうので気が付くと起こしていること。


これらを話した後に

腫瘍の残ってる場所や右脳にも転移があると言われているが
運動野に関係がないと言うことは、単純に筋力が落ちたために失禁したりや転んだりしてしまうのか?
転ぶたびにケガをしたりアザを作ったりしてしまうので、本人に注意するよう
何度も言っているが、注意しようと意識しない。
また転んだ時、後頭部にケガすることが多く出血量もかなりある。
先日は発作の1時間後、ひっくり返りガラスに頭を突っ込んでしまったために
後頭部に擦り傷がかなり出来てしまい、その血をタオルでゴシゴシこすったが痛くないと言うし
今回も実家で転び、石に後頭部を打ち付け4cm程切り傷を作ったらしいが
やはり痛くないと言うし、痛いと言ったことがない。
これは意地を張って痛くないと言ってるのか?痛みに鈍感になっているのか?わからない。
運動についても、外に1時間出ていればいいと思っているので休憩時間の方が長く
歩き方も足を引きずって歩いているため、運動には程遠く一緒に付いて歩くことも嫌がるため一人で行かせているが
このままの状態で行くと、腫瘍とは関係なく徐々に寝たきりになってしまうのか?
夜は9時から10時にお布団に入り、朝は6時半から7時には起こすので
睡眠時間は足りてると思うが、フェノバールを朝1錠夜2錠に変更したにも関わらず
朝昼晩各1錠ずつ飲んでいる。お薬に関しては何度も説明いただいてるが
フェノバールを飲まないと、発作が起きると思い込んでいるので
お昼にフェノバールを飲むことは黙認している。
このお薬の関係で眠くなってしまうのか?
昼間は寝ていると起こしているが、眠らせた方がいいのか?


以上のことを聞いてみた。
それに対しての担当医の説明。

義弟さんの場合、前頭葉に傷が付いてしまっているので
お話しの症状が出てくるのはしかたがない。
おそらく何も言わなければ、1日ボーッとして過ごしてしまうと思う。
転んでケガをするのは、本人に危機を回避しようとする意識が働かないせいだと思う。
普通転んだりすれば、手が出たり足が1歩前に出て踏ん張るものだが
危機を回避しようとする意志が働かないために、そのままドンと行ってしまうためケガをする。
筋力が付けば、転ぶこともなくなるのでケガもなくなるとは思うが
自発がないので、家族の声かけは重要となってくる。
しかし今の状況を聞いた限りでは、腫瘍とは関係なく徐々に筋力が衰え
寝たきりになる可能性は大きい。
家族の声かけがあるから、今の状態を保っているがもし一人だったら
すでに寝たきりになっていたとも言える。
痛みに関しては、それだけの傷を負って痛くないはずはないが
痛いと言う信号は出しているのだけど、それがうまく脳に伝わっていないだけだと思われる。
痛みとしては伝わっていないかもしれないが、違和感はあるのではないかと思う。
また突然「部屋探しをする」と言ったりするのは、思いつきで行動しているだけだと思う。
物事を順序だてて考えることが出来ないために、その時思ったことが口に出て
考えたことを行動に移すが、上手くいかなかったりすればそれはそれで終わってしまい
忘れてしまう場合もあるが、思い出すとまた同じ事を始めたりもする。
説明しても理解が出来ないし思い込みも激しいようなので、納得させるのは難しい。
ボーッとして寝てしまうのは、病気や障害による症状の一つでもあるが
眠っているのを、起こすことは構わない。
ボーッとして何も考えず、テレビを見て過ごすよりも
テレビは見せず本を読ませて感想文を書かせると言うことは、この先も続けた方が良いし
とても良いことだと思う。
また運動に関しても、今を維持することは難しいようだが、
どれくらい歩いてるかはわからなくても、やらないよりはやった方が絶対にいいので
このまま続けた方が良い。


以上のような説明をしていただいた。
『高次脳機能障害』については、私なりに熟知しているつもりだけど
担当医に言われると、改めていろんな意味で納得してしまった。
最初の3年間、何も言わなかった時はまさにボーッとして過ごしていたもんね。
朝も9時10時まで寝ていたし、リビングにいるときもテレビを見ながら居眠りし
寝っ転がったお腹の上に、タバコ盆を乗せ必要最低限しか動くことはなく
気が付けば眠って、タバコを買ったり何か欲しい物があったときだけ行動していた。
結局その3年間が、義弟の筋力を落とすことになったわけだよな。
落ちてしまった筋力を、義弟の意志で取り戻すことは出来ないし
周りが声かけをしたところで、本人にやる気もないのだから
何もしないよりは良いと言っても、いずれは自力歩行は難しくなってくるということか。

転ばないように足を踏ん張れと強く言えば、力が入り転ぶことは避けられるけど
一人の時には、そういう注意をするはずもなく足を引きずって歩いているのだから
いざ転んでしまえば、危機回避という思考が働かないのだから
そのまま顔面着地なんかは当たり前のことだと言える。

なるほどね~・・・

主人と私が、最悪の場合で想定していたことが現実になって行きそうだ。

担当医からMRⅠ検査を行い、その後のことをまた説明したいと言われた。
担当医が持っている緊急枠を使って、MRⅠの予約が入った。
また『デモタール』の話かな?
私達には『デモタール』を使用する意志はないと、前回話したんだけどな。
ま、その時になってからまた対応の仕方を考えるか・・・


次回 MRⅠ検査 12月14日15時

次回 診察日 12月17日9時


人気blogランキング 気が向いたら、ポチッとお願いしますm(__)m

→の拍手もしてみちゃってくださいo( _ _ )o

 | HOME | 

プロフィール

恵子

Author:恵子

2000年3月
『悪性脳腫瘍』と診断された義弟。
手術をしても余命2年。。。
いろいろなことがあって
いろいろな思いもあったけど
だけど、義弟も私達夫婦も
同居して約8年間がんばった!
2009年8月25日
午前10時59分
義弟がこの世を去るまでの
看護・介護の日々。。。

父の介護は
義弟の日々とのおかげで
暗くならずに過ごせています。

いろいろあって
ブログ維持が難しくなり
義弟との思い出として
ブログは残しますが
2013年6月30日を持って
終了しました。

長い間、読んでくださり
ありがとうございました。

最近のコメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。